| 作者 |
荒木飛呂彦(いわずと知れた「ジョジョの奇妙な冒険」の作者です。) |
| 掲載誌 |
週刊少年ジャンプ 昭和59年45号〜昭和60年11号 JUMP COMICS 1〜2巻 |
| あらすじ |
秘密研究機関「ドレス」によって無敵の肉体になってしまった少年が、ドレスに復讐する話。作者いわく、「カッコイイけど悲しいお話」 |
| サブタイトル |
無敵の肉体バオーの巻 |
| 第1刷発行 |
1985年9月15日 |
| もくじ |
最終兵器バオーの巻 暗殺指令!の巻 無敵の肉体バオーの巻 凶獣マーチンの巻 六助じいさんの巻 |
| 作者のコメント |
荒木飛呂彦 超能力を持てるとしたら何? と聞かれ、ぼくは即「変身!」と答えました。何にでもなれるからです。 予知とか念力とかは、ある程度やると飽きてしまうと思います。でも変身はきっと楽しいよ。他人をからかったり、いろいろな所へ行ったり・・・。きっと一生飽きずに遊べると思うな。そんなわけで『バオー来訪者』をどうぞ。カッコイイけど悲しいお話なんです。 |
| 解説 |
「彼の作品は、僕のにおいと、とても近い――」 漫画家 寺沢武一
荒木さんの作品とのファースト・コンタクト(はじめてのふれあい)は、彼が出した手塚賞の応募原稿を読んだときだったと思う。驚きそして喜んだ。なぜなら、彼は僕と同じ においがしたからだ。 彼は何よりもまず、ストーリー展開を何度も緻密に練りあげてから構成していく。人間関係はもちろん、それを取り巻く状況、センス・オブ・ワンダーをどこに置くかなど、すべてを完璧に把握した上でなければ語り出さないタイプだ。とはいっても、これは小説や脚本を書くのと同じ手法であって、連載マンが家としては非常に不利な一面を持っている。 多くの読者は毎週の直接的な刺激を期待し、主人公の行動結果のみを求めるあまり、画面の中にちりばめられたSF的感性や主人公のなかにある計算されたワンダーに、すべては大気のように気づかれず読み落とされる場合が多い。 しかし、SF作家はそこにこそ自らの資質をつぎ込み、自分の白昼夢を映像化しようとこころみる。 先に、彼と僕は同じにおいがしたといったが、それは彼の求める作品の方向が、僕のそれと非常に近しいと感じたからだ。 SF漫画において、作品の質を低下させずになおかつ、エンターテインメントであろうとする作家は数少ない。彼はもちろんその中のひとりであり、今後、今の においを持ったまま成熟してゆくと思う。 SF漫画はSF小説でもSF映画でもない。あたりまえのことのように思えるが、SF漫画を描く上ではこの認識が最も重要であり、難しいものだと思う。 お互いそれを意識し、SF漫画というものが何者であるかを知るまで描き続けていきたいものだ。 |
| サブタイトル |
魔人ウォーケンの巻 |
| 第1刷発行 |
1985年11月15日 |
| もくじ |
アロマ・バットの巻 怪物(バオー)よ出でよの巻 サイボーグ・ドルド中佐の巻 魔人ウォーケンの巻 |
| 作者のコメント |
荒木飛呂彦 ぼくは吊り上った目が大好きで、謎と熱い妖気と孤独を感じます。 スティング(ミュージシャン)、マドンナ、ナスターシャ、キンスキー、ガッチャマンのジョー、カムイらの目は特に謎めいていて、大好きです。みんなカッコイイ! ・・・と、あこがれて『バオー来訪者』第2巻をお楽しみください。育朗の目も孤独でいっぱいです・・・。 |
| 解説 |
「バオーの説得力ある描写にはうなった!」
作家 夢枕獏
この異様な迫力を持った物語を、ぼくは少年ジャンプ連載時から注目して読んでいた。絵柄もストーリーも遠慮がないのがよかった。おそらくは、この作者が何年もあたためていたものが、この作品でいちどに噴き出したからであろう。 小説の説得力が”文体”によって生まれるのなら、漫画の説得力は”絵”であると思う。どのような”絵”を読者の目の前に差し出せるかである。その”絵”の説得力が、そのまま、その漫画の持つ説得力になる。小さな理屈はどこかに消えてしまう。 そういう意味で、寄生虫であるバオーの”絵”を見た時、その不気味さ、つまり説得力にぼくはうなってしまった。このような”絵”を見せられれば、読者はその作家を信用してしまうのである。「SFは描写だ」と、山田正紀氏(SF作家)が何かに書いていたが、漫画も描写であるとぼくは思う。 この物語の続編は、やがて必ず描かれねばならないものであろう。 |