黒き牙の4
翌日、父が警務部隊へ、サスケがアカデミーへとでかけていき、朝の慌ただしさも落ち着いた頃、イタチは自分も火影邸へとでかける用時はあったがそれは何
時でもよかったので、庭で空になった洗濯かごを抱えた母の前に立っていた。
母は予想していたのか、困ったように笑っている。
「…そんなに気になる?」
そう聞かれて、母には悪いと思いながらも眼差しをきつくしてしまう。
知りたい。
当たり前だ。
結局昨日よく眠れなかった。
このままではずっとか? と思って母に相対することを選んだのだ。
(ナルトさんはあまり自分のことを話してくれない。…俺に知られるのを恐れているみたいにも感じる)
だからあえて自分からふれないようにしていたのだが、自分の母と彼女が知り合いだというのなら簡単にスルーできない。
でもやはり、彼女が知られたくないと思っているのだとしたら、それに関わることを母に聞き出していいのだろうかとも苦しくなる。
その葛藤が表に出ていたのか、目の前で母がふっと笑った。
「あなたがそこまで誰かのことを気にするなんてね。…ちっちゃい時からサスケのことは可愛がってるけど、他の人に対しては必要最低限で…。大人に囲まれて
育ったのもあるんでしょうけど、基本的に淡泊だからこのまま寡黙すぎる男に育ったらどうしようかと心配してたのよ?」
「…母さん、話をそらさないで下さい」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど…。そうね…」
とりあえず座りましょう、と縁側を指して母が答えを待たずに座ったのでイタチもそれに従った。
庭は太陽の日差しに色濃くひかり、目にまぶしいほどだ。
母はそれをしばらく見ながら言葉を探していた。
「うーん。あー、でも…やっぱり。…イタチ、悪いけどまずあなたがどうしてナルトちゃんと仲良くなったのか教えてくれる?」
「それは…」
躊躇った。
なんとなくあの夜のことは誰かに話してはいけない気がしたのと、実際、”はたけカカシ”と名乗ったあの男に口止めされていたからだ。
あの男はナルトのためだと言っていたからその言葉に素直に従ったのだが…。
母とナルトが知り合いなのであれば問題ないと判断して、イタチは正直に話した。
母はそれを聞いて微かに驚いていたが、気づけばにやっと笑った。
「あなた、ナルトちゃんのこと好きなのね」
「…どうして母さんもサスケも、そういう発想になるんだ…」
「あら、サスケに何か言われたの?」
「…俺の恋人なのか、と聞かれた」
思わず脱力すると、隣で母が肩を震わせて笑いだした。
「やだおかしい! まだ6歳のあの子のほうがいろいろわかってるじゃない」
「…だから俺がナルトさんを好きだとか、そういう前提で話をするのはやめてくれ」
「えー、じゃあなんでわざわざ修行頼んだのよ? 父さんでもシスイでも、あなたが頼みやすい人なんてたくさんいるでしょ?」
いくら助けてくれた暗部でも、同じ里の人間なんだし、普通はわざわざその人に会おうともしないわよ。
そう言われて、イタチはすぐに答えようと口を開いたが、言葉がでてこなかった。
(なぜ、と聞かれると…)
頭に、南賀ノ川のそばの木で夕闇にとけ込むようにいた彼女の姿や、その夜自分に見せてくれた透き通った笑みが浮かんだ。
彼女のいるところだけ本当に色鮮やかに景色が動いて、自分の感覚を貫いたのだ。
今まで起伏のなかった白黒の日常に静かに落とされた空と光の色の鮮やかさが、強く自分に焼き付いたのだ。
だから、ただ単に、
あの人に関わりたかった。
あの人をもっとよく知りたかった。
あの人のそばに、ありたいと望んだ。
(いや、これじゃまるで…)
イタチは顔に熱が集まるのを感じた。
なんとなく母のからかうような視線を感じて、気休めにしかならなかったが口元を手で覆った。
その手の平は微かに湿っていて、ますます顔が熱くなる。
それでも、考えずにはおれなかった。
自分の行動を客観的にみたら、サスケと母の指摘通りにしか思えなかったからだ。
ただ、”恋愛”という対象でナルトをみることがイメージできない。
自分の今のこの気持ちは、もっと敬愛や、憧憬に近い感情のような気がする。
気がするのだが…。
真剣に思案し始めた息子を、ミコトは本当に楽しく観察していた。
(何事にも動じないというか、あまり感情を表に出さないから心配してたけど…)
昨日見たイタチとナルトの様子は、本当に微笑ましいというか、温かい空気に溢れていた。
サスケといるときにふいにそういうやわらかい雰囲気になることはあるが、あんなにも目に見えて楽しそうにしているのを見るのは本当に久々だった。
イタチが生まれたときは大戦後まもなく、未だ小規模な紛争が多く起こっており、当然里の中も少なからず殺伐としていた。
里人全体における子供の数も圧倒的に少なくて、戦いに追われる大人の中で育ったようなものだった。
物心ついたときには今のような物わかりの良い子供ができあがっていたのだ。
忍としての素質は厳格な夫が手放しで賞賛するほど恵まれており、何をしてもそつなくできてしまうし、写輪眼も当然のように開眼させた。
別に全く努力していないわけではないのだが、やはり常人よりはかなり優れている。
そのせいかあまり物事に感動しなくなり、淡々と日々を過ごしてる様子に杞憂がつのっていた。
それがあんな風に笑えるなんて。
それほど、ナルトに対しての想いがあるということだろうか。
まだその感情が恋愛感情だとは気づいていないかもしれないが、イタチがナルトを見る目は、ただ憧れの忍を見るような、先輩として慕うような程度の熱ではな
かった。
(ま、気づくのは時間の問題よね。…あんなにナルトちゃん、キレイなんだし)
それにしても、とミコトは目を懐かしそうに細める。
ナルトを見るのは何年ぶりだろう。
十年以上経っているのは確かだ。
最後に見たのは、あの天災の夜の本当に数日前。
無邪気に遊ぶ彼女のことはまだ鮮明に思い出せる。
素直で優しくて、笑った顔が太陽のように明るくて、実に可愛らしい女の子だった。
それがああも変わるものだろうか。
(本当に、綺麗。…確か16歳よね…。少女っていうよりも、もう大人っていうのかしら…)
蕾だった花が深い香りと共に開き始めたような、絶妙な艶があった。
そして、髪と瞳の色は父親ゆずりで、光に透けるような美しさは女性であるだけに父親よりも華やかに感じた。
表情やふるまいは、元気に溢れていた母親の雰囲気が感じられて、懐かしかった。
昨日もこちらに対してすごく萎縮してしまって本来の明るさはひっこんでしまっていただろうが、それでもイタチやサスケに向けていた笑顔は、昔のままだ。
あたたかい日だまりのような、見ているだけでこちらも幸せになれるようなそんな笑み。
そう、彼女はきっと変わっていない。
でも、こちらへのあの異常なまでに萎縮した態度は、これまでの人生で里の者から受けてきた扱いの原因だろう。
自分とイタチが一緒にいたことで、イタチが怒られると思ったから、とにかく自分に頭を下げに来たのだ。
それを思い出して、胸が痛くなった。
(あの子は何も悪くないというのに…)
悪くないどころか、あの娘がことの顛末をすべて託され、背負い込んだのだ。
背負い込み、そしてしっかりと受け止めている。
確か完全にコントロールができるようになったと噂を聞いた。
噂しかないのは、里の者が彼女を表だって話題にしないからだ。
ミコトはそっと未だ悩んでいるイタチを見た。
(イタチぐらいの世代の子たちは何も知らないくらいだし)
ナルトが暗部に入って表の任務に姿を見せなくなってからはますます情報が減ったこともあるが、それでも里の中では箝口令が布かれたわけでもないのに”うず
まきナルト”のことは話題にあがらない。
話題にあがったとしてもそれはあの夜を経験した者達の間でだけ。
子供らは委細を知らされていない。
一人前の忍となり、他里の関わりが増えれば、いつかは知る事になる事実だろう。
彼女は木の葉にとって一番の戦力であり、他里・他国とのバランスを保つ柱なのだから。
(まあ、でも、何も知らされていないおかげで、イタチはナルトちゃんそのままを見れたんだから、それはよかったかしら)
そう考えて、ミコトは目元を緩めた。
(純粋にナルトちゃんが好きだというなら、誰も止められないわよね)
イタチにとって、ナルトは暗部の”うずまきナルト”だ。
しかし、ナルトに近づけばーーーナルトを知ろうとするならばーーー必ず彼女の中の存在とも相対することになる。
(ナルトちゃんは話すかしら…。話さないかもしれないわね)
むしろイタチと距離をとろうとするかもしれない。
確かにそれは里から、なによりうちは一族からイタチを守る一番簡単な方法だろう。
でも何も理由を知らされずにそれをされれば、イタチは到底納得しない。
(まあヒントぐらいならいいわよね)
イタチは暗部となったのだから、どこかでナルトと任務が共になるかもしれない。
そのうちにイタチがナルトのことを知るのは、火影だって止められないことだ。
ミコトは息子ににっこりと笑った。
「ねえイタチ。ナルトちゃんの名字は?」
「え? ”うずまき”でしょう?」
何で今そんなことを…と怪訝な顔をするイタチに、ミコトは続ける。
「それってね、ナルトちゃんのお母さんの姓なのよ」
「?」
「あ、このお母さんが私の親友…うずまきクシナなんだけど…」
そう続けたあたりで、イタチが「うずまき…」と口の中で言葉を転がした。
そして、僅かに目を大きくした。
「”うずまき”…”うずまき一族”は確か木の葉と同盟関係にあった渦潮隠れの忍…」
「そうそう。クシナも真っ赤な髪が印象的でねー」
「…うずまきクシナ…さんがナルトさんの…。…て、その方は…」
さすが何事にも通じている優秀な息子だ、行き当たる記憶があったらしい。
満足げに微笑む自分の前で、息子は本当に驚いているーーーというかなぜ気づかなかったのかと自分に驚いているような顔をしてつぶやいた。
「四代目火影様が…ナルトさんの父親…」
「そうそう、ミナトがナルトちゃんのお父さんよ。よくわかったわね」
「四代目様は九尾の狐から木の葉を救った英雄として…俺たちの世代では初代様や二代目様の話よりもよく聞くから…」
ああ、そういえばそうかもね…。
木の葉隠れの里の成り立ちや歴代の火影の話はアカデミーなどで子供によく話される。
そこと絡めて忍とは、里とは何なのか、どういうことをするのかに話を発展させるのだがーーー。
(九尾については詳しい説明はしないのよね)
木の葉だけでなく他の隠れ里もそうだと聞くが、人柱力という存在は里の中でも機密中の機密とされて、該当者や関係者も少数に限られ、よほどの事が無い限り
極秘にされる。
木の葉の場合は、九尾の狐事件の後は、”九尾は四代目が自分の命と引き換えに倒した”とアカデミーなどでは説明される。
事件前では全く九尾の話はなかった。
自分とて、クシナと親しくなければ一生知らなかったことだろう。
確かクシナが九尾の人柱力であることは、三忍さえも知らない極秘でなされていた。
自分がそれを知ったのは、妊娠して出産を控えたクシナがさまざまな不安を抱えて精神的に耐えられなくなったときに、自分が九尾の人柱力であると告白してく
れたのだ。
ただでさえ、出産というのは命の危険もあり、またわからないことだらけで不安になるのに、九尾の封印が弱まるということが一番彼女を不安にさせていた。
お腹の子供に何かあるかもしれない。
封印が解けて、里を脅威にさらしてしまうかもしれない。
ミナトもいたし、里としても万全の体制を整えていたとはいっても、やはりどうしようもなく怖かったのだろう。
いつでも明るく元気な笑顔を絶やさなかった彼女が、出産を間近に控えたある日、お見舞いに家を尋ねた自分の前で泣き崩れたのだ。
その日は急な呼び出しがあってミナトもおらず、完全に自分と2人きりだったので感情の抑えがきかなかったと後で聞いた。
『迷惑も心配もかけるだろうからミコトには絶対に言わないって決めてたのに…。あのときはだめだった。ナルトや里をどうにかしてしまったらどうしようって
怖くて怖くて…』
そういった不安はなかなかミナトには話せなかっただろう。
ミナトなら微笑んで力強く「大丈夫」と受け止めたと思うが、そんなことはクシナ自身わかっていた。
わかっていて、ミナトのことを信頼してもいたが、自分の中に生まれた命を誕生させる、という言いようの無い不安は、口にしても際限がないのでできなかった
のだ。
なにはともあれ、それもあってクシナの秘密を自分は知る事になったのだがーーーあの夜の一件ですべて変わってしまった。
(何者かが九尾の封印を解いて……クシナもミナトも、ナルトちゃんを人柱力にして九尾を封印することで…精一杯だった)
あまり詳しくは知らないが、人柱力となった者は、無理に封印を解かれたり何らかの形で尾獣と引き離されたりすると身体が耐えきれなくて死んでしまうとい
う。
封印が解かれ、クシナが死に、ミナトが何とか九尾を封印しようと試みたが、並大抵の封印では九尾の力は収まらず、結局人柱力が立てられた。
二人とも、さぞ辛かったはずだ。
あの夜、自分は非戦闘民の避難のほうに駆り出されていたので、事の顛末を知ったのは本当にすべてが終わった後だった。
夜の帳を裂く九尾のおそろしい声を聞いた瞬間、本当なら、すぐにクシナの下に向かいたかった。
けれどあの恐怖と悲鳴に包まれた中で、自分にできることは限られていた。
そのできることが一段落して、ようやくクシナにーーー遺体が集められた場所へと辿り着いたときには、目の前の現実に頭の中が真っ白になった。
並べられた遺体らの一番奥に、隠されるようにして横たえられたクシナと、ミナト。
二人とも血だらけで、ーーー傷だらけでーーー。
そして二人の顔に泣いた跡があることを見て取った瞬間、その場に崩れ落ちた。
言葉にならない声が喉から止めどなく溢れた。
どれくらい自分はそこで泣いたのだろう。
周りには自分と同じような者ばかりなので誰も自分になど気を向けない。
だからきっとかなり長い時間経っていたはずだ。
きっと誰かの手が肩に置かれなければ、自分は一晩でもそこで泣いていただろう。
そう、誰かが肩に手を置いたのだ。
放心状態だった自分は、それでも肩の重みが無視できなくて、顔を向けたのだ。
そして、声が出た。
「ナルト…ちゃん…」
「…泣かないでってば…」
ナルトだった。
彼女は泣きはらして、自分よりもさらに衰弱しきった顔で、それでも自分に微笑んでいた。
その笑みがあまりに痛々しくて、また涙が溢れた。
「ナルトちゃん…っ」
気がつけば強く抱きしめていた。
1人残された親友の大切な娘が、あまりに気丈にしているから。
胸が、心があまりに苦しかったから、抱きしめずにはおれなかった。
けれども、その抱擁は間もなく止められた。
ナルトの後ろ、自分からすれば正面に誰かが立った。
その気配に目だけ上げて、ナルトを抱きしめながらその人物の悲痛な眼差しを受け止めた。
「ミコト…」
「火影様…」
三代目火影がそこにはいた。
私の漏れた声に、びくっとナルトの身体が震えて、慌てたように両手を突っ張った。
身体を離され驚く自分に、ナルトはまた微笑んだ。
けれど、その目にはーーー怯えと、それから不安ーーーけれどそれを必死に隠して微笑もうとしている不自然さがあった。
両親が亡くなって、その遺体を目の前にしてーーーもっと落ち込んでもいいはずなのに、どうしてこの子はこんなにも自分を律しようとしているのだろう。
それに、三代目の登場に明らかに態度を変えた。
その意味を考えて、はっとした。
「まさか…」
驚愕に、失礼だとかそんなのは完全に抜け落ちて、思わず三代目を睨むように強く見てしまった。
そして、まだ腕の中のナルトを彼女の力を無視してそれは強く抱きしめ直す。
そんな自分に三代目は悟ったのだろう。
自分がクシナの秘密を知っていたこと。
そして、ナルトがどういう存在になったのかを考えついたことを。
眼差しが変わったことに、こちらも確信した。
(ナルトちゃんが、九尾の人柱力になったのね…)
目を見開く自分に、三代目は威厳のある声で命じた。
「ナルトをこちらへ…」
「…ナルトちゃんは、…どうなるんですか?」
「…儂の目の届くところで、他の孤児と同じように…」
「他と同じ…? …それなら、私がナルトちゃんの後見になります」
「ミコト…!」
苦渋に満ちた三代目の声が耳朶を打った。
けれども、ここで退いてはいけない気がした。
三代目を信用していないわけではない。
むしろ、人格者として誇りに思って慕っている。
けれども、それでも譲りたくなかった。
クシナは極秘のもと、九尾の人柱力となった。
誰にも知られていなかったから、木の葉の里で平穏に過ごせていた。
けれどもナルトの場合は違う。
此度の九尾の戦闘には、里にいた戦闘要員のすべてがあたっていた。
ミナトとクシナがその中心となっていたとは思うが、ーーー九尾をナルトに封印した様子はきっと多くのものが見ていたはずだ。
人柱力は、十中八九、その内の尾獣の力を畏れて、人々から迫害される。
クシナのことを知ってから、自分なりに人柱力の情報を調べて知り得たことだった。
だから、この先のナルトのことを考えると、抱きしめる腕に力がこもった。
ナルトはーーー九尾の人柱力としてこの先、上層部から監視がつき、また何かにつけて拘束されるだろう。
ミコトはミナトがいたことでまだ自由にできていた。
けれど、ナルトにはそうやって守ってくれる人は実質いないのだ。
三代目はできる限りのことをしてくれるだろう。
けれど、三代目はナルトのことばかり守るわけにはいかない。
火影なのだから。
だから、三代目が守れなかったら誰がこの子を守るというのだ。
(この子はクシナの大切な宝なの。あの子の家族なの。…私にとっても、かけがえのない子なの…!)
自分がクシナと出会ったのはアカデミーの頃。
時期外れの入学生であったことと、男勝りな性格、破天荒なまでの明るさでかなり目立っていた彼女と、いつも一歩ひいて、うちは一族とはいえ地味だった自分
はなぜか馬が合い、アカデミーを卒業、忍としてスタートし、そのそれぞれ結婚しても関係は密に続いていた。
ナルトが生まれたときは自分のことのように嬉しかったし、何より幸せそうな親友を見ていて自分も幸せだった。
そう、ナルトはーーー自分の子も同じ。
誰かにこんな風に抵抗するのはもしかしたら初めてかも知れないーーーそれでも三代目から眼差しをそらさなかった。
しばらく続いた沈黙を破ったのはナルトだった。
自分が強く抱きしめた時、くしゃりと笑顔を崩して泣き出しそうになったものの、ぐいっと一際とても強い力で自分の肩口を押したナルトはもう笑っていなかっ
た。
とても真剣な顔で、父親ゆずりの空色の澄んだ瞳に泣いてぼろぼろになった自分の顔を映していた。
「ありがとうってば」
「…ナルトちゃん…?」
「私、大丈夫だってば。…お父さんとお母さん、ちゃんと笑ってた。…だから、私も大丈夫だってばよ」
「…え…」
笑ってた?
それは、死の間際のこと?
唖然とする自分の腕の中からナルトは身体を離すと、唇を真横に引き結び自分に向かってぺこりと頭を下げた。
そして、三代目のもとへと自分から歩いて行った。
それが、ナルトと言葉を交わした最後だ。
その後、三代目とナルトが自分の前から姿を消したぐらいで呆然としていた思考がなんとなくはっきりして、自分はすぐにナルトを連れ戻そうとした。
けれどそれはいつの間にかそばに付き添っていた夫によって止められた。
「…っミコト!」
「離して!!」
感情のままに暴れる自分を羽交い締めにしながら、夫は沈痛な面持ちで自分に告げた。
「今回の九尾の襲来に関して、一族に疑いがかけられている…」
「…どういうこと?」
夫は当時既に一族の代表としてあらゆる責任を負っていた。
その夫から告げられた言葉の意味がすぐに理解できず、高ぶっていた思考が急速に冷えていった。
一応落ち着いた自分に、夫は短く言った。
「…終末の谷」
それだけで、夫の言わんとすることがわかった。
終末の谷の戦いは…初代火影の千手柱間とうちはマダラの決闘のこと。
その際、マダラは九尾の狐を口寄せした。
尾獣の中でも最強と謳われる九尾を、マダラはその瞳力で操ったのだ。
確かに、今回突如と出現した様子から九尾が口寄せされたとみてもおかしくない。
そうなると、口寄せできる者として…マダラと同族であるうちは一族がまず疑われるのも不思議ではない。
(でも、そんなことあり得ない)
九尾はクシナに封印されていたのだ。
とても強い封印式で、どんな術の干渉も受け付けない、とクシナが語っていた。
絶対とはいえないが、口寄せの術では人柱力の封印は解けたりしないだろう。
(ああ、でも、こう思うのは私がクシナが人柱力だったと知っているからだわ)
里の者は知らない。
だからうちは一族は疑われる。
仮に濡れ衣だとちゃんと証明されたとしても、一族にとってこの状況は非常にまずい。
柱間にマダラが戦闘を挑んで以来、木の葉隠れーーー千手一族とうちは一族の間には深い確執が生まれたのだ。
それは二代目火影が警務部隊を作り、一族の集落も里の端に定めたことにも表れている。
忍を取り締まる誇りある立場であると謳われてはいるが、体よくうちは一族を里の中枢から遠ざけた一面があるのは事実だ。
木の葉の忍の多くはそう思っていないかもしれないが、少なくとも里の上層部はそう思っているだろう。
そのことに、うちは一族の中で反感を持つ者は多くなっている。
ゆえに木の葉の上層部とうちは一族は水面下でお互いを監視し、隙をねらっているような情勢だった。
そこに今回の九尾の狐襲来の疑い。
里の上層部は一族が潔白だとしても強引に証拠を偽造し、畳みかけてくるかも知れない。
そうなったら今まで表面化していなかった抗争が本格的になる。
血の気がひいた。
うちは一族は里の中枢から遠いとはいっても、木の葉隠れの中ではエリートとされる一大勢力だ。
それが崩れれば、木の葉隠れの里も当然影響を受ける。
当然大きな混乱状態に陥るだろう。
そうなったとき、外部から攻められないとは限らない。
いや、攻められるだろう。
里は大きければ大きいほど、そうなるまでに他の小さな里を吸収、時には敵対勢力して壊滅させた上に成り立っているのだ。
木の葉を狙う輩は他の大里を含めて多くある。
ーーー忍界大戦が起こるかもしれない。
一気に冷静になった自分の身体から手を離し、夫は今度は、包み込むようにやさしく抱きしめてくれた。
「お前の気持ちもわかる。ミナトもクシナも、俺にとってかけがえのない仲間だった。…だが、仮に俺たちが後見になったら、あの娘は余計に危険な状況にさら
される。…うちは一族は、あの娘を守れない。逆に、あの娘の敵となるだろう」
「っ…ふ…っ…」
「ミコト、すまない、耐えてくれ…」
「うっ……」
夫の気遣い声に身体がわななき、涙が溢れた。
それからは遠巻きに機会があるときだけ、ナルトを見守るようになった。
下手に自分が関わっても彼女のためにならないと強く自覚したからだ。
幸いにナルトの周りには同期の仲間が多くおり、アカデミーや下忍として任務にあたるようになっても完全に孤立してしまうということはないようだったのが救
いだった。
(でもやっぱり、それなりに迫害はあった…)
最近はナルト世代が里の戦力として中核を担うようになってきたのでそういった風潮は小さくなってきたが完全になくなったわけではない。
あの夜の惨劇は、今思い出しても背筋が凍る。
経験した者は須く九尾に対して恐怖を抱くのだがら仕方がない部分もあるだろう。
ただナルトがそれを律したというのなら、事態は好転していくはずだ。
(そうだとしても、九尾の件まではまだ話さない方が良さそうね)
一人思案にふけるイタチにミコトはここまで、と線をひくと立ち上がった。
それに弾かれたようにこちらを見上げた息子に、ミコトは「まあ、そういうことよ」と微笑んだ。
「私とナルトちゃんの母親、クシナはアカデミー時代からの親友で、ナルトちゃんともよく一緒に遊んでたの。…九尾の狐事件でクシナが亡くなって…まあいろ
いろあってそれから会えてなかったの。だから昨日会えてよかったわ」
イタチとナルトが出会ったのは偶然で、ナルトにイタチが惹かれたのもたまたまかもしれないが、そのお陰で自分にもうないだろうと思われた接点が生まれた。
(私にどこまで2人を守れるかはわからないけど…)
未だに里の上層部とうちは一族の確執は根強い。
むやみに九尾の人柱力であるナルトと、うちは一族の代表である夫の息子のイタチの交流については表に出さないほうがいいだろう。
自分に出来るのは、そのあたりの注意をそれとなくイタチに促すことぐらいか。
あとは”暗部”という特殊な環境が少しは守ってくれるかもしれない。
それになりより、これからのことは2人にしかわからないことでもある。
縁があれば、関係は深まっていくだろう。
そうなれば、ナルトの方からイタチに自分のことを話す機会もあるだろう。
どうせもう少し大きくなれば、それとなくナルトの秘密については周りからの情報で知れること。
ナルトにとってイタチが親しい存在になれば、彼女は自分から話すべきだと判断するはずだ。
あの子は何事にも真っすぐで、素直で、やさしい子だから。
その日の昼頃。
とりあえず母から話を聞き終えたイタチは火影邸を訪れていた。
元来の用事は暗部入りに際する諸々の手続きだったのだが、事務的なものばかりだったので短時間で終わった。
これからは伝令鳥等の個人宛の伝達法で呼び出しがかかるので、それも今日はないだろう。
逆に今日しか時間がないと判断して、イタチが足を向けたのは資料室だった。
暗部になると、閲覧できる資料が増える。
代表的なのはビンゴブックだろうか。
どんなときでも、なにごとにも対処できるようにと、通常ならば閲覧に規制や申請が必要になる資料や情報も閲覧できるのだ。
それは対外的なことばかりではなく、里に関しての情報も対象だ。
暗部はいうなれば火影の手足である。
何が里の利害であるかわかっていないといけないので、逆に蓄積しなければならない情報も膨大な量にわたる。
イタチは背丈よりも高い棚の間を迷わず進み、ひとつのファイルを手に取った。
里の住民台帳だ。
(四代目様のお名前は…波風ミナト…)
火影についてはその業績をまとめた資料もあるが、今は一般的なもので十分だと判断し用紙をめくる。
ほどなく”波風ミナト”のところに行き着いた。
顔写真と基本情報が載っている。
当然ながらその顔写真には見覚えがある。
火影岩は毎日のようにみているし、彼の写真はアカデミーで里の歴史を学ぶ際には必ずみる。
改めてみてみると、髪や目の色が同じ以上に顔の面影が似ていると感じた。
本当に母にいわれるまで全く考えが及ばなかったが、それに不思議さを感じる程ナルトは四代目の面影を受け継いでいる。
そして、決定的な証拠として、記載される系図には妻の部分に”クシナ”と、そして一人ある子供の部分に”ナルト”とあった。
「……」
知らず息が漏れていた。
母から聞いた話、そして今見ている情報からナルトの存在が現実的になった気がした。
これまでは儚げな雰囲気が浮世離れしているというか、そばにいてもどこか不安だったのだ。
その不安が払拭されてだいぶすっきりしたが、同時に沸いた疑問が大きくなる。
(ナルトさんは四代目火影様の一人娘。それにしては目立っていない…)
四代目はその実力と聡明さを買われて若くして里長になった、若手の忍からすればまさに憧れの忍だ。
その子供となれば相応に持て囃されてもいいと思うのだが…。
(わざわざ公言することでもないが、隠すようなことでもない。…どうしてナルトさんは自分のことを話そうとしないんだ。それに、自分と一緒にいることが俺
にとってよくないことだと口癖のように言うのはなぜだ)
何度か修行をお願いし、実際にそれにナルトは応じてくれた。
けれども必ず人目につかないような場所を選び、ーーー確か簡単な結界も張るほど周りに気を張っているようだった。
最初はあまり人に見せたくない忍術でも扱うのかと思ったがそうではなく、言葉通り、ナルトが自分といるのを第三者に見られないようにするための処置だっ
た。
なぜそこまで気にするのかと聞いたこともあったが、「あー、…まあ、ちょっとね」と本当に申し訳なさそうに謝る姿にそれ以上追求できなかった。
「……」
イタチは眉を顰めながら、ファイルを閉じた。
ナルトの父親・波風ミナトーーー四代目火影まではその情報を私的に見てもいいと思えたが、クシナやナルトのことに関してまでは見てはいけない気がしたの
だ。
(…どうせなら、ナルトさんの口から聞きたい)
別にナルトの個人的な情報を余すことなく知りたいわけではない。
ただ彼女が自分に隠していることが、彼女がしばし浮かべる寂しげな笑みの理由だと思うから、それを知りたいのだ。
知って、できることなら取り除きたい。
そう考えている自分自身を、イタチは鼻で笑った。
それは自分を嘲笑するものだ。
(サスケや母さんが言う通り、俺はナルトさんのことが好きなんだろうか。だが、こんな執着のような感情が、恋愛感情だというのか)
ナルトに会いたいと思う。
叶うならずっとそのそばにいたいとも思う。
周りの人間にどこか淡泊な方の自分がそこまで特定の人物に思い入れるのは確かに好意があるからだろう。
ただ、その好意は同年代の、それこそ女子が頬を染めるような純粋なものではない気がする。
もっと粘質的な、独占的なーーーほろ暗い感情ではないのか。
けれどもそうわかっていても、自分は彼女を求めずにはおれないのだろう。
イタチがそう自決しながらファイルを元の場所に戻したとき、ポン、と誰かが肩を叩いた。
自分の思考世界に入っていたために完全に気配を掴めていなかった。
そのため、イタチは彼を知るものからすればめずらしくびくっと身体を跳ねさせた。
「っおわ!」
「っシスイ?」
自分の反応に驚いたのだろう、肩を叩いた主であるシスイが声を上げて一歩後ろに下がったのを、イタチは呆然とみた。
シスイは瞬きを繰り返すイタチに苦笑してみせた。
「お前がそういう反応するとこっちがびっくりするっての。俺の気配に全く気づいてなかったのか?」
「考え事をしていて…。シスイも調べものか?」
「ああ。といっても個人的な調べものだけど」
そう言ってシスイが手を伸ばしたのは”口寄せ”とラベルのあるファイルだった。
シスイはイタチがいる前にも関わらずパラパラとページをめくっていくので、イタチはなんともなしにその手元をみる。
さまざまな種族の動物の項目が写真や、申告のあった契約者の名前が載ったページが淡々とめくられていく。
そうして彼が開いたのは”蝦蟇”の項目だった。
シスイは契約者の欄を指で辿り、唸る。
その指先が止まった箇所にあった名前に、イタチは目を大きくした。
「え、…ナルトさん…?」
「そうそうナルトさん。本当に蝦蟇と契約してんだな。すげえよなー」
あの気難しい奴らと契約できるなんてよー、としみじみと関心している様子のシスイの腕を、イタチはがし、っと音がしそうな勢いで掴んだ。
それにびくりとシスイがしたのは無視して、「どういうことだ?」と口を開く。
「ナルトさんを知ってるのか?」
「は? 知ってるっつーか、前に任務が一緒になったことがあるっつーか。若手の中じゃ結構有名な人だろ?」
個人的に面識があるわけじゃない、と答えたシスイに微かに頭が冷静になったが、それでも内心穏やかではなかった。
シスイは既に上忍で、本人が見聞を広めたいと公言したことから警務部隊の任務よりも通常の任務に幅広くあたっている。
本人が外交的な性格であるのもあり、そのおかげでかなり交友関係が広いと本人が自慢していたのを思い出す。
ナルトは暗部に所属しているものの、暗部だからといって通常任務にあたらないわけではない。
どこかでシスイと任務にあたることがあったとしてもそれは当然なのだ。
それでもわざわざ資料室でナルトに関する事を調べるのは特別なことな気がした。
そして若手の中では有名ーーー?
自分はあの夜に初めて存在を知ったというのに?
あらゆる疑問がシスイの言葉から生まれた。
それが表情に表れていたのだろう。
シスイが首を傾げる。
「お前がそんな慌てるってなんだよ。ナルトさんがどうかしたのか?」
「いや…」
どう話せばいいか。
ぐるぐるとしてうまく回らない頭に苛々とする。
シスイは何か目的があって資料室にナルトのことを調べに来たのだ。
だが、シスイが何か知っていたとしても、やはりこれはナルト本人に尋ねるべきことのような気も…と躊躇うものの、目の前に知りたいことがあるかもしれない
と思えば、そこにどうしようもなく気持ちが揺れる。
黙り込んでしまったイタチをシスイはしばらく無言で様子をみていたが、苦笑すると彼の額をぺち、っと軽く叩いた。
「時間あるか? ちょっと話そう」
シスイがイタチを伴ってやってきたのは火影邸の随所に設けられているテラスだった。
簡易的なテーブルと椅子のセットが置かれていて、火影邸を囲むように植えられている大きな木々の枝がそれらに影を作っている。
ちょうど今は先客はおらず、シスイはイタチに座るように促して、自分も座った。
「で、ナルトさんがどうかしたのか?」
「…シスイはどうしてナルトさんのことを調べたんだ?」
質問に質問で返すのは失礼だと思いながらも、イタチはどこまで話して良いかを計るために尋ねた。
シスイは全く嫌な顔をせず、あっけらかんと口をすぐに開いた。
「いや、蝦蟇と口寄せ契約してるって話を人伝に聞いたから、ほんとかよー、って思って火影邸来たついでに調べただけだ」
「そうか…」
「だって蝦蟇だぜ? 自来也様、四代目様が契約したっていう口寄せ動物の中でも別格のやつらだ。あいつらが四代目様の子供って理由だけで契約結ぶとも思え
ないから、それだけナルトさんがすごいってことだよな。でも、九尾とケンカになったりしないのかな」
「……九尾?」
今聞き流してはいけないフレーズがあった。
なぜここで九尾が出てくるんだ。
九尾は12年前に四代目が自分の命と引き換えに倒したはずだ。
「シスイ、蝦蟇が九尾とケンカするとは、どういう意味なんだ?」
「え? いやナルトさんって九尾の人柱力だろ? 狐と蝦蟇って種族違うし、どっちも気性荒いって聞くし。ナルトさん取り合ってケンカとかしないのかなって
思っただけ」
「…? ナルトさんが…九尾のジンリュウリキ…?」
ジンチュウリキとは何だ?
初めて聞くワードにさらに戸惑っていると、シスイが「あ、そうか」とつぶやいた。
「お前はまだ知らなかったんだな」
「?」
「みんな一定の歳にならないと話を聞かないからな。イタチは特に中忍になって忙しくなったと思ったら暗部になって…そんな暇もなかったよなー」
「…話がよくみえないが…」
「ああ、端的に言っちまうと、九尾は四代目様に倒されたんじゃなくて、封印されたんだ」
「封印?」
「そう。なんでもこの世界に九尾みたいな尾を持った魔獣が9体いて、ものすごいチャクラを持ってて…現れると何もかも破壊される様から天災として恐れられ
てたんだと」
そして、昔から忍里はさまざまな方法で尾獣を封印して、その大きな力を使役していたらしい。
「封印の方法の中でも一般的なのが人に封印する方法らしい。この封印された人を人柱力って呼ぶ。人柱力は尾獣のチャクラを使ったり、協調してとてつもない
力を扱えるようになるんだけど…尾獣をうまくコントロールできないと逆に支配されたり、精神異常をきたして自害したり…まあいろいろ大変らしい」
「え…でもナルトさんは至って普通に生活を…」
「ああ、九尾を完璧にコントロールできてるらしいからな。普通じゃありえないって聞いたぞ? 九尾って尾獣の中でも性格も力もえげつないって評判だから」
「…ナルトさん…」
イタチは呆然と記憶の中のナルトを思った。
いつもやさしく笑ってる彼女が、そんな大変なものを背負っていたなんて…。
微笑みの儚さの理由はこれか、とイタチは疑問解決の糸口をみつけつつも、眉間に皺を寄せた。
「その話は…結構知られてる話なのか?」
「? まあそうだな。中忍以上になると自然とナルトさんの話を聞くようになるから、そのあたりの連中はくわしくは知らなくても噂は聞いたことあるだろう
な」
ただナルトが任務で九尾の力に頼ることがほぼないので、実際はよくわかんないらしいけど…とシスイは答える。
ますますわからないな、とイタチは困惑がちにつぶやく。
「皆が知ってることなら…どうしてナルトさんは俺に何も話してくれなかったんだ。…そんな大事なこと…」
「ん? お前ナルトさんと個人的に面識あるの?」
驚いた、と目を大きくしたシスイに、これは全部話してもいいだろう、とイタチはうちは一族が襲撃を受けた夜から、暗部入隊が決まるまで修行につきあっても
らったこと、そして昨日の母に見せた態度の様子を告げた。
シスイは「ほー」とか「なるほど」と頷くと、「それがお前の悩みか」、と苦笑した。
「人柱力ってさ、封印された尾獣の存在を恐れられて、大概迫害されるらしいんだ。ナルトさんもそうだったらしい。確か4歳のときに封印されて…両親共に九
尾の一件で亡くなったから身よりもなくて…。九尾を恐れる大人たちからかなりひどい仕打ちも受けていたって噂だ。大きくなるにつれてそれもなくなったらし
いけど。それでも九尾に家族や知り合いを殺された人たちは今でもナルトさんのことを目の敵にしてる。で、そういうのはナルトさんと親しくしてる人たちにつ
いても同様に思うみたいで、ナルトさんに関わると自分もとばっちりと受けるからって関わる人も減って…ナルトさん自身も周りに迷惑をかけたくないからって
自分から必要以上に関わらないようにしてるみたいだ。俺が一緒になったときも、必要以上にコミュニケーションはとらせてもらえなかった」
だからお前すごいな、とシスイは関心したようにこちらを見てきた。
「修行までつけてもらったんだろ? あの人、体術も忍術もずば抜けてるし…なんていうか、形が綺麗なんだよな。無駄がないっていうか。かといってそういう
のを鼻にかけることもないし、…人柱力として力もあるんだからもっと偉ぶってもいいのにさ」
「…ああ。暗部にいるのも、里を陰から支えたいからだと言っていた」
「やっぱりなー。そこなんだよ、俺が憧れるのも」
「『陰から平和を支える名も無き忍』…か?」
それはいつからかシスイが口にするようになった信念だ。
表舞台に名を馳せずとも、里や国の平和のためにできることはたくさんある。
誰にも知られなくとも、そういったことで平和に貢献できる、支える忍になりたい。
シスイが一族の枠を飛び出したのもそういった気持ちがあったからだ。
「四代目様の娘で、九尾の人柱力で、…本当ならもっと目立っていいはずなのに、そうなってないだろ? そりゃ九尾の人柱力だからって疎外されたり、あの人
自身が距離をとってるのもあるだろうけど、…里のためにってしてることでちやほやされたり、目立つのは嫌だって姿勢を感じる」
確かにそれはシスイの目指す姿だろう。
敬愛を込めて話す彼の様子に、イタチは心があたたかくなった。
やはり、ナルトは特別なのだと。
幼いときから先輩と、親友と慕ってきたシスイがナルトをそう思っていることが、とても嬉しかった。
そして、ナルトを慕う自分の気持ちが別におかしいものではない、と不思議とほっとした。
あの夜、カカシが自分にナルトの説明を曖昧に濁したり、ナルトが自分に近寄らないほうが良いと強く言う理由がわかったのも大きい。
けれども、それならばなぜ母はシスイが今した”ナルトが九尾の人柱力”であることまでは教えてくれなかったのだろうか。
そこまで教えてくれれば、ナルトが昨日母とあったときの様子にも説明がついたのに。
(…まだ何かあるのか?)
ふとそんな疑念が浮かんだが今はナルトの大きな秘密を知れた喜びのほうが大きくて、イタチは考えるのをやめると、「いや俺もそろそろ口寄せしたいんだよ
なー」という口を開いたシスイに耳を傾けた。
カリカリとペンが動く音を、カカシは机に頬杖をついて聞いていた。
その目はいくつかの資料を見ながら報告書に向かうナルトの顔へと向けられている。
昼過ぎからカカシのアパートにナルトがやってきて一緒にあたった任務の報告書を作成していた。
それは以前イタチを保護した例の事件に関してのものだ。
あの事件からかなり時間が経ってしまっていたが、ナルトもカカシもお互いに別の任務が忙しく、時間が合うのが今日に至ってしまったのだ。
要点だけをまとめた簡易的な報告書は既に提出してあるので締切を急がされてはいないが、それでもできるときに作っておかないと報告書など後回しになってし
まう。
ナルトとカカシはよく任務が一緒になるので任務書にもよく一緒にあたるのだが、基本的に何事にも真面目なナルトが率先してやってしまう。
そのため、カカシは煩雑としていた卓袱台の上をかたづけてお茶を用意するとあとは彼女を眺めていた。
ナルトもそれには慣れている。
30分以上経っても何も言わず黙々と報告書に向かっていたが、今日はいやに顔ばっかりみてくるな、と視線の強さにペンを一度おいた。
「私の顔になんかついてるってば?」
「いんや、相変わらず綺麗で可愛い顔だよ。ちゅーしたいくらい」
「…またそういうことを言う」
「だって本当だからさ。…俺、ちょっと焦ってるから、もう強引にお前にちゅーしちゃうかも」
「…は? 何で焦ってて、それがそうつながるんだってば」
カカシは昔から本気か嘘かは別にして、自分を女として扱い、こういった発言もばんばん飛ばしてくる。
ふざけたように抱きついてきたりもしょっちゅうで、同期の皆もそういうときは「またか」と誰かが引き離してくれるのだ。
だが今日はなんだか様子が違うし、間に入ってくれる友もいない。
卓袱台の真反対ーーー自分の向かいに座るカカシのいつもと違う勢いに微かに重心を後ろに退けた。
それがわかったのだろう、額宛はないが髪で隠れて片方だけ露わになっている目が細められた。
「そんな構えないでよ」
「別に構えてない。ただ、カカシの様子がいつもと違うから…」
「うん…。あんまり余裕ないからね」
「…余裕?」
意味がわからなくて聞き返すと、カカシは頬杖をやめて机の上で両手を合わせると、さらに強く眼差しを向けてきた。
「あの夜…うちは一族が襲撃されたとき」
「…うん?」
「どうして”うちはイタチ”に顔を見せたの? 名前を名乗ったの? …なんで、あの夜の後も仲良くしてるの?」
「…え…」
一息に言われた内容に、ナルトは一瞬思考が停止した。
(なんでイタチの話に…?)
とてもカカシに余裕がないのと関係があるとも思えなかったが、ナルトは聞かれたことに応えようと口を開いた。
「私のアパートに連れて行くことはカカシも同意したよね?」
「ああ。敵に事前調査されてる可能性が低い場所だったし、何より近かったからな」
「うん、でアパートに連れてって…普通のアパートで目が覚めたときに目の前に暗部が面つけていたらびっくりするだろうな、って思って顔みせて、名前名乗っ
たってば。少しは信用してもらえるかと…」
「…ああ、そう。まあ、暗部は自分の正体を隠さなきゃいけないとかいろいろあるけど、実際あのガキはお前を信用したんだからいいでしょ。で? その後の交
流が続いてるのはなんで?」
「うーん…イタチが修行に付き合ってほしいって言ったからだってば。最初は何回も断ったってばよ? 私と一緒にいたら迷惑がかかるから。…でもすごく真剣
なのはわかったから、…私にできることがあるなら役に立ちたいなって…思って…」
眼差しの厳しくなるカカシの様子に、ナルトは自分の主張に自信がなくなってどんどん声が小さくなった。
でも思ってることはこれが正直なところなので、それをだめだとかどうこういわれても困る。
だからぐ、っと唇を噛んでカカシの視線を受け止めていると、ふっと重かった雰囲気が薄まった。
そっとカカシの手が伸びてきて、口元へと指先がふれてきた。
ひんやりとした自分とは違う骨張った指先の感触に思わず小さく身体が跳ねるが、身体を退いてその手を避けようとしなかったのは単なる負けん気からだ。
その負けん気をすぐに後悔し始めたときには、がくん、と身体の重心が揺れた。
気がつけば、仰向けになっていた。
背中が床についている感覚と、カカシの顔越しに天井が見えてーーーカカシに組み敷かれていると認識した途端身体が羞恥に熱くなる。
慌てて抜け出そうと身体に力を入れるが、それは口元にあった彼の指で阻止された。
仰向けにされたことに驚いて唇を噛むのをやめた自分の口の中に、彼の指が入ってきたのだ。
湿った音と共になめらかに自分の舌をなぞったその指の感触に目を見開く。
さらに驚き動けなくなる自分を、カカシは漆のように光る黒い目で見下ろしていた。
「お前は無防備すぎる…。報告書のために俺のうちに来て男と女が2人っきりで過ごすのはまあ仕事だからスルーしてあげるけど、こんな簡単にさわらせちゃだ
めだよ」
「っ……」
くち、と湿った音が自分の口から漏れて、それがなんだか恥ずかしくてナルトは震えた。
無防備?
簡単に触らせるな?
そんなこと言われても、これまで家族のように共に過ごしてきた相手をどう警戒しろというんだ。
カカシは父のミナトが目をかけていたことがあって、本当に小さいときから一緒にいた相手だ。
幼い頃から優秀で、大戦中も最前線で活躍しーーーチームメイトでもあった大切な友から写輪眼を受け継いでからはさらにまわりからの評価は上がっていった。
そんな頃、自分は九尾のコントロールに集中していたので一時まったく会わない時期もあったが、終戦し里内部も落ち着いてきてからは自然ともとに戻った。
ただ小さいとき、彼にもいろいろあって、当初、とにかく淡白でルールや論理性を重んじていた彼は、再開したときにはのらりくらりとした風体に変わってお
り、そんなときから自分に対して過剰にスキンシップをしてくるようにもなった。
一体なんなんだ、と戸惑って怒ったときもあるが、基本的にへらへらと笑っているのでからかっているんだな、といつからかあまり考えなくなったのだが…。
今目の前のカカシはへらへらと笑っていない。
オフの日はいつものような口元を覆う服を着ていないので、その端正な顔が真剣な表情で自分の前にある。
もう15センチほどでお互いの鼻先が触れ合う距離で改めて彼の顔を見て、そして身体にふれる自分以外の肌のあたたかさに心臓がばくばくと動き出した。
顔が熱い。
きっとどうしようもなく赤くなっているだろう。
それが分かって、目に涙が滲むのを感じた。
ふ、っとカカシが苦笑した。
「…お前、俺のこと家族みたいにしか思ってないだろ? でも俺はずっと…知り合ったときからお前を女として見てる。だから、そんな顔赤くして、…可愛い顔
されたらさわりたいし、キスもしたいし、抱きしめたいって思うわけ。…ねえ、ナルト、俺と付き合おうよ」
「!っ…」
なんだそれは、こんな突然告白まがいのことをされても困る!
舌が動かせず話せないので批難する色を眼差しに込めると、彼の指が大きく動かされた。
舌の上や上顎、歯の裏をなぞられて、くすぐったいような感覚に身体がびくりと大きく反応した。
「…っ、ふあっ…」
「敏感だな。……ナルト、いやなら、俺の指噛みなよ。あまりに痛かったら、俺、指出すかもしれない」
その目には一切ふざけてる様子がなくて、ナルトは静かに大きく目を見開いた。
なんで、なんでこんなことになっているんだ。
ってかイタチの話してただけでーーーそれがカカシが「余裕がない」って言ったのとやっぱりつながらない!
わけのわからなさに沸々と怒りがわいてくるが、両手両足はがっちりとカカシに抑え込まれて動かせないし、話せもしない。
かといってカカシの指を噛むような…彼を物理的に傷つけることも躊躇われてーーー気づけば涙を流しながらふるふると首を横に振っていた。
とりあえず解放してほしかった。
自分の反応をじっと見ていたカカシは、ため息をつきながら微笑んだ。
ゆっくりと指を口内から抜いて…でもまだ唇を上を指の腹で撫でている。
濡れた目でただ瞬きを繰り返す自分に、カカシはやわらかくなった表情で言った。
「…お前があまりにあのガキにやさしいからヤキモチ焼いてる。ごめんね、こんなことして」
「…カカシ…?」
「だってずっと一緒にいた俺でさえいろいろ我慢してるのに、あいつ直球すぎなんだもん。…年下だとはいえ、今日みたいに無防備になったらだめだよ? あい
つも男だから」
「??? あいつってイタチのことだよね?」
「…お前絶対いろいろわけわかってないだろ。まあ、いいよ。そういうとこ鈍感なのはもう仕方ないから。だから、忠告しとくぞ」
忠告?
とますますきょとん、としてしまうが、カカシの言葉だ、とりあえず聞こう。
そうじっとしている自分に、彼はとんでもないことを言ってくる。
「あいつはお前に惚れてる。…お前にその気があるならいいけど、よく自分の気持ちがわかってないならあいつとは適度に距離を持てよ」
「………は?」
「うん、だからよくわかんなくてもいいから。でも俺は忠告したからな」
そう強く言って、ようやくカカシはナルトを解放した。
手足の拘束もとけたので、ナルトはとりあえず彼がさきほどまで自分の口に入れていた指を掴むとごしごしと自分の服の裾で拭いた。
そして首を傾げる。
「…よくわかんないけど、忠告は忠告として受け取るってばよ」
「そ、ありがと。…それより、そんなに拭かなくてもいいんじゃない? 俺の楽しみ奪わないでよ」
「楽しみってなんだってば!? …あ、結局カカシはなんで余裕ないわけ?」
「…。……はぁ−。もういいよ。それは忘れてくれ」
綺麗になってしまった指をナルトの手から引き抜いて、カカシはそれは盛大にため息をついた。
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