月を読む1







 噂を聞いた。
些細といえば些細な噂であったが、それが飛び交うのが暗部内となると、少し ニュアンスが違ってくる。
場所はここ上忍の待機場所「人生色々」である。


「知ってるか?すべての任務を無傷で帰ってくるヤツがいるらしいぜ」
「ああー知ってる知ってる!すげえよなあ。俺なんかいっつも切り傷の一つや二つ作ってくるっつの」
「俺もー。でも12歳って話だろ?かなりすごいよな」
「12!?それほんとか?うっわー・・」
「その上女らしいぜ。俺なんかより強いくの一なんざたくさんいるだろうけど、12歳より弱いかもしれないってのは痛いよなー」
「・・・俺自信なくしそう。でも会ってみたいなー・任務一緒になんないかな」











という会話をここ最近幾度となく耳にした。





くだらない・・・とうちはイタチは茶をすすった。


背に少し流れる鴉の羽のような漆黒の髪をゆるく一つに束ね、額にまいた木の葉のマークは数え切れないほど戦闘をこなしてきたせいか、細かいキズで金属がと ころどころこぼれ、白くにぶい磨製された色を見せている。
首元の大きく開いた上着の背には、今は中上忍が着用を義務づけられているベストのために見えないがうちはの家紋が染め上げられている。
木の葉の里随一とうたわれる血継限界「写輪眼」を意のままに使いこなすという事と、それを除いてのすさまじい戦闘能力のために彼は里のみならずかなり有名 であった。
そんな彼は任務が一段落した事もあり、軽食をとり今は食後の一杯をやっている。
あくまで緑茶だが。




















と、イタチの向かいの席に腰を下ろした者がいた。


「ここ3日間連続で任務だったって聞いたから家で休んでるかと思ったけど、ここにいたんだ。いやあ〜わざわざお前んち行く手間省けて助かったよ」


そう言ってにんまりと笑ったので、顔下半分を隠している布に皺が寄った。
イタチは湯飲みを置くと訝しげな視線を相手に向けた。


「何の用ですか?」
「あ、なあーにその言い方。可愛くないねえ」


あんたに可愛いと言われても嬉しくない。イタチは変わらない表情の裏で思った。


「ま、いいや。ところでさ、月読って知ってる?」


イタチは秀麗な柳眉を顰めた。
露骨な反応にカカシは苦笑すると続けた。


「どう思う?」
「・・・どうと言われても」


正直イタチにとっては関心のない事だったので何ら思う事はない。
しいていえば己の血継限界の眼術のひとつと名称が同じだと思うくらいだ。


「実際に見てみない事には何とも言えません」
「まあ・・ね。今まで単独任務が多かったらしいからなー。俺も会った事ないし・・・でも今度ツーマンセル組まれるらしいよ」
「四代目がおっしゃったんですか?」


噂にはデマが多い。
聞くとカカシは頷いた。


「参考にしたいって聞かれたのよ」
「月読のパートナーに誰がいいかですか?」
「そうそう、だからお前を推薦しといたから」
「・・は?」


湯飲みに手を伸ばしていた手が思わず止まった。


「何で俺を推薦したんですか?」
「いやーだって条件にぴったりだったんだもーん」
「条件?」
「経験豊富で他人に干渉しなくて腕が立って任務成功率90%以上って条件」


一息に言われ、イタチは再度ため息をついた。


「その事を言うために俺の所にきたんですか?」
「一応知らせといた方がいいと思ってさ。ま、そゆ事でツーマンセル組んだらどんな感じか今度教えてね。じゃ」


カカシはひとつ手を振ると、そそこさと店の暖簾をくぐっていってしまった。






残されたイタチは重いため息をひとつつくと、だいぶ冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。
少しだけ頭がすっきりとして、今度は安堵の息を漏らしたとき、ふゅい!と小さな影が店に入って来た。

伝令鳥だ。



伝令鳥はイタチの手元に手のひらほどの大きさの巻き手紙を落として、またふゅい!と飛んで
行った。まさかと思って心なしか急いでそれを広げたイタチは微かに目を見開いた。



     本日夕刻火影邸に来られたし。

イタチは何度目かのため息をついた。











「任務内容は二人とも読んだね?」

黒と白の暗部装束を身に纏い、背に鍔が四角くごく薄い刃の真っ直ぐ伸びた太刀を負い、顔に
は白塗りの面を付けた二人の忍に四代目は確認するように微笑んだ。

「失敗すると後々困るやつだから二人とも頑張ってね。ああそうだ。イタチはここ最近連続で任
務が続いてたから疲れが出るかもしれない。月読、フォロー頼むね」
「はい」

そう高く澄んだ声で答えた隣をイタチは振り返った。
そう、隣にいるのは月読なのだ。
身長は自 分よりも頭二つ分ほど低く、華奢な体躯のせいか背の太刀がかなり大きく見える。
腰にまで届きそうなほど長い黒髪は少しのくせもなく滝のように背に流れ、それに覆われるように顔にはまった面は、右頬に朱色で滴のような形の点が縦に三つ 描かれただけのとてもシンプルなものだった。
 と、イタチの視線に気づいたのか、月読がイタチに顔を向けた。
表情の変わらない無機質な面がこちらを向いている。
 視線が絡み、ふと相手の瞳が青だという事に気づいた。
どこまでも澄み切った水のような、果てしなく広がる空のような、そんな碧。
自分の不躾な視線を真っ向から見返すそれはとても人を殺せるような目には見えなかった。
今まで単独で任務をこなし、そのすべてを無傷で帰ってきたという噂は本当なのだろうか。
 ふいにその青が動いた。
瞳が少しだけ横にのびて、どこか潤んだように見える。

(笑った・・・?)

嘲りや哀れみの類の笑みではなく、やわらかく包み込むような労りの笑み。
それは決して不快ではなかった。
思わず魅入りそうになるイタチを止めたのは四代目だった。

「では時間厳守で頼む。・・・もしもの時は任務を放棄してくれて構わない。生きて帰ってきてくれ」

厳かな四代目の声に二人は一瞬だけそちらに顔を向け首肯すると、どろんと煙を残して姿を消した。
気配が同じ方向にものすごいスピードで遠ざかっていく。
四代目はふうーと大きく腕を伸ばして深呼吸すると、机に頬杖をついた。
事務用の横長の机には、端から端まで見上げてしまう高さで自分が推考し、納得したうえで判を押すべき書類が積まれ、並べられている。
明日までにこの半分でも終わらせておかないと里の責務が滞ってしまう。
四代目は適当に書類をとると、右手で判子をくるくるまわしながら読み進めていく。

「全く・・カカシの言ってること違うじゃない。明日昼休みにでも説教しにでも行くかな」

とん、と朱印を押して次の書類へと目を走らす。
口は動いたままだ。

「なあーにが不干渉だよ。イタチ、めちゃめちゃ気にしてたじゃーん。月読がナルトだってバレたらどうしてくれるんだよー」

あんなにじーっと見つめちゃってさー。
とん、とん・・と下忍に任せられる任務の多かったせいか案外スムーズに判子が押されていく。

「まあー深追いはされないと思うし・・イタチなら最悪自分を偽性にしてでも任務遂行してナルトも守ってくれると思うけど・・・」

一人だと万が一命を落とす可能性があると三代目に言われてツーマンセルを考えてみたものの・・。

「うちはをナルトに近づけるのはきついかな。うちはにとって九尾は仇になるよな・・」

依然として血継限界最強と謳われる写輪眼の名家うちはの者は里に二人しかいない。
若干15歳の宗主であるうちはイタチと、その弟であるサスケだ。

「12年前の九尾の襲来でうちは一族は二人を残して全滅。九尾も派手にやってくれたもんだ」

ずるずると机に突っ伏してつぶやく。

「あーしまったなあー。俺人選ミスしたかなー・・。でもイタチは復讐とか仇討ちとかわざわざしなさそうだから大丈夫かな・・」

あー、もうそもそもナルトの暗部入隊を反対すれば良かったけど、あの子強いからなあー。ぐ
ずぐずとしばらく考えあぐねた末、四代目は身体を起こした。

「ま、仕方ないか」

 自分が悩んだところで事態が好転するわけではない。そもそもまだ何も起こってはいないのだ。
さっさと仕事終わらせて、作っておいてくれてある晩ご飯食べよっと・・・。




































           
 月読の戦い方は見事としか言い様がなかった。
上忍レベルの敵の忍を一人ずつ、ときには二、三人同時に着実に仕留めていく。
それも確実に一撃でだ。
深い森の中、しかも夜の暗闇の中でも、動きに無駄はなく、迷いもなく、とても俊敏だ。
するすると敵のクナイや手裏剣も避け、腕に添うように構えた太刀で仕留め、すぐさま敵から離れるために返り血を浴びることもない。
彼女の髪は、暗黒の中でもわかるほどに艶やかに宙に舞っている。 
辺りを見下ろせる高さの木に枝に膝を突いて座り、月読の攻撃範囲から散り、群から離れた敵をクナイでこちらの一撃で倒しながら、イタチは眼下にの光景を食 い入るように見ていた。
流れるような彼女の動きは目で追わずにはおれなかった。
 彼女が自分の調子を気遣ってか、自分が接近戦をしかけるから援護を少々不安だった。
しかし彼女が駄目なようなら自分が出て行けばいいだけの事だとその申し出を受けた。
なるほど、彼女は申し出るだけの実力を十二分に備えているようだ。
 敵の数はだいぶ減ってきていた。
任務内容は以前何者かが持ち出した木の葉秘蔵の禁術をまとめた巻物の奪還と、持ち出した者の割り当てだ。
奪還といっても大本の巻物は盗まれた数刻後に取り戻したのだが、敵も油断ない者で、巻物の一部をコピーしていたのだ。
そして今夜それの受け渡しが行われると情報があった。
 直接的に戦争になりはしないだろうが、どこかの里にコピーが渡ったら、遅かれ早かれ木の葉にとって致命傷になる。
敵もその利用価値を心得ているからだろう。
その場には数十人の忍がいた。
ただ受け渡しの相手側の人間はまだ来ていないようだった。
その事はすでに月読の攻撃が始まった後に気付いたことなので、来ていたとしても騒ぎに気付いて早々に引き上げてしまっただろう。
この際望めるのはコピーの奪還、もしくは排除。
後者のほうがてっとり早いだろう。
イタチはホルダーに手を伸ばしつつ、それまでいた木の枝を強く蹴った。
背を反らせるようにして飛び、下を仰ぎ見る。
ふっと一度目を閉じ、次の瞬間開けられた彼の瞳は曇りのない漆黒から、血を思わせる鮮やかな緋色へと色彩を変えていた。
紅に浮かぶ黒でひかれた二重円と、外側の円に絡むようにのっている3つの巴型の模様。
 木の葉の誇る血継限界・写輪眼。

(4人・・いや6人・・)

月読のそばに3人。
自分と同じ高度の、20メートルほど離れた木の枝に1人。
もっと後ろの木にもう1人。
そして自分の背後に1人。
下の3人はほどなく月読が倒すだろう。
ゆえに自分が狙うのは残りの3人。
イタチは思った瞬間に腕を振った。
手応えを確認する前に上半身をひねり、身体を回転しつつもう一手。
数秒後に刃が肉にもぐる音をうめき声が1つ、2つした。
・・・1 つ足りない。

(はずしたか)

前日までの疲れは想像よりもはるかに身体に残っているらしい。
ざっと音が立つのも気にせずに小枝をなぎ払って一番近い枝に降りつく。
すでに敵に自分の場所はバレている。
物音を気にしている暇はない。
木の間から月読の様子を窺うと、彼女はすでに2人倒し、残りの1人に斬りかかろうとしているところだった。

(問題は月読ではなく自分だ)

どこから仕掛けてくる?
写輪眼をあたりに巡らせ、気配を探る。
 上。
そう感じた瞬間に頭上の木の葉の中から銀色の光が躍り出た。
咄嗟に足にチャクラを溜め、自分の乗っていた枝を思いっきり踏み壊し下へと逃れるが間に合わない。チャクラによって粉砕された木の破片の間を、太刀が垂直 に落ちてくる。
このままでは落下した末地面に激突するか、着地して太刀に斬られるかどちらかだ。
 疲れがすべての感覚を鈍らせる。
イタチは顔をしかめると身体を折りクナイを投げた。
敵がそれを避けたその隙に着地をとる。
しかしかすかに反応が鈍ったその瞬間を狙われた。

「・・・っ!」

右足に熱い痛みが走る。
身体が反射的に強張るのを何とか制し、転がって敵との間合いをとったが、跳ねるように着地をとった敵はすぐさま木の幹を蹴り向かってきた。
武器を取る暇はない。
第2打を防ぎきれない。
そう判断して腕で防御の構えをとった時だった。
 甲高い音がしたかと思うと、それに続いてずん!とにぶい嫌な音がして敵の太刀が止まった。
イタチは知らず目を見開いた。

「月読!」

太刀を止めたのは紛れもなく月読だった。
彼女は左腕そのもので太刀を受け止めていた。
暗部共通の白い防具は無惨にも砕け、太刀の食い込んでいる所からは止めどなく血が噴き出している。
 月読は一瞬ひるんだ敵の喉をためらいもなく掻き斬った。
ぱん!と血潮が跳ね上がる。
 敵の血と自分の血を浴び、彼女は全身を真っ赤に染めた。
白い面が脂でひかるのに対して、艶やかだった髪は血を吸ってどす黒くなっていた。
 どさ、と力を失った身体が地に伏すと、月読はイタチが止める間を与えぬほど自然な動作で左腕に埋まった太刀を引き抜いた。
その衝撃に新たに血が噴き出し、ぽたぽたと落ちて地面にしみをつくっていく。

「つく・・読・・」
「・・・大丈夫ですか?」

そう言ってイタチのもとに膝をつき、斬られた足を見ようとする月読をイタチは唖然と見た。

(こいつ・・)

何とも言い難いぐらい腹が立ってイタチは月読ののばした右手を掴んだ。

「俺の心配よりも自分の心配をしろ。早く止血しないと死ぬぞ」
「いや私は・・」
「助けてもらったのは感謝する」

自分の爪の甘さの尻ぬぐいをしてくれたのだ。謝念は当然ある。
 だが、とイタチは月読の面を睨んだ。自分を助けておいて己の身を省みない行動がかんに障った。

「傷を見せろ」

怒気をはらんだ声に月読はしばし躊躇ったすえ、かすかに痙攣している左腕を差し出した。
イタチは顔をしかめた。
 傷は骨まで達していた。
皮膚は醜く潰れ、未だ出血がひどい。
ふれる指先が変に強張ったり力がなかったりしている。
イタチは面を外すと、ホルダーから分厚めの包帯を出し、それで左肩をきつく縛った。
腕を上げさせ肘のところもしばる。
次に消毒薬のついたガーゼをとりだし傷口に押し当てる。
とたん走った痛みに月読が呻いた。

「・・っ!!」
「我慢してくれ」

しばらくガーゼを押し付ける。
それでもひどい出血と、痛みからくる腕の痙攣は続いたが、とりあえず止血はできた。
新しくガーゼを出し、傷口にあてて別に取り出した薄手の包帯を巻いて固定する。
念のためにはめていた自分の手袋をはずし、そっとはめてやる。
月読の腕は自分より幾分か小さいので傷口を締め付けはしないだろうし、こうしておけば包帯がずれることはない。
最後に止血のための関節部分の包帯を外す。
完璧な処置とはいえないかもしれないが、このまま早く病院につれていくしかない。

 そこまで無言で手当をして、イタチは長く息をはいた。

「・・・俺のミスだ。すまなかった」
「そんな・・謝るのは私です。ちゃんとフォローができなくて・・・ごめんなさい」
「俺の不手際が招いた事だ。お前が謝る必要などない。それより早く後始末をして帰ろう。お前の腕を医者に見せないと・・」

イタチは一度月読から視線をはずし、俯いて斬られた右足を確認する。
予想より傷は浅かった。
月読の怪我と比べたら可愛いものだ。
染みるような痛みがないことから毒のおそれもない。
イタチは簡単に包帯を巻いて立ち上がった。
それにつられてしゃがんでいた月読も立ち上がる。
 鬱蒼とした木々の元、月明かりを頼りに2人は辺りを見回した。
月読が接近戦をしかけたおかげで死体がほぼ一カ所にかたまっている。
これならわざわざ集めなくても、火遁で一瞬で任務が終了できる。
イタチはすぐに印を結び、草の間をぬって火球を放った。
とたん広がった紅の光に一瞬闇が途切れ、暗闇を炎が赤い触手で撫でる乾いた音が辺りに響き渡った。

「あの」

月読の澄んだ声が響いたので振り返ると、彼女は俯いて、どこか決まりが悪そうに立っていた。

「手当て、有り難うございました」
「・・・?」
「後は大丈夫です。少し寄りたい所があるので先に失礼します」
(寄りたい所?)

疑問符を浮かべるイタチだったが、それよりも彼女の身が気になった。

「構わないが、万が一襲撃されたらどうするつもりだ?」

敵の核部分は始末したが、もしかしたらまだ敵がいるかもしれない。
せっかく手に入れたコピーを消去された挙げ句仲間を殺されたのだ。
出会ったらただではすまされないだろう。
そうでなくても暗部は何かと目の敵にされる存在だ。
含むところを持つ者に遭遇したらただですまないかもしれない。
手負いの彼女が応戦できるかなど考えるまでもない。
片腕があれでは印も結べないのだ。
押し黙った月読にイタチは質問を重ねた。

「里の方向なのか?」
「里の敷地内は敷地内です」
「ではそこまで同行しよう」
「えっ!!それは・・ちょっと・・」

しぶる月読にイタチは目を細めた。

「お前の私用を知りたいわけじゃない。お前の護衛がしたいだけだ」
「その気持ちだけで十分です」

顔を上げて月読は首を横に振った。

「だが・・」
「すみません」

食い下がるイタチの声を月読は遮った。
刹那小柄な影が視界から消えた。

「・・・全く・・・」

反射的にイタチは月読の気配を追った。