切に望む











   少し古びた家々や、人間などやすやすと踏みつぶし、ひと飲みにしてしまうほど巨な獣たちの棲む森の向こう、遠く東からこぼれんばかりの光を纏って、強い 白光の太陽が昇ってくる。
その輪郭からあふれる橙が、木の葉の里のシンボル的な火影岩に濃い影を作って、黄色と黒のコントラストが美しく目に映る。


 ・・・などとのんびり窓の外を眺める暇もなく、忍の朝は始まる。
里長である火影の家ともなると尚更である。










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 バタン! と勢いよくドアを開けたのは、金色に輝く髪をツインテールにした少女。
両頬には細い筆でひいたような痣が3本ずつ。
華奢な身体をオレンジの忍衣で包み、仁王立ちする彼女の瞳は晴天のように澄んだ青。


「おとうさーん、朝だよー」


一応最初は控え目に小声で言ってみる。
目の前ですやすやと寝息を立て、ベットに潜り込んでいる父の表情には連日にわたる仕事による疲れがありありと浮かんでいる。
初めから大声で起こすのは酷だ。


「おとうさーん!!」


ゆさゆさと布団から覗く、男にしては細い肩を揺するが、返ってくるのは「うーん」といううめき声だけ。
その反応に彼女は眉間に皺を寄せた。
毎朝の事ながら、父の寝起きの悪さには舌を巻いてしまう。
 早くしないと、火加減に注意して焼いた半熟の目玉焼きが冷めて硬くなってしまう。
なにより早く朝食を済ませてくれないと後かたづけもできないし、洗濯だってまだ残っている。


「仕方がない」


彼女は腹に力を込めると、えい!っと布団を思いっきりひっぱった。


「・・っどわあああっ・・!!」


ひっぱった布団と一緒に父がベットから転げ落ちてそんな声を上げるが、いつもの事なので気にしない。


「あいたたた・・・ひっどいなあーこれが娘のする事かなあ・・」


「やかましい!」


わざとらしく腕をさするので睨むと、相手はにへら〜と笑んだ。


「あははーごめん。起こしてくれてありがとう。おはよう、ナルト」


ナルトはそこで初めて頬をゆるめて、満面の笑みで応えた。






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 12年前、突如として木の葉の里を天災が襲った。


九尾の妖狐の原因不明の襲来。


里はよもや壊滅とまでに追い込まれた。
それを阻止したのは、木の葉の里を治める四代目・火影であった。
禁術を発動し、生まれたばかりの自分の子に九尾を封印した。
その際の禁術のために彼の妻であり、九尾を宿した子の母は命を落とした。
 九尾の破壊的なチャクラの気配は消え去り、里には平穏が戻った。
だが、人々の深い悲しみは強い憎しみに変わり、彼らの心に残された。
日に日にそれは増してゆき、抑えられなくなった。
そして、はき出した。
虐待や蔑みとして。
妖狐を宿した子に。
それはとても悲惨なものだった。
何か騒ぎがあったと思って探し出し、見つけたその身体はいつも傷 だらけで、痛々しい痣が目を覆いたくなるほどだった。
それに反し、子の父、四代目への対偶 は、まさに天と地の差があった。
里の人々は過大なまでに四代目を崇高し、それこそ神のよう に扱った。そのギャップに、四代目は父親としても、火影としても黙っていられなくなった。














 本当の英雄が誰なのか何故わからない?
 本当に辛いのは誰なのか何故気づけない?














 恐怖心からそのような行動に出るのはわかる。

だが、もしもだ。
もしも天災を赤子ではなく自 分の身に封じていたら、里人たちは自分にも同じ行動に出ただろうか・・・?


 自分に封じる事は可能だった。
もともとそのつもりだった。
だが、妻が自分たちの子を抱いて 言ったのだ。


「木の葉の里は、火影であるあなたを失うわけにはいかない。私があなたの代わりになります」


お産後のためにひどく青白い顔で言ったのだ。
今思えば出血で立ち上がる事もままならないは ずなのに、彼女は赤子を抱いて、九尾と対峙した自分を追ってきたのだ。
そんな彼女の瞳はと ても強く、彼女の言葉を裏切る事ができなかった。
だが、お産後で気力、体力共に限界ぎりぎ りであった妻の身に、脅威的な九尾を封じる事は不可能だった。
彼女の身体が耐えきれず、 術の発動中に壊れ、九尾のチャクラが溢れ出せば、自分も、赤子も、里もひとたまりもない。
絶望的なことに、現役を退いた三代目火影はちょうど遠方に任務に出かけていて里にはいな い。

自分しか、里を守れる者はいないのだ。

 四代目は妻の抱く赤子に目を向けた。
生きている事をその声で表しているかのように激しく 泣く娘に、四代目は覚悟を決めた。
それを聞いた妻は微かに眉を顰めたが、刹那こぼれんば かりに微笑んだ。
母親のとてもあたたかい笑みだった。


「私とあなたの子ですもの。きっと・・いえ、必ず立派に制してくれる」


科学的には言い表せない、生まれたばかりという事と、妻の言葉に四代目は動いた。
妻の身 体に印を結び、娘に九尾を封印した。



 今思えば、妻の身体で術を発動したにしても、何故迷わず自分の身に封じなかったのか、た だただ後悔するばかり。


 何にしても、もう手遅れなのだ。


自分の後悔も。

我が子の運命も。

里の人々のふるまいも。


 火影からの悲鳴じみた警告に、里の人々の暴行はぴたりと止んだ。
ひとまずこれで事態の悪化は防げる。
そう安堵したのもつかの間だった。
しばらくすると、里の人々は、子供を完全に無視しだしたのだ。
決して声をかけることも、触れる事もしないで、ただその目に冷た い憎しみと怒りを込めて見つめる。
存在そのものの拒絶は、子供に絶大な孤独感を与えた。


 身体に受けた傷は、九尾のチャクラも手伝っていつかは消えてしまうが、心に受ける傷は蓄 積されるばかりで、完全に癒せはしない。
存在を拒否された子供は、いつしか心から笑うこと も、泣くこともできなくなってしまった。
父がそのことを哀れみ、自分の非力さを嘆き、涙を堪え て、「すまない」と謝罪して抱きしめたことは何度だろう。

 その度に、その子は言うのだ。

「私は大丈夫だよ」と。
私には、父さんやじっちゃんがいるし、里の人の中には私に優しくしてくれる人もいる。
だから 全然だいじょうだよ、と。

子供にはない色をその目に浮かべて笑うのだ。
小さな小さな手で自分 を抱きしめ返してくれるのだ。


  この子は自分を恨んでいない。

  里の人々を恨んでいない。

 父としても驚くほどに、娘はまっすぐ素直に、誰よりも優しい子に育った。


お人好しだと言われたらそうだろう。

馬鹿だと言われたらそうだろう。

だが、それだからこそ、父は子を愛していた。








 ナルトは今年で12歳になった。
苦悩の末にアカデミーを卒業し、下忍になった。
下忍になって 数週間。
以前は自分が結っていた髪も、今では自分で結えるまでに女の子らしくもなってきた。
また、小さい頃から自然と家事をこなしていたせいか、料理の腕はピカイチだ。
朝食に並ぶみ そ汁からは、かつおぶしの良い匂いがしている。
にへら、と四代目は目尻を下げた。


「俺って子育ての天才かもね〜ん」
「あーもう・・無駄口たたいてる暇あったら早く食べてよ。今日は集合時間早いんだから」


自分に反して時間に厳しいナルトの鋭い声に、だがしかし四代目は食い下がる。
「どうせカカシくんが遅刻してくるんだから一緒でしょ?」
「ったく。先生がそんなんだから生徒に遅刻くせがついたんだってば!毎度サクラちゃんにあた られる私の気も考えてほしいってばよ」


本当に腹を立てているのだろう。
塩鮭をおかずに白飯をかき込むように食べて、挙げ句にず ずーっと音を立ててみそ汁を飲み干している。
女らしくなったというのは訂正・・・やはり女手が ないせいか、少々下品に育ってしまった。
男らしいといえばしっくりくるほどに。
どうしたもんかと お茶をすすって考えてみるが、そこは天下の四代目。
何か浮かぶわけもなく、「お弁当だって ば」と渡された渦巻き印の弁当箱に、またひへらっと笑って弁当箱を受け取る。


  単に親馬鹿なのだ。























 再びお茶をすすりながら、ふと四代目は後かたづけを始めているナルトを見つめた。


「ねえナルト」
「ん、何?」


流れる水の音と、カチャカチャと陶器のあたる音がする。

視線は、袖をまくりあげているために露わになったナルトの左手首に固定される。
そこには、手 首をぐるりと一回り、入れ墨のようにして読みにくい画数の多い漢字が並んでいる。


「実力・・いつまで隠してる予定?」


一瞬、カチャと音が止まった。
水の音だけが空気を震わせた。
かさり、と窓際の観葉植物の葉 が風に揺れた、ほんの少し後で、ナルトの少し高い声がした。


「まだ、ちゃんと制御できないから、もうしばらくつけてるってば」
「そうは言うけど・・・暗部の任務でドジった事ないでしょ?Sランクでちゃんと九尾のチャクラの 制御できてるんだから、普段わざわざ呪印でチャクラ抑圧する必要ないじゃない」


四代目の言葉通り、実はナルト、実力は下忍レベルじゃなく、暗部の任務をこなせるほどのレ ベルだったりする。
ナルトの左手首の呪印は、チャクラの流量をあえて止め、チャクラを練りに くくするもので、己に宿る九尾を危惧してナルトが四代目に頼んで施してもらったものだった。
その呪印は特定の解除法を知っている者にか解けないもので、呪印を施した四代目と、ナルト しか解除法を知らない。
ナルトは暗部の任務の時にだけ呪印を解き、本来の力で戦いに臨 む。
状況にあわせて解くか否かを判断しているのだ。


「いやーまー・・それはそうだけど・・・もしもって事があるじゃん?保険かけとくのに越したことな いってばよ」


キュと蛇口を閉めて振り返った彼女は、気持ちの良いほどのからりとした笑顔だった。
自分と 同じ色彩でも印象の違う、金の髪と、碧い瞳の少女の笑顔は、太陽のように目映い。


(この子が一番九尾を恐れている)


否、人を傷つける事を恐れている。




  四代目は秀麗な眉を顰めた。
ちりりと心が痛む。
 身支度をして、忍具やら弁当やらの入ったリュックを背負ったその背中は、どこか逞しく、どこ か寂しげで・・・だから四代目は微笑んだ。

「いってきますってば!」
「うん、いってらっしゃい」


スリーマンセル制のおかげで生まれて初めて友達と呼べる人が出来たようで、毎日楽しそうだ から、だからいつか・・


(いつか・・心から笑える日がくるよね・・)

迷惑ばかりかける自分を愛してくれてありがとう。

パタン・・と玄関のドアが閉まる音がした。

 今日もうずまき家の一日が始まる。