花ぞ香る
壁一面に背の高い本棚の立ち並ぶ、どう見ても定期的な換気が必要な部屋。部屋にいくつ
かある窓は風がゆるい日和のためかそのすべてが大きく開け放たれている。
「え、通常任務?」
ナルトは巻物を開き見つつ驚いた声を上げた。
そうして見るのは事務机で頬杖をついている自分の父親だ。
彼は午前のおやつのあんみつを頬張っていた。
「怪我もほぼ完治したし、まあ、大丈夫でしょ」
スプーンをくわえたまま拍手をした四代目に首を傾げたのはナルトの隣に立つイタチだ。
「今回の任務はAですが…?」
「依頼人が大名だから形式上ね。でも内容はB以下だよ」
「なら私とイタチさんじゃなくてもいいんじゃないってば?」
くるくると巻物をしまい机に置いてナルトは腕を組んだ。
任務が嫌というわけではない。
暗部の月読宛ではない任務に、自分が表立ってイタチと任務に就くのはよくないと思うのだ。
四代目は苦笑した。
「先方がちょっとややこしい人でね。だからわざわざここに呼んだのよ」
「先方って、お姫様?」
「そ、大名の1人娘だ」
「それが何か?」
今回の任務はそのお姫様を常在している母方の実家から大名のいる城まで行く際の護衛だ。
距離はさほどないが、牛車のような移動手段をとられると短くみても一日はかかる。
四代目は空になったガラスの器にカチャンとスプーンを置くと、大きな箱を机の上に置いた。
「任務書にも書いてあったと思うけど、今回は武士として護衛にあたることになる。で、お姫様の従者から衣装が届きました。じゃーん」
棒読みのかけ声と共に出てきたのは瓶覗色のごく薄い青の直垂だった。
一般のものより切り込みが大きく動きやすくはなっているようだが、着慣れない物にナルトとイタチは同時に眉を顰めた。
「それ着なきゃいけないの?」
「その格好で行ったら忍だってバレバレでしょ。何もちょんまげにしろって言ってないんだから服ぐらい我慢我慢」
はい、と押し付けて四代目は微笑む。
「とりあえず着てみてよ。詳しい話はそれからだ」
シュ、と気の引き締まる音を立てて袴の紐を締めたイタチは脱いだ物を畳むと更衣室代わりの執務室の脇の部屋から出て来た。
着物は里において講習があるので、着方がわからないということはない。
「わー、ザ・武士!! かっこいいー!! さすが似合うねー」
「・・・・・ありがとうございます」
本当にそう思っているのだろう。
綺麗な顔を赤くしてまで褒めてくれる四代目にイタチは何とも反応できず目を伏せた。
直垂と一緒にあった打刀と脇差を腰にさすと自分とは別の部屋で着替えているナルトを思った。
「・・・・ちゃんと着られるでしょうか?」
「ん? 女子はアカデミーで着付け実習受けてるから大丈夫でしょ。ようは袴絞めるだけだもん」
そう呑気に父親が言っている頃、ナルトは別室で顔を青くしていた。
部屋には洗面台が備え付けてあって、ナルトはそこの鏡の前で立ちつくしていた。
足下には脱いだ服が適当に畳んで置いてある。
「・・・・着れるこた着れたってば・・・」
父の言うとおり、着方がわからないということはない。
それこそ以前着た浴衣に比べれば大層な帯がない分簡単だ。
だが、1つ2つ問題があった。
「・・・サイズ、でかすぎ・・・。これ普通に大人用だってばよ・・・・」
見下ろす身体にはかろうじて布がひっかかっている程度。
手で押さえていなければ簡単に脱げてしまう。
ナルトはため息をついた。
「・・・・そもそも武士って男がなるもんじゃなかったっけ?女の武士なんて聞いた事ないってばよ」
ガクリ、と肩を落とし、改めて鏡に映る自分を見る。
「でも、私とイタチさんにこの任務がきたってことは、何か深い理由があるんだってばよ」
父も理由が言っていた。
うん、と頷くと、ナルトは髪に手をのばした。縛っている髪紐をとる。
「こうなったらこっちのサイズを合わせるまでだってばよ! 変化!!」
「変化!!」
と部屋から聞こえてきた声にイタチと四代目は顔を見合わせた。
「・・一体何を・・・」
そうイタチが呟く間に部屋のドアが勢いよく空開いて、術による煙と共に中からナルトが出てきた。
「うずまきナルト見参だってばよ!」
びしいっ! と勇ましく刀を構えたナルトは、本当に勇ましかった。
外見年齢はイタチと同じぐらい。
すらりと伸びた背に、だが服の上からでもわかる引き締まった体躯。
ぴし、と着こなした衣服から伸びる腕や足は骨の流れにそって幾分かがっしりとしている。
そして目を惹く髪は短かった。
長さは襟につくかつかないほどでさわさわと微かな風に爽やかに靡いている。
長めの前髪から覗く瞳はいつもの澄んだ空の青。
通った鼻筋にふっくらとした唇は常に比べては赤みが少ない。
イタチと四代目は息を呑んだ。
ごく、と唾まで飲み込んで、登場したナルトを頭からつま先まで何度も眺めた。
見間違いではない。
「男?」
正真正銘、ナルトは男になっていた。
唖然とする2人にナルトはにしし、と笑った。
「これでどっから見ても武士だってば」
「ナルト!」
自信満々に言う娘、否息子に四代目は突如叫んだ。
そして机を飛び越えると目線の高さの近くなったナルトの手をとる。
「ナルト! お父さんと手裏剣の稽古しよ!!」
「は!? 何言ってんだってばよ」
それはもう目をキラキラさせて訴えてくる父にナルトは怪訝な顔をした。
その様子にくうっ!! と四代目は拳を握ると熱く語った。
「父が息子に手裏剣の稽古をするっていうのは忍の世界じゃお父さんの憧れなんだよ!! しゅっぱ!! と百発百中の父親の手裏剣術に息子は尊敬の眼差しを
向けますます絆を深めるんだ!!」
「だから今は男に変化してるだけで、私が女なのに代わりはないってばよ。ってか昔したってばよ!!?」
「そんな事はこの際いいんだよ!!とにかくお父さんと手裏剣の稽古しようって!!」
「・・・・・火影様、ここは抑えてください」
あまりの興奮にナルトを振り回してる四代目の肩をイタチは掴んだ。
イタチとて男になったナルトに心底驚きはしている。
だがあくまで声は冷静だ。
「えー、だって見てよこの男っぷり! 落ち着けってほうが無理だって!」
「それでも今は任務を優占してください。着替えたら詳しく説明してくださると言っておられたでしょう?」
「・・・・・・・そうでした」
四代目はしぶしぶナルトから離れると行儀が悪く机に腰掛けてがりがりと頭を掻いた。
「君たちを任命したのは依頼人数2人だからってのが1つ。もう1つは先方の条件」
「条件・・?」
「任務書にか書いてなかったからね。えー・・と確かこの辺に・・・」
四代目は腰を捻るとつんである書類の中から紙を一枚引き抜いた。
「担当忍の条件。1,四代目火影の血縁者。2,うちは、もしくは日向一族の者・・・・とまあこんな感じ」
「・・・・・・・・・何その条件。お姫様って何考えてるんだってばよ?」
「うーん、俺も挨拶はしたことあるけど話したことはないからどんな方はわかんないんだよね」
ぱたぱたと刀で肩を叩いていたナルトはその手を止めるとこれでもかと顔を歪めた。
隣のイタチも眉を顰めてはいたが総合的な意見はまとめていた。
「・・・実力者、と言う事でしょうか? 自分たちを褒めるつもりはありませんが、うちは、日向は血継限界所有の点で他の忍よりも抜きん出ています。それに
火影様の血縁者ならそれ相応の力を秘めている、と先方は考えたのでは?」
「となると、そのお姫様って結構しっかり者?」
つまりは里でもかなりの手練れを指名してきたという事だ。
馬鹿にしているわけではないが、大名の娘とはいえ一般人がそこまでの知識を持って依頼をしてきたというのはすごいことだ。
「ん、まあ大々的に襲撃される事はないと思うから気楽に行ってきてよ」
「はい」
「わかったってばよ!!」
「・・っすごー!!!」
護衛は里の近隣の町からということで武士に扮した2人が待ち合わせの場所まで行くと、すでに準備万端と、依頼主である大名の娘は牛車に乗っていた。
黒塗りの牛車にかかる帳は錦の五色。
そんな物を初めて見るナルトにはそれはもうキラキラと輝いて見えた。
四代目の護衛で大名の元に同行した事があるイタチは大して感動もなく見つめている隣で、ナルトは大きな目を更に大きくして落ち着きなくイタチの袖を引っ
張っている。
「イタチさん! 何かすごいってばよ!!」
「ナルト・・・・」
頬を紅潮させるナルトは男になっても度を超えて可愛らしい。
イタチは息をつくと牛車に感動しているナルトの肩を掴む。
「もう少し落ち着け。今のお前は俺と大して歳の変わらない男なんだ」
少し強めに言うと、ナルトは何度が瞬きをした末に大きく頷いた。
「わかったってばよ! 私、立派に武士の勤めを果たすってばよ!!」
まかせとけ! と意気込むナルト。
ああ、何故だろう。彼女(彼)の笑顔がいつも以上に愛おしく見える。
男の顔になったせいで無邪気さが引き立つのだろうか・・・・。
イタチはそう思いつつも声は低く言い放った。
「・・・・・やる気はいいが、『私』はやめたほうがいいかもな」
「!! あ、そうだってばね。・・・・よし、俺!!」
「その調子だ」
イタチは微笑むと、ちょうど簾が上がり始めた。
くるくると巻き上げられた帳の奧には、その帳に負けないぐらい豪奢な十二単を纏った女性が座っていた。
歳は16と聞いていたが、下唇に赤みの強い紅を差しているせいか大人っぽく見える。
豊かに着物の裾に流れる髪は艶やかな黒で、身につけている赤紫の襲色によく映えていた。
まさに絵に描いたようなお姫様。
彼女はナルトとイタチの姿を見ると、にっこりと微笑んだ。
それだけで空気が華やぐ。
「あなた方が木の葉の忍ですの?」
「はい」
興奮のぶり返したナルトの分もイタチが答えると、ますます彼女は笑みを深めた。
そして
「キャーッ!!注文通りね!2人とも何と凛々しいッ!!!」
「ちゅ、注文・・・?」
甲高い黄色い声に一気にナルトの興奮が冷めた。
少しでも相手を凄いと思った事が悲しくなってきた。
牛車の脇を歩く自分のほうを見て鼻声混じりに笑いかけてくる姫の様子。
彼女は実力を見越して条件を出したわけではなかったのだ。
「以前四代目火影を拝見した事があるの。あの陽のように輝く髪、流れる水をそのまま集めたような澄んだ目の色。私、一目で気に入ってしまいましたの」
「そ、そうなんだあ。じゃ、じゃあなんでうちはか日向を条件にあげたんだってば?」
「両家ともとても見目の麗しい方が多いと侍女に聞きましたの。本当、ナルト殿もイタチ殿も、とても秀麗なお顔立ちをしていらっしゃるわ」
ようは見た目。
うっとり、と手を合わせて言う姫に苦笑でも浮かべるナルトに反しイタチは憮然と前を向き歩く事に徹している。
彼は眉間に皺を寄せていた。
あちゃー、とナルトは心の中で悲鳴を上げた。
(イタチさん機嫌悪くなってるってばよ)
ナルトはイタチに近づこうとした。
自分と彼は牛車を挟んで歩いているのだ。
ちなみに牛車の前後には忍なんて雇う必要ないんじゃ? ってぐらいに正真正銘の武士たちが重々しい表情で控えている。
だがナルトはできなかった。
行動に出る前に姫が口を開いたからだ。
「爺、喉か乾いたわ」
「はい、只今」
ちょこちょことナルトの視界の端で小柄な老人が動いた。
「ちょっと爺、揺れがひどいわ。もっと遅く進ませて頂戴」
(・・・・うっわあー・・・・・)
ナルトの中でこの姫に対する印象がぐっと悪くなっていった。
まず自分たちに大して注文通りだと言ったこと。
自分たちは物かっ!? と怒鳴りたくなる。
そして今の言動。
忍を雇ったり、武士を配したりしなければいけないほど自分の身が危険なら、一刻も早く牛車を進めるべきであるし、ゆっくりな牛車のスピードも、この従者に
はとても早い気がするのだ。
贔屓目に見たとしても姫はものすごく自分勝手だ。
「はい、只今」
爺と呼ばれた初老の男性は牛使いの所へと小走りに向かって行った。
(・・・・・もともと遅いのにこれ以上遅くなったら今日中に城に着かないってばよ!)
ほら、お付きのホンモノの武士さんたちがストレス感じ始めてるってばよ!?
ナルトはさすがに慌てると牛車へと手をかけた。
帳が上がっているとはいえ姫は自分たちの目線ぐらいの高さに座っているのだ。
こうでもしないとそばにいけない。
「姫、もうちょっと急いだほうがいいんじゃ・・・・」
「あら、ナルト殿は私と長くいたくないのですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて!!」
「ならよろしいではありませんの。私、このように忍の方とお話するの初めてですの」
うふ、と姫は笑う。
可愛い。
自分には到底こんな笑い方はできないだろうってぐらい女の子らしい。
とても可愛いが、今はその笑みがものすごく憎たらしい。
「は、はあ」
「何かお話してくださらない?そうねえ、普段忍は何をしているの?」
「普段?普段は・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
って、私はなんで話しに乗せられてるんだ! ナルトははっとした。
そもそも自分は口がうまい方じゃない。
こういう事はイタチのほうが要領がいい。
ナルトはしどろもどろになりながらイタチを見て、そしてますます慌てた。
(機嫌がまじに悪くなってるってばよ!!??)
女(今は男)の自分よりも白いんじゃないんじゃねえかと思うぐらい白い彼の顔がほのかに赤い。
寛容なひろーい懐を持っている(あくまでナルトにはそう見えている)彼はだが結構些細な事で機嫌を損ねやすい。
ナルトは姫にぺこりと頭を下げると跳ねるようにしてイタチのすぐ前へと移動した。
足下を牛車によって立つ煙が満たしていた。
「・・皺寄ってるってばよ」
小声で呟いて、届きやすくなった眉間を細い指でつく。
桜貝そのままの爪のひかる指にイタチは微かに目を見開くと気怠げにナルトのその手を掴んでどけた。
そのままひっぱって自分の横に動かす。
「後ろを向いて歩くと転ぶぞ」
そう言葉を捨てるイタチにナルトは大して怒るそぶりもなく両手を頭の後ろにやると目を細めた。
「俺ってば忍者だってばよ。転びなんて・・・ってわッ!!!」
言う側から牛の蹴り上げた石にバランスを崩すナルトをイタチは慣れた様子で助け起こす。
気恥ずかしそうに顔を赤くしたナルトにイタチは笑みを見せた。
「言った通りだ」
「そうだってばね」
少しは機嫌をもどしてくれただろうか。
ナルトも笑うと服についた埃を払った。
横上から見ていた姫が牛車から顔を出した。
「お二人とも、とても仲がよろしいのね」
「ツーマンセル組んでそろそろ1年だっけ?」
「それぐらいだな」
「つーまんせる?」
「2人組って意味だってばよ。普通はフォーマンセルって4人で班を作るんだけど・・・・・・・・・・」
そう姫に答えていて、ふっとナルトは表情を引き締めた。隣のイタチを仰ぐ。
「・・・・・思ったより早かったな。数も多い」
頷いたイタチにナルトも頷き、早足で牛車の先頭まで行くと牛使いの腕を掴んだ。
何だ、と怪訝そうにこちらを見る彼に強い眼光で言い放つ。
「おかしな気配が跡をつけてる。できるだけ牛を飛ばして先に行ってくれ。俺たちはそいつらを片づけて、後から行く」
「なっ、しかし・・・」
彼は渋った。
焦った顔でナルトと後方を見やる。
ナルトは眉を顰めた。
「姫にもしもの事があってからじゃ遅いんだってばよ。姫に怒られるような事になったら俺が責任を取るから、とにかく急いでくれ!」
ナルトは最後ににかりと笑うと、黒い毛並みの立派な牛の腹を叩いた。
「わっ!!!」
気が立った牛は彼を簡単に追い越し、大きな蹄を地面に食い込ませて全速疾走を始めた。
ガラガラとひときわ大きな音を立てて牛車の車輪が鳴る。
当然周りを固めていた武士たちも慌てて走り出し、一番驚いている姫はイタチのもとにもどってきたナルトに叫んだ。
「ナルト殿ッ!!?? これは一体ッ!!」
「事情は後だってば! とにかく先に行ってて!!」
瞬く間に目の前を通り過ぎていった一行をナルトとイタチは見送ると、太刀に手をかけた。
牛車は山際の山道に近い道を進んでいた。
道の両側に密生して生えている木々の森にざっと視線を走らせたイタチは告げる。
「10人・・?」
怪訝な声にナルトの声も同調した。
「え? 数少なくないってば? 気配感じた時はその倍の感じがしたんだけど」
「俺もそう感じた・・・、だが、事実だ。ここにはそう数はいない」
「どういう・・・ッと!!」
いきなり背後に感じた気配にナルトは振り向き様に太刀をかざした。
軽い音を立てて視界の端に木の破片が飛んでいく。
「矢?」
「来たぞ」
イタチの短い声に周りを見れば、薄汚れた薄手の服を着た中年の男たちが手に錆び付いた刀を持ちイタチとナルトを取り囲んでいた。
彼らの背には矢筒がある。
ナルトは思ったままを口にした。
「・・・・・素人・・?」
一拍置いて、一斉に男たちが向かってきた。
なあんか、予想外も予想外だってばよ?
仮にも相手は大名の娘。
権威は十分すぎるほどにある。
そんな人物を襲撃するのなら忍を雇うべきではないだろうか。
当の姫は自分たち忍を雇っている。
言っては悪いが、素人が暗殺技術まで習っている忍と戦ったら勝負など目に見えている。
ナルトはトン、と軽い音を立てて頭上の木々の枝に届く高さまで跳躍すると唖然と見上げる男数名を落下の速度を込めただけの太刀の背ですばやく薙いだ。
男たちはうめき声もなく地面に突っ伏す。
これですべての襲撃者は止めた。
自分よりも数秒早く間合いの敵を片づけていたイタチを仰ぐ。
「……ねえイタチさん、ちょっといいってば?」
「なんだ?」
太刀を鞘に納め、イタチは倒れている男たちの身なりを見ながら言う。
ナルトはこれまで以上に眉を顰めていた。顔立ちが精悍になった分凄味がある。
「この人たち、どう見ても一般人だってばよ。農民かなんかだってば」
「………ああ」
「そんな人が弓とか刀もって姫を襲うってさ、何かものすんごく深刻じゃない?」
ナルトは泣きそうに目を細めると歩き出した。牛車に早く追いつかなくてはならない。
「………何か、俺さ、自分のしてる事が正しいのかわかんないってばよ」
「……任務、だからな」
イタチは静かに答えるとナルトに続いた。
だがすぐに足を止め前方へと目を凝らした。
次の瞬間、前方から悲鳴が聞こえた。
牛の嘶く声も聞こえる。
イタチは舌打ちをした。
「囮か。素人でも考えてはいたようだな」
「……急ぐってばよ!!」
2人は同時に地を蹴った。
牛車はだいぶ遠くまで行っていたが、その牛車を中心に護衛役の武士、そしてその周りを取り囲む先ほどの男たちと同じ身なりをした男たちの数は遠距離から
でもはっきりとわかった。
ざっと見ても30人以上はいる。
だかこれは目で確認できる範囲だ。
森の中にまだ潜んでいるとしたらまだ数は増える。
ナルトは瞬時に考えを巡らすと顔の前で独特の印を結んだ。
ぼんぼんっ、とナルトの両側に煙りが上がり、分身が現れる。
「2人は森を。俺とイタチさんは本陣に乗り込む」
分身は頷くと脇のほうへと飛んでいった。
イタチは本体であるナルトの横につくと太刀を抜いた。
「お前は姫のそばへ。俺は周りの奴らの数を減らそう。あの間合いでは武士は戦いにくいだろうからな」
あと10メートルほど先。
すでに武士と男たちの戦闘は始まっていた。
だが道幅があまりある所ではなく、武士たちは簡単に間合いを詰められて逆に斬りつけられている。
このままでは武士が全滅するかもしれない。
「わかったってば」
ナルトは頷くとイタチより先に降下を始めた。
脇を少し開き開脚の姿勢で牛車のすぐ横の地面に降り立つ。
牛車は所々に矢を受けているがまだ無事なようだ。
「姫! 無事だってば!?」
ざんばらになった帳をどけると恐怖に泣き震える姫がいた。
姫はナルトの声に始めびくりと身体を震わせたものの、その姿を目にすると安心したように微笑んでしがみついてきた。
「ナルト殿ッ、来てくださったのですね!」
「ちょっ、姫! 離してってばよ!!」
そんな重そうな物を着た腕でよくもこんな力が出るものだと思うほど姫が自分にしがみつく力は強かった。
だがその分自由が利かない。
ナルトは何とか姫を引きはがそうとするが恐怖に余計冷静さを欠いている彼女は思い通りになってくれない。
牛車の外からは聞き慣れた太刀捌きの音が聞こえてくる。
イタチが戦っているのだ。
音には余裕が感じ取れるが、段々とこちらに近づいて来ている。
「姫ッ!!」
早くここから離れなければ本当に危険だ。
ナルトはしばし考えた末、姫の裳の長い裾を腕に絡めると一気に姫を抱き上げた。
驚いて顔を上げようとするのを手で押さえつけて、牛車の外へと転がり出る。
その刹那背後で炎が柱となって立ち上った。
肩越しにそれを見たナルトの頬を汗が伝う。
「火矢…、こりゃ早くどうにかしないと………」
牛車は乾いた大気とあいまって異常なほど激しく燃えていた。
車輪は崩れ数秒後には屋根が陥没した。
絢爛豪華だった帳など跡形もない。
そんな牛車の向こう側で襲撃者を攻防するイタチ含む武士たちの姿が見えた。
何とかこちらの優勢に持ち込んでいるようだがまだ敵の数は多い。
ナルトは姫をそっと地面に降ろすと涙の跡の残る顔を見つめた。
「俺は敵を片づけてくるからそれまでここでじっとしててってば」
幸い転がり出た場所は森の中。
姫の煌びやかな着物も背高く伸びた草々のお陰で目立たない。
ここでじっとしていれば敵に見つかる可能性は少ない。
だが姫は頷いてはくれなかった。先ほどよりも強くナルトに縋り付く。
「嫌です、どうかお側にいてください! …1人なんて、私、とても耐えきれません!!」
「でも加勢に行かないと被害者が増えるだけだってばよ! 火だって早く消さないと山火事に……」
「それがなんだと言うのです!! あなたは私の護衛として雇われたはずです! 私を守らなくていいと思っていらっしゃるのですか!?」
「だから加勢に行かないと姫が危ないんだってばよ!!」
「嫌です!!」
「姫ッ!!!」
ナルトが表情を歪めて彼女の肩を掴んだ時だった。
背後から鋭い声が飛んだ。
「ナルト!!!」
イタチの声だ。
反射的に振り向いたナルトの目に遙か遠くで放たれた鉛光が見えた。
まっすぐにこちらに飛んでくるそれが狙うのは自分ではなく、腕の中で震える姫だった。
ナルトはすぐに太刀を抜こうとした。
だが背中に腕を回ししがみつく姫の身体でそれができない。
その間にも鉛に光る矢は目の前に迫っていた。
風を切る鋭い音が耳を刺す。
「姫!!」
ナルトは姫を抱きしめるとそのまま彼女の方へと倒れた。
それと同時にドス、と鈍い音を立てて矢がその背に突き刺さった。
華奢な体躯が反動に反り返る。
一拍置いて跳ね上がるように噴き出した血が辺りを赤く染めた。
「ナルトー!!!」
イタチは喉が潰れるほど叫ぶと、自分を囲む敵を一気に薙ぎ払った。
激情に瞬間でその目が真紅に染め上げられる。
それに一瞬敵の動きが止まった。
イタチはその隙に瞬転すると地面に倒れているナルトのそばへとしゃがみ込んだ。
すぐそばで着物を赤く染め、その事に驚愕している姫を一瞥するがすぐに顔を地に着けたナルトへと手を伸ばす。
「ナルト! おい、ナルト!」
「…………っ………」
ナルトは微かに息を漏らすとそろそろと腕を動かして矢の刺さった側の肩を掴んだ。
俯せで倒れているせいで表情が見えない。
そっと肩を掴む手に触れてきたイタチにナルトは気づくと首を捻ってイタチを見た。
ナルトは痛みに頬を引きつらせながらも笑っていた。
「ごめ……ん、油断した……ってば」
「謝るな! 早く手当てを…」
そう言って矢を掴もうとするイタチにナルトは首を横に振った。
「…私の事は……後でいいってば。早く敵を………っ」
「ナルト……? ……おいっ!!」
イタチの目の前でナルトは目を閉ざしてしまった。
長い睫が白い瞼に影を作る。
その肌は異常なほどに青白い。
「…………ッ………!!!!」
イタチは勢いよく立ち上がるとナルトの腰から太刀を引き抜いた。
自分の太刀と高さを変えて構えると、すでに近くまで来ていた男たちを紅い双眸で睨み付ける。
「……目障りだ」
「貴様、一体……っ!!」
悲鳴じみた声をあげる男にイタチは目を向ける事もなく次の瞬間には敵の本陣のど真ん中にいた。
先ほどとは比べものにならないくらい速く太刀を振り上げ、一瞬で男達を薙ぎ倒す。
「ナルト殿……? ナルト殿ッ!!!」
武士たちの働きもありすべての敵を倒した頃、姫が悲鳴を上げた。四つん這いで震えていた
彼女はますます顔を歪めるとぴくりとも動かないナルトの服を掴んだ。渾身の力で揺するがナ
ルトは動かない。
イタチは太刀を鞘に納め、ナルトの物を地に寝かすと姫の手を強引に取り払い、ナルトの半身を起こす。
布越しに触れる温もりの冷たさに嫌な汗が噴き出す。
イタチは冷たい身体を自分に向かい合うようにして抱くと慎重に矢に触れた。
びくん、とナルトの身体が震えて自分の首元に押し付けさせた顔が歪むのがわかる。
それに同じように顔を歪めながらイタチは傷口を確認する。
矢は通常の物より幾分か太いが刺さっている位置からしてもここまでナルトが苦しむほどの外傷とは思えない。
おかしい。
イタチは脇差しを抜くと矢を途中で切った。
手をナルトの胸元に回すと傷を受けた側の服を脱がす。
紅葉し始めた木々の木漏れ陽の下、透けるような白い肌が外気に晒された。
イタチは始めナルトの身体から目をそらした。
傷の手当てをしやすくするためとはいえこんな事をされたら嫌だろう。
たとえ今は男のなりをしているとしてもだ。
(…あとで殴るなりなんなりしてくれ)
イタチは呼吸を整えるとナルトの背中へと目をやる。
刺さった矢を中心に肌がどす黒く変色していた。
「……毒か」
「……イタチ……さん…」
微かにナルトが息を漏らした。
その身体は寒さと痛みに痙攣を始める。
イタチは短くとも艶やかな金の髪に指を入れ優しく撫でると囁いた。
「矢を抜くから俺の肩を噛んでいろ」
痛みに頭が朦朧としているのか、常なら反論してきそうな事にナルトは素直に動いた。
イタチは肩にナルトが口を開けてつけたのを感じると、その頭を強く自分のほうに押し付ける。
空いているほうの手で腰紐にかけていた忍具袋から応急措置用の道具をすばやく地面に広げた。
イタチは目を閉じた。
浅い呼吸のナルトの鼓動を聞き、息を合わせ一気に矢を引き抜いた。
同時に肩に強い痛みが走るがナルトが噛んでいると思えばそんな事どうでもよかった。
矢を捨てるとすぐに傷口に口を付けた。
矢が抜けた事で溢れてくる血の勢いを利用して毒を少しでも吸い出す。
毒にぴりぴりと唇が痺れたが、きつく吸う度に傷みに喘ぐナルトに止める気はなかった。
口に含んだ血を吐き出すと、傷口に解毒薬を塗った。これには痛み止めと解毒の成分が含まれている。
次期に傷みも退くだろうし、何よりナルトの中には九尾の力がある。
真朱が自分が中にいなくても自動的にナルトの怪我を治癒するようしておいてくれたので大丈夫のはずだ。
そこまでしてようやく緊張を解くとそっとナルトの肩を掴んで顔を覗き込んだ。虚ろな青い双眸
が見える。
イタチは今だ様子のおかしいナルトに眉を顰めた。
「……ナルト?」
ぴくっ、と金の睫が揺れた。
「……さむくて…、あと……目が、霞んできたんだってばよ……、毒、だいぶまわってるみたいだってば……」
白濁する思考の中でナルトは必死に今の状態を説明した。
傷口をどうにかしても手遅れなほど毒の浸食が速いと訴えているのだ。
常人よりも抵抗力があるナルトの身でここまでの毒など滅多にない。
敵も相当の覚悟があったようだ。
イタチは慌てず袋から小さな黒い粒の入った小瓶を出すと手に数粒出した。
「誰か水を」
決して大きい声ではないがよく響いた彼の低い声にそばにいた武士がすぐに自分の水筒を差し出した。
竹で出来た水筒の口をイタチは歯で挟んで取るとナルトの口元へ持っていった。
「ナルト、薬だ」
早く薬を飲まないと本当に手遅れになってしまう。
それはイタチもナルトもよくわかっていた。
ナルトはふらふらを自分の手をイタチの手に添えると促されるままに薬を口に入れ、水で飲み下そうとした。
だが痙攣する筋肉がその動作を妨げた。
ナルトは身体をくの字の折ると激しく咳き込んだ。
生理的な涙が目の端に浮かんでいる。
それでも何とか薬を飲もうと再び水を含むが最初と同じだった。
「ナルト…」
「ごめ……、もういっか……い、やって、みる……」
滑舌が悪くなっている。舌が動かなくなっているのだ。
イタチはナルトが取ろうとしていた薬を逆に取ると微かに驚いているナルトの顎に手をかけ仰け反らせる。
しっかりと頭を固定し口を開けさせると、イタチは水を口に含み、薬をナルトの口に入れると同時にそれを己のもので塞いだ。
その行動に周りが息を飲む気配が伝わってくる。
何より口付けられているナルトが一番驚いていた。
水を伝えられると共に舌を絡め取られた事に驚いて、彼を引き離そうと顎を掴む手に縋るが、毒に犯された手には力なんて入らない。
その間に舌も何もかも障害物がなくなった食道を薬と水が下っていった。
その感覚とイタチが口を離した事に自然と安堵していると、口から溢れた水を彼が舐めとったので再び慌てた。
「ッ!!」
これは人命救助なわけで、この人のした事は正しい。
だけどだ!
何故そこまでするんだ!!
こんなみんなのいる場所で!!
しかも今自分男だしッ!!!
(……男同士でキ…………)
駄目だ、恥ずかしくて頭の中でさえ言葉にならない。
怒鳴りたいのに筋肉の痺れのせいで口が思うように動かない。
そればかりか頭に血が上ったせいかますます朦朧としてきた。
傷口の薬と飲み薬のお陰で傷みはほとんど退いてきたが当分動けそうにない。
ナルトはイタチに身体を預けながらぼーっと思っていた。
畏敬の念を持っていたお姫様はそうじゃなくて、
理由はわからないがとりあえず大名に恨みを持っているだろう農民に襲われ、
姫を庇って受けた矢には毒が塗られていて、
手当てしやすいように上半身(の半分)は裸にされ、
挙げ句口移しで薬は飲まされ、
下から2つ目、もし元の女だったらここまでしたのだろうかひどく疑問だ。
だが実際男じゃなかったとしても真剣な顔で服脱がされそうで聞こうとは思わない。
ナルトは薬の催眠成分に任せて目を閉じていたが、今ここに穴があるのなら入って自分に土をかけたいぐらい恥ずかしさが募っていた。
(………イタチさんの、馬鹿)
力は入らなかったがゴツンと頭をぶつける。
それに少しだがたじろいだのに満足して、ナルトは意識を手放した。
(……………あ……、れ……?)
段々とはっきりしてくる意識が感じるのは、規則的な鼓動の音と、上下の振動。
「…うん……?」
「目が覚めたか?」
瞼を開けると同時に口から漏れた声に、すぐ耳元で声がした。
ゆるゆると首をまわすと目覚めには刺激が強すぎる端正な顔が見えて漆黒の目を目が合った。
思わずびくっと首をすくめると彼が自分を抱く腕に力を込めた。
「暴れるな。落馬する気か?」
「落馬!? って馬!?」
言われてナルトはようやく自分が馬に乗っているのだと気が付いた。
イタチは自分の腹の前で手綱を握り、もう一方の手を斜めに自分の身体に回して振動が少ないようにしてくれている。
「姫がお前をいたく心配して、こいつをよこしてきた。さすがに里までは距離があるから有り難くいただいた」
「私が寝てる間に全部すんじゃったんだってばね。心配って、でも馬って結構高価なんじゃ…」
こんなことしてるから恨まれるんじゃ。
前を見ると青毛の馬のぴん、と立った耳が見えて、その下の目が微かに自分を振り返った。
馬は短く嘶くと首を震わせた。
それが何を表現しているかはわからないが、動くなと言いたげだ。
(真朱がいたら何考えてるかわかるんだけどな)
彼が妖魔の類だからか、それとも動物にはそもそも言語の国境がないのか、彼は動物の話している事がわかる。
「気分は? 気持ち悪くないか?」
イタチの手はちょうど包帯を巻いてある所に置かれている。
労るようにそこにふれる彼にナルトは笑顔を見せた。
「大丈夫だってばよ! 頭ん中はっきりしてるし、指先とは痺れてないってば」
「それは良かった。薬が効いたんだな」
その言葉に笑っていたナルトの表情が固まった。
ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりと首をひねると、意地の悪い笑みを口元に浮かべるイタチを睨む。
「……何であんな事したんだってばよ!」
「緊急だったんだから仕方ないだろう。それにしてもあの状況で変化が解けなかったとはさすがだな」
「話そらさないでってばよ!」
「そんなに怒る事もないだろう? 俺とお前の仲だ、あれぐらい支障ないだろ。それとも俺にされるのは嫌か?」
そうイタチは寂しそうに眉を顰める。
………ああ、ずるい。
そんな顔をされたら怒る気が失せるじゃないか!
ナルトは泣きそうだった。
「………嫌なわけじゃないけど………、他にも方法はあったはずだってばよ」
「指でこじ開けて万が一、声帯を傷つけでもしたらどうする? あれが一番安全だったんだ」
「ッ!! でも何も口移しじゃなくてもいいじゃん!!し かも男同士で!!!」
「お前はお前だ。それに仮にお前が本当に男だったとしても俺はお前に惚れただろうしな。男とか女とかそんな観点は重要じゃない」
涼しい顔でいけしゃあしゃあと言ってのけるイタチにナルトの方が恥ずかしくなった。
顔を真っ赤にするとぷいっと前を向いた。
「……そういうもんだってば?」
「そういうものだ」
好きなものは仕方ないだろう?
断言。
こういう人だとはわかっていたが、こうも当たり前にされると何も言えない。
ナルトは俯くと、イタチの手に自分の手を重ねた。
「………ありがと、だってばよ」
「ああ」
やわらかい息を漏らしたイタチにナルトも微笑むと里へと続く道を見つめた。
すでに陽は真っ赤に燃え、視界の空を赤く染めていた。
同じように赤く染まる道に響く蹄の音がとても大きく聞こえた。
← ↑ →