温もり光る2





    

 自分をベースにして年齢を変える変化は、イメージというよりは自分の身体のチャクラの流れを感じ取ることが大切だったりする。
変化する容姿を自分でイメージするというよりは、身体が持つ形のイメージというか、チャクラに染み込んだ遺伝子の形というか、その流れを生かして術に組み 込むのだ。
ゆえに、幼い者が年齢を上げれば未来の自分の姿に。
逆に今の年齢よりも年齢を下げるのであれば幼かった頃の自分に。
けれどもやはりあくまで変化の術なので、実際の成長(もしくは若返り)した姿と寸分違わないかと言われれば嘘になる。
そうはいっても、その者の未来、過去をうかがい知れるという点が特色の変化である。











 そうして、煙の中から現れたのは、実に綺麗な女だった。



 ほっそりとした体躯に服の上からでもわかる、ふっくらとした胸。
すらりとのびた白い腕や足はどこか艶めかしく、そんな身体に美しい金色の髪が流れ落ちている。
大きな青い目は少し丸みがとれたがやはりぱっちりとしていて長い睫が瞬きの度に揺れている。
ほのかに紅潮した頬や唇の色が鮮やかで、いやに色気がある。
服はもともと大きかったのか、多少窮屈そうだがほっそりとした身体には丈が短いというだけで特別な違和感はない。


(……想像、以上だな)


 イタチは感嘆した。
普段のナルトと、暗部のナルトを知っていて、彼女が可愛らしくもあり、そして綺麗な容姿をしていることは知っていた。
けれど、本当に想像以上だった。
言葉を失ったのは自分だけではなく、カカシも四代目も呆然とナルトを見つめている。
隣のサスケなどもう放心状態だ。
…と、がばっとカカシが立ち上がって真っ正面からナルトを見つめた。


「やっぱりあれは錯覚なんかじゃなかったんだな…お前がまだ赤ん坊の頃に感じたあの感覚は運命というやつなんだな……」


ぶつぶつと呟くカカシに見た目は大人でも中身は12歳のナルト、不信感たらたらだ。


「カカシ先生何言ってんだってばよ」
「ナルト! 俺と結婚してくれ!」
「何でそうなるんだってばよ!!」
「わわっ!」


ダイブしてきたカカシをナルトはさっと身を退いて避けたので、彼はそのまま畳につっこんだ。
とそこにいるとつかまりそうなので四代目のほうへとナルトは身体を寄せた。
四代目はナルトを片腕で囲みながら、「うわー」と間近で(仮)未来の娘を見て関心している。


「ナルト、かわいいかわいいとは思ってたけど、少し大きくなると綺麗系になるんだね。すっごい綺麗! お父さん、びっくりだよ」
「えー、私はかわいくも綺麗でもないってばよ。お父さんは親ばかだってば」
(いやいやいや、平均点以上だろ)


そう内心サスケは突っ込んで、先ほどダイブしたカカシを横目で見遣る。
確かにこんなナルトを見せられたら、さらにライバルが増えそうだ。


(カカシはただでさえこんなんだってのに)


ちら、と横を見れば、端正な横顔は食い入るようにナルトを見ている。


(兄貴、どこでナルトと知り合ったんだよ…)


自分にとって一番のライバルは、きっと実の兄だ。


 イタチという男はなんでもそつなくこなす。
それは任務でも、人間関係でもそうだ。
そつなく抜かりのないようこなし、そしてーーー深入りしない。
周りに対しても関心がわかないのか、かなり淡々とした対応をしている。
それを冷たいとは言われないのは、イタチの人徳だろう。
けれどもやはり淡々とした性格をしている。
実の弟である自分には幾分か感情の起伏があるが、それでもめずらしいくらいだろう。
それがナルトに対しては全くその常識が成り立たない。
実に表情豊かに、さらには笑みまで浮かべているのだ。
12年間一緒に暮らしていても、物心ついてからーーー兄が笑っているなどきっと数えるほどしかなかった。
それがナルトの前では違うのだ。
弟としていろいろ考えるのは当然だろう。


 とにかく、兄・イタチはどうもナルトを特別に思っているのだ。
それは自分が抱いているのとおそらく同じ類の感情。


(これ以上の障害がいるかよ)


ナルトもとてもイタチを信頼しているように見えるのが余計癪だ。
以前ちらっとナルトになぜイタチと知り合いなのかを聞いたら、「お父さんの護衛にイタチさんがつくことが多いから、いつからか」と言っていた。
けれど、それだけの接点でここまで親しくなるのだろうか。
うーん、とサスケが悩んでいるうちに「先生、もういいでしょ? そろそろ帰って下さい。ほらカカシも起きて。君も帰りなさい」と2人を追い立てていった。


「邪魔したな」
「ほんとだってばよ」
「ナルト−!!」
「はいはい、カカシ先生、また明日ね。おやすみなさーい」


慣れているのかあっさりと自来也とカカシを四代目と見送り、ピシャンと戸を閉めたナルトは、さてと、踵を返した。


「さて、お風呂入れてくるってばよ。お父さんはゆっくりしてて」
「いつもありがとう」


そう言ってぱたぱたと廊下を行ったナルトを見送って、四代目は居間に戻った。
そこではイタチとサスケが余分に出していた卓袱台を片付けていた。
ああ、その辺で大丈夫だよ、と押し入れにしまいながら四代目はふう、と一息つく。


「ごめんねー。先生もカカシも悪気はないんだけど」
「いえ、…びっくりはしましたが、…一番大変だったのはナルトだと思います」
「ん? 私??」


準備だけなのですぐ戻って来たナルトは、すでに変化を解いていた。
それにほっとしたり残念に思ったりしているうちに、ナルトは台所に姿を消した。
後片付けか、とイタチも立ち上がって台所へ行ったので、うわっとサスケが焦ったとき、四代目が口を開いた。


「そういえば、サスケ、カカシに習って千鳥ができるようになったんだよね?」
「え! あ、ああ、…まだ回数はそんなできない…けど…」
「いや謙遜することないよ。すごいよ。あれはカカシがかなり考えに考えたもので、雷の属性を持つ忍でもセンスがいる。というか、カカシが誰かに教えるのも 初めてだ」
「え……」
「君は知ってるだろ? カカシはちょっとひねくれてるから、本当に自分が認めた人間にしか、それこそ術なんて教えたりしない」


君は、認められたんだね。
やわらかい笑みと共に四代目はそう言って、サスケの頭に手をやった。
そうして、そっと撫でる。


「おせっかいかもしれないけど…君は十分頑張ってる。でも、君はとても自分に厳しいから、無理もそれだけするでしょ? ほどほどにしないと身体が故障して 動けなくなるよ」
「…俺は、そんな…がんばってない…」


なんで、こんな事を自分に言うのだろう。
サスケは四代目の手をそのまま頭の上に感じながら、俯いた。
言葉に表現できない感情がわき起こって、静かに唇を噛んだ。


がんばってたら、ーーー力があるのなら、ーーー。


「俺は…我愛羅に勝てなかった」
(うーん、そこねえ…)


するりとサスケから手をどけて、四代目は眉を下げた。
彼の言う「我愛羅に勝てなかった」は、半尾獣化した我愛羅との交戦のことだ。


(あれは、誰が相手にしても…勝ち負けというか、生きるか死ぬかの相手だよね)


サスケはそれが理解できた上で、なぜナルトが我愛羅を倒せたのかーーーそこが納得できていないのだろう。
彼にとって、ナルトは庇護すべき存在なのだ。
それが庇護するどころか逆に守られ、結局倒してしまった。

ナルトはガマブン太のアシストがあったからなんとかなったと言っていた。
我愛羅のあの尾獣化は一種の術だったらしく、それをガマブン太が知っていたので危機を回避できたのだ。


(たまたまだよ、では納得できないよね)


これまで築いてきた自信がズタズタになってしまったのだ。
今の下忍世代の先頭を走って来た彼にとってはとても大きなことだ。
プライドは、彼を純粋な高みまでのぼらせる面も、踏み入れたら戻れない暗がりへと進ませる面も両方持っている。
それのどちらを選ぶかは彼次第だ。
思うのは、選んだ道にあとで後悔をしないのならばいい、とそれだけだ。

だから、自分にできるのは事実をありのままに話すこと。


「ナルトが勝てたのは、たまたまだよ」
「たまたまって…! たまたまであんな化け物を倒せるのか!?」
「! …化け物…。化け物…ね」


そうか、化け物…か。
化け物に、なるのか。


一瞬言葉につまり、四代目は口元を手で覆った。
固まった思考を働かせる。


「口寄せしたガマが術の解き方を知ってたんだよ」
「…そうだよ。あの口寄せだって…俺の知ってるナルトは、あんな大きな術…」
「君だって千鳥を覚えただろう? ナルトも自分なりに頑張って、成長したんだよ」


それは素直に認めなさい、と四代目は穏やかな口調で、けれど有無を言わさない声音で言う。
じっと青い瞳を睨む黒い瞳が、小さくたじろいだ。


「…それは、わかってる。でも、…俺がどれだけやったって、ナルトにも勝てねえし、それに、…この調子じゃーーー」


兄貴になんて追いつけない。
また俯いたサスケの消え入った声の焦燥に、四代目は微かに瞠目して、けれど微笑んだ。
もう一度その頭をくしゃり、と撫でる。


「イタチだって最初は下忍だった。人より昇格が早かったのは人出が足りなかったのもあるし…、でも彼が与えられた立場よりさらに上を目指して努力したから だ。はじめから強かったわけじゃない」
「……」
「忍に生まれた以上戦いばかりの生活。生きるためには強くなるしかない。…なぜ戦うのか、なぜ強くなりたいのか、自分なりの答えを見つけなさい」
「……なんだよ、それ」


そんなの、忍だからじゃないのか?

掠れた怒った声が四代目に噛み付くけれど、当の四代目はわしゃわしゃとサスケの頭を撫でて笑う。


「それじゃ50点」
「はあ? じゃああんたの答えはなんなんだよ?」
「俺? 俺はナルトが8割、里が2割ってとこかな」
「はああ??」


どういう意味だよ、と苛立ちを通り越して呆れた声を出すサスケに、四代目はふふ、と綺麗に笑う。
それがまた様になっているのがサスケに有無を言わせない。


「君の正解は君にしか出せない。ま、今の君の答えが”忍だから”なら、お風呂入りながらなんで忍だと戦って、強くならなきゃいけないのか考えてみなさい。 はい、立って立って」
「っいきなりなんだよ!」


はい、いそいでいそいでーと四代目はサスケの背を押して一緒に風呂場へと向かった。
脱衣場でからかう調子でサスケの世話を焼く声が聞こえてくるーーーのを聞いて、そっとナルトは台所の暖簾をあけた。
そして居間に入り卓袱台に雪崩倒れる。
そんな様子をイタチは苦笑混じりに見つめて、すぐそばに腰を下ろした。
台所と居間は隣り合っているので、いくら食器を洗ったり片付けたりして音を出しているとは言っても居間で話している事は筒抜けだ。
 サスケを風呂場に送り出した四代目が居間に戻って来ると、ナルトは勢い良く顔を向けて睨んだ。


「っ…全部聞こえてるってばよ!!」
「あー…ごめん、そうだよね。…いやあ、サスケがかわいくてつい熱くなっちゃった」


かわいい!?
と目を点にしている娘に苦笑しつつ、四代目も座ってテレビをつけた。
一応とニュースをチェックし始める。
イタチは控えめに、けれど声をかけた。


「火影様、すみません…」
「いや、サスケはお年頃だからね。君には甘えたいけど甘えられなくなってるでしょ。…カカシがもっとうまくフォローできるといいんだけどね。彼も子供っぽ いところがあるから」


むしろごめんね、と謝る四代目にイタチは眉を下げる。
隣でナルトも、少し気持ちを落ち着かせたのか静かな表情でテレビを目に映してーーーけれど立ち上がった。


「ちょっと自分の部屋にいるってばよ。用事があったら呼んで」
「ん、わかった」


明るい笑顔でそう言って、ナルトは居間を出て行った。
階段を上がる足音がほどなくして聞こえて、パタンとドアが閉まる音が続いた。


「………」
「………」
「……あの、火影様…」
「うん、お願いしてもいいかな?」
「……え?」


ナルトの様子が気になって部屋に行ってもいいか尋ねようとしたら逆に言われたので驚いていると、四代目がテレビからイタチへと目を転じ、切なげな笑みを浮 かべた。


「一尾が…サスケに化け物に見えたのは仕方ない。…けど」


さきほどの会話でサスケが何気なく使った表現は、一尾ーーー守鶴が九尾と同じ類いのものだと知ったナルトにとっては、自分に向けられたものと同等の意味を 持つ。
里の大人達からは言われたことがあるだろう表現を、同じ世代の、それも仲間に言われるのはとても堪えるだろう。
自室に行ったのは、自分とサスケの会話に思うところがあるからだろう。
そうでなければ、イタチやサスケという一応の客がいるときに自分の部屋にはいかない。


だからナルトが自室に行ったのは、自分の気持ちを落ち着かせるためだ。
ナルトは九尾に関わることで自分の前で弱音を吐かない。
自分が傷つくと思っているから。
九尾を封印したことを、後悔させると思っているから。


「そんなこと、ないのにね。…」
「火影様…」
「君になら…ナルトは話せるかもしれない。だから、お願いできるかな?」
「…はい」


イタチは沈痛な面持ちでうなづくと、居間を出た。




足音を思い出し、階段を上がって気配を辿れば、すぐ左手の部屋に彼女がいるのがわかった。
ドアはしっかりと閉められている。
 イタチはノックした。
部屋の中の気配がびくりと動いた感じがした。
けれど、イタチは声をかけた。


「ナルト、俺だ」
「…イタチさん?」


驚いた声が聞こえて、少ししてドアが開いた。
そこには不思議なほど大人びた雰囲気を持った彼女の顔がのぞいていた。
子供離れした、本来なら子供が考えなくてもよいような感情が、彼女の幼さを凍てつかせる。
それは”月読”の面をつけているときの、彼女の孤高さと同じものだ。
 イタチはそれを感じながら尋ねた。


「入ってもいいか?」
「えっ…うん」


 ナルトは小首を傾げながらも了承してくれたので、彼女の部屋へと入る。
入り口から正面の壁沿いに机やベッドがあり、そのベッドの方は大きな窓がはめ込まれていて星明かりが多く入って来ている。
そのことにイタチは眉を顰めた。
暗いところに慣れているせいか最初は意識しなかったが、ナルトは部屋の電気をつけていなかったのだ。
と、ナルトがそのことに気づき、さっと視線をライトのスイッチにやったが、今更だと思ったのだろう。視線を彷徨わせている。
その顔が強張っているのに気がついたが、イタチは一瞬迷った末、ドアをしっかりと閉めた。
そして、込み上げた衝動のままにナルトを抱きしめた。
小さな身体は、すっぽりと自分の腕の中に収まってしまう。
細い肩や腰回りは、このまま力を込めたら折れてしまいそうだ。
けれど、ふっくらとした女性らしいぬくもりも感じながらーーーイタチは消え入りそうに感じたナルトの気配に、抱きしめる腕に力を込めた。


「…っ、イタチさん!?」


ナルトの戸惑う声が聞こえる。
自分でも、大胆なことをしているとはわかっている。
けれど、電気もつけていない部屋で、1人でいようとした様子が我慢できなかった。


「ナルト……」
「えっ…わっ…な、なに??」


名を呼べばびくっと身体を震わせてナルトが腕をつっぱって顔をあげようとしたので、イタチは微かに腕の力を緩めた。
至近距離で視線が絡む。
そのことにまた彼女が驚いて身体を震わせた。
けれど、逃げようとはしない。
何度も瞬きを繰り返しながらも、彼女は自分の視線を受け止めてくれた。


「イタチさん? …えっと、どうしたんだってば?」
「サスケのことだ」
「え……イタチさん、気にしてるんだってば? そんな、大丈夫だってばよ」
「……ナルト、サスケはお前のことをそんな風に思ったりしない」
「…だから、大丈夫だってばよ」


そう言ったナルトは、笑っていた。
笑って、言った。


「大丈夫。だって…」


言われ慣れてるから。


「………っ」


イタチは絶句した。


(確かに…)


確かに、そうなるかもしれない。

里の者は、陰で彼女のことを”化け物”と呼んできた。
そういったことは、他の里でも同じだと聞く。
大戦を経験した者は、他里で九尾のような存在が兵器として、他里を牽制するようなものとして扱われていることを知っている。
そして、そういったことが当たり前の里であっても、迫害がひどいとも聞く。
人柱力ととよばれる者が、しっかりと力の制御ができていたとしても。


 木の葉では、九尾の力を、その姿を、皆が目の当りにした。
あの地獄そのものだった一夜は、人々に思い出したくなくても、そうはできない大きな爪痕を残した。


 そして、木の葉では人柱力という存在も、当たり前ではなかった。
四代目火影の封印術が一流のものだとしても、あの地獄を完全になかったことにはできない。


 あの地獄を、九尾という脅威を、………”化け物”を、なかったことにはできない。

九尾への恐怖と、悲しみと、憎しみを、”化け物”を封じられたナルトに、どうしても向けてしまう。
その姿を見たら、名前を聞いたら、あの夜のことを思い出すから。






そして、彼女を否定する。
彼女がすべての根源だというように。


”化け物”という言葉は、あの夜、九尾を見たものたちがナルトに対して投げつけていたものだった。
それは彼女が物心ついた時から、肉親以外の者達から呼ばれてきた名だったのだ。
けれども、慣れるはずが無い。
でも、今笑う彼女は、もはやそのことで流せる涙を持っていないのだろう。


 ”慣れている”と言ったナルトに、そうか、とイタチは納得する。
納得して、やるせなくて、彼女の肩に額をつけて顔を埋めた。
さらに密着したことに、細い肩や首がびくっと一度大きく震えた。


ああ、こういうことには慣れていないのだな。
きっと父親ぐらいにしか、抱擁などされたことがないのだろう。
経験の話であればそれは自分も同じ事だ。
けれど、自分は肉親からの愛情や、周りからのぬくもりに飢えて育ってきたわけではない。
物理的なやさしさがなくとも、日常の会話や生活のやりとりでそれを得てきた。
むしろ、一番の悲劇を受けたと同情され、過保護にされた。
けれど、ナルトは違う。
やさしい言葉も、心配されることも、まして今自分がしているような抱擁なんて、きっと慣れていないのだろう。
イタチは顔を上げると、抱きしめる腕を解いて、代わりにナルトの顔を両手で包み込んだ。


「…怖かっただろう?」
「…?」
「我愛羅を見て…、怖かっただろう?」
「……、え?…」
 

一番大きく、ナルトの瞳が動いた。
やわらかそうな淡い色の唇がわななく。
 イタチは、その表情を読み取ろうと目を細めた。

………震えながら薄紅の唇が薄く開き、言葉にならない音がこぼれる。
ふっと彼女は目だけ俯いた。
掠れた声が自分と彼女の間の空気を震わせる。


「…いたち…さん…」
「九尾は…九尾のことは、お前自身がよく知っているだろう?」
「………」
「怖かっただろう?…我愛羅を見て、いろんなことを考えたんじゃないか?」
「…それは…」



九尾が”化け物”と表現されることは、ーーー残念ながら否定できない。
自分は自分の中のその姿を目の当たりにしてきたし、それが一尾と酷似していたことも、否定しない。
自分の中の封印の中で、唸り声を上げて自分を脅かす九尾の姿を、声を、ナルトは知っている。
ナルトが、九尾は”化け物”だと思っている。

ーーー怖かったのは、事実だ。
自分も何かのきっかけでこうなるのだろうかと、怖かった。
けれど同時に、自分を追い込み、常に薄暗い影を背負う彼に同情した。
辛くないわけがないと。
いつかゆっくりと話ができたらいいのに、と。
自分で理解できることがあって、それで助けになることがあるなら、と。
彼も、自分も、”化け物”ではないのだから。


 だから、サスケが”化け物”と言ったことは確かにショックだった。
彼がそう表現する気持ちはわかる。
自分だって、この境遇にいなければきっと同じ事を思っただろう。
何も知らないのだから。

けれど、それでもやはり、辛く感じる。
我愛羅をーーー化け物だと言ったサスケの言葉が、真っすぐに刺さる。

その表現に、一気にいろんなことを考え、そして同時に、自分との力の差を気にするサスケに罪悪感を感じた。
自分は、既にサスケよりも強い。
それこそ、里のなかでもそれなりのレベルにいる。
暗部に所属している。

 そういったことをすべて隠して、自分は仲間たちとの楽しい時間を甘受しているのだ。
それは、手放したくない。
自分の真実をすべて偽った上の信頼と友情であっても、掴んでいたい。


 そういったことを考えて、胸が苦しくなって、少し一人で消化したかったのだ。
けれどイタチが来てくれて、あれほど沈み込んでいた気持ちはすっきりと落ち着いていた。
同時に、どうしていいのかわからなくなっていた。
こみあげるこの感情はなんなのだろう。
むずがゆくて、逃げ出したくなるけれど、このまま離れたくない、変な感情。


きゅ、とイタチの胸元の服を掴んで、ナルトは喉を震わせた。
熱くなる目を、それでも彼の黒曜石のような瞳に向ける。


「…だめだってばよ…」
「…だめ?」
「そんなに、やさしく…しないで…」


小さな声で言ったナルトの大きな目から涙がこぼれて、頬を濡らした。
イタチは自分も泣きそうに顔を歪めて、息を吐く。


「…ナルト」
「なにも…言わないで…っ」


これ以上言われたら、甘えて…しまう。
縋り付いて、頼って……信じてしまう。
この人は、自分をみてくれると、理解してくれると、思ってしまう。
ーーーそれは、自分にとってはタブーなのだ。
信じても、自分の存在はなかったことにされる。
信じたくても、嫌われてしまう。

同期の仲間には、”ドタバタで、おっちょこちょいな、うずまきナルト”という表層を見せている。
それが素直な自分には違いない。
でも、今目の前にいる人は、自分の本来の姿を知っている。
だから、歯止めが利かなくなるだろう。
自分の事情を知ってくれているからと、頼って、甘えてしまうだろう。
それは、いけないことだ。
だから、手遅れになる前にーーー。


 イタチから離れようとしたナルトは、けれど腰のあたりに腕が回されて、全く動けなくなった。
それに反射的に抗おうと思いっきり身体を動かしたら、無理なほうに力が入ってかくん、と体勢が崩れた。
あっ、としゃがみこむようになった身体を、さきに膝をついたイタチが下から受け止めるように抱きとめた。
ーーー気づけばドアを背に床に座った彼の足の上に座り込むような体勢になっていて、一瞬で体中に熱が走った。
さらに感情が高まって、視界が涙でかすんで何も見えない。
抗議しようと開いた口からは、ひきつった声しかでなかった。


「イタチさん…!! 」
「…俺はやさしくない。事実を言っているだけだ」
「っ…そんなことないってば。イタチさんはやさしいってばよ」
「…全く強情だな。こういうときは素直に甘えてくれると嬉しいんだけどな」
「うれ…しい…?」


とても甘美な言葉に、ナルトは心が跳ね上がった。
どうして、この人はこんなことを言ってくれるんだろう。
この人は、本当に自分を気にかけてくれている? 
心が動いた。


 腕の中でゆるゆるとナルトが顔をあげるのがわかって、イタチは彼女の髪に顔を埋めた。
だからお互いに表情は見えない。
声を漏らしたまま固まってしまったナルトに、イタチは言葉を重ねた。


「俺は、お前に甘えてもらいたい。…今日ぐらい、俺に頼ってくれないか? 」
「私、イタチさんに十分甘えてるってばよ」
「じゃあ、もっとだ」


そう言って、彼はやさしく自分の頭を撫でてくれる。
あたたかいぬくもりに、ナルトは緊張などで強張っていた気持ちがほどけていくのを感じた。
もっと、という言葉に大胆になれて、こてん、とイタチの肩に額をあてた。
ほう、と息をつく。


(どうして、イタチさんは、こんな風にしてくれるんだろう)


自分の気持ちを理解してくれて、ほしい言葉を、やさしいぬくもりを与えてくれる。
それが慣れなくて、まだどう接して良いのかわからない。


(このまま抱きしめてもらってて、…いいのかな…)


すっぽりと抱きしめられた今の体勢は、少し冷静になればすごく恥ずかしい。
恥ずかしいけれど、ーーー居心地がよくて少しでも長くこうしていたいと思うのはいけない…よね。
けど、もう少しだけ。
もう少しだけこのまま。
心のもやもやは静かになったけれど、叶うのなら、もう少しだけ。


「イタチさん…」
「……ん?」


顔をつけた胸が声と共に震えて、自分の頭に寄せられたところで息が吐かれた。
今この人の腕の中にいるのだと、あたたかい抱擁にナルトは今だけだからと目を閉じた。


「…ありがとうだってばよ」
「……ああ」


すり寄ってきたナルトの気配に、イタチは自分の方がうっとりと目を細めた。
異性をーーーというか幼いサスケ以外(この場合は抱き上げたりおぶったり)抱きしめたことがないので比べようがないが、こんなにも心地よいものなのだろう か。
自分の方がナルトを抱きしめて、どこにも行かないように力を込めているというのに、懐の温かい気配が自分を包み込んでくれているような感覚に陥るのだ。
ふれあう身体を通してトクトクと聞こえてくる脈の音も、かすかな息づかいも、安心感へとつながっている。


(ああ、くせになりそうだな)


一日に一回はこうやって抱きしめることを許してもらえないだろうか。
そんな馬鹿なことを思ってしまうほど、心地よい。
自分が助けになりたかったのに、自分の方が癒されている。


(…手放したくない)


この腕の中のぬくもりを、叶う事なら、ずっとこのままに。
 そう願いながら、イタチはナルトの頭をゆっくりと撫で続けた。



























後書き
この後、ナルトがサスケの次に、イタチ、四代目という順番でお風呂に入り、居間イタチとサスケが、二階の各自の部屋でナルトと四代目が寝て、朝を迎えま す。


ちゃんちゃん。