真の朱の5










どれだけ自分の力を磨いても、
身につけた力に自信をつけても、


このまま、ずっと、私はあいつに怯えていかなければならないのだろうか。
肉親以外にも、自分の存在理由を知ってもそばにいてくれる人ができた。
けれど、それは相手が私も理解しようとしてくれるような、懐の広い人だから。
そんな人ばかりではない。
ーーー私の同世代のものたちは、そもそもあいつのことを知らない。
言葉で説明したって理解できないだろう。
現実にみなければーーー。

 現実にみるときは、私はもうーーーだめなんだろうけど。



(つか、そもそもあいつはなんだってばよ)


そう思ったのがきっかけで、そう思ったら、ーーー決心できた。
今までは心の隅に関心を追いやって、背を向けて来た相手だが、生まれたときからずっとひとつなのだ。
いい加減、区切りをつけなければならないのかもしれない。


 私は、幼い頃とは違う。

家族がいて、家族のような仲間ができて、そしてーーー。


(イタチさん…)


なぜかはわからない。
でも、あの人にちゃんと、胸を張って向き合いたい。
今はまだ、後ろめたさのような、そんな感情がある。
だからーーーー。






「お邪魔するってばよ」


ぽた、ぽた、とどこかで水滴がこぼれる音がする。
ここが実際どこかはわからない。
ただ、今自分がいるのは、地面も天井も真っ白な空間であり、ここが自分の中だということはわかる。


真っ白い世界。けれど、前方は違う。
今自分の目の前には、終わりのみえないほど天高くにのびた檻の格子がある。
自分ほどの大きさならば簡単にすり抜けられるものだが、檻の中の存在にとっては不可能だ。



 檻の中は薄暗く、奥に行くに従って完全な闇となっている。
その闇の中で、爛々と赤い目が光っている。
それは自分をみとめると、すううーっと高い位置に上がっていった。
寝そべっていた体勢から、頭だけ上げたのだ。
それだけでも建物の2階くらいの高さがある。
ナルトは見下ろす視線を感じながら、檻のほうへと近づいていった。
そして檻のすぐ前までくると、九尾の視線を真っ直ぐに見返した。
赤い目が怪訝そうに細められる。
それでも鋭い眼光は弱まらない。
ただ、あれ?、とナルトは目を大きくする。


(九尾が怒鳴ってこないってばよ)


これまでは近づけばかなりきつい事を言われてるのが当たり前だった。
九尾にとっては自分は忌々しい小娘でしかなく、目に入るのも目障りのようだった。
けれど、何も言ってこない。
それを不審に思っていると、とても落ち着いたトーンの声がした。


「…お前からここに来るとはどういうつもりだ」
「え!…えっと…ちゃんと、話がしたいと思って」
「話だと?」
「ちゃんとお前のこと、知りたいんだってばよ」


地の底から響いてくるような低い唸り声ではあったが、やはり今までと雰囲気が違う。
だからナルトは臆することなく言い放った。


もう、意味もなく九尾を怖がっている場合ではない。
自分の中に封印されている存在について、父からの情報以上に知る必要があるのだ。
知って、理解して、協力してもらいたいし、もし自分にできることがあるなら協力したい。
九尾とーーー仲間になりたい。
だから怯まない。
仲良くなりたいのは自分なのだから、自分のほうから歩み寄る。


 意味がわからないのだろう。
不機嫌そうに喉の奥から唸った九尾に、ナルトはうーん、と考えながら言葉を続けた。


「九尾、私馬鹿だから、いまいちお前がどういう存在なのかわかんないんだってよ。お前は一体なんなんだってば?」
「……。そんなことを知ってどうする?」
「え!? 特にどうもしないけど…お前の事良く知れるかなっと…」
「……吾のことを知りたい?…」


心底意外だと、大きく見開かれた目が語っている。
けれど、九尾は苦笑する事も、嘲笑する事も無く、ナルトをじっと見下ろすと、ふい、っと視線を外した。


「お前は、吾が憎くないのか?」
「憎い?…うーん、そう聞かれると答えにくいけど…」


腕を組んで唸るナルトは、けれど首を横に振った。


「なんでお前が里を襲ったのか私は知らないってば。その理由次第だってばよ」
「……理由を知りたいというのか?」
「九尾っていうか、お前みたいなやつって我愛羅みたいに他にもいて、生物兵器みたいにされてるんだよね?」


人柱力という存在を明るみにしていない里もあり、実際どれだけの存在がいるのか知らないが、まあそれなりにいるらしい。
そういった里は代々人柱力として引き継いできた以外は、自力で九尾のような存在を探し、なんらかの封印をして手に入れると聞いた。
九尾と木の葉は偶然ではあるが後者のケースになる。
ただ、むざむざ人に封印されるのを好むはずがない。
ゆえに九尾のような存在は人を嫌って自然の奥深くに潜んでいるか、己の力を誇示してそもそも近づけさせないという。
それが九尾自ら木の葉隠れという忍の里の中でも大規模な場所を襲撃したのだ。
理由があるはずだ。


「その理由を教えてもらいたいってばよ」


憎むかそうじゃないかはそれ次第だと、ナルトは笑う。
九尾はそれに目を細める。
格子の間からみえるそれがとても眩かったからだ。


 これまで、人に封印されたことがなかったわけではない。
何百年、もしかしたら何千年か?
己でも忘れてしまったほど永い年月を自分は生きてきて、その間になぜか封印という方法を知っている人に縛られたことは多くはないが少なくもない。

だが、依り代と相容れたことはない。
強引な封印に自由を奪われ、勝手にチャクラを持っていかれる。
己の檻である依り代とどう相容れというのだ。
そして、そのチャクラを人が自由自在に扱えるはずもなく、どの者も最終的には自滅していった。
その繰り返しの末、何度目かの自由を手に入れた己は、いつしか再び人の身に封印された。


その”人”がーーーこの、うずまきナルト。


 光り輝く金色の髪と、くるりと大きな瞳。
 そして、明るい笑みに心がずきりと軋む。


この者は、こんな風にこちらに笑えるはずがない。
けれど、身体を同じくし、またこの者が幼いときからその生き様を見てきているので、その笑みが偽りではないと解る。
ゆえに戸惑い、ゆえに惹かれる。


 この者になら、ーーー……。


九尾は揺れる心に従って口を開いた。


「吾が理由を語れば、すなわちお前の母御の死の話になる。それでも良いのか」
「……。うん。大丈夫だってばよ」


笑みに、儚い色が一瞬広がって、すぐに消えた。
 九尾はそうか、と声を漏らすと、そっと目を閉じた。
途端、ナルトの頭にさまざまな映像がーーー九尾の記憶が浮かんだ。


「わっ!!!」
「…言葉にするよりも見たほうが早かろう」


そう言って九尾が見せたものは、ナルトの想像を大きく凌駕していた。
言葉も無く、目を閉じると九尾の記憶に集中する。


 それはあの一夜のこと。
ビデオのように投影される記憶は、とてつもなく壮絶で、悲惨なものだった。
伝え聞く話の通りではあったが、それ以上の惨状。


「…………っ」


そして、九尾がまだ赤子の自分に封印されるのを九尾の視点から見遣る。
その瞬間に見えたのは母のーーー写真でしか見たことの無いーーー九尾に向けられる力強い眼差しと、自分に向けられるあたたかい笑顔だった。


 九尾の記憶の投影はそこで終わった。


「……ありがとうだってばよ」
「……辛いか?」


そう聞かれて、ナルトは顔をあげて九尾をみた。
その頬を幾筋もの涙が伝っていた。
けれどもナルトははにかむような、そんな笑みを満面に浮かべている。


「いや、…辛いけど…なんていうか、お母さんの…、えっと…とにかく、見せてもらってよかったってば」


うまく言葉にできない感情に、ナルトはごしごしと涙を腕で拭った。
確かに母の死の場面は辛かった。
けれど、同時に生きて、自分に笑いかけている本当にやさしいその顔をみることもできた。
それは言葉では決して感じ取れないものだ。
だからこれは嬉し涙だ。


うん、そう。
だから、今は九尾のことを…。


ナルトは涙を抑えると、うん、と九尾へと頷いた。


「理由はわかったってばよ。…お前は被害者だったんだな」
「………木の葉を襲った事実は変わらぬ」
「…そう言えるお前を、私は憎めないってばよ」
「ナルト…」


これで一歩、お互い近づけたってばよ、とナルトは笑う。
それに九尾が瞬いているのにさらに、に、っとナルトは笑うと、ああ、そう言えば、と小首を傾げる。


「”九尾” って、名前なんだってば? 違うってばよね」
「…ああ。九尾というのは名ではない」


吾の名は、九喇嘛という。
それに思いっきりナルトは表情を難しくした。

「クラマ??」
「人の字では…」


と九尾はナルトの頭に、”九喇嘛”と文字を伝えてくれたが、画数の多い漢字の羅列である。
小難しいことこの上ない。
うーん、と悩むナルトに、九尾は付け加える。


「”九尾” で良い。これまで人は吾をそれ以外に呼んだことはないしな」
「えー、でもそれって、私とかを”人” !! って呼んでるもんだってばよね? なんかやだってば」
「…まあ、なんでも好きに呼べ」


名など、大して意味は無い。
九喇嘛というのも、生まれたときに自分のものとなぜかしっくりと頭に浮かんだだけのものである。
ゆえに九尾でもなんでも、自分を呼んでいるのだと分かればなんでもよいのだ。
いつものように組んだ前足に顎をのせて寝そべりそう言えば、ナルトはむむむ、と唸ってとりあえずわかったと頷いた。


「呼び名についてはまた別の機会ってことで。で、これからのことだけど…」
「これから…?」
「いやだって、死の森であいつに会って全部思い出したんでしょ?」


…それぐらい、思いが強いってことでしょ?


思いも寄らぬ話の流れに目を大きくすれば、眩いあの笑顔が飛び込んで来た。


「ちょっと考えるってばよ。だから、少し待っててほしいってばよ」


お前の憎しみが少しでも小さくなるように。










                      真の朱の 5


















立ち上る鮮やかな士気はどこまでも雄々しく、響き渡った声は怒気を孕んでいた。


「大蛇丸……!!」


赤い毛をすべて逆立たせ九尾の狐は唸った。
大きくその尾が跳ねる。






「…どういう…事だ…?なぜ九尾の狐が……っ!?」

大蛇丸は狼狽した。
 目の前にいるのは九尾の狐なのだ。
かつて木の葉の里を襲い、壊滅にまで追い込んだ天災。
大きさこそ違うが紛れもなく九尾の狐だ。


 封印されているはずだ。
自分はかつて感情の高ぶりに揺れた封印を無理矢理かけ直した事がある。
その時ちゃんと封印式を目にしたし、癪だが四代目火影の実力は高く評価している。
些細な事であの封印が解けるはずがない。


(…あのガキ、九尾を意のままに操れるとでもいうのか?)


視点を転じ、イタチに抱かれているナルトを睨む。
先ほどまで呟いていた言葉の意味がわかった。

戦わせる約束、それは九尾の狐と自分を戦わせる事だ。


(まずい)


大蛇丸は足を後退させた。
今は逃げなくてはならない。
ここにいては間違いなく、殺される。


「よもや己のした事を忘れたとは言うまいな……」


熱い息を吐き、九尾の狐は大蛇丸を睨み付けた。
 逃げられる可能性はなさそうだ。
 背を向けた瞬間に朽ちる。
その眼光に足が竦みそうになるが大蛇丸は太刀を構えた。
 
 タン、と軽い音を立てて九尾の狐が跳んだ。
月を背に浮かび上がった影に悪寒が全身を駆けめぐる。


「……ここで死ぬわけにはいかないのよ」


大蛇丸は腕を突き出した。
刹那、絡み出た幾数もの蛇が深紅の四肢に牙を剥いた。
鱗の擦れ合う音をさせて九尾の狐の動きを封じようとその身を躍らす。
今にもその爪をかけようとしていた九尾の狐の動きが鈍った。
 だが、それも一瞬の事だった。


「汝が口よりそのような言葉を聞くとはな……」


九尾の狐は喉の奥で笑うと、無造作に尾を打ち振った。
金色の波が放たれたと思うと、それは幾筋もの軌跡を描いて蛇をすべて打ち斬った。
息を呑む大蛇丸に九尾の狐は容赦なく腕を振り下ろす。
ギン!と音を立てて刃身と爪が噛み合った。


「草薙の剣……」


九尾の狐はつぶやくとくるりと空中で後転し音もなく着地した。
体勢を低くし舐めるように剣を見る。


「太古より力と名を馳せる者か」
「どうしてお前が復活したかはわからないけれど、お前でもこの剣には敵わないようね」
「確かに龍より生まれし金剛は強い」


だが、と九尾の狐は白い牙を見せた。獣の口で器用に笑う。


「その力、気高き者が使ってこそのもの。汝には不相応だ」
「お前に言われる筋合いはないわね。獣の分際でわかったような事をぬかすな」
「吾をただの獣と見るでないぞ」


ゆらゆらと焔の尾が揺れた。


「永久の時を生きた吾はそれ相応の力と知を持っておる」


くつくつと喉が鳴った。
それに合わさるようにカチカチと牙を噛み合わす音が響く。
そして次の瞬間大蛇丸の視界から赤い影が消えた。


「なっ…!?」


どこに…


それはつかの間。
大蛇丸は弾かれたように上を見た。
そこには深緋の尾を花のごとく拡げた九尾の狐がいた。


「ちっ……!」


避ける暇もなく落ちてきた前足を先と同じように太刀で受け止めた。
ずし、と全身にかかってきた衝撃に足が地面にめり込んでいく。


「人間風情が吾に勝てると?」


低い声がした。
見にくい視界を懲らすと黒曜石の瞳がぎらぎらと光っていた。


「思い上がりも甚だしい!」


防御で身動きのとれない大蛇丸を他の獣に比べれば華奢な腕で薙ぎ倒した。
大蛇丸は呻き声もなく地に顔をつく。
倒れる拍子に剣が飛びすぐ脇にカランと虚しい音を立てて転がった。

 打たれた痛みに起き上がれない大蛇丸の腹を足で押さえつける。込められる力の強さにぼき、と嫌な音がした。
九尾の狐は悠然と目を細める。
静かにその口が開かれ、鮮やかな赤い舌と白い牙が覗いた。


「…この時をどれほど切望したことか……」
「……っ…貴様っ…!」


かっ、と大蛇丸が目を見開いた瞬間、喉笛目がけて牙が落ちる。
 



 だが牙が赤く染まる事はなかった。
















「真朱!!」












その声にぴたりと九尾の狐は動きを止めた。
口を閉じ、声の主を仰ぎ見る。
彼女は眉をつり上げて憤怒の色をその瞳に宿らせていた。


「吾が子……」
「条件…いきなり破ろうとするな!! 大蛇丸…を殺していいなん…て指令は受けてない!」
「……………」


真朱はじっと青い眼を見つめ、そして大蛇丸から足をどけた。
最後に鋭い眼光を一度だけ向けるとナルトの元へと静かに戻っていった。


「真朱」


ナルトは腕を伸ばした。
イタチが固唾を呑むその前で、ナルトは真朱の黒い鼻先を撫でた。真朱は目を細める。




 それを合図に離れていたカカシたちもナルトの元に向かった。
おそるおそるといった様子の大人たちの中から飛び出して、サクラはイタチに支えられているナルトのそばにしゃがみこんだ。


「ナルトっ!!」
「サクラ…ちゃん」


涙を滲ませるサクラにナルトは曖昧に微笑んだ。
それにサクラは怒鳴るように捲したてた。


「あんた何でいっつも無茶な事ばっかりするのよ!!」
「ご、ごめんってば…」
「ごめんじゃすまないわよ! こんなに傷だらけになって……。もう少し周りを頼ったっていいでしょ!! それに……」


サクラはぱっと横を見た。
そこに佇む自分より一回り大きいかぐらいの赤い毛並みを見つめ
て、サクラは強い口調で言った。


「……九尾の狐……よね?」
「さ、サクラ…」


カカシが制止の声をかけるがサクラは真朱を見る眼差しを弱めなかった。


「…私が生まれる少し前、里が九尾の狐っていう化け物に襲われ
て里はめちゃくちゃにされて人もたくさん死んだのよね?」


ナルトは顔を伏せた。


「……ナルト」


イタチが彼女にだけ聞こえるほどの大きさで呼ぶと、微かにナルトが頭を押し付けてきた。

 ナルトは滅多にこういった感情を表に出さない。
嬉しさや喜びは如実に表に出すが、苦しみや悲しさは全くといっていいほど表に出さない。
ーーー今のように顔を寄せるような事は初めてかもしれない。
あまり良い状態ではないようだ。


(……わかっていた事だが、……)


ナルトと九尾の狐。
その関係を説明するなど、自分にはできないだろう。
自分だけではない。
カカシも自来也も綱手もシズネも、皆口を開く事さえできない。
 続いた静寂を破ったのは真朱だった。


「…いかにも。吾はかつて里を襲った」
「どうしてここにいるの? 火影様が倒したんじゃないの?」


四代目火影が九尾の狐を倒し、里には平穏が戻った。
そうサクラは親から、大人たちから聞いている。


 真朱は漆黒の眼を潤ませた。
髭がすべて垂れ下がりとても辛そうな真朱にサクラは居たたま
れなくなった。
再び沈黙が続くかと思われたその時、突如響いた呻き声が皆の注意を引き付けた。


「……っ……あ……」


サスケだ。
彼はがたがたと震えていた。
目は見開かれ首元を、血が滲むほどに手で押さえつけている。
綱手の表情が緊迫の色を見せた。


「いかん、結界が呪印の力に圧されている」


綱手は言っている間にもサスケの容体は悪化した。
吐血したのだ。


「サスケ君!!」
「綱手のばあちゃん、ばあちゃんなら何とかできるんだろ!!?早くサスケを助けてくれってばよ!」


ぶれる結界の中を悲痛な声を上げて見守るナルトに綱手は首を横に振った。


「ナルト………すまない。私の力でも完全に呪印を取り除く事はできない」
「…そんな……っ。何でだってばよ! ばあちゃんは医療スペシャリストなんだろ!? 何でできないんだってばよ!!」
「ナルト、綱手を責めんでやってくれ」


自来也は身を乗り出したナルトの肩を掴んだ。
振り向いたその顔に苦渋の色をみせる。


「この呪印は大蛇丸のチャクラの塊で、綱手でもそのチャクラを体外に出す事はできるが完全に消し去る事は難しいのだ」


ナルトは顔を伏せた。
固く瞼を閉じ声にならない呻きを繰り返す。
やるせなさが一気に思考を埋め尽した。


(……どうすればいいんだってばよ。ただサスケが死ぬのを見てるしかないなんて……)

その時だ。


「……っ………な…る……と……」
「っサスケ!?」


ナルトは弾かれたように目を開けた。
サスケの目がナルトを映していた。
荒い息を繰り返す自分を呆然と見下ろすナルトに、サスケは微笑んだ。


「…よかっ……た……」
「…さす…け…?」
「………いきて…るんだな…………お前を…ころしちまった…ら…おれは………」
「……サスケ……」


ナルトの頬を涙が伝った。
それを眩しそうに見ていたサスケはふいに顔を歪ませた。
咳を繰り返し不規則な呼吸に身体が震わす。


「サスケ君っ………やだっ……」


サクラが上擦った声を上げて顔を覆った。
もう見ていられない。


 

 本当に、どうしようもないのか?
ナルトはサスケを凝視した。
本当にこのまま見ていることしかできないのか?


(…いや……)


ナルトは振り返った。
そこにはイタチがいる。
彼は感情のわからない色をその目に浮かべていた。
だが自分を抱く手がとても冷たい。
ナルトはそっと自分の手を重ねた。


「…ナルト…」


イタチは掠れた声で呟いた。
そしてぎこちなく持ち上げた手でナルトの涙を拭った。
自分の頬を撫でる手にもう片方の手を重ねて、ナルトは微笑んだ。


「…サスケは死なせない」
「ナルト、綱手様でも無理なんだ。お前や俺では呪印の対処には不慣れで何もできない」
「うん。でもチャクラを消すだけならできる」


ナルトはイタチの手を離した。
視点を転じ、そして頷く。


「お前なら、できるよな?」


見つめるのは黒曜石の双眸。
金と焔の鮮やかな毛並み。
これは疑問じゃない。
確認だ。


「大蛇丸のチャクラなんかどうにでもできるよな、真朱」
「愚問だ」


真朱はゆっくりとナルトのそばに来るとツン、とナルトの頬を鼻でついた。
ナルトは頷くと綱手を振り返った。
事情を見ていた綱手は力強く笑んで自分を見返していた。


「綱手のばあちゃん、どうすればいい?」
「お前は結界を解け。その瞬間に私が呪印を大蛇丸のチャクラごと外に出す」
「それを吾が始末すればよいのだな?」
「ああ」


綱手は頷くとナルトと真朱に目配せした。


「チャンスは一度きり、それも一瞬だ」
「わかったってばよ。じゃあ、解くってばよ!」


ナルトは解除の印を結んだ。
途端赤い光が端のようから空気に融けるように消えていくその時に綱手はサスケの手を剥ぎ取ってそこに自分の手をあてる。
全神経を集中させ、そして体内奥深くに入り込んだそれの根元を掴む。


「はあ!!」


力の限り綱手は掴んだものを放り投げた。
それは黒い靄のかかった、まるいものだった。
半透明のそれは孤を描いて浮遊する間に具体的な形を見せた。
蠢くそれは蛇だった。
黒い半透明な蛇は牙を剥き、サスケへ戻ろうと頭を下に向けたところを真朱ががぶりと呑み込んだ。  



 サスケの震えが止まった。
全身に走っていた黒い焔が消え、顔に生気が見えた。
呼吸も落ち着いてきている。
皆安堵の息を漏らした。
 だが少々予想外の真朱の行動に驚いていた。


「し、真朱っ! お、お前あんなの食べちゃって大丈夫なのか!?」
「大丈夫だろう」
おろおろするナルトに真朱はしれっと推量で答えた。





















 何て事……。


大蛇丸は忌々しげに笑顔を見せるナルトたちを睨んだ。
骨折に痛む腹部を押さえて何とか身体を起こした彼は事の経緯を愕然と見ているしかなかった。


 サスケの呪印は解かれた。
この状況でサスケを捕らえその躯を奪うなど不可能になった。


「……もはや手段を選んでいられないわね」


大蛇丸は視線を転じた。
視界に入る後ろ姿に目を細める。


 うちは イタチ。


写輪眼の正統継承者であり木の葉のみならず他里にまで名を馳せる稀有な実力者。
それこそサスケとは比べものにならないほどの極上の人物だ。

 リスクは高い。
だがここで成功させれれば後はこちらのものだ。
大蛇丸は傍らに転がっていた剣を、不自由な手でとった。
電流が走るような痛みが力を込める度にするが堪えた。
何とか立ち上がり腕を後ろにひく。

 今イタチはこちらに背を向けている。
 注意はサスケに向けられ自分には欠片も向けられていない。


(今だ)


大蛇丸は渾身の力で剣を投げ放った。
凄まじい速さで一直線に刃先がイタチ目がけて飛ぶ。
イタチに傷を負わせ隙が出来たその瞬間に『転生』を使う。
器に傷がついていたとしてもイタチのふりをして綱手にでも治させればいい。
大蛇丸の唇が孤を描いた。


 そして刃先があと少しで刺さるという時、イタチがこちらを振り向いた。
微かに目を見開き自分の太刀を抜こうと背に手をやった。


「イタチさん!!」


ナルトも気づいてこちらに顔を向けた。
だがもう遅い。

 ずん、と鈍く湿った音を立てて、イタチの右胸に防具を物ともせずに剣が刃の中程まで埋まった。
イタチの身体がふっと傾ぐ。


「後は『転生』を……………何!!??」


大蛇丸は動きを止めた。
少し俯いたイタチを食い入るように見つめる。
イタチからは血が一滴も零れてはいなかったのだ。
ただ剣は致命ともいえる場所に埋まりそこにあるのに、吹き出すはずの血もなにもない。


 と、イタチの手が剣の束を掴んだ。
ゆっくり、ゆっくりと埋まった剣を抜く。
声ひとつ漏らさず剣を抜ききったイタチは大蛇丸に目を向けた。


 その双眸は深緋。
血に濡れたかのような瞳孔に浮かぶのは二重円と逆三角の位置に配置された黒巴。

自分が熱望する、もの。


「あなたはこの目がほしいのでしたね」


小さな声だったが大蛇丸の耳には一言も零すことなく届いた。
辺りが妙な静けさに覆われている。
大蛇丸は微かにたじろいだ。
その様子にイタチは表情ひとつ変えない。


「……どこまでご存じだ? それなりにお調べになったでしょう? その上で俺を襲撃し、そしてサスケに目を付けた」


淡々とした声には何の感情も込められてはいない。
だがそれが逆に恐怖感を煽った。
イタチは瞬きもせずに剣を眺めた。
その眼差しはどこまでも冷たい。


「草薙の剣は八つの頭と尾を持った龍から生まれたと聞きます」
「……急に何を言い出すの? そんな事別にどうでも…」
「試してみますか……この目と、この剣を」


すっとイタチの目が大蛇丸を捕らえた。
金縛りにあったように動けなくなった大蛇丸にイタチは無造作に剣を投げ返した。
大して力など込められていないように見えた剣はだが恐ろしい速さで飛び大蛇丸の鳩尾に突き刺さった。


「…ぐあ!」


その衝撃に大蛇丸は後ろに倒れた。
したたかに背中を打ち付け軽い脳振盪がした。
剣が刺さった所が熱い。
手で探ればそこからは血が噴き出していた。
大蛇丸は顔を顰めるを身体を地面に縫いつける剣を抜こうと柄を掴んだ。


「!…」


大蛇丸は目を見開いた。
驚いて柄から手を離す。
 剣が震えたように感じたのだ。
だが剣が動くはずがない。
大蛇丸は思い直して柄を掴んだ。
そして力を込めた瞬間だった。
刃身がギシギシと音を立てるほどに剣が動いたのだ。
驚愕としている大蛇丸の目の前で柄が裂けた。
刀身が鈍く輝き、そして大きく動いた。
のびあがった鋼は八つ。
それらは大蛇丸の腹の傷からそのしなやかな首を伸ばし、悠然と大蛇丸を見下ろした。


「…八俣大蛇…っ!?」


グルグルと八つ頭の龍は喉を鳴らし、開けられた口からシューシューと息を吐いた。
16の目が見つめるのはただ1人。


「……やめろ……」


こんな事は幻だ。
剣から龍が生まれ自分を襲おうとするなど幻以外の何だというのだ。
 だが剣から伝わる痛みも、熱も、苦しさもすべて現実としか思えない。
龍が動いた。
一度天高く頭を持ち上げ、一気に自分目がけて降下してきた。
大きくあぎとを開いた中に覗く鋭い牙。
その全てが自分を喰らおうと迫ってくる。


「……っう……あああああああっ!!」


















万華鏡写輪眼『幻術・月読』

空間も時間も質量も、すべて思いのままに支配できる。

 地面で藻掻き苦しみ、そして気を失った大蛇丸を漆黒の双眸で見下ろしてイタチは腕に刺さった剣を抜いた。
止む終えず太刀を抜くのを諦め腕を翳したのだ。
そして剣が刺さったと同時に写輪眼を使った。


「イタチさんっ!!」


とん!と腰のあたりに衝突してきたのはナルトだった。
本来なら服を掴むなどそのような事をしたかったのだろうが幾多の傷で足に力が入らず、立ち上がった勢いでイタチにぶつかってしま
ったのだ。
無論苛立ちなど感じないイタチはため息をついてふらつくナルトを抱き留めた。


「ナルト、もう少し自分の事を考えてくれ」
「……ごめんってばよ。でもイタチさん、怪我…っ」


自分が負ったように辛そうに顔を歪めたナルトはイタチの腕に手を伸ばす。
剣は腕を貫通していた。
ぽたぽたと止めどなく滴る血にナルトは更に顔を顰めた。
様子を見ていたサクラがポーチから包帯とガーゼを取り出して、しばらく躊躇った末ナルトに渡した。
本当ならナルトにやらせるべきではない。
すぐにどこかに寝させ最優先で傷の手当てをしなければいけないのはナルトだ。
だがサクラは貫通している傷の手当てをする自信がなかった。綱手は今サスケのほうにシズネとかかりきりで治癒をしていて呼ぶに呼べない。

サスケは気を失っている。
呪印のショックで身体機能が致命的なまでに落ちてしまっているのだ。
カカシは気絶しているカブトの回収にあたっているし、自来也は何やら蝦蟇と話している。
 サクラはしゅん、と項垂れた。


「ナルト…ごめん。私何も役に立てない…」
「こんな傷、下忍の任務じゃしないんだから落ち込むことないってばよ」


止血をしながらナルトは笑んだ。
だがどこかその笑みはぎこちない。


「ナルト……」


言葉に偽りは感じない。
でもこの余所余所しさはなんなのだろう。
しゅるしゅると包帯を巻いて応急措置をしていくナルトをサクラは違和感を持って見つめた。
その視線に気づかないふりをしてナルトはイタチへと顔を上げた。


「大蛇丸はどうなったんだってば?」


はたで見ればいきなり地面に倒れ、叫び、藻掻きだしたと思ったら今は気を失っている。
滑稽な事この上ない。


「幻術を使った。しばらくは目を覚まさないだろう」
「……そっか。とりあえず…任務完了だってばね」
「…ああ」


任務完了。その言葉に全身の力が抜けていく。


(良かった………)


自分は大切な者を守れたのだ。


「ナルト?」


疲れを滲ませて微笑んだナルトの身体が傾いだ。
同時にボン、と音を立てて彼女の周りを煙りが覆った。
 煙の間から宙を漂う髪は漆黒ではなく本来の金色へともどっていた。


(変化が解けた…?)


困惑するイタチのほうにそのまま倒れ込んだナルトは身動きひとつしない。


「ちょっとナルト!?」
「ナルト!」


イタチは慌てて抱き起こし仰向けにする。
ナルトは眉を寄せ固く瞼を閉じていた。
カタカタと身体は震え、息が荒い。


「ナルト!」
「……ん…」


呼びかけにナルトは微かに身じろいだがそれだけだった。
抱く肩や腕がどんどん冷たくなっていく。
 
 頭の中が真っ白になった。
自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。
心臓の音がやかましい。


「ナルト! おい!!」

青白い顔に金の髪が張り付いている。
それがどこか夢にように見えた。















 綱手はそっと柔らかい髪を掻き上げ、昏々と眠るナルトの額に手をあてた。
少し熱い。
それに引き替え顔色がとても悪い。

「緊張がぬけて一気に溜め込んでいたものが出たんだろう。……今思えばあれだけの怪我をしていても意識があったのが不思議なくらいだ」


綱手は布団をかけ直してやると手を離した。
全身に包帯を巻かれ、布団の中で死んだように眠るナルトをイタチは静かに見つめた。


 あの後、事態の収拾と休息のために宿へと向かった。
カカシたちが男女別のほうがいいだろうと借りた部屋が2つ、綱手たちが借りていた部屋1つ、合わせて3つの部屋を使い、大蛇丸と
カブトの監視用と、ナルト用、そしてそれ以外の者用に分け臨時の体勢をとった。
今は厳重に結界を張られた中で意識を失っている大蛇丸とカブトを除いて皆ナルトの部屋に集まってい
る。


「………つまり、大蛇丸がサスケの呪印を暴走させ、そのサスケがナルトに宣戦布告。何とかサスケを止めようとしたナルトは封印術を使用。その後薬師カブト が現れナルトを殺そうとした所に俺たちが駆けつけた……でだ、実はナルトは暗部の月読で、お前と同じ大蛇丸拘束の極秘任務を受けていた……と?」


壁に寄りかかり腕を組んだまま言うカカシにイタチは頷いた。


「えーっと…で大蛇丸監視の任を受けていたお前はできることならサスケが暴走し出したその時にナルトを助けに入りたかったが行動にでるには火影様の執行命 令が必要で、連絡とるのに時間がかかって結局あんなタイミングでしか出てこられなかった………つまりこゆこと?」
「カカシ、お前まとめるのうまいのお」


つぶやいた自来也にカカシは頭を掻いた。


「いつでもどこでも冷静なのが俺の売りです。と……まあそんな俺の事より…、……サスケ、間違ってるとこある?」


視点を変え、心なしか固い口調のカカシに元々静かだった空気が更にしんと冷えた。


 サスケは綱手の治療で程なく意識を回復した。
まだ動くと全身が痛むがこれといった外傷がないぶん歩いたり立ったりするのに不自由はない。
今彼は部屋の隅、ナルトからかなり離れた所に片膝を立てて座っていた。
その膝に頭を乗せてどこを見るでもないが目だけはしっかりと開いていた。

 返事はない。
サスケのそばに座っているサクラは心配そうに様子を窺うが、彼の表情に変化はなかった。誰ともなく重い空気を吐き出す。
さきほどからこのような状況だ。

 イタチはふと顔を上げた。
ナルトの枕元に目をやる。
そこには両の手の平に乗ってしまうだろう大きさの紅い狐がいた。九尾こと、真朱だ。
宿のある街に入る
際に大きくては目立つだろうと言い出したと思ったら次の瞬間には小さくなっていたのだ。
その真朱は神妙な面持ちでじっとナルトの顔を見つめている。
 イタチは口を開いた。


「……真朱」


はっきりと言われた言葉に真朱は耳をぴんと立て、イタチに向けた。
それを了承を受け取ってイタチは続けた。


「聞きたいことがあるのだが…」
「……吾がどうしてここにいるのかだな?」


真朱の瞳がイタチを見た。
それに首肯すると、真朱は自分の後ろへと視線をやった。
そこにはサスケとサクラがいる。


「そこの御子らには内密にしておいたほうがいい事を話さねばならぬが、よろしいか?」


その言葉にカカシたちは明らかに表情を濁した。

真朱は12年前の事を話そうと言うのだ。
それは子供を前にした大人たちにとって禁忌に等しい事だ。
 そんな事情を知らない2人は表情を変えた。
サスケでさえ困惑した色を眼差しに宿した。


「内密にしておきたいって…?私とサスケ君が聞いたら何か困るの?」


サクラの言葉に真朱は耳を垂れた。


「困るのは汝らではない。吾が子……ナルトが困るのだ」


目を伏せた真朱にサスケはある事を思い出して口にした。


「それはナルトが……あの時いつか話すと言っていたことか?」


あの時とは自分の放った千鳥を受けて血だらけになった時。
傷だらけの腕で自分を抱きしめてくれたときだ。



『何も言えなくて…ごめん』



 真朱の髭が微かに震えた。


「そう……。吾が子が己が口から話すと汝に誓ったことだ。………だが」


紙のように白いナルトの顔に言葉が詰まる。


『いつかは…わかっちゃうと思うけど…ちゃんと…言うから…だから…』


「だが、それは難しいだろう」


真実を口にするにはこの子はまだ幼すぎる。
心がきっと耐えきれない。


「サスケ…といったな」


黒い瞳が真っ直ぐにサスケを見た。
咄嗟の事でサスケは微かにたじろいだようだが眉を寄せるとその眼差しを受け止めた。


「汝、吾に対して憎しみや怒りを消せるか……?」
「…な…に?」


サスケの声が掠れた。

目の前の獣は一体何を言い出すのか。

サスケは目を細めた。


「ふざけた事ぬかしてんじゃねえよ。てめえは自分のした事わかってんな事いってんのか?」


12年前、九尾の狐の襲来でうちは一族は壊滅した。

父はその際に死に、母はサスケが3歳の頃にその時に負った傷が元で死んだ。
結局生き残ったのは兄と自分だけだ。



 自分は、幼い頃から悲劇の象徴とされた。
大人達からの異常なまでの同情は、子供ながらに異常だと感じて、疎ましく感じていた。

 周りからエリート一族とやら血継限界を抜きしても稀有な兄の存在やらで他人からみればちやほやされているとなるのだろうが、自分にしてみればそれらは全 てうざくて仕方がなかったのだ。

肉親を失った悲しみに浸ろうとすれば周りが過剰に反応する。
死者を弔うのも躊躇わなければならない生き方を強いられてきたのだ。


 それもこれもすべて目の前のわけのわからない狐のせいなのだ。
憎しみや怒りが消せるかなどと言われたところで是と言うのは不可能だ。
 だが真朱の言葉は変わらない。


「すべて承知の上で聞いておる。………汝、消せるか?」
「……消せないな。消せるわけないだろうが……」
「ではサスケ、不本意であろうがひとつだけでいい。吾の頼みを聞いてくれ」


真朱はそう言って頭を下げた。さながら伏せの体勢で言葉を続ける。


「その感情、何があろうとすべて吾へのものとしてくれ」
「……元々てめえにしかこんなもん持ってねえよ。頼みを聞くまでもない」


憮然とサスケは言った。
それに真朱は頭をあげて満足そうに目を伏せた。
サスケは子細を知らないので、そう言ったのだろう。
それでも言質はとった。
 満足げなその様子にサスケは怪訝そうに目を細め、サクラが確認するように尋ねた。


「…話してくれるのね?」
「………これ以上の判断は汝らが問題だ。吾はもう何も咎めぬ」


よろしいな?
真朱はナルトを囲み座っているカカシたちを見回した。
 誰も何も言わない。
それは無関心だからでも諦めたからでもない。
自分が言うべきか躊躇われるからだ。


「では、話そう」



12年前の後悔を。




































 赤い絵の具でひいたような残光に焦点を射抜かれ閉じていた目を開けた。
日が落ち、間もなく闇が空を染める刻限。
 微かに首を振るとぽてん、とすぐ脇に毛玉が落ちた音がした。
慣れた様子で見やればそれは金色のほわほわとした毛をした子狐だった。
くるりと丸まって眠る様子は見ていて心が和む。


 秋を迎えた今では巣から出て鼠を追いかけすほどの大きくなった。
そうはいうものの一人前となるのは冬を越える頃になるだろう。



 この年の春の終わりに自分の住みかでまだ若い狐夫婦の所に子ができた。
この子はそのうちの一匹であり、すなわちこの子供は自分の子ではない。



 太古よりこの辺り一帯を住みかとする自分が新たな命の誕生に気づかないわけもなく、それが眷属の事となれば格別の事。
自分の目の届くところで暮らす親子を狼などの敵から守ってやったり、時には狩りを手伝ったりもしてやった。
数え切れないほどの年月を生き力をつけた自分にはそれは造作もない事でもあり、変化のない生活におおいての唯一の楽しみでもあった。


 それが崩れたのは少し前だ。 
夏の終わり、大雨による土砂崩れで住みかとする山が形をかえた。
その際に、親子は一匹の子を残して死んでしまった。
このままでは死んでしまう。
自分が面倒をみるようになった。
世話をするうちに本当の子のように思え、そばにいてじゃれあってくる子が愛しくてたまらなくなった。




 そろそろ狩りにいかなければならない。
獲物の豊富な今たらふく食わしてやらなければ山の厳しい寒さに生き残れない。
山を下りれば人間から『九尾の狐』と呼ばれる自分とこの子は身体の構造も、存在のあり方事態も違う。
病をしらぬ身体を持ち、人の言葉を話せるほどの知識を持つ。
永久と生き続け得た力は計り知れない。
自分は大して食べなくてもやっていけるがこの子は違う。
ただの狐なのだ。


 紅の毛を振るわすと立ち上がった。
なるべく目立たぬようにと普段は毛並み以外は世の狐と同じにしている。
目に付くようでは力量を計り間違った人間が自分を狙って山深くに入ってくる
からだ。
 未だ眠る子狐の首元をくわえ巣穴の奥の方へと運ぶ。
その振動に子が目を覚ました。
こてん、と土の上に転がりながら目を開けた。
まんまるの黒い目が自分よりも何倍も大きい赤い身体を見上げた。


『どこかに行くの?』
『すぐに帰ってくる。それまでじっとしていろ』


寝ぼけているのかぱちぱちと瞬きを繰り返している頭に鼻先を寄せそう言うと巣穴を後にした。
すでに日は完全に暮れ、濃淡の空には月が浮かんでいた。
























それが、子との最後の会話となった。




 ドオンという凄まじい音がしたのはしばらく経ってから。
草村に隠れていた兎を足で押さえつけとどめをさそうとしていたまさにその時だ。空が割れるような音に山自体が震え、騒ぐ風に乗って木々で休んでいた鳥たち が一斉に飛び立った。


『何事だ?』


思わず気が抜けた拍子に兎が逃げていったが、今はそんな事よりも何があったかが重要だった。
辺りを見回す。
背高い木々に覆われていて視界はほとんどないが自分には卓越した耳と鼻がある。だがそれらを意識するまでもなかった。
 辺りに漂ってきた独特の匂い。………火薬だ。
人間が使う鉄砲という鉄の塊の動力源。


『……これは……』


ぴくり、と身体が震えた。
次の瞬間地を蹴った。
足がもげるほど速く動かし恐ろしいほどの俊足で景色を追い越していく。


 匂いがしたのだ。
 今し方まで一緒にいた、あの子の匂いが。



急に視界が晴れた。
そして目に飛び込んできたものに反射的に足を止める。
視界は赤一色で染められていた。


『!!』


ごうごうと音をたてるそれは炎だ。
山の斜面一角を占める規模で業火が猛威を奮っている。
炎はそこにあった木々や岩までも呑み込み、黄色の触手を天へと伸ばしていた。


『……吾が子……』


愕然とした。
炎の上がる中心に巣穴があるのだ。


『吾が子……っ!!』


身体が熱くなった。
感情の高ぶりに本来の姿に戻りかける。
身体の大きさはそのままに九つの尾を生やすと、後は炎の中に飛び込んだ。
尾で炎を打ち払い、奥へ奥へと跳んでいく。
すぐに巣穴に辿り着いた。
だが熱に土は溶け微かに入口を残した以外は炭と化していた。
もしかしなくてもこれは、何を意味するというのだ。
偽りだと頭の奥が叫ぶ。
行き場のない焦燥に無我夢中で土を掻いた。
融け固まったそれを砕くのは容易ではなかったが構わず掘り続ける。


 微かに穴が広がった。
この大きさならば中に入れる。
頭を低くし、肩をすぼめて中に潜り込む。



穴の中は熱風で満ちていた。
足の裏から熱が上がってくるほど壁となっている土は熱く、こんな中で万が一生きていたとしても……と絶望感が押し寄せる。



 ………いない?



煙に視界を遮られながらも目を凝らすが子の姿は見つけられない。
 もしかしたら外に逃げていたかもしれない。
そう思い外へ出た時だった。
炭のにおいに混じり、再び子の匂いがしたのだ。
燃え朽ちる森を尻目にすぐに駆けだした。
四方に散る九つの尾を揺らせ感じるままに飛ぶ。


木々は広葉樹に変わり、視界を占める空の割合が増した。
……このまま行けば人里に入る。

 あの炎は自然のものではない。
乾燥も雷もなかったし、森に棲む輩に火を扱える者など、己を除いてほかにはいない。

匂いは続いている。
ますます強くなっている。


(森に火を放ち、吾が子を連れ去ったのは、人間)


ぎりりと歯を噛みしめるとひときわ高く飛んだ。
眼下に見るのは幾数もの箱が集まり固まった、自分には不可解なもの。


 ここはいつぞや聞いた事のある。武術に長け、チャクラと呼ぶ力で術を使う。
ここはその能力を生きる糧としている者たちの住まう場所だ。


『木の葉隠れの里……』


防壁の上に降り立ち、辺りを見回す。匂いは近い。












 辿り着いた場所は風も淀む、地下だった。
匂いを頼りに里に入り、常人には見えぬほど俊敏に走った。
そこは人気も灯りも一切なく、それまで活気溢れる中を駆けてきた分不気味に感じ
られた。
棘のある樹木の立ち並ぶ影に薄汚れた木の扉があり、そこから中に入った。



 中に入ってしばらく経って、びくり、と足がとまった。
反射的なものに身体が強張った。



脳の奥を劈くような匂い、これは……。







…………………………………………………………血。























暗い洞窟のような通路を



 走って走って、進んだ先に、








『吾が子!!』



金色のにぶい光があった。















駆け寄り、おそるおそる顔を近づける。
途端脳天を鉄の匂いが支配した。
 足の裏が湿って気持ち悪い。
 毛が血で染まって重い。
だがそんな事よりも目の前の小さな躯が気になった。

鼻先で小さな身体に触れるとぞっとするほど冷たかった。

何度つついても、舐めてやっても、ふっくらとした足は動かない。
重く閉じられてた瞼は開かない。







自分を見上げたあの黒い瞳は、もう見られない。










『……………………………………!!!』



喉が破れるのではないかと思うほどの叫びを止めることなど出来なかった。











 その時だった。
ふっと目の前が明るくなったと思うと頭上からなにか落ちてきた。
ガシャン!と金属と石のぶつかったそれは檻であった。
四方を囲う鉄棒には緻密に文字の書かれた札がいくつも貼られている。
                    
金の塊を腹の下に囲い、見開かれた目をあたりに向ける。
だが正体を見極める前に耳朶を低い声が打った。


「こんな罠にかかってくれるなんて、九尾の狐といってもその辺の獣と変わらないわね」


誰かが自分を見下ろしていた。
逆光で顔が見えないが声の様子に笑んでいるのだとわかった。

 

直感した。


『……貴様か……っ……』


森に火を放ち、子を連れ去り、そして殺した。

 
掠れるような笑い声がしばらく聞こえ、ぎらりと自分を見下ろす双眸がひかった。嘲笑の滲む金色に黒曜石の目を細める。


『人間よ、これは何の故があってのことだ』
「お前をほしいと言っている輩がいてね、そいつらに厄介になるかもしれないから手土産に持っていってあげようと思ったのよ。それにしても、お前の噂は聞い た事があったから住処もわかっていたけど、こうも簡単にいくとは思わなかったわ」


その言葉に一瞬頭の中が真っ白になった。


 つまり……これは……。


『吾を捕らえるために、大地を燃やし………吾が子をこのようにしたと言うのか……?』
「確実に捕まえるにはこっちの縄張りに誘き出すのが一番だからねえ……」




 じわ……と毛が熱を帯びるのを感じた。
身体が熱い。
目が熱い。
足が、尾が、熱い。


『…………るな………』





なぜだ。
なぜ、吾が子は殺されなければならなかったのだ。
自分がほしいというなら自分だけを狙えばいいではないか。






かっ、と黒の瞳を見開くと甲高い咆哮が空間を埋めた。


『……ふざけるな!!』


己の身体から赤い光が弾け、夥しいチャクラの波が吹き出した。
檻は溶解し、液状化した鉄が煙を上げて地面に広がっていく。
すさまじい風がたち、それに乗って赤い光が散っていく。


 今まで身の内に潜ませていた力をすべて解放しているのだ。
身の丈は倍以上になり、裂けていた尾は烈火のごとく逆立った。


「なんだ、これは……!」


それまで悠然と自分を見下ろしていた人間は、重苦しいチャクラに声を上げて身を翻した。
その一瞬こちらを見たその顔を睨み付け、もう一度吼えた。
その声さえも衝撃となり、ガラガラと天井や壁に亀裂が走り崩れ始めた。


 あの人間の姿はもうない。


だが、追って、どこまでも追って、血と死を報いなければならない。


白い肌に黒い髪、そして金色の瞳のあの人間に。
 
 岩の天井を突き破り、濃紺の空に九つの尾を広げた自分の目に映ったのは、白金の月だった。










 その後は目につくもの全てを薙ぎ払い、向かってくる人間たちを虫螻のごとく打ち切り、時には牙をたてた。

 怒りに支配された自分には、見るものすべてが憎かった。
人間そのものが憎かった。

 

 太古よりそうだ。
人は己の道を汚し、生きていられるだけでは満足せず、力を求め、益を求める。
そして私利私欲でもって、あたかも自分たちにしか命はないのだというがごとく何かを殺す。






………許せるものか。


踏み倒し、尾を振るい、いつしか辺りの悲鳴が枯れ始めた頃だった。

 彼が、現れたのだ。


「……随分と派手にやってくれたね」


夜の闇に溶けることなく、光を散らせる金色の髪。
炎の模を裾に広げた白い羽織を纏い、自分を初夏の空のような澄んだ青いその瞳で真っ向から見る男。
 怒りに染まった頭の中に、一瞬静寂が走った。

 そのうちに彼のそばに女が何かを抱えて現れた。
青白い顔をして、ふらふらとした足取りの彼女は一言二言彼と話すと、すっと自分に目を向けた。その時にも先ほどと同じ感じがした。
怒りや憎しみが揺らぐその感覚に戸惑った。



「君を封印させてもらうよ」


 白い羽織が風に翻り、彼の後ろにいる女から何かが吹き出した。
それは般若だった。
般若は金色の双眸と金色の鋭い歯を見せて笑っていた。


 腕を振ると数珠の擦られる乾いた音が響いて、気が付いたら、自分はどんどん下へと降下していた。
目の前に迫る白と、それに抱かれた小さな何か。
それが一瞬目映いほどの金色にひかった。




   吾が子……?







そこで意識は途切れた。






























「吾は封印される時の衝撃に記憶が曖昧になっていた。長い間何故自分がナルトの中に閉じこめられているのかわからず、ナルトが幼い頃はこの子が夢に沈む度 に怒鳴っていた。今思えば、とても理不尽な事をした」


真朱はナルトを見つめる目を歪めた。


「今のあなたはとてもそんな風に見えないけど……」


サクラは戸惑うように首を傾げた。
真朱のナルトを見る目はとても優しい。
彼が口にする言葉の通り、我が子のように思っているように感じられる。


「思い出したからだ。森の中であいつを見た瞬間、すべて思い出した」


真朱はぎりりと歯を噛みしめた。


「大蛇丸……っ!」


その名に皆が少なからず身体を震わせた。
特にサスケとサクラは顔を歪めた。


「それって、死の森でのことよね?」
「そうだ。あの時は何もできなかった。吾はナルトに復讐させてくれと頼んだ」





『……わかった。お前が外に出られるようにしてやるってば。でも、それには条件がある』


ナルトは大きな瞳を自分に向けて、強い調子で言った。


『絶対に……殺さないと約束できるか?』
『…………それは』


了承しかねる事だった。
自分はあいつを殺してやりたいのだ。
だが眼下の光は顔を歪めた。


『私がこんな事を言うのはおかしいけど、殺しなんて……無意味だってばよ。
自分のために殺すなんて、もっと無意味で……きっと虚しいってばよ』


そう言って泣きそうな顔をした彼女に、封印される前に味わったあの感覚が蘇ってきた。






「吾は条件を呑んだ。ナルトはそれを守るなら吾に半永久的な器をくれると言ってくれた」
「それが影分身を器にしたそれってことか。だが影分身は術者のこめたチャクラが消費されきれば否応なく消えるはずだが?」


唸った自来也に真朱は淀むことなく答えた。


「これは吾のチャクラで維持できるようになっている。ナルトが強制的に編まれたチャクラを切るか、吾のチャクラが完全になくならない限り消えない」
「なるほど……。そっれにしてもナルトは大きな賭にでたねえ。お前が本当に誰かを殺さない保証なんてどこにもないってのに外に出すなんてさ……」


苦笑を目元に浮かべたカカシに真朱は首を振った。


「保証はないが、保険ならある。……ナルトは呪印を己の身に施した。とても強い呪いをかけたのだ」


イタチの頭にふと、ナルトが紅い螺旋丸を持っている際に分身が彼女の左手に何か描いていたのを思い出した。動きが速くて血でなぞられ、描かれた印までは見 られなかったが、彼女はあの時に呪印を書き換えていたのではないか?


 イタチは掛け布団を捲ると彼女の左腕をとった。 
 手首には何もない。
今まで彼女の力を戒めていたあの呪印さえない。
イタチは無言で細い手首を見つめた。
彼の瞳は紅い。
そんなイタチを真朱は黙って見つめていた。


「…………真朱」


イタチの度の越えた低い声が響いた。
朱色が熱を持ったかのように異様なまでの光を湛えて黒曜石の双眸を射抜いた。
真朱はだが臆する事なく口を開いた。


「吾が誰かを殺めようとしたその瞬間に己の心臓が止まるよう、そうナルトは呪いをかけた」
「……………っっ……」



イタチはナルトの手を持ったまま空いている方の手で自分の顔を覆った。
脱力感が全身を襲っていた。



 わかっていたはずだ。ナルトはこういう人間だと。
自分を省みず、常に他人の心配ばかりをして、周りの人間の気など少しも考えない。
 わかっていた。だが………こんな命の懸け方は、あまりにも理不尽だ。


「……九尾の意志は外だとしても、核はナルトの中。ナルトが死ねば、無論九尾も一時的にだが消滅する。やり方はめちゃくちゃだが被害は最小限ですむ」


綱手は考え込むように口に手をあてていたが、ちらりと自来也へと目を向けた。
自来也は無言でそれを受け止め、いつしか黙ってしまったままのサスケとサクラに目を向けた。


「………そのー、なんだ。ここで沈んでいても始まらん。話し声でナルトを起こしても悪いしのう、隣の部屋に引き上げて一度休憩するかの」
「そういえば飯食べ損ねてましたね。んー、……この時間じゃ下の食堂は終わりがけでしょうからその辺で何か買ってきましょうか」


結界を張ってあるとはいっても大蛇丸とカブトを残してここを離れるのは危険だ。そう言ったカカシに自来也は頷くとゆっくりとした動作で立ち上がった。
綱手とシズネは無言で自来也の後に続くと隣の部屋へと移っていった。


「ほらお前らもいくぞ」
「……あ、うん。………サスケ君、行こ……?」
「…………」


カカシは呆然とした様子の2人の背を押して部屋から出させた。
そして自分も戸をくぐろうとした時、ふっと部屋を振り返った。
中にはイタチと真朱がまだ残っている。
イタチはこちらに背を向けたままナルトのそばにいる。
真朱はカカシとイタチを見比べると腰を上げた。


「吾は大蛇丸のそばに行こう。一番の見張りであろうからな」


真朱はそう言うとイタチのそばを通り過ぎ、戸の方へ歩いていった。
だが見守るカカシの前で止まるとイタチを振り返った。


「………ナルトを頼むぞ」


とても小さな声だった。
 イタチが顔を上げた。
感情のない目を真朱に一瞬向けて、後はナルトへと視線を戻していった。



パタン、と戸が閉められる音だけがそっと響いた。