夜を裂く3
規則的なようで、ただ時折跳ねる音のするせせらぎの傍らに、君麻呂はいた。
地下深くにこんな場所があるなんて……、と医療室の更に奧に踏み入れたナルトは驚きを隠せなかった。
どう見ても森にしか見えない空間。
人工的に設けられたものなのであろうが、あまりに自然すぎる。
「君麻呂……、だったよな?」
苔に覆われた地面を歩いて、腰を下ろした君麻呂に近づく。
彼は微かにこちらを振り返った。
「………なんだ?」
温もりも何もない、ただの音。
それに眉を顰めながら、ナルトは君麻呂の横に立った。
「お前、病気なんだろ? 綱手のばあちゃんがお前を診てくれるって言ってる」
「………必要ない」
予想はしていた。
それでも希望のない言葉は胸に痛い。
ナルトは腰を下ろした。
立てた膝に顎を乗せて、湧き出る水を見つめる。
「…死にたいの?」
「…………………」
「私さ、お前みたいなやつを、殺した事がある」
「………」
「…私が初めて殺したやつはさ、お前みたいに、死にたがってた」
「殺してやったのだろう? その者にとっては本望だっただろうさ」
「…お前は、私がお前を殺すと言ったら、何の抵抗もしないで殺されるのか?」
「…それも、いいかもしれない」
淡い笑みと共に、君麻呂は言った。
ナルトは、じっとそれを見つめる。
そして、言った。
「私が、大蛇丸拘束に関わっていたとしても?」
ひゅん!! と風を刃物が滑った。
ナルトの頬を血が濡らす。
絡む、青と、緑。
逆手に掴み、振り突かれた骨の刃を最低限でさけ、ナルトは君麻呂を見つめた。
「お前………!」
「私は暗部の月読として大蛇丸拘束の任を受けていた。カブトさんに関しては私が直接関わった。…大蛇丸は私じゃないけど、それでも私はその場にいた」
「……お前が大蛇丸様の道を塞いだのか……、」
「そうだってばよ。サスケを、仲間を渡すわけにはいかなかった。だから戦った」
白い刃が振り上げられるのを屈んでさけ、振り下ろされるのを瞬時に掲げたクナイで受け止める。
きりきりと力が拮抗する。
「君麻呂、お前、今死にたいと思ってるってば?」
「俺が死ぬのは、お前を殺した後でいい」
息も荒く言う君麻呂に、ナルトはにいっ、と笑った。
「今のお前に、私は殺せない」
「お前は俺を殺せると?」
「カブトさんを拘束できたんだってばよ? …でも、私はお前を殺したくない」
「詭弁だな。俺はお前を殺せる」
「…私は大蛇丸が嫌いなわけじゃない。話してみると面白いし、それにやっぱめちゃくちゃ強い」
「何が言いたい! …何より、お前に大蛇丸様の何がわかる!?」
「大蛇丸の事はあんま知らないけど、お前の気持ちは何となくわかるってばよ」
カチカチと音が響く。
「大切な人のためにできることがあるなら何でもしたいと思う」
「…ああ、だから俺はお前を殺す」
「でもさ、同じくらい、その人のそばにいたいと思わないってば? お前は私を殺して、自分も死ぬんだってば?」
「それが、俺だ。……俺は死に、大蛇丸様の中に生きる。あの方の深い精神の中に未来永劫、留まる」
「本当に、…」
金の睫を揺らし、ナルトは瞬いた。
くっ、と腕に力を込めて肘から腕を回し、遠心力で白い刃を抑え付ける。
「本当に、それでいいんだってば? 大蛇丸に会って、話して、……私を殺すのはそれからでもいいんじゃないってば?」
ぴく、と君麻呂の眉がはねた。
くしゃりと刃が零れる。
「…できるものなら、している…」
君麻呂はそう呟いて、目を伏せた。
それにナルトはクナイをおろす。
刃はもう降ってこない。
ナルトは表情を変える事もなく、君麻呂へと手を差し出した。
「綱手のばあちゃんはきっとお前を治してくれる。上に行こう」
「………治らなかったら?」
ゆるゆると顔を上げ、君麻呂は力なく言った。
今でも立っているのがやっとだ。
精神が肉体を凌駕している故にのことだが、それが崩れればその瞬間に自分は死ぬだろう。
君麻呂は目を落として、華奢な白い手を見つめた。
これが、最後となるだろう。
君麻呂は顔を上げ、ナルトを見た。
彼女は笑っていなかった。
「私が方法を探す。何が何でもお前を治してみせる」
「……な……、」
凛、と言ったナルトに、君麻呂は声を漏らした。
差し出された手と、大きな青い目を見比べる。
しばらくして、ふっとナルトが頬を綻ばせた。
「なあーんて言ったけど、私ってば医療系の知識からっきしだから時間かかりまくると思うけど、その辺は勘弁してくれってばよ」
わしわしと首の後ろを掻いて、ナルトは照れくさそうに笑った。
それに思わず目を細める。
「………お前、馬鹿だ」
「よく言われるってばよ。他にもドベとか言われるってば」
「ドベが名前なのか?」
「そんなわけないってばよ」
「本当は何というんだ?」
「ナルトだってばよ」
にかりと笑って、ナルトは苦笑する君麻呂へと肩をすくめる。
「上に行こうってばよ」
「……ああ」
君麻呂はナルトへと手をのばした。
あまりのあたたかさに息が震えた。
「何者だ」
平生ならばこのような問答は求めない。
だが、今は状況が切迫していた。
イタチは眉間に皺を寄せる。
任務で赴いた砂の国。
その任務も片づき、里へと帰ろうとした時だった。
移動中だったためか、仲間の忍たちは立ち止まったイタチに気づかずにさっさと行ってしまった。
いや、違う。
(…弱いが…幻術がかかっている)
イタチはじわりと赤くなった瞳で確認する。
自分も広範囲の、そして多人数に対する幻術は得意なほうだが、今自分を中心にしてかなり広範囲にかけられた幻術に最初気がつかなかった。
術の対象は自分になっているが、幻術自体が自分にかけられているわけではないからだ。
自分の周りに対して、自分への関心を無くすような、そんな幻術がかけられている。
そして、こちらへ隠すことなく異様な気配を発して、その幻術を発動しているだろう人物が目の前にいた。
忽然と現れた…背格好から男だろうか…をイタチは見遣る。
見たことも無いデザインの、オレンジ色の面をしている。
着ているものも…黒いばかりでこれといった特徴がない。
イタチは再度声を張り上げた。
「…用があるのだろう?」
「……………話が早いな」
満足そうに面の男は言った。
その声にも覚えが無い。
目を細めたイタチに、男は肩を震わせ…笑った。
「そう警戒するな…と言っても無理な話だな。…なあ、イタチ」
「………っ、その目…」
自分の名を知っていることに、驚きはしない。
“うちは”の生き残りが希少なため、自分やサスケの人相が特に外部にも広く知られているだけのこと。
驚いたのは、面に唯一空いた穴から見えた男の目だ。
きらりと一度光ったその虹彩を、見間違えるはずがなかった。
自分の持つものと同じ力。
(なぜ写輪眼を…)
一瞬、過去の遺物の移植かとも考えたが、そういったものはやはりオリジナルとは匂いが違うというか、直感でわかる。
オリジナルを持つ者だからそうわかるかは定かでないが、カカシにしかり、生まれ持った物とそうでない物は見ればわかる。
今、直感は、男の目が移植でないと訴えている。
それが意味することは、つまり…。
(同族だというのか…?)
うちはの者であり、写輪眼を有しているのなら今ここに発動されている幻術にも説明がつく。
全く記憶にない一族の存在に探るような視線を送れば、相手は首を傾けて頷いた。
「……………」
「フ、…ああ、俺はうちはの者だ」
そう言われても未だ疑いは晴れない。
怪しさが増しただけだ。
だが…、同族であることを否定できない。
何か気持ち悪さもあるが、同族であるという確信のほうが大きい。
イタチの目元の緊張が微かに弱まったのを感じたのか、男はさらに口を開いた。
「単刀直入に言おう。…お前に俺の仲間となってほしい」
「仲間…?」
話が見えず反復したイタチには、面の向こうで男が笑った気がした。
「ナールト!勝手にいなくなって、一体どこに行ってたんだい?」
何日か滞在した音隠れの里からの帰り道、木の葉まで半刻ほどという時立ち寄った街で綱手の声が響いた。
呼ばれたナルトは、手に持っていた小さな紙の袋を掲げた。
茶屋で団子を頬張っていた綱手は柳眉を寄せた。
「何だい、そりゃ」
「お土産だってばよ」
ふっくらとした頬にこれでもかとえくぼをつくって微笑んで、ナルトは袋を大事そうにポーチへとしまう。
その様子に綱手はにやりと口の端をあげた。
「可愛らしい所もあるじゃないか。何買ったんだ?」
「それは…、内緒だってばよ」
ぷいっと視線をそらし、ナルトは頬を染めた。
それに綱手の意地の悪い笑みは深まる。
「ケチ臭いねえ。なんなら今日はこの街に一泊したっていいんだよ?」
「ちょっ!! 何だってばよ、それ! 早く帰って渡したいのにッ!!」
「別にいいじゃないか。それに、あいつだってお前同様、忙しいんだろ?」
「……砂のほうの任務があるって言ってたけど…」
「ほら、今日会えるかわかんないじゃないか。急いだって仕方ないよ」
「で、でもでも! もう帰ってきてるかもしんないじゃん!!」
「どこにそんな根拠があるんだい?」
「なんとなくだってばよ!!」
ずいっと顔を近づけて、ナルトは叫んだ。
氷のように冷たい空気に、ふっと重さが混じってきた。
もうすぐ春だというが、今年はなかなかに寒さがやわらがない。
億劫に空を見上げて、イタチは顔を顰める。
分厚く空を覆う黒い雲は、既に夜だというのに変に闇をぼやけさせていた。
空気が鬱陶しい。
腹の底が重い今は尚更気に食わない。
『そうだな。1週間後、…うちはの聖地…でわかるな? そこで落ち合おう。…来ない場合は…直接もう1人の候補者に接触する』
「………っ」
男の言葉を思い出し、イタチは機嫌悪く皺を寄せると重い空を見上げた。
……と、キィ、と後ろで戸が開く音がした。
ここは火影邸の屋上だ。誰でもここへ来られる。
里へ帰還後、報告を終えてから何をするわけでもなくここまで来たが、そろそろ帰ろうと戸のほうへ顔を向けて、イタチは止まった。
「あれ、イタチ!」
「火影…様…」
「こんなところに珍しいね」
戸のところにいたのは四代目火影だった。
自分をみて微笑んだその人に、イタチは表情が崩れそうになるのをなんとか堪え、平静を繕った。
「少し、空が見たくて」
火影邸の周りはひらけていて、すぐそばに高い建物もないので、火影岩もある高い岩壁に囲まれた里と、空がとてもよく見渡せる。
とっさにそう答えた自分に、四代目は微笑んだ。
「そうなんだ。俺と一緒だね」
ときどきここに来てぼへーと空見たくなるんだよねー。
と四代目はイタチの横に来て空を見上げた。
今日は何にもみえないねー、と綺麗な顔を曇らせる。
「あー…仕事終わらないけどもうそろそろ帰ろうかなー。ナルトも里に帰って来たし」
「…そうですか…。それなら早くご帰宅されたほうがナルトも喜ぶでしょう」
そう思ったのは本音だった。
だからそのままに言うと、ふふふ、と四代目が笑った。
「ナルトはね、俺よりも君に会いたいと思うよ」
「…火影様?!」
思いも寄らぬ言葉に目を大きくすると、青い瞳がにこっと光った。
笑顔の奥のその眼差しに、イタチは逃れられないものを感じて、ぐっと気持ちを引き締めた。
四代目は静かに、確認するように口を開く。
「俺は、君とナルトが親しくして、お互いを大切に、必要に思っていることを好ましく思ってる。…って、付き合ってるんだよね?」
「…え、…あ…」
イタチは言葉に詰まった。
付き合っている、という表現で周りに公言しているわけではないが、ナルトは自分の彼女…恋人…とは認識しているが、言葉のニュアンスがしっくりこない。
(付き合ってる…そういうことになる…んだが…)
もっと正しい表現があるだろう、と考えを巡らせていると、四代目がくすっと笑った。
「一緒にいるのが当たり前って感じかな?」
「…は…?」
「家族というか…仲間というか、うーん、相棒? 運命共同体? 相手を可愛くて愛しく思っててラブラブもするんだけど、でも、世間でいう付き合うっていう
ようなさらっとしたものとは違う…って感じかな?」
「…あ…」
イタチは静かに頷いた。
一言でいえない、気持ちがある。
その妙を言い得たような四代目の語りに、イタチがしっくりきたものを感じていると、四代目は何度も頷いていた。
「そっかそっか。…こんな話もなんだけど、俺がそうだったんだよね」
「火影様が…?」
俺が…ということは、お相手は当然うずまきクシナだろう。
自分の母であるミコトとクシナは仲が良く、幼い頃、母と一緒に何度も会った覚えがある。
目の覚めるような鮮やかな真紅の髪に、薄い白鼠色の瞳。
底抜けの明るい性格は、無口な自分の相手をしてもいつもにこにことしていて、優しさと温かさに溢れた女性だった。
そんな人が四代目火影の奥方なのだと幼いながらに妙に納得した。
二人でいる様子が、まるで春の日だまりのようで、実に幸せな、温かい雰囲気に満ちていたからだ。
自分の両親も仲は良かった。
寡黙な父に、控えめながら優しさに溢れた母。
静かな安穏を甘受している夫婦だった。
と、四代目はクシナとの関係が自分とナルトのものと同じだと言っている。
それに戸惑っているのが顔に出ていたのだろう。
ぷっと、四代目が噴き出した。
「めずらしい。イタチが困った顔してる」
「…いろいろと考えてしまって」
この短時間に四代目が自分に伝えた言葉は、あまりに重要なことばかりだった。
イタチの沈鬱な胸中を一瞬で塗り替えるほどに。
(ちゃんと、ナルトとの事を火影様に断ったことはない)
後ろめたいことではないので、自分としてはちゃんと挨拶をしたかったのだが、そんなものを全く気にしていない、と自分とナルトが付き合っているものとして
親しくしてくれる四代目の様子に完全にタイミングを逸していたのだ。
まさかこんなタイミングで四代目の方から話をされるとは思わなかった。
そして、自分とナルトの関係を、この人は喜んでくれている。
それが微笑むその顔から分かって、イタチはとても自分がほっとしているのを感じた。
四代目火影は、自分にとってまさに敬愛して止まない人物だからだ。
忍としての実力も、その人柄も、…そして何かと自分を気にかけてくれる、自分が素を出せ、甘えられる数少ない人物。
その人が、最も大切にしている娘の相手が自分であることを認めてくれている。
―――とても嬉しかった。
「…っ…」
「イタチ…?」
けれど今は、その事を心から喜べない。
四代目は表情を変えたイタチに目を大きくした。
―――彼が、嬉しそうに、そして悲しげに眉を寄せたからだ。
なぜそんな顔をする?
(…何かあったのか…?)
ナルトと喧嘩?
いや、それにしてもこんな苦しげな表情をするのはおかしい。
この青年は、冷静沈着で、穏やかな感情の起伏をしており、物事を客観的につぶさに見ている分判断能力も高いが、それだけに状況を割り切れる苛烈さも持っ
ている。
刃物のように研ぎすまされた言動は、自分よりもだいぶ年下だといっても感心してしまうことも多い。
「イタチ…、きみ…」
「すみません、失礼します」
そうイタチが言った時には、すでに顔から感情の色は消えていた。
けれど追求を拒む思いがありありと現れた雰囲気で、それに四代目は声をかけるのを諦めた。
(ナルトとのことであれば、俺がとやかく言う事じゃない)
ナルトはまだ13歳、イタチは18歳。
物心ついたときから大人と同じ世界にいたせいで同世代の者達より精神面が成長はしているが、自分からみればまだまだ幼い。
そんな二人が初めてであろう、恋をしているのだ。
自分達の好きにしたらいい。
どうしても困ったら、話してくれるだろう。
父親としては娘のことなのでいろいろと考える部分もあるが、それを上回るほど、うちはイタチという青年を信頼している。
自分に話せる事であれば、きっと話してくれるであろうし、相談してくれるだろう。
「…それにしても様子がおかしかったな」
胸騒ぎがする。
ぞわりとするその感覚が気持ち悪くて思考に沈もうとしたとき、バン!!と屋上への入り口の戸が勢いよく開けられた。
「火影様! ここにいらっしゃったんですね!」
「げっ、」
ぜえぜえと息も荒くやってきたのはゲンマだった。
振り返って思わず声が出た四代目に、ゲンマのほうも不機嫌そうに眼差しをきつくした。
「休憩してくださるのは結構ですけど、一声かけてからにしてください!」
「あ、うん、ごめん」
心配するでしょう!!、と怒鳴る親衛隊員に四代目は素直に謝ると、知らず強く握りしめていた手すりを離した。
(大丈夫、また聞く機会はある)
そう自分の胸騒ぎを抑え込み、四代目はゲンマへと足を向けた。
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