<前書き>
綱手様があっさりしているのは、ご都合主義ということで…。ご容赦くださいませ。













真の朱の2




      

 短冊街にいるらしい、ということはわかったが、一体どこなのか。
と杞憂していたのだが、目的の人物は意外にあっさり見つかった。
……というか保護させられた。




 別件でと行動を別にするイタチをのぞく面々が短冊街に入ってすぐ、どやどやという喧噪が聞こえた。
見れば何やら厳つい男たち数十人に誰かが追いかけられている。
目の上に手をかざしてそれを見た自来也は呆れたように息を漏らした。


「おーおー、まあたやらかしたらしいのう」


そう呑気につぶやいて、追いかけっこをしている集団に近づいていく自来也にナルトたちはついていった。
なかなかに目立つナルトたちに当然の事ながら、集団の先頭の人物が気づいた。
そして一目散にこちらに走ってくる。


「自来也!良いところに!」


追いかけられているというのに、白茶色の髪を低い位置で2つに束ね、背に大きく「賭」と染めた灰緑の羽織を着た女性こちらも呑気に片手を上げてにっと笑っ た。


「よお綱手、相変わらずだの」
「うるさい」


綱手は短く言うと自来也の背中の影に隠れた。
彼女の後に付いていた、真珠の首飾りをした子豚を抱えた黒髪の女性も同様にナルトたちの輪に入ってきた。

 2人を追ってきた集団は当然ナルトたちを取り囲んだ。
顔に傷のある眼光するどい男達のそこかしこから怒気を孕んだ声が飛ぶ。


「何だテメエらは!!」
「……まーあた…いかにもってやつらに追いかけられとるのう。お前一体何回負けたら気が済むんだ…」
「たまたまだよ! た・ま・た・ま!」
「たまたまでこうも取り囲まれるかのお」
「ぐちぐちとうるさいねえ。……おい! お前らよくお聞き!!」


 巻物を背負った白髪の図体のでかい壮年の男に、銀髪の隻眼の男。
そのまわりにぽかんとした表情で状況を見ている子供が3人。
普通でない集団にどうしたものかと出方を窺っていた賭場の男たちは当然綱手に注目した。


「なんだい姐さん。やっと金払ってくれる気になったのかい!?」
「あんたが期日を守ってくれねえお陰でこっちはとんだ迷惑してんだ!」


口々に言う男達に綱手はにっこりと微笑んだ。
それはもう見惚れるほどの極上の笑みだ。


「安心しな! 私が借りた金はぜーんぶこの男が払ってくれる!」


そしてぽん、と自来也の肩を叩いた。
無論自来也の表情は一変した。


「おい! 何を言い出すんだ!?」


眉をつり上げた自来也にだが綱手の表情は変わらない。


「古い付き合いだろう? いつかちゃーんと返すから今は払っておくれよ」
「どうしてわしがお前の借金を払わなならんのだ!」
「だから後で返すっつってんだろ。ほーら、皆さん待っておられるじゃないか」


しれっと言われて周りに目を向けた自来也は、半ばあきらめと期待の入り交じった視線にため息をつくと懐に手をやった。


「……金をおろしてくるからちっと待っておれ。綱手、ちゃんと返せよ」
「わかってるよ」


太い歓声の合唱が響く中、ナルトたちは情けない顔でため息をついていた。















「つまり、里の復興のために帰って来いって事か? で、ついでにうちはのガキの呪印を解け?……冗談じゃない! 私は里を抜けたんだ。その事はちゃんと三 代目に許可を貰っている。今更里のために力を使う気はないね」


だん! と持っていたコップを置いて綱手は自来也を睨め付けた。


(こーいうと思ったわ…)


自来也は気怠げに目元を指で押さえた。
 綱手と慌ただしい再会を済ませた後、話があると綱手たちを茶屋へと連れてきたのはいいが、先ほどから綱手と自来也の会話は見事なまでの平行線を辿ってい る。


「お前が里にいたくないのはわかるが緊急事態だ。頼むから聞き入れてくれ」
「断る!」


とこのような感じなのだ。
 2人の様子にしびれをきたしたサスケが腕を組んだまま半眼で綱手を眺めた。


「三忍だが何だがしらねーが、来たくないヤツわざわざ連れて行く事もない」


苛立ちを含んだ声に、カカシがサスケの頭を小突いた。



「お前ねえ、呪印どうすんの? 何とかしてもらったほうがいいでしょ?」
「俺が大蛇丸より強くなればいい話だろ」
「気の長い話だね〜。でさ、それまでどうすんの? 俺とかがお前の面倒みるわけ?……今やお前の呪印はお前だけの問題じゃすまなくなってんの」


サスケを見くびっているわけではない。
ただ、ひとつでも不安分子を無くしたいのだ。
もしサスケが大蛇丸の手に渡れば、いつかは身体を乗っ取られ、大蛇丸となったサスケは木の葉の里を襲うかもしれない。
 そんな事は避けたい。


「呪印がある限りお前は大蛇丸に縛られたままだ。…なあ綱手、こいつの事だけでいい。診てやってくれんか?」


頭を下げる同僚に綱手はため息をつくと、面白くなさそうに顔を歪めたサスケに目を細めた。
そして、くい、っと口の端を上げた。


「……いいご身分だねえ。自分の未熟さがちゃんとわかってんのかい?」
「綱手、お前一体何を…」
「あんたはだまってな! ……そもそも自来也、お前は一体何をしてたんだ?」


嘲笑するような声音の綱手に、自来也は眉を顰めたが口をつぐんだ。
それに綱手はさらに言葉を重ねた。


「…火影も火影だ。大蛇丸に襲撃されただ? そんなのは警戒を怠っていた自分が悪いんだろう。それをどうして私が……ーっ!!」


 綱手は急に話すのを止めた。
……止められた。


彼女の口を閉じさせたのは、ぱしゃん! と音と共に彼女の顔にかけられた水だった。
 綱手は檜皮色の瞳で、コップを持ったままものすごい形相で自分を睨んでくる青い瞳を見据えた。


「……おまえ…」
「あんたこそ黙れよ。……中忍試験の最中で里には多くの忍びが出入りできたんだ。あの状況じゃ、いくら火影でも追い払うのが精一杯だってばよ」


それに、とナルトはこぶしをにぎった。


「どんな事情があるか知らないし、知りたくもないけど、…何で力があるのに助けてくれないんだってばよ! ……サスケだって好きで呪印なんかつけられたわ けじゃない! 診るくらいいいんじゃないってば!?」
「……それが人にものを頼む口の利き方かい!?」
「うるさいってばよ! あんたみたいな心の狭いやつに誰が頼むか!」
「ナルト!? どこいくのよ!」


割れそうなほどの勢いでコップをテーブルに叩き付けると、ナルトはそのまま席を立って店から出て行ってしまった。
慌ててサクラが後を追う。


 綱手はシズネからもらったハンカチで顔を拭くと、ふん、と鼻で息をした。


「何なんだあいつは…」
「…うずまきナルトだよ」


ぎし…と自来也のもたれた椅子が軋んだ音を立てた。
綱手の目が見開かれる。


「あいつが…? なるほど。外見といい気性といい、言われてみれば父親そっくりだ」
「綱手…」


嘲笑した綱手に自来也はどこか冷めた目で見つめた。


「今のお前に、里を……四代目をとやかく言う資格はないようだ」
「…何?」
「わしらに時間はそうない。3日やる。どうするか考えろ」
「っちょっ……自来也!」


席を立った綱手に視線を戻すことなく自来也はそう言い残しすと店を出て行った。
下駄の音が聞こえる中、がたりと椅子が引かれる音が続いた。


「……ナルトがキレてなかったら俺がキレてましたよ。…サスケ行くぞ」
「……」


そのまま出て行った2人をシズネは複雑な表情で見つめ、そして眉間に皺を寄せた綱手の様子をうかがった。
 綱手は唇を噛みしめていた。


「……自来也…私はもう…」
「綱手様…」


綱手はテーブルにのせた手を固く握りしめた。
















「…くっそーっ!!」


ナルトは感情のままにこぶしを木に叩き込んだ。
振動に木が音を立てて揺れる。
木に手をあてたままずるずるとその場にへたり込んだ彼女を、様子を見ていたサクラは心配そうに顔を歪めながら近づいた。
 ナルトは店のすぐ裏手の林にいた。
姿を見つけた事に安堵しつつも肩を震わせているナルトにサクラは少なからず動揺した。


「……ナルト」


そっと肩に手を置くと、一瞬青い瞳が向けられた。


「…ごめん…私ってばいっつも…後先考えずに…」
「何言ってんのよ…ありがとね」


ナルトの隣にしゃがんでサクラは言うと、ぽかんとしている彼女の額を小突いた。


「綱手様に怒ってくれてありがとう。…ほらサスケ君の事とか里の事…。綱手様があんな風に言うなんて…」


翡翠の瞳を細めてサクラは膝を抱えた。


「正直…ショックだな。綱手様ってくの一にとって憧れの人じゃない? 目標っていうか…そういう人がさ…」


三忍の紅一点の綱手は、くの一となる者ならば誰でも少なからず敬愛の念を抱く。
忍としての実力は天下一品、それならば愛里心も人一倍ではないかと当然想像する。だが本心はどうであれ、彼女の様子は想像とはかけ離れていた。

 はあ〜と2人がため息をついていると後ろで土を踏む音がした。


「何を若いもんがため息なんぞついとる。心配せんでもサスケだけは何とかしてもらうつもりだ」
「エロ仙人…」
「だから自来也だっての!」


何度目かの掛け合いを2人がしていると自来也の後ろにカカシとサスケの姿が見えた。


「ま、今日のところは宿を探してのんびりしましょうかね」


声をかけたカカシに自来也は頷いた。
すでに15時半ばが過ぎた頃だ。
そろそろ夜の事を考えた方がよい。
そのまま折り返していくカカシたちにナルトとサクラは慌てて立ち上がった。
そうして歩き出したナルトの肩をサスケが軽くついた。
思いも寄らぬ事にナルトは微かによろめいた。
常なら怒り散らすのだが、どこか鬱な様子に口をつぐんだ。


「? …何だってばよ?」

覗き込んできたナルトにサスケは微かに目を見開いた。
形の良い唇を開きかけたが閉じると顔をそらした。


「……いや…何でもない」


踵を返しカカシの後についていったサスケを、ナルトはつかれた肩を反射的にさすりながらわけがわからないと首を傾げた。


「サスケ、何か変だってばよ」
「全く素直じゃないわね」
「サクラちゃん?」


ため息をついたサクラを振り返ると、彼女は首を竦めていた。


「サスケ君はあんたにお礼が言いたかったのよ」
「お礼!? 私、迷惑になるような事しか…」


真剣に慌て出したナルトにサクラは肩を落とした。


「……そうよね。あんたはそういうやつよね…」


眉間を押さえながらサクラは歩き出した。
ナルトは今だ頭に「?」を浮かべていたが「おいてくわよ!」とサクラに怒鳴られて慌てて駆けだした。






                         



 木々が立ち並び昼でも薄暗い森の中、どこかで鳥の羽ばたく音がした。
苔むした石の上を足音もなく歩く影は1つ。
薄められていない墨のような漆黒の髪を無造作に背に流した男は力無く垂らした両腕に包帯を巻いていた。 
 ふと男は足を止め、鈍くひかる金の瞳を上へと向けた。


「…カブト、おそかったじゃない」


がさ、と葉が鳴って影がひとつ滑り出し、大蛇丸の前に降り立った。
言われて顔を上げたカブトは眼鏡をいじりながら「すみません」と呟いた。


「予想外に人が多かったもので」
「多い?班で里を出たと聞いたけれど……」


カブトは第7班が里を出たという情報を元に偵察に出ていた。
情報の確かな確認が取れ、彼らが自分達とそう離れていないところにいるとわかり、偵察に向かったのは今日の朝のこと。


「それが……はたけカカシの班には自来也様がついておられます」


ぴくり、と大蛇丸の眉が動いた。


「自来也ですって…?」
「はい、自来也様を引率に短冊街に入ったと思ったら…その…」
「早く言いなさい」
「……彼らはそこで綱手様と接触しました。…うちはサスケの呪印が少なからず関係しているように思われます」


大蛇丸は目を細めた。


「万が一解かれても支障はないけど、…面白くないわ。……急いだほうがいいわね」


途端人の気配が消えた森の彼方で獣の鳴く声が響いた。
















 日が暮れてからも騒動は止みそうになかった。


「何でお前達がここにいるんだい」
「仕方ないだろう。ここが街で一番安いんだから」


宿の食堂で綱手と自来也はしばらく睨み合っていたが、料理が運ばれてきたので仕方なく席についた。
宿が一緒だけならまだいいが、今日は人が多いのか、宿の食堂の席が空いておらず相席せざるえなかったので尚更ムードが悪い。
 ナルトとサスケ、それに今日はサクラも食事を終えると早々に宿を出て行った。
早いペースで酒をあおっていた綱手ははためく暖簾に目をやった。


「…あいつら何しに行ったんだい?」
「修行だよ。……3人とも自分なりにようやっとるよ」
「何の修行なんですか?」


トントン用の食事をし終えたシズネが声をかけると、酒をあおぐ自来也の代わりにカカシが答えた。


「サクラは医療系。サスケは千鳥の強化、ナルトは螺旋丸の会得です」
「ちっ千鳥!? ら、螺旋丸!?」


あひーっ! と奇妙な悲鳴を上げたシズネの横で綱手も驚いた顔つきでカカシを見た。


「サクラって子はいいとしても残りの2人はお遊びでやってんのかい?」
「サスケは時間はかかりますが完璧に発動できてますし、ナルトのだいぶいいところまできてるんですよね?」
「おう。後はまとめるだけだ」
「そんな…2人ともまだ下忍なんですよね?」
「実力だけを見たら3人とも中忍並ですよ」
「優秀なんですねー」
「…それはどうでしょうねー」


ははは、とカカシは曖昧に笑った。


「まあ努力はちゃんとしとるだろ。……おおそうだ。綱手、サクラに医療忍術を教えてやってくれんか?」
「…どうして私が」
「わしやカカシでは医療系はできん。会得は手探りでできんこともないが限界があるだろ。医療スペシャリストのお前がついてくれりゃあ心強いからの」


綱手は杯をおいた。
まだ残っている酒が揺らいだ。


「どうして医療系なんだ?」


医療系は少なからず周りの環境が会得できるか左右する。
それはチャクラの扱いが特殊でできる者が少ないという点がひとつ。
そしてもともと医療忍者の家系が里に存在するためわざわざ通常の忍は手を出さない点がもうひとつ。
 見ると自来也はどこか遠い目で答えた。


「仲間のためだ。……わしの見た所あいつにはこれといって特出したものはない。しいて言えば知識ぐらいだがすべて戦場で発揮されるわけじゃないからの」


 里の人のため。
 ナルトとサスケのため。


「綱手」


かたん、と杯が音を立てた。


「あいつは…わしたちの出来なかった事。……そしてお前が望んでいるはずのもののために頑張っておるんだ」


綱手は卓上の手を反対の手で押さえた。
 どうして震える……?

ふっと目を伏せると脳裏に焼き付いたものが覗いた。
思わず嗚咽に似た声が漏れる。

 過去の惨劇。

 蘇りを切望した消えていく大切なぬくもり。


「力があるなら誰でも頼りたいと思うだろう…?」


しんとした夜の影に沈黙が響いた。


















ぱしゃん…と顔についた水を払って、ナルトはぼおっと空を見上げた。


「…何か…私変だってばよ…」

どうにも物事に集中できなくなっているナルトだった。
 心にぽっかりと穴が空いているかのように胸が疼き、それが気になってやる事に身が入らないのだ。
こんな事は初めてだった。
 先ほどの事もそうだ。
頬を触ったナルトは息をついた。



 彼女は先刻派手に転んだ。
しかもつまずくようなものが何もないところで。

短冊街の周辺は生い茂るような木のない岩と砂ばかりの土地なので修行には丁度よいと走り込みをやっていたところ、ずざあっ!と音を立ててナルトが突然転ん だのだ。
容赦なく砂埃に飲まれたナルトは咳き込んだ。


「っけほ…」
「ナルト大丈夫!?」

少し後ろを走っていたサクラが駆け寄って顔をのぞき込むとナルトの顔は砂で真っ白だった。
顔だけでなく髪や服にも嫌というほど砂がついている。


「砂だらけね」
「あらま何やってんの」


遠くで様子を見ていたカカシは苦笑しながら近づくと、よいしょっとナルトを立たせてやった。
自分が転んだ事が信じられないのか、ナルトは為すがままにカカシに寄りかかっていた。


「少し行った所に川あったでしょ。洗ってきなさい」
「…わかったってばよ」

 そうして今に至る。

砂でざらつく髪を手で梳いていると後ろからサクラの声がした。


「あ、いたいた。カカシ先生がそろそろ昼休憩にしようって」
「ん、わかったってば」


ナルトは肩越しに頷いて川から上がった。
そのままサクラの横を通ろうとしたがサクラに袖をひっぱられて足をとめざるおえなかった。


「?。何? サクラちゃん」


振り返ると怪訝そうな翡翠の瞳にぶつかった。


「あんた何かぼーっとしてるわよ。風邪でもひいたの?」


今しがた思っていた事を指摘されてナルトは微かに眉を顰めた。
周りに気づかれるほどひどいのだろうか。


「は? ひいてないと思うけど…」


ナルトはぺた、と額に手をあててみるが常と何ら変わらない。
首を傾げているとサクラが囁くように言った。


「あんた……寂しいんじゃない?」
「…へっ?」
「へっ?じゃないわよ。ホームシックじゃないの?って言ってんのよ」
「ほーむしっくう?」


ナルトは目を見開いた。
確かに父と離れているのは寂しいと思うが、それよりも心配だというほうが心境的に正しい気がする。


(ちゃんとご飯食べてるかな…ゴミは…絶対溜まってるよなあ)


 ああ…やっぱ寂しいとかじゃない気がする…。

そこまで考えてナルトは結論を出した。


「違うと思うってばよ」
「んー…じゃあ恋しい?」
「お父さんが?」
「違うわよ」


即答されてナルトは面食らった。
肉親といえば父ぐらいなのだ。
他に誰を自分が恋しがるというのだ。
 何が何だかわけがわからないと顔を歪めたナルトにサクラはくすりと笑って言う。


「イタチさんが恋しいんじゃないの?」


それは思いもしない人物の名だった。
ぴくっとナルトの肩が震える。


「………………えっ……」
「別行動してからよ。あんたがおかしいの」

(イタチさんが…恋しい…?)


サクラの言葉をナルトは何度も反復させた。


(恋しい? …私が?)


ふっと頭に端正な彼の顔立ちが浮かんでナルトは思わずサクラから視線をはずした。
おそるおそる顔に手をあててみると驚くほど熱かった。
耳元では血が巡る音が以上なほど大きくなっていた。


(…な、何でドキドキするんだってばよ…)


思考からイタチが消えない。
消せないばかりか彼の声や仕草が勝手に映し出される。

 駄目だ…落ち着かない…。
ナルトは頭を押さえた。


「何なんだってば…これ…。何で私がイタチさんをそんな風に思うんだってばよ…!?」


サクラの高い声が聞こえた。


「何でって…ナルト、自覚ないわけ?」
「自覚…?」


聞き返すとサクラは呆れたように額に手をあててため息をつくと、とん、とナルトの肩を人差し指でついてきびきびとした口調で言う。


「ナルト、イタチさんの事好きなんでしょ?」



ばしゃん。



「!」


水が全身にかかって何かと思って自分を見たら、川の中にいた。

 また…転んだ?
 しかも川の中に…?


ナルトは呆然としながら水を吸って重くなった服を引きずりつつ立ち上がると、思い出したようにサクラを見た。


「……へっ?」
「ったくなにやってんのよ」
「いやだって…私が…イタチさんを好きだなんて……」


ぼたぼたと水を滴らせて苦笑いする。


「そんな事…」
「じゃあ嫌い?」
「えっ?」
「好きじゃないなら嫌いなの?」


聞き返されて、ナルトは首を横に振った。


「…嫌いじゃないってばよ」


嫌いなはずがない。
 初めて会った時からどこか特別だった。
強くて優しくて…たまに見せてくれる笑みが自分にとっては救いだった。

……自分はここにいていいのだと実感できる……


「嫌いじゃない」
「じゃあ好きって事じゃない」
「それは…」


ナルトは返答に詰まった。
好きなのか?と聞かれたら答えはイエス寄りだろう。
けれど、漠然的な「好き」と言えない気がするのだ。


(…イタチさんは…)


自分にとってとにかく大切な人だ。
自分の正体を知っても自分を理解してくれる数少ない人だからというのも要点なのだろうが、もっと重要なものがあるような気がする。
でもそれが何なのかわからない。
それが、恋だというのか?
 ナルトは目を伏せた。


「…よく…わからないてばよ」
「…そう。でもさ、ナルト」


顔を上げるとサクラがやわらかく笑っていた。
それをナルトは不思議そうに眺めていたがサクラの言った言葉に間の抜けた声を上げた。


「好きなら早く告白しちゃいなさいよ?」
「こっ…告白!?」


何故いきなりそっちなんですか!?


「イタチさんはサスケ君に負けず劣らずモテるんだからぼさっとしてると捕られちゃうわよ」
「だから私はっ!!」
「はいはい。わかったわよ。…ま、早くもどりましょ。服変えないとほんとに風邪ひいちゃうわよ」
「…何なんだってばよー」
すたすたと行ってしまうサクラにナルトは脱力しながらもついていった。











 青い旋光が乾いた空気の中を走った。
けたたましい高音を立てて迸るそれは一時空に伸び上がると一気に枯れかけた木に突っ込んだ。
白みを帯びた木の繊維はちりじりになって軌跡に乗って辺りに飛び散った。
ぼたぼたと落ちる破片を浴びながら、サスケは左腕を強く掴んだ。


「…駄目だ…」


苦々しく呟いて、倒れかけている幹を力の限り蹴り倒した。
一時軋み倒れた木の衝撃に砂埃が立って視界が悪くなった。
曇った向こうからゆるく赤い光が顔にあたってサスケは目を凝らした。

 夕日の光だ。

山間に姿を消そうとする太陽の赤はどこか毒々しく感じられて眉を顰める。
血を連想させるその彩は不快感だけを自分に与える。
 
 どれだけ頑張っても、
 どれだけ考えても、
 どれだけ望んでも、

 何一つ自分の思い通りにならない。

「………っ」


痺れる左手を感情のままに地面に叩き付けた。
気が高ぶっているせいで痛みは感じない。


 昼休み後はそれぞれ別れて修行していた。
サクラに宿にいるが、なぜかは知らないがびしょ濡れだったナルトはいつもの忍服を脱ぎ、薄手の、普段下に着ている忍用の黒のインナーに、着替えとして持っ てきていた白のパンツに着替えていた。
そして昼ご飯を食べると、いつも持ち歩いているリュックを持って早々に宿を出て行ったから自分と同じようにこの辺りの荒原にいるだろう。


(…俺は…どうしたらいいんだ…?)


求めるものは想いが強いほど遠くに離れていく。
ずっと昔はすぐ手の届くところにあったはずなのに、今はどうしようもないほど遠くにある。
 細かな石が皮膚に埋まり血がにじむ手が行く場のない感情に小刻みに震えた。




 その時だ。
じゃり、じゃり、と砂を引きずって歩く足音が聞こえた。
弾かれたようにそちらを見たサスケは、砂埃に浮かび上がる気配に覚えがあって目を見開いた。


「…大蛇丸…!?」


つぶやいた瞬間首の付け根がずきりと痛んだ。
膝をつきそうになるのを何とか堪えてサスケは前方を睨み付ける。
するとくつくつと耳障りな声が聞こえた。


「荒れてるわね。何かあったのかしら?」


ぴくっとサスケは眉をつり上げた。


「てめえには関係ねえ!さっさと失せろ!」
「冷たいわね…せっかく会いにきたというのに…」


そうつぶやいて笑んだ大蛇丸にサスケは身体を強張らせた。
 殺気は感じない。
 だが身体が無意識に震え、冷たい汗が背筋を流れて気持ち悪い。


(…どうする…?)


知らず息が早くなって何もしていないのに胸が苦しい。
……駄目だ、耐えきれない。
サスケはざっ、と後ずさった。


(…逃げるしかない…)


今の自分にこいつを退ける力はない。

 喰われるわけにはいかないのだ。

意識を目に集中する。
これがあれば、逃げるだけであれば何とかなるかもしれない。
そう覚悟を決めて踵を返そうとした時、大蛇丸がつまらなさそうに行った。


「どこまで知っているか知らないけど…話ぐらい聞いてもいいんじゃない?」


夕日に大蛇丸の髪が赤く染まっている。
 サスケは声を絞り出した。


「…話…だと…?」
「…ええ、取引の話」
「取引?」


サスケが聞き返すと大蛇丸は満足そうに頷いた。


「君が…」
「俺が?」
「……君が私の元に来るというなら、今すぐに君の望むものをあげる」
(…どういう意味だ…?)


こいつは一体何を言い出す?
理解ができず眉をひそめていると、くつりと笑う音が聞こえた。


「…強くなりたいのでしょう・・?」


金色の瞳が細められた。
こく…と喉が鳴った。
 自分の手の平を見下ろす。


(望むもの…?)


ふっと頭の奥で黒い炎と、金色の光が煌めいた。
 思わずぎゅっと目を閉じる。


(…望むもの…、里を抜ければ…手に入る…?)


サスケはゆっくりと瞼を開いた。


(…そうすれば俺は…)


頭に浮かぶのは、太陽のような、月のような、不思議な笑みを浮かべて自分を魅了する者。
それを、守れるようになるのか?
越えられるのか?




『…君は十分頑張ってる』




ふっと、頭に火影の言葉が浮かんだ。


(努力は…してるつもりだ…っ!)




『…なぜ戦うのか、なぜ強くなりたいのか、自分なりの答えを見つけなさい』




なぜ??

答え??

戦うのに、強くなるのに、理由がいるのか??








「…どう…?」


大蛇丸の催促に、サスケの瞳が鈍く光った。





















 初めて会ったあの夜からだ。
任務はいつも一緒だし、それ以外でも会う機会は多かった。
下忍の担任になったカカシに代わって火影護衛の任につくようになった彼とは意識すれば会うことも可能だった。
例え姿が見えなくても幾度となく任務を共にしたことで慣れ親しんだ彼の気配は、よっぽど彼が意識していない限り感じとることができた。
それを感じられるだけで十分だった。


そして、誰かに存在を認めてもらえる。
それがとても心地よかった。
それなのに、彼は「落ち着くから」と滝の隠れ家に何度も来てくれた。
結界の解除法を伝えてからは自分よりも先に彼がそこにいることも珍しくなかった。

そこにいる間はずっと2人、一緒だった。
他愛のない話をしたり、修業に付き合ってもらったり。


 彼がそばにいてくれるようになってから、拭い切れなかった寂しさや不安がなくなった。







あ、そっか。この漠然とした感情がそうなのか。

そばにいるのが当たり前すぎて、そして経験がなくて、わからなかった。



(サクラちゃん…すごいってばよ…)

 ナルトは膝を抱く腕に力を込めた。
視界に彼がいないだけで身体が震えそうだ。
 

「私…イタチさんの事好きなんだ…」


ナルトは茜色に染まりだした空を見上げた。
まともに見たことはないが、本来の彩にもどった彼の瞳はこんな色なのだろうかと感じた。


……と、視界が急に薄茶色に変わった。
わけがわからず瞬きを繰り返すナルトの耳に印象的な声が響いた。


「何サボってんだい」
「!! わああっ!!???」


ナルトは飛びあがって驚くと、叫び声を上げて後退した。
声をかけた人物は片手を腰にあてて怪訝そうにナルトを見下ろした。


「何を驚いてるんだい…それでも忍かい?」
「…なんだ、ケチばばあか・・おどかすなってばよっ!」


びっくりしたーと胸に手をあてて息をつくナルトに当然綱手は怒鳴った。


「誰がケチばばあだ! 私の名前は綱手だ」
「じゃあ……綱手のばあちゃんでどうだってばよ」


そう言ってにししと笑うナルトに綱手はため息をついた。


「……まあいい」


つぶやくと綱手はナルトに前にしゃがみこんだ。


「何でここに綱手のばあちゃんがいるんだってばよ?」


小首を傾げるナルトに綱手は片眉を上げた。


「お前の修行を見てやろうと思ってね。それよりちょっと手を見せてみろ」
「は? 手?」


変な声を上げながらもナルトは素直に両手を差し出した。綱手は眉を顰めた。


(尋常じゃないな)


自来也の言っていたことが頷けた。
自分なりに頑張っているというのは嘘ではないようだ。
だがこれは頑張りすぎだ。


(皮膚が磨製して使い物にならなくなってる。よくこんな状態で生活しているな)


肉がむき出しになっているところがほとんどだ。
すでに血漿が乾いて血は出ていないが、強く握れば痛むだろうし湯やそういう物はかなりしみるはずだ。


(かなりめちゃくちゃだな…)


 どうしてだ?

綱手は目線を上げた。
自分を不思議そうに見てくる青い玉がそこにはある。

 どうしてここまでやれる?

(忍なんてやっててもいつか後悔する時がくる。……何もできない自分を蔑む時がくる)


綱手は唇を噛みしめた。


「…お前…」
「あ? 何だってばよ」
「何故急く?」


せくう? とナルトが呻いた。


「…へ? そんなの強くなりたいからに決まってるってばよ」
「何故強くなりたい?」


そう聞かれてナルトは首を傾げたがすぐにつぶやいた。


「大切なものを、失いたく…ないからかな」


どく、と心臓が跳ねた。


『失いたくない』


綱手は無意識に首飾りを掴んだ。
緑青色の鉱石がひやりと揺れた。


「何を…? 何を失いたくないんだ?」
「何って…みんなだってばよ。里の人みんな」
「…みんな?」
「むちゃくちゃ強くなって里の人みんな守るんだってばよ! でさ、いつか…」


(…似ている)


眼差しが重なる。
何事にも揺るがないであろうこの眼差しが懐かしい。
 綱手は口元を曖昧に綻ばせた。




『火影は俺の夢だから』

『里を守れる存在…俺は火影になる』




「いつか絶対火影になるんだってばよ!」
「…そうか」


夕日で顔を真っ赤に染めたナルトの答えに綱手は目を細めた。


(今の木の葉はどうなってんだい…。こんなガキばかりなんだろうかね…)


ましてこの子は九尾の人柱力だ。
里での迫害は相当にあるはずだ。


 それでも、里を守りたいというナルトの言葉は重い。


(どうしたもんかねえ…)


昨日ナルトが怒ったことの筋を強く感じて、綱手はがしがしと首の裏をかいた。


まだ自分にも何かが出来るだろうか。
こういう子供のために。
 綱手はふう、と息をつくとにっ、と笑った。
きょとんとするナルトの額を軽く小突く。


「いたっ! いきなり何するんだってばよ!」
「気が変わった。…うちはのガキをつれてきな。診てやるよ」


ナルトの瞳孔が大きくなった。


「!!?? ほんとだってば!? サスケ、診てくれるんだってば!?」
「ああ、診るだけ診てやるよ」
「やったーっ!! すっ、すぐ連れてくるってばよ!」
「私は宿に戻ってるからそっちにつれてきな」


慌ててリュックをひっかけ、跳ねるように飛び出して行った背中に叫ぶと、ぶんぶんと腕が振られた。


「元気なやつ」


綱手は苦笑すると踵を返した。

























「っやった! よくわかんないけどサスケ、やったってばよ!!」


ナルトは全速力で走っていた。

 いつもサスケは荒原でも端のほう、岩壁が突起した地帯で修業している。
自分はそこの周辺あたり、ちらほらと草の生える所でもっぱら修業している。
そこからサスケのいるところまではそう距離はない。
このペースで走ればすぐに会えるはずだ。


「サスケ! 早く、早く診てもらうってばよ……ーっ!?」


ナルトは急に立ち止まった。
目を見開くと辺りを窺う。


(…何だ…この気配…)


 じわり…と粘りを持った汗が頬をつたった。


(この嫌な気配何だってばよ…こんなの初めて……いや)


「初めてじゃない」


ナルトは額あてに空いている手を添えた。
磨製して新品とは違う滑らかさを見せるそれを一撫ですると長く息を吐いた。


…落ち着け…


「この気配は……」


ずん…と腹の奥が熱い。
間違いない。


「大蛇丸だ」


ざっ、と風が大地を駆け抜けた。

 間違いない。
死の森で感じた気配だ。
忘れてはいない。
 

(綱手のばあちゃんじゃなくて、サスケのほうに…)


 どうする。
ここに大蛇丸がいるということはサスケと接触しているに違いないのだ。
急がなければ危ない。


(まずい…私、丸腰だ…)


川で尻餅をついたせいでポーチが水浸しになってしまい、無論中に入っていた手裏剣や起爆符などもびしょ濡れで使いものにならなくなってしまった。
とりあえずと乾かそうと宿の部屋に広げて置いてきたので今忍具はひとつもない。


「かといってもどってる暇ないし…」


ナルトはリュックを見下ろした。


「あるとすれば…面ぐらい」


このリュックは非常の場合の生活必需品しか入れてない。
乾燥食にロープ、野営用の防寒布。
それくらいだ。
刃物の類はどうせいつもポーチを持ち歩いているだろうと踏んでいたので何
も入れてない。
 装備にかなり不安がある。
クナイが一本でもあればいいのだがそれさえ望めない。


「…どうしよう…」


(イタチさんは…カブトさんを尾行して…今大蛇丸の監視をしているはず。でも、イタチさんが出られるのは最後の最後)


大蛇丸がサスケに接触できたということは、こちらの動きを掴んでいたからだ。
だからイタチが同行していることも知っているはず。
いや、でもそれならばこんな簡単に接触したりしてこないはず。
 イタチが大蛇丸拘束に出て来られるのが最後なのは、逃亡されるのを防ぎたいためである。


(大蛇丸は以前、写輪眼とうちはの身体を狙ってイタチさんを襲撃した)


 2年ほど前の事だという。
里を抜けた後、全く沙汰がわかっていなかった伝説の忍からの突然の攻撃に驚きつつも、イタチは大蛇丸を返り討ちにしたらしい。

 大蛇丸にとってはイタチは避けたい相手だろう。
ゆえにイタチの姿があったらすぐに逃走される恐れがあるのだ。




だが、こんなあっさりとサスケと接触してきた。
ただ単に大蛇丸は相当焦っているのか?


ーーーもしかしたら。


(大蛇丸はイタチさんがいると知らない?)


イタチがカブトの探索と尾行についたのは短冊街に入る前。
カブトの写真を自分に見せた後にはすぐに動き出していた。
またイタチは自来也や自分達とは別に隠密行動していたので、仮にカブトあたりがこちらの偵察に来ていたとしても気づかれていない可能性もある。

 そうだとしたら、ますますイタチは出て来られない。

イタチとの打ち合せも、まずは自分が時間を稼ぎ、その間に彼が通信用の水晶で里と連絡をとって万全の体勢で捕獲にあたることになっている。


 ここは、自分がーーーでも、……。
そう躊躇していた時だ。
ふっと辺りの空気が翳った。


「…?…」


怪訝とナルトが辺りを見回すと、聞いた事もないような叫び声が耳に飛び込んできた。


「っ!? サスケっ!?」


 行くしかない!

ナルトは再び駆けだした。