夜を裂く2
暗部入隊初任務は、孤児殺害だった。
(血継限界継承してるだけで殺すのか……木の葉じゃ考えられないってばよ)
その孤児は血継限界を継承していて、今までにも何回か暗殺を試みたがどれも失敗したらしい。
その孤児の前に立つと同時に血継限界の能力の術が爆発。
近くにいた者はすべて死亡。
遠くにいて被害を逃れたとしても、一体どんな術なのかわからない。
故にどんな血継限界かは任務内容には書いてなかった。
その事を考慮に入れると、かなり厄介な初任務だと私は思った。
下手したら確実にあの世行きだ。
………それにしても…。
(子供なんてなあ…。どうせなら悪名高い大名とかそーゆうのやらせてくれればいいのに……)
………試されている………
そもそもこのターゲットが生きていても木の葉の里に何か影響が出てくる可能性は低い。
木の葉の管轄外の血継限界であるし、平生ならこんな任務依頼ははねるはずなのだ。
(でも、任務は任務だってば。里のために出来ることをする! って決めたってば。この際なんだってするってばよ…)
私は手を背にやった。
ひやりとした刀の感触を確かめ、目を下にやる。
眼下には今にも崩れ落ちそうな納屋があった。
「ここ…か」
この中にターゲットがいる。
私は雨ざらしで腐りかけた屋根に音を立てずにしゃがむと、崩れた木の隙間から中の様子を窺った。
納屋の中はとても暗く、屋根の隙間から差し込む月光が唯一の照明だ。
それでも舞う埃のせいで中の様子ははっきりとはわからない。
だが、誰かいるのは確かだ。
耳を澄ますと本当に微かだが、寝息が聞こえてくる。
(中に……入ってみるってばよ)
ごくりと口に溜まった唾を飲み込んで私は一端下に降りた。
事前に納屋に入れる所は確認していた。
納屋の正面に回る。
もともと朽ちたこの納屋に戸はなかった。
危険性は高いが堂々と戸から入ったほうが音を立てずに済む。
私は刀を鞘から抜いて、そっと納屋に入った。
農業用の納屋だったのか、壁には錆び付いた鎌や田植え用の木箱なのが乱雑に積み上げられていた。
私はむき出しの地面に散らばった枯れ草の上を慎重に歩きながら辺りを見回した。
(……いた)
納屋の一番奥。
籾とくたびれた布にくるまって、小さな塊が規則正しく上下に動いている。
後3歩。
まだターゲットは自分に気づかない。
私は大きく肩で息をした。
心臓が口から飛び出しそうなくらい激しく動いている。
いざこうして刀を構えると、全身が震え初めて、どうして自分がここにいるのだと疑問が沸き上がる。
私は何度も瞬きを繰り返した。
面の裏の顔中から粘ついた汗が吹き出す。
(駄目……震えが止まらない)
手から伝わった柄の震えが刃身に伝わりカタカタと音を立てた。
金属の甲高い音が夜の静寂に響いた…その時だった。
「…………誰?」
孤児が目を覚ましてしまったのだ。
小さな影がむくりと身体を起こした。
(っやばいってば!!!)
私はとっさに刀を身体の後ろに隠した。
完全にタイミングを逃した。
今思えば瞬転すればよかったのだが、この時は尋常じゃなくパニックしていて、気がつけばしどろもどろに言い訳を述べていた。
「あーっえーっと起こしてごめんってばよ。そのー私は……」
自分でもかなり一杯一杯だと思うが仕方がない。
しどろもどろの私をじーっと孤児は見つめていた。
対して私も孤児を観察する。
男の子。
年の頃は3、4歳。
やせ細った身体で大きな黒い瞳だけが精力を感じさせる。
そんな瞳でじっと睨むように自分を見てくるので、思わず私がたじろいだ時だった。
彼が笑ったのだ。
それは、それは、嬉しそうに満面を喜びで満たして笑った。
「やっと来てくれたんだ……」
そして立ち上がったと思うと、ふらつきながら私に近づき、あろうことか抱きついた。
「…???」
この子と知り合いだったっけ? 会ったとしてもいつどこで?
ぎゅうっと小さな腕で抱きしめてくる少年に、私は途方に暮れた。
目があったら殺されると思っていたのにこの反応はなんだ?
「……あ、あのさ、私の事……待ってたの?」
「うん。ずーっと待ってた」
少年は上を向くとにこにこと笑った。
疑問だらけだ。
自分は決して子供に懐かれるような出で立ちはしていない。
無骨な白い防具に、ぬっぺらな模様のなにもないただ白い面。
怖がることはあるだろうがこんなに喜ばれているのは異様だ。
(……私を油断させようとしている?)
これまで何度となく命を狙われてきたのだ。
それぐらいの知恵があってもおかしくない。
私は慎重に言葉を考えた。
「……どうして……待ってたの?」
「どうしてって……あなたは月読様でしょう?」
「は? つ……つくよみさま?」
「月読様は僕をお父さんとお母さんの所につれてってくれるために来てくれたんだよね!」
そうしてまたぎゅうっと一層強く少年は私を抱きしめた。
自分の胸の高さほどの身長の少年を見下ろして私は呟いた。
「私が……月読様……?」
「お母さんが言ってたんだ。死ぬ時に月読様がやってきて、向こうの世界まで迷わないように案内してくれるって」
「…死ぬ……時……? ……案内……?」
「そうだよ。僕、もうここにいるのやなんだ。知らない人がたくさん来るんだ。みんな武器とか持ってて、すんごい怖いんだ。でも向こうの世界に行けるならっ
て僕、いつも我慢して待ってるのに、気づくとみんな寝てるんだ。誰もつれてってくれない……。でも月読様ならつれてってくれる。お母さんが言ってたもん」
早く行きたいんだ。だからずっと待ってた。
私はゆっくりと刀を鞘に納めた。
そしてしゃがんで少年を抱きしめた。
固く瞼を閉じてこみ上げてくるものを耐える。
「うん…わかった。お父さんとお母さんの所に行こう」
私はホルダーから小瓶を取り出した。
中から赤い粒を一つ出し、少年に渡す。
「それを飲んで。眠くなるけど、起きたらきっとお父さんとお母さんに会えるから」
おかしい。
こんなのは間違っている。
心の奥底で理性が叫ぶが無視した。
だって止められるはずがない。
この子はもう死を望んだ。
生きろと諭しても聞かないほどの絶望を知ってしまったんだ。
少年は赤い粒をすぐに飲み込んだ。
とたん崩れ落ちた小さな身体を私はただ抱きしめた。
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