退く紅る
それは自分にとって予想外で、そもそも興味もなかったことなのに。
目の前の大切な少女は眉を顰めたままで、微笑む気配はない。
イタチはため息をついた。
「ナルト、いい加減にしてくれ。言いたくないと何度言えば…」
「だって、任務でもなくて、自分の用事でもないなんて、ものすんごーく気になるってばよ!!」
2人がいるのは火影邸。
二階の隅、建物を覆う木々の影の落ちるテラス。
そこのベンチに2人は座っていた。
が、幾分かナルトがイタチのほうに寄っている。
生憎と今テラスには2人しかおらず、仮に誰かが休もうと来たとしても引き返すだろう勢いでナルトはイタチに迫っていた。
これがいちゃついてこられているなら儲け物だが、悲しい事にそうではない。
ただただナルトが好奇心のあまり自分に迫っているというだけ。
そこに思慕はほとんど含まれていない。
「ナルト……、頼む、わかってくれ。俺にもどうしようもない用事なんだ」
「だから、その用事って何なんだってばよ?」
「里の、義務のようなものだ」
「それなら私にも関係あるってば。ねえねえ、教えてってば!!」
座っているとはいえ身長差のある分自分を見上げるナルトのあまりに純粋な眼差しにイタチは自分の理性を保つのに必死になりつつあった。
自分の服に縋って、上目遣いに自分に懇願するナルトは、本当に、本当に可愛い。
だがしかし、それに流されてはいけない。
(色の任務の演習なんて、言えるわけがない…)
木の葉の里ではあまり率先して行われていない色の任務。
けれど情報収集において有効でないとは言い切れないために定期的に講習会のようなものが開かれていた。
実際に行為にいたるわけではない。
時には幻術で偽体験をする場合もあるが、それも稀だ。
あくまで基本的な身体の事。
性教育の発展した程度をやるらしいのだが、いまいちイタチもよく知らない。
(…「色」の意味さえナルトは知らないだろうからな)
いくら幼い頃から暗部にいたといっても、あの四代目がそれらにふれさせるような事は絶対しないはずだ。
それに、できればまだ知ってほしくないのが本音だ。
イタチはナルトを少々強引に引き離すと、立ち上がった。
「とにかく、言えないものは言えないんだ」
「っ、イタチさんっ…」
きっぱりと言われた事にナルトが思わず口を閉じた隙にイタチは身を翻すと火影邸へと入っていってしまった。
「っ、逃げられたってば」
その後用事がなければ何が何でも後を追うのだが、何分、ナルトは綱手に呼ばれていた。
渋々とナルトは立ち上がると、イタチとは違う方の廊下へと足を向けた。
とぼとぼと歩きながら、嘆息する。
「あんなに嫌がられるのは初めてだってばよ。一体何があるんだってば」
事の発端は、自分が明日の午後、修業に付き合って欲しいと言ったことから始まる。
その際彼は、予定が入ってしまっていると言ったのだ。
普段ならあまり詮索しないナルトだが、幾分かイタチが疲れたような顔をしたので、思わず聞いてしまった。
結局わからず仕舞い。
「はあー、ホントに何があるんだってば…」
と改めてため息をついたとき、目的地の方から女性の悲鳴が聞こえた。
「絶対絶対ぜーったい嫌です!!」
「シズネ姉ちゃん?」
その声は綱手の付き人、シズネのものだった。
ぎょっとして綱手の部屋まで走ると、今度はその綱手の声が聞こえてきた。
「他に手頃なやつがいないんだ。仕方ないだろう!」
「いくら綱手様の命令でも、それだけは聞けません!!」
「シズネ! いい加減にしろ!」
間髪入れずにバン! と机を叩く音が聞こえてきたので、慌ててナルトは部屋に押し入った。
「ちょっ、何喧嘩してるんだってばよ!?」
「ナルト!?」
「ナルトさんっ」
綱手は「あ?」と片眉を上げた表情で、対してシズネは助かった……とあからさまに安堵した顔を見せた。
その事にますますナルトは首を捻った。
「なんで喧嘩してるんだってばよ?」
「まあ、…なんだ……。…ん? ナルト?」
一瞬口ごもった綱手だったが、ふっとナルトを凝視した。
頭のてっぺんからつま先まで見て、綱手はにやりと目を細めた。
「ナルト、お前、明日の午後暇か?」
「なんだってば突然」
「いいから答えろ。暇か?」
「……? 暇、だけど?」
イタチには振られてしまったので当然暇だ。
別に一人でも修業はするつもりではいたが…。
綱手の笑みにシズネは縋るようにトントンを抱きしめた。
「綱手様、まさか……っ! 駄目です!! ナルトさんは規定の年齢に達してもいないんですよ!!??」
「じゃあお前がやってくれるのかい? 嫌なんだろう?」
「うっ…」
全く2人が何を話し合っているのかわからない。
ナルトは眉を寄せた。
「用事ないんだったら帰るってばよ」
「こら待て。用事ならある」
綱手はそう言って、ナルトへと目を戻した。
「暇なら、修業をしないか?」
「修業!? 修業に付き合ってくれるんだってば!? 何の修業!?」
「演技力と忍耐と、まあ、変化の術の修業だな。どうだ、やるか?」
「やる!!」
「ようし決まった! 明日の12時半にまたここに来い。いいな?」
「了解だってば!」
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ……!!)
気持ちの良いすぱっとした返事をしたナルトに、シズネは何度も心の中で謝った。
「言われた通りに変化したけど、何か嫌な感じがするってばよ」
「任務の一環だと思え。お前だってこなさなきゃならんかもしれないからな」
「綱手様、洒落にならないですよ〜」
こちらが気の毒に思うほど顔を歪めたシズネに綱手は資料の束を渡す。
「すでに講習者が集まり始めてる。案内しがてら、それを配っておいてくれ」
「ううっ……、わかりました…」
泣くと泣くといった様子で今いる控え室のドアを開けてシズネは講義用に設けられた小会議室に出て行った。
それを見届けると、綱手は滅紫の女性を振り返った。
「ナルト、お前は黙って私の指示を聞いていればいい。変な事はしないから、安心しろ」
「これから何すんのかもわかんないのに安心も何もないってばよ!!」
「それがわかれば安心するのか?」
「うん」
首を傾けて聞いてきた綱手に、年頃の女性に変化しているナルトは素直に頷いた。
ふむ、と綱手は腕を組むと、仕方ないな、と口を開いた。
「これからお前には、女の服の脱がし方の見本となってもらう」
「…は???」
すっとんきょんな声を上げたナルトに、綱手はだーかーら、と続けた。
「色の任務のために、ちゃんとした実技知識を講義するんだ。でも紙の上で説明しても面白くないから、実際にその工程を見せてやるんだ」
「見せるって誰に?」
「色の任務を受ける年齢に達した男たちにだ。今日は20人ほどいる」
「色の任務って何だってばよ??」
「は? 色と言ったら情報収集、暗殺のためにターゲット、及び周辺者と寝る任務の事だろうが!!」
「寝るって何だってば?」
「セックスだセックス!!………はあ、ここまでお前が純朴だとは知らなかったよ」
「せ……、せっくす???」
こういう事に無知なナルトだったが、さすがにその単語には聞き覚えがあった。
(なんかとにかく大人のする事だってばよ!!)
そんなことに自分が関わって良いのか?? と愕然としながらもナルトは震える声で続けた。
「で、何を見せるんだってば??」
「だから脱がし方だって言っただろう!! 何のためにお前が水着を着てると思ってる!? 脱いでも大丈夫なようにだ!!」
「あ、なーるほど!……って素直に言うことが聞けるか!!」
ばっとナルトは身を退き、綱手から距離をとった。
完全に臨戦体制なのだが、対する綱手は涼しい顔をしている。
「私は間違ったことは言っていない。変化の術のより高度な修業だ」
「…ま、まあ確かに」
変化の術はとにかく集中力がいる。
これからされる事に耐えることができれば、それはなかなかに高度な修業だ。
ふっと肯定したナルトに綱手は口の端を上げた。
「女に二言はないはずだよ。…でも、詳しく言わなかった事は悪かったな。これが済んだら私が直々にお前に稽古をつけてやるよ」
「!? ほんとだってば!?」
「ああ。けど、条件をつける」
「なんだってば?」
すっかりやる気になった様子のナルトに内心ほくそ笑みつつ、綱手は至極真面目な顔をした。
「講習者の中にはお前のよく知っている者もいる。そいつにお前だと絶対気づかれるな。それが条件だ」
「要は変化が解けなければいんだってば? 簡単だってばよ」
楽勝だってばよ! と表情を明るくしたナルトに綱手は深く笑むと、会議室へのドアを開けた。
丁度シズネが手を空にして顔を出した。
「講習者、揃いました。綱手様、お願いします」
「はいよ。さ、出番だ」
つかつかとヒールを鳴らせて進む綱手に続いて、ナルトは意気揚々と会議室へと足を踏み入れた。
と、瞬間に固まった。
(!!!???っ〜〜!?)
一気に表情を引きつらせたナルトに、綱手は平然とした様子で声をかけた。
「どうした? 早くおいで」
「っ…!!」
キッ! とナルトが険しい目を向けるが、綱手はふっと嘲笑した。
すぐさま綱手につかみかかりたかったが、声を出すことも、そんな暴挙にでることも、自分の首を絞める事になるのだ。
すでに条件どうこうの話ではない。
(なんでイタチさんがいるんだってばよッ!!??)
綱手の立つ壇上の前に並べられた椅子に座る講習生の中に、よく知っているを通り越すほど知っているうちはイタチがいたのだ。
なぜ昨日彼があんなにも頑なだった理由が何となくわかったものの、もう後の祭だった。
どきどきどきどきとただただ心臓が大きく速く脈打っている。
「で、帯だが」
「っ……」
ずらりと椅子に座った青年達に説明しながら自分の腰に手を回した綱手に、ナルトは無意識に身体を硬くしていた。
もう顔から火が出そうなのに、綱手は目を細めると小声で言った。
「こら、もっと自然にしないか」
「そ、そんな事言ったって…っ」
何気なく視線を彷徨わせるだけで漆黒の彼へと焦点が合いそうになって、ナルトは慌てて目を綱手へと向けた。
通った視線に綱手がにっと笑う。
「賭けを忘れるな」
「うー…っ」
出てくるのは非難。
だが、とナルトは自分に言い聞かせた。
(最後まで変化が解けなかったら稽古してもらえるってば)
うん、とナルトは心の中で頷く。
(私が変化してるのは、「とにかく毅然とした女性」…)
と綱手が言っていた。
(背筋を伸ばして、凛とした雰囲気が出るように…。)
それも綱手に言われた事だったが、ナルトはすうっと息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そしてうっすらと睫が目にかかる程度にだけ瞳を見せ、たおやかなその身を伸ばした。
それだけで辺りから感嘆まがいの声が上がったのだが、ナルトはこれ以上ないほどに集中しているのでそんな事には気付かない。
綱手はそれを満足げに見ると口を開いた。
「お前達が相手をするだろう遊女の一般的な帯はこう、ねこじゃらしと呼ばれる事もあるが、左右不揃いに結った帯を垂らしている。逆に太夫たちはこうじゃな
い。彼女たちは舞や歌を学び、学がある分、武士や豪商に贔屓にされている場合が多い」
目を引く鮮やかな帯を軽く握り、綱手はそのまま力を入れることなくほどいた。
一番の帯がほどけたことで微かに着物がゆるみ、透き通る白い首筋が露わになる。
それに息を呑む気配が伝わってきたが、綱手は一瞬顔を上げただけで続けた。
「明るい所で立っている状態なら簡単にほどけるが、実際は光源も灯籠、よくても座っている状態が…」
「失礼します!!」
ふいに綱手の説明にシズネの声がかぶった次の瞬間、バシイイ!!! と凄まじい強打音が室内いっぱいに木霊した。
続いて声にならない悲鳴を上げる青年の呻きが響いた。
「はあい皆さん平常心を保ってくださいねー。これぐらいで興奮してたら任務なんてとんでもないですよー。逆に食われますよー」
「……っつうううううっ」
「講義中に不相応な者には教育的指導を行う。わかったね!」
ハリセンを持ってそうにっこりと笑うシズネと、容赦のない綱手の声音に、講習生たちはあそこを押さえて悶絶している同僚とハリセンを見比べて、ぎっと音が
するぐらい首を捻って前を向いた。
その顔はほとんど血の気が引き、そして異様なほど真剣だ。
バシイイ!と音がしたと思ったら全員が目を見開いてこちらを見たので、ナルトは一度大きく瞬きをしていた。
(な、何があったんだってば……?)
ナルト自身は集中しすぎて周りが見えていないのが現状だったのが、ハリセンの大きな音でその集中が途切れたのだ。
それはほんの数秒のことだったが、それは再びナルトが取り乱すのに十分だった。
(えっ、……)
ふいに真紅の光が見えて反射的に目をやってしまったのだ。
視線が合った時、すでにそんな色彩はなかったが、確かに赤かった気がした。
ただ静かに自分を見る眼差しは、他の誰とも違っていた。
(最悪だってばよーーーー!!!!!!)
すぐに目を伏せたが、イタチと視線が合ってしまった事でナルトは叫びまくっていた。
が、綱手が自分の帯紐に手をかけたことと、間もなく響いたハリセンの音にそんな事もできなくなっていた。
「座っていたり横になっている場合ほどきにくい場合があるが、そこからは相手も動いてくれるだろう。よって、帯紐が複数あったとしても、ほどけないという
ことはまずない」
豪語したのに呼応して、2本あった帯紐が解かれる。
それだけで一気に合わせ目がはだけ、赤と白の襦袢が現れた。
「失礼します!!」
「ひっ!!」
と同時にハリセンの音が今度は複数響いた。
その度にナルトは目をぱちくりとさせたが、綱手の講義は続く。
「後はそこの流行にもよるが、重ねを脱がせていけばいい」
そう一番外のものを脱がされる。
それだけで一気に身体が軽くなる。
だが、今まで顔の方に集中していた熱が纏っているものが薄くなった身体の方へと集まってきた。
(何か、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたってばよ…っ)
いくら変化しているといっても自分の身体には違いないのだ。
羞恥心に最低限の緊張がほどけそうだったが、続けざまにもう一枚脱がされたことにはっとした。
(集中しなきゃ駄目だってばよ! …稽古稽古稽古稽古…)
「襦袢まできたらもう言うことはない。だが急ぐんじゃないよ。相手を焦らすつもりでゆっくり脱がしてやりな」
(稽古稽古稽古稽古……)
集中に集中を重ねるナルトをよそに、綱手は彼女の後ろにまわると襦袢の襟元に手をのばした。
そして本当にゆっくりと襦袢を後退させてゆく。
先ほどまで見え隠れしていた鎖骨や胸元が空気にさらされる。
ひやっとした独特の開放感と羞恥感にナルトがぎゅっと目を閉じていると、パシイインと更に強烈なハリセンの音がいくつも耳に飛び込んできてびくっと身体を
震わせた。
そのままなめらか肩や二の腕まで脱がした所で綱手は手を止めた。
「以上、今回はここまで」
脱がした襦袢を戻し、しっかりと合わせ目をしめてやって綱手は目を講習生たちへと向けた。
そして予想はしていたのだろうが呆れた表情を見せた。
「初なやつが多いねえ。こりゃ色の任務なんて夢のまた夢だよ」
「…そんな事言われても……」
「真っ昼間から刺激が強すぎです…」
力なく言う彼らはほんの僅かな生き残りだった。
講習生の半数以上は痛みに悶絶しているか、講義終了と共に身体を丸めて深呼吸を繰り返すか…、とそれぞれに平常ではない様子を見せている。
綱手とシズネは目を合わせて苦笑すると、講習生たちに退出するように指示をした。
ぞくぞくと部屋を出て行く講習生達を見て、ナルトはようやく肩の力を抜いた。
(終わったってば……)
どっと疲れた。
それこそS級の任務より疲れた。
はあ、と息を吐いていると綱手がぽんっと肩を叩いてきた。
「お疲れさん。私とシズネは先に執務室に行ってるから、そこで着替えてから来な。着替え終わるまで勝負は終わりじゃないからね」
「……了解」
では!と講習生たちに混じって出て行った綱手たちを見送ることもなく、ナルトはずるずると着物の裾を引きずりながら奧の部屋へと入っていった。
そして戸を閉めようとドアノブに手をのばそうとした瞬間、ひんやりとしたものに口を覆われた。
「んん???!!!」
身体は重かったが背後からの接触に目を見開き暴れようとした間際、パタンとドアが閉まる音と共に耳元に息を感じた。
「…勝負とは、何でしょうか?」
「んー!!!」
聞き慣れた低い声音にぞわりと肌が震える。
それが恐れからなのか、驚きからなのかわからないまま自由が利くだけ首を捻ると、そこには漆黒の髪と白磁の肌の、端正な顔。
一瞬で頬が熱くなるが、ナルトは口を覆う手を引き剥がしてイタチと相対するように振り返った。
そのせいではだけそうになった襦袢を慌てて抱きしめるようにして合わせ直した。
(…えっとえっと、やっぱりこの状況は…)
バレた?
いやでも、とナルトは考え直す。
(イタチさん敬語使ったってば。ってことは…)
バレてない…?
(ならとにかくとぼけるってばよ)
ごくっと唾を飲み込んで、ナルトは背筋を伸ばした。
「……何か?」
「そう、睨まないでいただけますか?」
ふっと微笑んで言ったイタチにナルトは思わずときめいてしまう。
そんな自分にガーンとしながらも、ナルトは姿勢を崩さずイタチの漆黒の双眸を見つめた。
「これから着替えるんですが」
「質問に答えてくださればすぐに出て行きますよ」
そう言いながらイタチはすっと足音もなくナルトへと近づき、離したくても離せない華奢な手を自分の手で包んだ。
息を呑むナルトの波打つ髪にその鼻先を埋め、白い首に口付ける。
「ちょっ!」
「答えてください。勝負とはなんですか?」
カチっと音がしそうなほどはっきりと噛み合った視線にナルトは確信した。
(バレてる! 絶対バレてる!!)
しかしそう思った時には遅かった。
イタチはナルトが抵抗できない事を良いことに鎖骨の辺りにまで唇を滑らせていた。
微かに動かれるだけで背筋がぞくぞくする。
ナルトは上がりそうになる息をなんとか堪え、閉じそうになる瞼を開けた。
見えるのは小さな準備室の所々色の剥げた白い天井と、しっとりとした漆黒の髪。
肌に触れる感触と、目で見た光景にナルトはもう恥ずかしさの限界を迎えていた。
「っもう駄目だってばよ……っ」
途端ぼふんっと彼女を白い煙が覆った。
「…っ」
「……」
次第に晴れていく煙の中、ナルトはずるずると下がっていく襦袢を泣きそうになりながらかき集めようとしたが、それより早く強く抱きしめられた。
「……やはりお前だったか」
「やっぱりバレてたってば…?」
「目を見ればわかる……」
はあああ、とため息とも安堵ともとれない息をはいたイタチに、ナルトは困惑しながらもその胸に顔を埋めた。
ずっと張りつめさせていた緊張が完全に切れて、ナルトの目には涙が浮かんでいた。
「ううっ、……ごめんなさいってば……」
「自分で反省してるなら何も言わないが……、どうしてこんな事を?」
「……昨日綱手のばあちゃんの所に言ったら成り行きで……。講義が終わるまで変化が解けなかったら稽古つけてくれるっ…っ」
「…勝負とはそういう勝負か…全く」
本泣きを始めたナルトを更に強く抱きしめて、いつもとは違う、着物に焚きしめられた香の匂いを思い切り吸い込んだ。
それだけで妙な気分になるが、嗚咽を漏らす彼女にそんな気持ちも萎んでいった。
自分に縋り付いて泣くナルトはぼそぼそと愚痴のようなものを零していた。
「…めちゃくちゃ緊張したし、疲れたってばよ……っ」
「…俺もいろんな意味で疲れた」
初めは自分の勘違いだと思った。
しかしふいに凛とした空気を彼女が纏った時、自分の知っている夜の神の姿と重なったのだ。
そして視線が合わさった瞬間、ナルトだと確信した。
それと同時に言い様もないドロドロとした感情が腹に溢れていた。
例えそれが彼女本来の姿じゃなかったとしても、その肌を人目に触れさせた事が許せなかった。
イタチは生まれたばかりの赤ん坊がされるように今のナルトには大きな襦袢で彼女をくるむとそのまま抱えた。
「わっ、何だってばよ!!」
「綱手様のところに行く」
「えっ、行くってこのままだってば!? まだ着替えてないってば!!」
「その着替えも今のお前では着れないだろう」
「うっ…」
ナルトは言葉に詰まった。
机の上に用意してある着替えは大人用の着物。
とりあえずそれを着て綱手の執務室まで行って、そこでいつもの忍服に着替えるという予定だったのだ。
「ここから執務室はそう距離もない」
「でもでも恥ずかしいってばよ!!」
「さっきのでさえ耐えられたんだ。これからの事ぐらいどおってことないだろう」
「それはそれ! これはこれだってば!! ……って歩き出さないってば!!」
ナルトの抗議も空しく、イタチは会議室とは逆方向、ナルトや綱手が講義の前に利用したルートへと進み出した。
こちらは一部の上級の忍のみがもっぱら使うルートなので大して人には出会わない、はずだった。
「えっ! ナルト!?」
準備室を出て、廊下を歩いて最初の曲がり角の所で出くわしたのは木の葉で事実上の最高権力者、四代目火影だった。
ひゃ! っと表情を強張らせたナルトに対し、イタチは冷静を保っていた。
そして状況がわからず「えっ? えっ?」と混乱している四代目に強く言った。
「火影様、お話があります」
ポン、と名前の横に判子を押し、綱手は唸りながら背筋を伸ばした。
「ふああー、終わったー」
「綱手様、お疲れ様です」
「これもナルトのお陰だな」
そう言ってにんまりと笑った綱手にシズネとトントンは微妙な表情をした。
「は、はは……。それにしてもナルトさん遅いですね」
「よっぽど疲れたんだろ。だいぶ肩に力は入ってたからな。……だが賭けに負けたな。…ああ、面倒が増えた」
「何言ってるんですか! ちゃんと約束守ってあげてくださいよ」
「そうは言うが、あいつと稽古するのは骨が折れるんだよ。ぶっ倒れるまで向かってくるからな」
「そうかもしれませんが…あ、来たんじゃないですか?」
バタバタバタと走る足音が聞こえてきたのでシズネが戸のほうを仰いだ瞬間、バアアン、と戸が綺麗に観音開きに開かれた。
「綱手様! どういうことですか!!」
「! あん?? なんでお前が」
開け放たれた戸のところに立っていたのは、滅多に見せないほど怒っている四代目だった。
四代目は荒く肩で息をしながら部屋に入ってくると、勢いよく事務机を叩いた。
ばらばらと載っていた書類の山が下に崩れ落ちる。
「ナルトはまだ13歳なんですよ!? それなのに色の講義に参加させるなんてどういうつもりですか!!」
「ちょっと待て! いきなり何だ!!」
「何だはこっちの台詞です!!」
「っ! と、とにかく落ち着け!!」
「落ち着けますか!!」
顔を真っ赤にして怒る四代目に続いて、こちらは至って静かに部屋に入ってきたイタチとナルトは「あっ」とシズネが声を漏らす間に着替えを手にするとスタス
タと部屋を出て行った。
そんな事にも気付かない様子で四代目はまくし立てている。
「あなたに今回の講師をお願いしたのは俺です! ええ他でもない、俺です。ですが、最初に言ったはずです! 木の葉では色の任務は本当に必要な場合と、担
当者の承諾があった上で実施してるって! なにに実際の着物の脱がし方なんていう具体的な方法を教えるなんてっ! しかもそれにナルトを使うなん
て……っ!!」
ばんばん! と机を叩き、ものすごい剣幕で言う四代目に、さすがの綱手も言い返せずにいた。
思わぬ所でしっぺ返しを喰らった綱手を尻目に、着替え終わったナルトとイタチは晴れ晴れとした表情で火影邸の外にいた。
ナルトはううーんと伸びをすると欠伸混じりに言った。
「あー、何か甘いものが食べたいってばよー」
「そうだな、食べに行くか」
「えっ!」
本当に何気なしに言ったことだったので驚いた表情をしたナルトにイタチはやわらかく笑むと、そっと手を差し出した。
それを見てナルトはしばらく恥ずかしそうに俯いた。
「ほ、本当にいいんだってば?」
「お前は変なところで遠慮をするな。お互い疲れたんだ。休息も必要だろう?」
ほら、と優しく言って、イタチは微かに手を揺らした。
ナルトは顔を上げて小さく頷くと、それへと自分の手をのばした。
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