葉よ盛れ1




 左手の呪印の事なんて、少しも頭に浮かばなかった。


「っ…!!」


恐ろしい速さで襲いかかってくる砂の爪を転がるようにして避ける。
震えに閉じそうになる瞼をなんとか開けたまま相手を睨み、地面を蹴って駆けだした。





**********




中忍試験の最中、突如として起こった異変。





 視界を覆う無限の羽根。





 響き渡った爆発音。









五影会議が中忍試験と同時期に開催される事を不信に思うべきだった。
 試験会場を飛び出したサスケを追って来てみれば、彼は焔のような黒い紋線を全身に這わせて倒れ伏していた。
 そして対峙する砂の瓢箪を背負った少年は、異形の姿へと変じていた。





















   なんだ…これは…何が起こった…?














   四肢に砂を絡ませたあいつは一体何なんだ?

















本能が告げる。




忍としての経験が告げる。

















「…っ逃げようっ…!!」


その怯えが事態を悪化させた。


 サスケとサクラを振り返った自分の脇を我愛羅は過ぎ去り、巨大な爪と化した砂の手をサスケに向かって伸ばした。
それからサスケを守ろうと前に出たサクラは砂に呑まれ、右後方の木に叩き付けられた。










 スローモーションのようにひどくゆっくりと動いた光景に、ナルトは愕然と目を見開いた。






 父は五影会議で里にはいない。

 父の代理で試験を受け持った三代目は結界に閉じこめられているようだった。

 他の上位の忍は、そちらに向かっていて、こちらには誰も気づいていない。





 自分しかいない。
 自分しか仲間を守れない。















覚悟を決めて、そうして我愛羅を見た時だ。
ふいにどうして自分が怯えるのかがわかった。






















(同じだからだ)










自分に封印された炎と、我愛羅を取り巻く砂。






 ナルトは曖昧に口を歪めた。


「仲間を失いたくないんだってばよ」


そうだ。
私には仲間がいる。
畏れている場合じゃない。
 ナルトは強く木を蹴った。






**********






「駄目ですよ」




それ、禁術じゃないですか。


 そう声が聞こえた瞬間に、紫炎の結界が霧散した。


はっとして辺りを見回すと、結界を張っていた音忍がうずくまってそこぞこに倒れている。
そのうちの1人の所に鞘付の太刀を、瓦がざんばらに飛び去った屋根に立てた青年の姿があった。
長い黒髪をひとつに束ね、赤い瞳でこちらを見遣る青年を、大蛇丸は剣呑な、三代目はほっとした目で見た。


「イタチ! …では帰ってきたのじゃな」


三代目は安堵の息を漏らし、声のしたほうを見上げた。
青い瞳と視線が通う。


「遅くなりました。途中救助活動してたもので」
「救助活動じゃと?」
「ええ、砂漠の真ん中で風影くんがぶっ倒れてたんでちょっと寄り道してきました」


口元だけをへらりと笑わせてそう言った金の輝きは視点を転じた。
穢土転生で喚び起こされた初代火影と二代目火影に悲痛な眼差しを向けてから、その2人を己の両脇に配した男を鋭く睨み付ける。


「何て道徳心のない術使うんですか。こんな形で憧れの方々にお会いしても嬉しくないですよ」
「あら、それは悪かったわね。でも、せっかくだからお相手してもらったら?」
「誰かさんが風影くん奇襲してくれたお陰で無駄に体力使ったんでね。…時間かけてなんかいられません」


四代目の言葉に大蛇丸は喉の奥でくつくつと笑った。


「そんな涼しそうな顔をしてよく言うわ。遅れたって言ったけど…そうでもないんじゃない?私の予想よりもだいぶ早いわ」
「連絡された場所になあーんにもなくて、愉快な♪マーク付けてる人たちがいたりしたら慌てて帰ってくるでしょ。全く…諜報部のやつらまんまと騙してくれ ちゃって…」
「それはあなたの教育不足でしょ。私のせいじゃないわ……そろそろおしゃべりはやめにしましょうか。風影を殺し損なったまでか、あなたがこうも早く来てし まった。これ以上予定が狂うのは嬉しくないわ」


大蛇丸はうすい唇をにたりと歪ませると、鈍い光を虚ろな目に宿す影の背を押した。
その振動にきょろりと灰色の瞳が四代目を捕らえ、弾かれたように影が動いた。
初代は木を駆け上がり上方から、二代目を縦横無尽に生えた木の根の間を縫うように走り、下方から。
上下を走る影の動きはほとんど同時。
息の合った動きを目の端に止め、四代目は体勢を低くして構えた。
そうして両手を身体の横に軽く垂らし、次の瞬間手の平にチャクラを集中させる。
チャクラで手の周りの空気を掻き混ぜ、瞬く間に小さな気弾を作り上げる。
意識は影のままに、四代目は遠巻きに固まったしまっている木の葉の忍に叫んだ。


「何ぼおっと見てるんだ!! 早く三代目を医療班の所におつれしろ!ーーーあとイタチ! 俺の同行で疲れてるだろうけど、里で暴れてる蛇を退治してき て!」


ごうごうと唸りを上げる激風と、ぐちゃぐちゃに生えた巨木のせいでちらりとしか見えない青い目にイタチは首肯した。
四代目の言う蛇とは、口寄せされ、今現在里で暴れているものらのことだ。
特に三つ頭の蛇は、巨大な体躯と刃物を物ともしない鱗を縦に忍たちの攻撃を難なく跳ね返し、だんだんと里の中心部へと近づいて来ている。
イタチは立てていた太刀を鞘から抜くと、屋根を蹴った。


 イタチと、三代目を連れた暗部たちの気配が離れていくのを感じながら四代目はにこっと笑った。


「四代目火影として恥ずかしくない程度には強いつもりですけど、どうでしょうか?」


ざっ、と同時に上下から迫ってきた影に、四代目は笑みを顔に貼り付けたまま気弾をそれぞれに投げつけた。
 投げ付けた気弾に影が動きを止めた隙に下段の枝に飛び降り、その間に印を結ぶ。
それに両腕の籠手に仕込んである口寄せ印が反応し、幾多もの三つ叉クナイが出現する。


「っよっと!」


四代目は慣れたようにクナイをつなぐ鋼糸を一気にひく。
途端視界いっぱいにクナイが飛び、八方至る所に突き刺さった。
それを目視することもなく、四代目は”飛んだ”。


 まともに初代、二代目と戦うつもりなど、端からない。
穢土転生は魂が口寄せされ、生贄の肉体が生前の姿を構築してしまったらもはや魂を封印するしかない。
封印しない限り、何度攻撃を与えたところで身体はそれだけ再生するだけだ。
 四代目は瞬転を繰り返して両火影の攻撃を避けながら、しばしその動きを観察して安堵した。


(お二人とも、動きに無駄が多い。…完全に力を復元するのは無理なようだな)


それならば動きさえ制限してしまえば封印はたやすいかも知れない。
四代目は形を決めると、二人を囲むように瞬転で移動しながら、それぞれのクナイに印式を足していった。
と、突如伸び上がった木の根が四代目の進路を阻んだ。
一瞬動きを止めた彼を今度は水龍があぎとを開けて襲いかかった。


「ッ…!!!」


攻撃のタイミングが絶妙でまともに攻撃を受ける。
ちょっと油断したかな、と頭の奥で自分をしかりつつ、激流に押しつぶされながらも四代目はかすかに微笑んだ。
術式が完成していたからだ。


ドバッと水の流れから空中にほおり出された瞬間、四代目は封印の印を結んだ。
合わせ術の発動でお互いに近い場所にいた初代と二代目を囲むクナイらが紫色に発光し、その光が大きくなったかと思うと幾千もの光のクナイとなって半円状に 彼らの周りを飛び回った。
瞬く間に光のドームが構築され、複雑な漢字の羅列がそこを走る。
ーーーそれで完了だ。
 ごほごほと咳き込みながら四代目は封印式がちゃんと発動したのを確認すると、ふー、と水でびしょびしょに濡れた羽織を絞った。
よし、と四代目は顔を上げ、印を結ぶと封印式のドームと共に瞬転した。



と、すぐに戻ってきた。

あっという間の出来事に、大蛇丸はますます表情をゆがめている。


「…ほんと…可愛くない子だこと」
「細かいことをしていないだけですよ」


両火影ごと封印式を瞬転させたのはそういった術式専門に整備された特別な研究室だ。
封印はしたもののあまり複雑な封印ではない。
もしかしたら解除されるかもしれない懸念もあったが、…単に完全に丸投げしてきただけなのでほめられることではない。
けれど、これで相対することが出来る。


「…さて、木の葉をこんな風にした理由はあとでゆっくり聞きましょう。…覚悟はできていますね?」
「私に勝つつもりでいるの?」
「俺をわざわざ里から出したってことは、それなりに評価していただいてるということですよね。多少は自信を持ちますよ」


青にもどった空に、ゆらりと炎の模様に彩られた白い羽織が緩やかに広がる。
大蛇丸の金の瞳が陰湿に細められた。


「それは…少し違うわよ」


ぼこり、と反らせた首が倍にふくれ、開けた口から蛇が頭を覗かせた。
あぎとを大きく開けたままに、蛇は太刀を飲み込んでいた。
その太刀を引き抜いて、大蛇丸はぬめる舌で唇を舐めた。


「どう違うんです?」


四代目は体勢を低くした。


(あれは…草薙の剣か…?)


太刀が鈍く銀に照るのを目で追う。
その端で赤い舌が言葉を紡ぐ。


「面倒でしょ。黄色い虫にがちらつかれるのは鬱陶しいだけ」


舌が伸びる。


「それぐらいには評価はしているけれど…まあ…それだけよ」


次の瞬間、銀の軌跡と白い影がぶつかった。






**********






限界から絞り出したチャクラで口寄せした親ブンは目の前の巨体の名を教えてくれた。

 ああ、感じた通りだ。あいつの中にも化け物がいた。
ナルトは無意識に腹を押さえた。



(こいつも、元はあんなにでかいのかな)


漠然とそんな事を思う。


(夢ん中で出てくる時はでかいもんな。やっぱでかいんだろーな)


自分の中の化け物とは、もう何度も夢で会っている。
小さい頃は札の何枚も貼られた檻の中から響いてくる低い声にうなされ、自分の泣く声で目が覚めるなど毎日。
成長するにつれてそういう事は少なくなったが、今でも声が聞こえる事はあるし、意識すればこちらから檻の前に行くこともできる。
そうした時に見上げたあいつのぎょろりとした目は、樹齢何百年の木のてっぺんを見上げているぐらいに上にある。


(そんなのが私の中にいる)


我愛羅の中に守鶴がいたように。


 ナルトはぎゅっと目をつぶった。


(私もああなっちゃうのかな)


 ずっと1人でいたら。


 誰かを信じることが出来なかったら。


 大切な者がいなかったら。


いつか自分を失ってああなってしまうのだろうか。













 心深くで嘲笑が聞こえた気がした。
ナルトは、上がる息を落ち着かせると、大きく目を開けて前を見た。



「……私はならない」



私は火影になるんだ。
あいつの力も、自分の力として里に還元できるのなら、なんだってする。
そのために、今は目の前のあいつをなんとかするのだ。




力がすべてだと言ったあいつは、私と同じ境遇なのだ。
力がすべてとしか思えなかったあいつには、そこに至るまでの苦しみがあったはずだ。
それを理解できるのは、きっと私だけ。
私があいつを倒せたら、きっと何かが変わる。


「いくってばよ!!」






**********






 下から突き上げられる刀を紙一重で避け、クナイを投げ放つ。
ぐりゅりと肉に鉄が埋まる音がしたが、すぐに大蛇丸であったものはどろりと崩れ、ぼたぼたと砂が落ちる。


(なかなか捕まえられないな)


 がちがちと噛み合う鋼から火花が飛んだ。
刃越しにたりと白い唇が歪む。


「本当逞しくなったわね。どう? うちにこない?」
「火影つかまえて何言うんですか。冗談はやめてください」
「あら、残念ねえ」


かっ! と金の瞳孔が広がった。


「死になさい」


大蛇丸は一端後方に飛び距離をとると、身体の後ろに引いた太刀を一気に四代目へと振りだした。


(……今だ!)


四代目は後ろに飛びながら術を組んだ。


『封印術…白炎閃の術!』


白く発光する炎を中心に燃え立つ紅の炎が大蛇丸を飲み込む。


 が、ひゅん!と空気が避けたと思うと、墨のように黒い髪が熱風に広がった。


「私にそんなものが通用するとでも思ったか、青二才が!」


次の瞬間どすりと右腹部に埋まった痛みに四代目は目を見開いた。