日の和む















 自分は今、かなりすごいものを見ているんじゃないだろうか。



ナルトはごくっと唾を飲むと、大きな目を更に大きくして、前方にそびえるものを見た。


 木造2階建ての、家。・・・・いや、むしろ邸宅・・・・・・。


軽いカルチャーショックを覚える。

「門だってば」


瓦の数は一体何枚だ?というか我が家のブロック塀の間の竹で出来た門との差はなんだろ
う。


「あと、傘だってば」


つつっと目を横にやれば蛇の目傘が立ててある。
とぼりと一歩踏み出して、ナルトはその下に立ってみた。
和紙を透けての陽光はぽかぽかと温かく、傘の下を吹く風も強すぎなくて丁度良い。
わけもなく和んでいると半開きになっていた玄関の戸が開いた。


「・・・・・何してるんだ?」


戸に手をかけてそう言うこの家の主に、ナルトはぽりぽりと頬を掻きながら呟く。


「いや、なんとなく。ここの影の感じが狭くて落ち着くかなって・・・・」
「落ち着かないのか?」
「こんなにデカイと何か落ち着かないってばよ」


ナルトは唸りつつ傘の下から出ると戸のところに立つイタチを見つめる。
趣のある家の雰囲気に飲まれることなく、逆に馴染んでいる様になんとも言えなくなる。


(やっぱうちはってすごいんだってばよ)


火影の家よりでかい家に住んでるんだもん。
まあうちは火影邸に住む事を遠慮してるからってのもあるけど…。


「イタチさんのうちに来るの初めてだってばよ」
「そうだったか? お前のうちと違って汚い所だが・・・」
「・・・・・・・とてもそんな風には見えないってばよ」


一歩家に踏み入ると、埃ひとつなく、雑巾がけ仕立てのように綺麗な廊下が続いていた。靴を脱いだ玄関だって綺麗に掃いた跡がある。
そう靴を脱いでいて、ナルトは、ん? と首を傾げた。
靴が自分の分とイタチの分しかない。


「サスケでかけてるんだってば?」
「大蛇丸のところじゃないか? 弟子入りしたと火影様からお聞きした」
「あー! そうだったってばよ!!」


ぽむっとナルトは手を叩くと、次の瞬間にはこの世の終わりのような顔をした。


「・・・・サスケの首とか舌とか長くなってたらどうしようってばよ〜〜〜」


百面相している彼女にイタチは苦笑した。


「それは無いだろう」












 事の発端は、休暇を利用して新たに術を身につけようと術書を探していた事にある。
必然とナルトと休暇の重なるイタチはナルトと会っていた。



「図書館行ったんだけど、火遁系の絵巻が一本もなくって。やっぱり火遁は人気だってばね」


お父さんの火遁を習う前に、里にある火遁を一通りやっときたくて、とナルトは話す。
 四代目火影はオリジナルの術をこれまでにいくつも創作している。
通り名の由来になった時空間忍術もそうだが、最近ナルトの会得した『螺旋丸』も彼のオリジナルだ。
そして今ナルトの言った火遁とは、白色の冷焔の事だ。
通常の高熱の炎を生み出す火遁ではなく、細胞を氷死させる焔を生み出す火遁。
冷焔による火傷は細胞が完全に死滅している分医療忍術でも治すのに時間がかかる。
派手さはないが効果は絶大だ。

 つくづくあの人は天才だと思う。

その娘でありナルトもそれに劣らぬ素質を持っている。
根気と天性のものに裏付けされた彼女のセンスには感嘆するばかりだ。

 火遁の巻物が無いと残念がるナルトにイタチはそういえば、と返す。


「火遁ならうちにあった気がするな」
「えっ!?」
「火遁はうちはの基本忍術とされていてな。確か蔵にその手の巻物があったはずだが・・・・」
「く、蔵!?」


その単語から大方予想をつけとくべきだったのかもしれない。











「埃がすごいな」
「別に気にしないってばよ。助かったってば」


持ってきてもらった巻物を受け取り、にこりとナルトは笑った。
案内された居間の机に、簡単に埃を払って巻物を広げる。
外見は色もはげ、虫に食われてしまっているところもあったが、中身は十分すぎるほど綺麗だった。


「暗くないか?」
「うん、大丈夫だってば」


満足そうに微笑んで見上げると、イタチも同じように笑んで縁側のほうへ行ってしまった。
自宅の縁側の三倍はありそうな広いそこへ彼は胡座をかいて座ると、腰につけていたポーチをはずし、布を広げた上に中身を広げた。


「手入れ?」
「最近落ち着いてやる暇もなかったからな」
「私もやんなきゃなー。クナイそろそろ研がないと・・・・」


火遁の基本方式の図を見つつ、ナルトはつぶやいた。
すでに頭に入っている知識を図を見ながら復習する。
耳には金属の擦れ合うカチカチという音が入ってくる。


「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」


ナルトは眉を寄せた。
短調な作業をしている分、いやに沈黙が気になる。
ちらりと横目でイタチを見れば、長い前髪のかかる横顔が見えた。
彼は丁寧に手裏剣を並べて数を合わせている。


 ナルトは何本かある巻物を胸に抱くとおもむろに立ち上がった。
ぺたぺたと畳の上を歩いて縁側への敷居を越えるとイタチのすぐ後ろに腰を下ろした。
膝を曲げて座ると背中をイタチの背中にぴったりとつける。
そう凭れていると、はじめは好きなようにさせていたイタチが手は休めずに言う。


「重い」
「イタチさんも私に凭れればいんだってばよ」


にしし、と笑いながら返すと、彼はため息をひとつついて、でも少し体重をかけてきた。ちょうどお互いの加減が合うくらいの案配。
ナルトは微笑むと再び巻物へと目を落とした。














 その案配が崩れたのは、一刻ほど経った時だった。


「・・・・んんん?」


ずずっとナルトの身体が前に傾いていく。
自分で屈折しているわけではない。


「イタチさん?」


彼が凭れてくるのだ。
わざとかと思って肩越しに見たがどうやらそういうわけでもないらしい。
自分の声に反応しないのをおかしく思っているうちにどんどんイタチの身体が倒れてくる。


「どうしたんだってばよ!? ・・わっ!」


顔を見ようとして振り返ったのがまずかった。
傾くイタチの身体を受け止める形になったのだ。
座っている体勢では腕に力が入らず、ナルトは慌てて膝を寝かせるとイタチの身体を支えた。
バランスの言い様にと両方伸ばした足の上に彼の頭を乗せる。


 しげしげとイタチの顔を見たナルトはつぶやいた。


「・・・・・・寝てる?」


イタチは目を閉じ、落ち着いた表情で眠っていた。
耳をすませば微かに寝息も聞こえてくる。


「よっぽど疲れてたのかな・・・」


ナルトにはイタチが座っていて眠るなんて想像できなかったので正直意外だった。


「休暇っていっても何だかんだで呼び出されてるからろくに寝てないのか」


大蛇丸の件、砂との件。
月読として表沙汰動けない自分と違って彼の方にはよく声がかかる。

優秀なのも大変だ。

「・・・眉間に皺残ってる・・・・」


こんな風にじっくり顔を見る機会もないのでナルトは目を凝らすと、イタチの眉の間を指で押さえた。
そのまま額にかかる髪をどけた。


「・・・・・あ、隈できかけ」


つつっと指で目の下を辿ると、濃い影をつくる長い睫が揺れた。
慌てて手をどけるが、イタチは微かに言葉にならない寝言をつぶやいただけで起きる気配はなかった。
しばらく様子を見ていたが気を取り直して観察を再開する。





 綺麗な闇色の髪。
 同じ色の眉と、長い睫。
 すっと通った鼻筋に形の良い唇。





「・・・・・格好いいっていうか、綺麗だったばよね・・・・」


寝顔はだらしなくなるどころかますます端正に見える。
顔だけじゃない。
触れている肩だって、抱きしめてくれる腕だって、全部綺麗だ。


「・・・いっつも、守ってもらってるってば」


ナルトは目を細めた。



 こんなに綺麗な人に、自分は何度も助けてもらって、大切にしてもらって。
言葉に出来ない高揚感に目の奧が熱くなる。


そっと顔の輪郭をなぞる。


「・・・イタチさん・・・・」


ナルトはつぶやいて、ゆっくりとお腹を丸めた。
イタチの顔に影かできる。


「ありがとう・・・・あと、任務お疲れ様だってばよ」


そう微笑んで、そっと眠る彼に口付ける。
恥ずかしくて口にはできないので露わになっている額に唇をあてる。





顔を真っ赤にして目を開けたナルトはそのまま固まった。


「・・・・えっ・・・・」


自分を見つめる、曇りのない、闇色の瞳。

ばっちり、と音がしそうなほどにしっかりと目があったのだ。


 ぶっわあっと首の後ろが熱くなる。慌てて顔を離そうとするのだが、いつの間に回したのか手
でうなじを押さえられて、ナルトは今まで見惚れていた顔を至近距離で見つめるしかなかった。


「・・・い、いつから起きてたんだってばよ?」


「ありがとうの辺りからだ。で、お前がこんな事をしてくれるなんてどういう事だ?」

怒っているわけでなく、明らかに楽しんでいる声音にナルトはますます冷や汗を流した。


「えっ、えっと・・・・その、日頃の感謝をと・・・・」
「感謝?俺が何かしたか?」


純粋にそう言うイタチにナルトは苦笑した。


「いっつもお世話になってるってばよ」
「・・・・そうか?」


釈然としないのかイタチは目を細めると額に手をあてた。
そうしてちらりとナルトを見やる。

「・・・どうせなら口が良かったな」
「・・・少しは恥ずかしがって言ってほしいってばよ」


自分にとっては額でさえ恥ずかしいのに、どうしてこの人はぬけぬけと言えるんだろう。少し苛立って言えばイタチはどこ吹く風と口の端を上げた。


「俺が寝てる時にしといて怒るな」
「なッ!! そもそもイタチさんが寝るのが悪いんだってばよ!!」


びっくりしたってばよ!! とナルトが言うと、イタチも何度か瞬きをしている。


「・・・まあ、俺も驚いてる」
「そんなに疲れてたんだってば?」
「そうでもないよ」


イタチは否定した。
事実最近の任務といってもは里内の事務業ばかりだったので、疲労は溜まっていない。
イタチはしばらくそばにあるナルトの顔を見つめ、空いている手で彼女の頬にかかる髪を撫でた。
そうしてつぶやく。


「お前といると落ち着くからかな」


何ともなしに言うイタチにナルトは目を見開いたが、次の瞬間本当に嬉しそうに笑った。


「私もイタチさんといると落ち着くってばよ」


その言葉にイタチは微笑むと、ナルトの首を解放した。
ほっとしたように息をついたナルトの様子に苦笑しつつ、イタチは心地よさそうに目を閉じた。


「しばらくこのままでもいいか?」
「え?、膝枕?」


首を傾げたナルトにイタチは目を閉じたまま頷いた。


「これって気持ちいってば?」
「ん、落ち着くよ」
「ならこのままでいいってば」


さわさわと吹く風に髪を流しながらナルトはやわらかく微笑んだ。


(修業はまた今度でいいってばよ)


とりあえず借りていこうとは思いつつ、自分の広げた巻物とイタチの手入れ途中の忍具を見つめて、ナルトは身体の後ろに手をついて背中をのばした。
ずっと前傾姿勢だったせいで腰が少し痛い。


 ふとそのまま前を見て、ナルトはぼーっと目を細めた。


「でっかい庭・・・・・」


松とか岩とか、水が流れててカポーンとかいうやつまであるってばよ。

 洗濯物がどれだけ干せるかなー・・・とぼやきつつ下を見れば、再び眠りについた様子のイタチの顔がある。


「・・・・・やっぱうちはってすごいんだってばよ」


何の脈絡もないが、漠然とナルトはそう思った。