真の朱の3
『俺は…力がほしい…』
『…肯ということね。…それなら簡単な事よ』
大蛇丸が不敵に笑った。
『呪印を解放してやればいいだけのこと』
いきなり首もとに激痛が走った。
今までに味わった呪印の痛みとは比べもものにならないほどのものだった。
サスケは目を見開き襟ごと呪印を掴んだ。
強すぎる力に布越しでも爪が皮膚を裂いて血がにじむ。
『呪印には段階があってね。それを上がりやすくしてあげたわ。なあに、無理しなければ死ぬ事はないわ』
『……っかはっ………っ』
身体が熱い。
どくどくと血が騒ぎ、指先にまで広がる痛みにうずくまると、すぐ上から大蛇丸の
声がした。
『…後は君次第。楽しみにしてるわ』
そうして気配を消した大蛇丸の言葉を気にしている余裕は自分にはなかった。
ざわり…と皮膚の上を黒い焔が蠢くのを感じた。
左半身にのびるそれに悪寒がする。
動くそれを手で押さえつけたい衝動に駆られるが、激しい吐き気に身体が強張って思いように動けない。
だが焔が眼球を覆い始めてからはそんな感覚は吹き飛んだ。
熱した鉄あてられたような痛みに絶叫する。
「……っ…はっ……く…っ…」
何も考えられず、無我夢中に左目を押さえた。
頭の中が真っ白になって、何が何だかわからなくなっていく。
「サスケっ!!」
その声に身体が震えるのを止めた。
サスケはひどくゆっくりと身体を起こすと、夕日を背に自分のほうに走ってくる姿に目を細めた。
きらきらと黄昏の光にきらめく髪が風に乱れるのも構わず息せき走ってくるのはナルトだった。
「…なる…と…」
サスケはふらふらと立ち上がった。
そして唖然とする。
(…なに…)
身体が軽い。
先ほどまで腹に鉛を入れられたかのように鈍っていたものが嘘のように消えている。
そればかりか全身に感じた事もないような高揚感を感じる。
これが呪印の段階を上がるということか……。
以前とは違うという実感。
(これなら…)
知らずこぼれる笑みを顔に浮かべナルトを見ると、彼女はこれ以上は無理というほどに目を見開いていた。
「お前…その姿…、呪印…どうしたんだってばよ!!」
ナルトはぶらさげてきたリュックを掴む手を強張らせた。
嫌な予感がする。
(大蛇丸が何かしたんだってば…?)
サスケは以前森で見た時と様子が違っていた。
左半身、肌にくまなく黒い紋が走っているのは同じだが、全身から発せられる気のようなものが異様すぎる。
だというのに、当のサスケはさっきから薄く笑っている。
ナルトは焦燥に駆られた。
(…遅かった…?)
漠然とそんな風に思った。
だがサスケが口を開いた事でその不安は消えた。
「ナルト」
ぽんと言われた言葉の声音にナルトは安堵した。
サスケだ。
目の前にいるのはサスケだ。
大蛇丸じゃない。
けれど視線を絡めた瞬間ナルトは息を呑んだ。
「その…目…」
声が掠れた。
サスケの瞳の色が…違う。
右目はいい。
何度か見た事のある緋色だ。
2つの巴が浮かぶ写輪眼。
だが左目が違う。
白いはずのところは絵の具で塗りつぶしたかのように真っ黒で、瞳孔は翳った金色。
異様で…不気味だ……。
ナルトはサスケの胸ぐらを掴んだ。
とさっとリュックが落ちた音が虚しく響く。
「何があったんだってばよ! 何で呪印が出てるんだってばよ!」
「……どうでもいいだろ、そんな事…」
何故そんな事を聞くのかと、さもおかしいと低く笑うサスケにナルトは背筋が凍った。
「どうでもよくないってばよ! …お前、大蛇丸と…」
仮の人の名を出すと、サスケの表情が変わった。
くいっと口端が上がって形の良い唇が嘲笑した。
「……だったらどうだっていうんだ?」
ナルトは眉尻を上げた。
「お前っ! …何でそんな冷静なんだってばよ! その呪印はお前にとってすっげえ辛いもんなんじゃないのかよ!!」
「…もう辛くねえよ、これではっきりしたからな」
「何がだよ!?」
ふいにサスケが動いた。
怒鳴るナルトを見つめながら自分の胸ぐらにある腕を掴んで引き離した。
ナルトが顔を歪めた。
「!? っ痛っ…」
ものすごい力だった。
ぎし…と肉が潰され、骨が軋む感覚に反射的に腕をひっこめようとした
が、掴むサスケの力がそれを許さない。
「ちょっ!」
「ナルト」
ぐいっと腕を引かれ前のめりに自分のほうに倒れかけたナルトを、サスケは腕を抱き込んで支えた。
ナルトは間近で見るサスケの彩に息をするのを忘れた。
けれど同時に彼に気に近づいて全身が総毛立った。
(…サスケっ…)
焔の走った頬が動いた。
はっきりと言われた言葉に頭の中が真っ白になる。
「ナルト、俺と戦え」
「…よろしかったのですか?」
カブトは傍らの主君を仰いだが彼の表情は変わらない。
薄く笑んだままじっと眼下の光景に関心を向けている。
2人はサスケとナルトからそう離れていないせりたった岩壁のところにいた。
無論ナルトたちを見下ろせる位置にいる。
大蛇丸が口を開いた。
「何の事かしら?」
「サスケ君です。……本来ならそれなりの順序を踏んで行うべき呪印の段階をあんな一瞬でやってしまうなんて……。生きてはいるようですが肉体が耐えきれる
保証はないんですよ?」
そう言うカブトに大蛇丸は短く笑った。
「彼が望んだ事だわ。それに……」
大蛇丸は面白そうに目を細めカブトを見た。
「あれくらいで死ぬ器などいらぬ。例え死んだとしてもまだ兄、イタチの方が残っている。……いつぞやはそこまで真剣じゃなかったから逃がしてあげたけれど
次は必ず捕まえるわ。……それよりカブト」
大蛇丸は視線をもとにもどした。
カブトの怪訝そうな声が耳朶を打つ。
「何です?」
「お前一体誰の心配をしているの?」
ぴくりと眉が微かに動いた。
「……どういう意味です?」
カブトは眼鏡に手をあてた。
金属の冷たさに指が軽く痺れる。
まあ、確かに…と大蛇丸はつぶやいた。
「あの子、なかなかに面白いわ。お前が気に入ったというならうちの里に引き入れてもい
い。……ただあの子は少々難しい位置にいる。うまくいかなかったら殺しなさい。ここで消える事になっても損はないから」
「……木の葉が黙ってないのでは?」
「心配することはないわ。忍の世には死など吐き捨てるほど転がっているものよ。それに、今あの子の死に一番近い所にいるのは私でもお前でもない」
見ている中、サスケがナルトの腕を掴んだ。
大蛇丸の笑みが濃くなる。
「彼よ」
辺りはすでに薄紫に染まり始めていた。
「はっ!? お前こんな時になに言ってんだってばよ! 早くカカシ先生んとこ…っじゃなかった! 綱手のばあちゃんがお前を診てくれるって言ったんだって
ばよ! だから早く宿に行こうってば!」
ナルトは再び腕をひいた。
このまま引きずってでも行くつもりだったが指先ほども彼を動かせなかった。
懇願するようにサスケを見ると、彼は眉間に皺を寄せていた。
「お前…本当にドベだな」
「ドベでもウスラトンカチでもこの際何でも良いってばよ! いいから行こうって!」
「見てわからねえのか? もう呪印を消す必要はねえんだよ」
「何言い出すんだってばよ!? 呪印消すために綱手のばあちゃん探しに来たんじゃん! 何で必要ないなんて言うんだよ!」
「だから俺と戦えと言ったんだ」
「…どういう意味だってばよ」
ナルトは下からサスケを睨みつけた。
だがサスケの笑みは消えない。
ふっと彼は鼻で笑うと彼はナルトの腕を解放した。
そして片足を少し後方に下げ体勢を低くした。
「こいつはもう戒めじゃない。俺の力だ」
「……大蛇丸と何があった?」
「しつこいやつだな」
「いいから答えろってばよ!!」
「…取引しただけだ」
(取引…?)
首を傾げるナルトにサスケは囁くように答えた。
「俺があいつの元に行けば何でも望むものをくれると言った。俺はそれを受けただけだ」
「お前っ!? 里を抜けるっていうのか!?」
ナルトは愕然とした。思考が停止しそうになる。声が震えた。
「…お前、そうまでして何がほしいんだってばよ!」
「力だ」
「チカラ…?」
聞き返したナルトにサスケは傲慢に笑んで見せた。
「誰にも劣らない力だ。…俺はそれを手に入れた」
「何馬鹿な事言ってんだよ! 呪印がひどくなっただけだろうが!」
ナルトは泣きたくなった。
声が裏返ってちゃんと言葉になっているのか自分ではわからなかった。
俯いてぎゅっと手を固く握り合わせた。
何でこうなるんだ。
何故こうなったんだ…!
綱手を見つけて呪印を消してもらって彼女を里につれて帰って、それで3人一緒にこれからたくさん修行して、中忍に成ってーーーー。
お前は、それほど焦ってたのか?
そんな必要ないっていうのに。
顔を歪めるナルトにだがサスケの態度は変わらない。
「確かめてみろよ。これが不要かどうかな」
拳が震えた。
もう…動き出してしまったのか…?
「…本気…なのか……?」
お前は…それでいいのか…?
「本気で木の葉を捨てるつもりかっ!?」
顔を上げて怒鳴ると、冷たい夜風が顔にあたって、何故かそれが痛くて涙がひっこんだ。
(サスケ…頼む…)
頼むから…
「本気だ」
…止められない?
「…そっか…」
ナルトは目を閉じた。
そして空に顔を向けた。
何も感じない。
そっと目を開けた。
そして何故何も感じないのかすぐにわかった。
(…月が…隠れてる……)
空は濃紺一色だった。
だが霞のような雲が全体にかかっていて月はおろか星さえひとつも見え
なかった。
「どうした?」
憮然と言うサスケにナルトはかぶりを振った。
顔を相手に向けると、きゅっと全身の筋肉を緊張させた。
足を肩幅に開き両手を胸の前でゆるく重ね合わせる。
まだこのままでいい。
いや、このままがいい。
月は出ていない。
死の神はまだいらない。
やれる所までこのままでやってやる。
……止めてみせる。
「お前のしたいように誰がさせてやるかってんだ。里抜けなんて私が絶対させない」
それに、迷ってる暇はない。
あの呪印はチャクラを際限なく引き出す。
本人の意志とか限界とか、そういうものを一切無視して効力を発揮する。
早く何とかしなければサスケが危ない。
「力を手に入れただ? 笑わせるなってばよ! お前なんか、このうずまきナルト様の相手じゃないってばよ!」
「…おもしろい」
サスケの瞳が不敵に光るのと、彼の足が地面から離れるのは同時だった。
ナルトは大きく目を開いた。
とにかく食い止める。
『影分身の術!!』
慣れた印を組み上げサスケと自分の間に数十人の分身を作り出す。
そのまま自分は後方に下がり様子を窺った。
サスケは進路に立ち並ぶ分身に一瞬足を止めたがすぐに突っ込んできた。
(写輪眼にこの手の術は効かないからな…でも少しは時間が稼げる)
ナルトは右手の親指の先を咬み切った。
亥・戌・酉・申・未・・・・
「頼む出てきてくれってばよ!」
ばん!とナルトは手の平を勢いよく地面に付けた。
その手を中心に白い煙が生じて、中から赤いものが覗く。
「ああっ? なんじゃお前か、久しぶりじゃのう!」
よっと片手を上げたのはガマ吉だった。
「両生類万歳!チャクラの調節うまくいったってばよ!」
ガッツポーズを決めるナルトにガマ吉は首を傾げた。
「わけのわからんヤツじゃのう。われー、何のためにオレ呼んだんじゃ?」
「ああっそうだった!お前エロ仙人…ってわかんねえか。自来也って人の居場所わかるか?」
そう聞くとガマ吉はふんぞり返って腰に手をあてた。
えっへんという感じである。
「そりゃあ親父のお得意さんだからのう。においぐらい覚えとる」
「じゃあ大急ぎでここに連れて来てくれってばよ! 緊急事態だ。あっカカシ先生もいた
らつれて来てくれってばよ!」
「おいコラ! オレをパシリに使うつもりか!?」
「緊急事態だって言ったろ! 私だけじゃどこまでやれるかわかんないんだってばよ! 早くしないとサスケがやばいんだ! それにあいつどうにか出来てもま
だ戦わなきゃいけないやつは残ってる! 頼む!! 全部済んだら菓子でも何でもやるからさ!」
ぱちんと顔の前で手を合わせたナルトをしばしガマ吉は見つめていたが、やれやれとため息をつくとにいっと笑った。
「しゃーねーの、お前とオレの仲だ。引き受けてやるわい」
「恩に着るってばよ!」
そうにぱっと笑った時だった。
「呑気に何話してやがる」
すぐ近くで分身が悲鳴を上げたと思ったら煙の中から黒い影が飛び出してきた。
すでにすべての分身は消滅している。
(速い…っ)
ナルトはガマ吉をつかむと思いっきり投げた。
ぴょーんと綺麗に赤い玉が飛んでいく。
「でっわっ…何すんだお前っ!」
「ごめんっ! でも早く行って!!」
「っておいっ……!?」
宙を飛ばされながら叫んでいたガマ吉はその口を閉じた。
サスケがナルトに飛びかかった光景が目に飛び込んできたからだ。
ナルトはサスケの勢いに押しつぶされそうになっているが目だけはしっかりと自分に向けられていた。
「いいから早く!」
「ナルト、お前…」
鋭いナルトの声にガマ吉はくるんっと方向転換した。
投げられた勢いを使って遠くに跳ぶ。
鼻先に意識を集中させると目的物のいる方向はすぐに検討がついた。
あまり離れていない。
すぐに戻ってこられるはずだ。
だからそれまでに…
「死んだらただじゃおかねーかんな!!」
その声が耳に届くのと繰り出されたサスケの拳がナルトの腕にぶつかるのとはほぼ同時だった。
ぎしっと腕に筋肉が軋む。
それでもナルトは笑みを見せた。
「…死なないよ」
ナルトは身体をひきサスケの腕を引き寄せるとチャクラを込めた逆の腕を突き出し拳を叩き込む。
がんっ!と力がぶつかり合ってお互いの身体が震えた。
サスケは舌打ちをすると後方に下がりながら手裏剣を放った。
至近距離だったため止むおえずしゃがんだナルトの目の前にサスケの足が迫る。
「!?」
大きく蹴り飛ばされナルトは砂煙を上げながら地面に転がった。
「っげほっ…」
鳩尾に蹴りが入ったために激しい吐き気と呼吸困難に襲われてナルトは立ち上がるのもそこそこにうずくまった。
ざっ、と耳元で音がして目を向けるとサスケの色違いの瞳が見えた。
「俺を止めるんじゃないのか?」
「…っるさい!」
ナルトは腹部を押さえて立ち上がると、自分を見下ろしていたサスケの懐に飛び込んだ。左足を軸に半回転に手刀と蹴りをするがあっさり防がれた。
その感触にナルトは飛び退くと先ほどよりも多くの分身を作り出す。
「みんな、行くってばよ!」
サスケの四方を囲んでいたナルトの分身たちが一斉にサスケ目がけて突っ込む。
何人かが滑り込んで足払いをしバランスを崩したサスケの身体をかけ声と共に高く蹴り上げた。
「う・ず・ま・き……ナルト連弾!!」
分身の肩を借り飛びあがっていたナルトはその勢いのままに足を振り下ろした。
重い衝撃に攻撃が決まった事を感じた。
(これでしばらく動けないはずだ。今のうちに……っ!?)
ナルトはサスケを足場に後退しようとしたが出来なかった。
驚いて下をみるとサスケが足を掴んでいた。
「これで終わりか…?」
「っうわっ!」
サスケはにやりと笑うとそのまま反転し、先ほどと逆にナルトの身体を自分の下へと落とし込む。
「詰めが甘いな」
サスケは腕を振るとナルトを地面に叩き付けた。
凄まじい衝撃音と砂や石の砕け飛び散る音が辺りに響き渡った。
「…っああっ…」
全身がばらばらになりそうな痛みにナルトは声を漏らした。
相当のダメージを受けたと覚悟しなければこの後立てないだろう…。
(くっそ…っ)
そのまま横たわったままのナルトを鼻で笑ったサスケはふと自分の手についた物に目を落とした。
先ほどナルトの足を掴んでいた手だ。
その手の平に何か黒くざらついたものがついている。
(これは……鉛…?まさか…)
サスケは辺りを見回した。
そして想像したものと同じものを倒れているナルトのすぐ横に見つけた。
拾い上げたそれは光沢のある黒い布端だ。
びりびりに破れているそれを見るサスケの目が細められた。
「ナルト、てめえ……何で重りなんかつけてやがる…」
そう、この2つは忍が修行用に身につける重りの一部なのだ。
黒い粒は布の中に詰められている重しだ。
いつだったか自分もつけていた事があったのですぐにわかった。
そしてこれは地面に叩き付けた時に布が破れて飛び散ったものだろう。
サスケはナルトのすぐそばまで行きぼろぼろになった全身を見下ろした。
いつもと服が違うので違和感があるが、袖のないその服のお陰で他にも重りがあることがすぐにわかった。
(両腕両足につけてやがんのか?…)
先ほど掴んだ方の足には何もない。
残る重りは3つ。
「舐めてんのか? …今すぐとれ!」
「…っ…お前に…かんけ…いな…」
「ふざけるな。……お前にとる気がないなら俺がとってやるよ」
サスケは微かに暴れるナルトの身体を押さえつけると、まず片足に残っていた物をクナイで布を切って外した。
「…さすけっ! やめろって…」
弱々しく呻いて右腕を伸ばしてきたナルトのその腕を掴むと一瞬で手首の重りをはずした。
ナルトの表情が変わった。
(やばい…左は…)
咄嗟に身体を捻ってサスケの下から抜け出そうとしたが痛みに身体が強張ってうまくいかない。
そうこうしているうちにサスケに左腕をとられた。
ざん!と乾いた音と共に重りが外される。
『…おい』
『………』
『おい!』
『…! っえわっ何だってば!?』
『このドベ! 無視してんじゃねーよ!』
『無視? …私の事呼んでたの…?』
『他に誰がいるんだよ、このウスラトンカチ!!』
『だっ…! 誰がウスラトンカチだってばよ! 私の名前はうずまきナルトだってばよ!』
サスケ、お前だけだったよな…。
サスケは息を止めた。
目を見開いてナルトの左手首を凝視する。
細い手首を一周する幾何学的な文字の羅列、手首の裏に微かに大きく描かれた渦巻き。
「…お前…これ」
サスケは顔を背けているナルトを見た。
ナルトは固く目を閉じ、何か言う気配がない。
「おいっ!」
ぐいっと胸ぐらを掴んで無理矢理顔をこちらに向けさせると微かにナルトが瞼を開けた。青い瞳が揺れているのが見えた。
一瞬それに眉を顰めたがサスケは掴む力を緩めなかった。
「何でお前の腕に呪印なんかあるんだ? 誰につけられた!?」
「……サスケには…関係ない…」
「っ!? 何だよそれ」
怒鳴るサスケにナルトも怒鳴り返した。
「だからやめろって言ったじゃん! 何ではずしたんだってばよ!」
お前には…
涙で視界がぶれる。
八つ当たりだとわかっていても、それでも叫ばずにおれなかった。
「……やっとみんなに認めてもらえるようになったのに…何でそれをぶち壊すような事するんだってばよ!」
痛みなど吹き飛ぶほどにナルトの感情は高ぶっていた。
サスケの腕を引きはがすとそのまま突き倒した。
わけのわからないサスケは微かによろめいたが離された腕を再度のばして彼女の腕をとった。
「何でか話せよ! 俺には関係ない? そんなの聞いてから俺が決める事だろ!?」
「…話せないってばよ…」
ナルトは顔にかかる髪の間からサスケを見つめた。
涙はいつの間にか乾いていた。
青に浮かぶのは愛惜だ。
「…話したら…私はもう、サスケのそばにいられない。それに、サスケはきっと……うう
ん、絶対私を許さない」
「そばにいられない? 俺がお前を許さない? …わけわかんねえよ」
サスケはナルトの腕を放した。
悲痛に顔を歪ませると手を漆黒の髪に絡めた。
頭が混乱していた。
口を閉じたサスケからナルトは顔を背けた。
ぎゅっと左腕を掴む手が小刻みに震える。
こういう事態になることが、一番怖かった。
(わからなくていい…)
例えそれが偽っている事になっているとしても自分には告白できる勇気はない。
生まれた時から向けられてきた視線は微かな希望さえ凍らせた。
今更燃え上がらせる気力はない。
まして仲間に対しては、とてつもない恐れしかない。
「…知ってんのか…?」
「えっ…?」
ふっと呟かれた声に顔を向けると今までに見た事もないほど切なげに緩められた瞳があった。
サスケが再び口を開いた。
「兄貴は…知ってんのか?」
(イタチさん…っ)
身体が震えた。
それにサスケの眉を上がる。
「……知ってるんだな?」
「……」
ナルトは俯いた。
返す言葉が見つからない。
すぐそばで息をつくサスケの様子に身体が強張った。
「……なんでだよ…」
サスケは低く呻いた。
ぎりりとまなじりを上げたサスケはナルトを睨め付けた。
行き場のない感情が喉の奥で啼いている。
「何であいつなんだよ…何で俺じゃ駄目なんだ…」
「さ…すけ…?」
様子の変わったサスケにナルトは後ずさった。
彼の全身からおぞましいチャクラがにじみ出し始めたのだ。
「どうして俺が望むものは全部あいつが持ってんだよ!」
「…サスケ…? 急にどうし…うわっ!!」
近づこうとしたナルトはチャクラの波に弾かれて再び地面に転がった。
辺りを凄まじい風が撫で始めている。
ナルトは叫んだ。
「サスケ!!」
「力も…お前も…何であいつが!!」
ぱんっ!! と空気を裂く音と共に空が一時青銀に染まった。
それに続いて耳を劈く金切り音が大地を震わせた。
「…もういい、よくわかった」
サスケはどこか儚く呟いた。
ちりちりと音を立てる腕を見下ろして薄く微笑む。
「もう何も望まない……俺は…」
「サスケっ!!」
何とか起きあがりこちらに走ってこようとするナルトにサスケは言い放った。
「俺は…お前を殺す…」
その言葉を聞いたと同時に左肩に熱い痛みが走った。
はっとして視点を下げれば、そこにあったのは青く発光するサスケの手だった。
「っああ!?」
ナルトは悲鳴を上げて飛び退いた。
肩を貫いた手を無理矢理引き抜いたために肉が抉られ血が噴き出した。
腕の感覚が消えていく。
ナルトは顔を顰めると肩を押さえた。
「さ…サスケっ!!」
「ぼさっとしてんじゃねえよ。俺はてめえを殺すと言ってるんだ」
バチバチと青い火花がサスケの白い顔を照らした。
その表情は底が見えないほどの暗さを含み震えの走るほどの妖艶さを帯びていた。
それに呑まれそうになりながらもナルトは切れる息を整えた。
「何でそうなるんだってばよ! 私はお前と殺し合いなんかしたくない!!」
「俺はしたいんだよ」
「意味わかんないってばよ!」
「わからなくていい」
ふっとサスケは俯いた。
固く目を閉じて絞り出すような声で続けた。
「次は外さない」
「っ!?」
そう言うとサスケはナルト目がけて地を蹴った。
「…くっ…」
ナルトは横に飛び、転がってなんとか振られた腕を避けた。
だが千鳥の余波が皮膚や髪を撫で、刃物でなぞったような傷が全身に刻まれた。
(重しがなくなった分動けるけど、今のサスケにスピードだけじゃどうにもならない…!!)
足にチャクラを溜め大きく飛び、幾度となく繰り出される突きを紙一重で避ける。
その合間にも肩から血は止めどなく流れ、全身についた切り傷からも力を込める度に血が噴き出す。
全身に火傷を負ったような痛みにナルトは表情を歪めた。
(このままじゃ…ほんとに殺される…)
それは本能の訴え。
もう勝負を見えているということだ。
自分はサスケに殺される。
「そんなの…っ嫌だっ!!」
身体を捻り、渾身の力でサスケの身体を蹴り落とす。
その際に足に千鳥がかすって、肉が焼ける激痛がしたがナルトは一気にチャクラを放出した。
そして地面にしゃがんで着地をとったサスケからだいぶ距離をとる。
(…どうすれば…どうすれば止められる…?)
細い息を繰り返しながらナルトはサスケを見つめた。
彼は立ち上がってこちらの様子を窺っているようだった。
(何てスピードだ。動きについていくのが精一杯だ)
(どうすれば…)
「あ…」
ナルトは自分の身体を見下ろして声を上げた。夜だという事もあるのだろうが、彼女の身体は
全体が赤黒く染まっていた。
それに留まらずその上を新たな血が滴り降りている。
暗闇に光るそれを手で撫で、赤くなった手を見つめるナルトの眉があがった。
「…できるかも…しれない」
「だが…あいつはもうそうは動けない」
(次で確実に仕留める)
(でもこれを確実に成功させるためには呪印を解かないと…)
経験のない、なにより、高度な術だ。
感覚のない左腕を見つめたナルトの耳にサスケの声が響いた。
「追いかけっこはここまでだ」
そうして駆け出して来たサスケにナルトは頬を引きつらせた。
(どうしよう…)
左手首に血に融ける事なく浮かび上がる呪印。
これを解くということはすなわち
(…騙していた事がばれる)
自分がすでに上忍並の力を有している事。
そして、自分の中に九尾がいる事。
そのどちらかだけがばれたとしても、仲間を騙していた事には変わりない。
ひどく胸が痛んだ。
常々からあった罪悪感が一気に押し寄せる。
歯を食いしばったナルトは向かってくるサスケをただ見つめた。
(…でも…)
その時だった。
急に顔に光を感じた。
弾かれたように上を見たナルトは自然と顔を弛ませた。
「月…」
今まで雲に隠されていた月が姿を現したのだ。
その形はまろやかな円。
煌々と輝くそれにナルトは目を細める。
「サスケ…」
視線を戻して見つめたサスケの顔に浮かぶのは狂喜だ。
ナルトは目を伏せた。
(ものすごく辛そうに見えるのは…気のせいじゃないよな…?)
迷う必要など、ない。
お前を守るのに、迷う必要なんて、ないんだ。
「これで…終わりだ!!」
相手との距離はほんの一瞬。
ナルトは目を見開いた。
右手を左手首にあてる。
親指で紋様を撫で全神経をそこに集中させる。
『解!』
パン、と乾いた音が響くのを聞きながらナルトは一歩前に踏み出した。
ずぶ…と手が湿ったのを感じた。
「…な…ナルト…?」
サスケは驚愕に目を見開いた。
瞬きさえ忘れて自分の懐を見下ろした。
見えるのは金色だ。
月光に照る美しい金の光だ。
それが下に行くにしたがって赤く染まっている。
ぽたぽたと地面に落ちる湿った音が聞こえる。
サスケは右手を見た。
すでに青い旋光の消えたそれはだがナルトの左の脇腹に埋まっていた。
それだけなら自分の攻撃が入ったと思うだけだ。
だが少し様子が違った。
自分にまわされた傷だらけのナルトの腕。
肩に押し付けられた彼女の頭。
そう、押し付けられたのだ。
「どうして…」
「…っ………」
「お前どうして自分から!!」
そう叫ぶと彼女の身体が震えた。
…笑っているのだ。
「…何で…慌てるんだってばよ…」
ぐっと肩に手が乗せられたと思ったらナルトが身体を引き離した。
その弾みで埋まっていた手が抜ける。
その途端吹き出した血にサスケは自分が濡れるのも構わず強く傷口を押さえた。
それでも血は収まらず、2人の足下に赤く大きな染みを作っていく。
どくどくと激しく脈打つ彼女の身体に一気に頭の中が真っ白になった。
霞がかかったような視界にナルトの青白い顔が入ったが呆然と見ることしかできない。
彼女の笑みに染まる顔はいっそ滑稽だった。
「…私を殺したかったんだろ? …お前が望んだ事だ…」
「ち…ちがう…」
「…違う?…私を…殺すって言ったってばよ」
「それは…」
「サスケ」
力の抜けそうになる足を何とか踏ん張ると、ぐっとナルトの手がサスケの肩を掴んだ。
どこから湧いてくるのか込められる力はとても大きくて、サスケは弾かれたようにナルトを見下ろした。
「…お前、ちゃんと…周り…みてる…か?」
「…なに?」
「お前の…求めるさ、力って…なんのためなわけ?」
ナルトの青い目が歪んだ。
金の睫が小刻みに震えている。
「…自分の…ためか? …ちょっと違うよな…?」
「…ナルト…」
「後悔しないためだろ? …仲間を守るためだろ…? 違うのか!?」
がんがんと身体を揺すぶられてサスケは微かに呻いた。
「…俺は…」
ナルトは力をかき集めると、もう一歩前に出た。
俯いてしまったサスケを抱きしめる。
「…ごめん」
「…ナルト?」
「何も言えなくて…ごめん。別にサスケだからってわけじゃないんだ…。サクラちゃんにも…カカシ先生にも…本当なら…ずっと黙っておきたかった事だか
ら…」
そっとナルトが身体を離した。
やわらかく細められた彼女の瞳をサスケは困惑した面持ちで見つめた。
「いつかは…わかっちゃうと思うけど…ちゃんと…言うから…だから…」
ナルトが咳き込んだ。
ごぼっと血の塊が零される。
サスケは首を横に振った。
「ナルト…もういい、わかったからもうしゃべるな」
泣くような声にずるりとナルトの身体が崩れた。
サスケは慌てて熱い彼女の身体を抱き留めた。
荒く息をついたナルトは真実虫の息だった。
膝をついた彼女はだが、まだ瞳の光を失わせていなかった。
腕をのばすとサスケの首元、呪印に手をおく。
「ナルト?」
「…先に、謝っておくってばよ…」
「?」
つつっとナルトの指が呪印を覆うように広げられた。
湿ったように感じるのは彼女の手に血が付いているからだろうか…。
「サスケ、しばらく眠ってくれってばよ」
「お前なに言って…っ!?」
サスケは突然身体を強張らせた。
ナルトは息に合わせてもう一方の手を呪印に置いた手に重ねた。
『五行封印!!』
サスケの身体を光が包み込んだ。
「五行封印ですって…?」
大蛇丸は目を見開いていた。
その影でカブトはなんともいえない表情で下を見つめた。
(あのナルト君が、封印術を…?)
中忍試験の頃はここまでの実力はなかったはずだ。
それにあのスピード、追うので精一杯だった。
一体どういう事だ。
ふっと大蛇丸が振り返った。
「カブト。予定を変えるわ」
「変えるとは…?」
「サスケ君だけでなく、ナルト君も里に連れ帰るわ」
「ナルト君も?」
「今の見ていたでしょう? 放っておくには勿体ない」
「しかし、ナルト君が素直にこちらに従うでしょうか?」
カブトは視線をもどした。
彼女が必死に封印術を発動したのは自分が生きるためではない。
彼を止めたかったからだ。
思考していると笑い声が聞こえた。
「従わない時は消すだけ…それだけでしょう?」
にたり…と笑った大蛇丸にカブトは目を細めたが次の瞬間姿を消した。
「なに? ナルトとサスケが戦ってるって、お前それマジな話か?」
自来也はどん! と勢いよく持っていた茶碗をテーブルに置いた。
その衝撃にテーブルに乗っていた皿が何枚か震えた。
「マジもマジだ! 早く行ってくれよ、何か様子が変なんじゃ!」
「どう変なんだ?」
宿屋に飛び込んできて早々、テーブルの上で飛び跳ねる赤い蝦蟇にカカシは頬杖をついたまま尋ねた。
あの2人は普段からお互いをライバル視している。
その2人が戦っていると言われてもあまり緊迫したものは感じられない。
だがガマ吉は脂汗を滲ませるほどに慌てていた。
「サスケってやつがおかしいんだ」
「サスケ君が?」
サクラは怪訝そうに眉を顰めた。
「サスケ君がどう変なの?」
サクラに向きを変えたガマ吉は飛ぶのを止めると思案するように見上げた。
「お前…砂の化けモンの時にいた女子じゃの。あの時のあいつみたいなんじゃ。体に黒い模様が出てて…俺がナルトから離れる時にはあいつ、すっげえ勢いでナ
ルトに体当たりしとった」
3人の表情が一変した。
「カカシ先生!?」
「ああ、それは呪印だ。あいつ、一体…」
「とにかく行くぞ。実際見てみんことには何ともいえん!」
「うっし!じゃあついてきてくれや!」
3人は席から立つと飛ぶように跳ねるガマ吉の後を追った。
「何かあったみたいですね」
今夜は自来也達とちゃんと別の席を確保できたのだがそのせいで事情が全くわからない。ただ慌てて宿を出て行った3人の様子にただならないものを感じてシズ
ネは首を傾げた。
綱手はしばらくじっと揺れる暖簾を見つめていた。
「綱手様?」
「…私たちも行くよ。少々嫌な予感がする」
そのまま立ち上がってかつかつとヒールを鳴らせて宿を出て行く綱手を、シズネはゆるく微笑んで自分も席を立った。
「トントン行くよ」
「ブー」
身体が重い。
瞼を開けていられない。
「…っは…」
ナルトはサスケの身体を何とか地面に横にさせた。
彼の身体は小さく発光している。
封印術がちゃんとかかった証拠だ。
その衝撃と、そもそも限界が近かったのだろう、サスケは気を失っていた。
(…これで呪印の進行は抑えられるはずだ。あとは綱手のばあちゃんに診てもらうしかないな)
自分の身体を見下ろしてため息をついた。
探さないと他の色がないくらいに真っ赤だ。
感覚が麻痺して痛みはあまり感じないが放っておけば腐ってくるところが出てきそうなほどに怪我が多い。
だが自分よりもサスケを優占したほうがいいだろう…。
「少し待っ…ててくれってば…よ。今、綱手のばあちゃんつれてくる…から」
「それは困りますね」
ナルトは痛みも忘れてぱっと顔を上げた。
月明かりが強い、目を凝らす必要もなく声の主が誰なのか確認できた。
「…カブトさん…」
「久しぶりだね、元気…そうじゃないみたいだ」
唇の端を上げて笑んだ相手をナルトを睨んだ。
「カブトさん…がいるって事は大蛇丸もすぐ近くにいるって…事だってば…ね…」
ふらふらとナルトはサスケのホルダーに手をやるとクナイを一本抜き出した。
この状態で肉弾戦なんて不可能だ。
した瞬間に自分は戦闘不能になる。
ぴくりとカブトは眉間し皺を寄せた。
片手を腰にやると気怠げな姿勢でナルトを見る。
「驚いたな。君はどこまで僕の事を知ってるんだい? 火影様はよっぽど君に甘いと見える」
「今更…様付けなんて…白々しい」
ナルトは立ち上がるとサスケを背に庇う位置に来てクナイを構えた。
「サスケは…やらない」
「この状況からよくそんな事が言えるね。…まあいいよ。大蛇丸様から言伝があるんだ」
剣呑な眼差しが色濃くなったナルトに、カブトは続ける。
「ナルト君、音に来ないかい? 了承してくれれば君の傷も、サスケ君の命も保証してあげるよ」
「…カブトさんこそ、この状況で…よくそんな事言えるってばね…」
ナルトは歩き出した。
ずるずると足を引きずりながらも一歩一歩カブトに近づいていく。
足を踏み出す度に血が零れた。
カブトの嘲笑が響く。
「素直じゃないなあ。ほんとに死んじゃうよ?」
「別に…いい…。後悔するより…マシだってば…よ」
あと3身ほど。飛べば確実に届く。
カブトは急に笑みを消した。
黒い瞳が冷たく細められる。
「残念だな。君の事気に入ってたんだけど…仕方ない」
ひゅん!と刃が空を裂く音がした。
カブトがクナイを投げたのだ。
「っ!」
ナルトは屈みながら大きく側転した。
身体の下に足を入れ込んですぐに立ち上がるとチャクラを放出させて飛びカブトから距離をとる。
それもつかの間にカブトはこちらに走り込んできた。
「さすがに動きがにぶいね」
「!」
下方からクナイが振り上げられるのを受け流そうとするが手に力が入らずクナイが破ねとばされた。
キン!と甲高い音を立てて黒い軌跡が宙を舞って地面に突き刺さる。
「…はっ……!!」
息が続かない。
二打目を後方に飛ぶ事で避けたがその際にバランスを崩してナルトは地面に転がった。
ナルトはすぐに顔を上げて辺りを見回した。
サスケのクナイは遙か彼方に刺さっていて今すぐにとってくる事は不可能だ。
すぐ目の前にカブトはいるのだ。
(なにか…なにか…っ?)
とにかくと辺りを手で探っていた時だった。
何かざらついたものが手に触れた。
ナルトは咄嗟にそれを掴むと自分とカブトの間に振り上げた。
「死んでもらうよ」
ザン!とタイミングが合ったお陰でカブトのクナイが切ったのは自分ではなかった。
(リュック!)
手に取ったのはリュックだった。
切られた布地の間から中身がぼとぼとと辺りに飛び散った。
その中にあるものを見つけた。
ナルトは目を見開いた。
カブトが切ったリュックを腕で払いのける瞬間にそれに飛びつく。
カブトの横をそれを胸に掻き抱いて飛びす去り、髪を解くと慣れ親しんだ印を結ぶ。
「!、何だ?」
突如として沸き立った煙にカブトは一瞬視界を失った。
お腹が温かい。
ああ、傷、塞いでくれたんだ?
お前にお礼言わなきゃな。
あと少しだけ…待ってくれってばよ。
空には月。風に響くは諱。
「月読、これより火影様よりの指令の任につく」
(サスケは私が守る…)
怖くはなかった。
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