今日の宿「神の湯温泉ホテル神の湯」に着いたのは22:30の事。ドブねずみ見たいにずぶ濡れの状態で、しかも深夜に到着したのにもか
かわらず従業員は嫌そうな顔一つしないで迎えてくれた。非常に高感度のホテルです。今回は1名 5,250円の平日洋室素泊りプランを利用。こ のホテルの規模からすると、とてもリーズナブルでしょう。
ここは山梨の県庁所在地「甲府市」からわりと近くにあり、最近田んぼから噴出してきた温泉。宿はここのホテル一軒のみなのですが温泉の
本に出てくる名湯で効能が期待できる温泉です。
余談ではありますが、この「ホテル神の湯温泉」さんから、平成21年5月頭にこのホームページ宛にメールを頂戴しました。内容は神の湯さんのホ ームページのアドレスが新しくなりましたのでよろしくお願いします、という丁重な内容のモノでした。 私はこれに些か驚きました。やっぱりホームページやっていると色んな方が見てるのですね。まさか神の湯さん自身がご覧になっているとは ね。・・・私はまさか見ておられるとは思っても見ませんでしたから。 そしてですけどね、私は神の湯さんの経営姿勢にとても感心しました。私の所は一日に数千以上アクセスのある人気サイトとは大違いのささや かな個人のホームページ。しかしながら、こんな場末?のホームページにまでアドレス変更のお知らせをしてくれるとは・・・。私も自営していた 身としては、こういう姿勢見習わなきゃ、と思いました。 ![]()
朝の天気は昨日と違い晴れ。宿をチェックアウトぎりぎり10時で出て、国道20号を一路山梨県から長野県茅野市へと走り、そこから国道152
号を北上する。この辺は避暑地やスキーリゾートとして有名な霧が峰や車山高原、白樺湖、蓼科高原がある所です。その白樺湖を通過して女 神湖に向かい昼食をとる。
女神湖、標高1543Mの湖で観光地として賑わっているが、実はここは日本で一番標高の高い商店街を形成しているとの事。う〜ん、確かに
街と言うほどまではいってはいないが確かに買い物はそこそこ出来そうだ。
食事後大河原峠へ向かう。目的は「日本で一番標高の高い民家」を見に行く事。大河原峠に向かう途中「蓼科仙境都市」の看板が幾つかあ
った。峠通過後、地図に書かれている「富貴の平」というあたりに行ってみる。するとなんとこの標高2000M近いところに民家が多数見えてく るではないか!どうやらここが蓼科仙境都市のようだ。 ![]()
す、すごい!キチンと宅地造成されていて街の形態にになっているしガソリン補給施設らしいものもある。ちなみに日本一高所にあるガソリン
スタンドは多分1−4・山の女王のところで書いた渋峠(標高2172M)にあるスタンドではないかと思います。
しかし皆さんは、このすごさが分かるでしょうか?だいたい関西以西では標高2000M以上の山は存在しないし、韓国やオランダやデンマー
クなど、2000M以上の山を持たない国も多い。避暑地で有名な軽井沢でさえ標高950M位。それと気温に関してだが高度が100Mあがると 0,6℃下がる。という事は近くの茅野市が標高750Mな訳ですが、そこが30℃の気温の場合、1950Mだと温度は何と7,2℃も下がって2 2,8℃な訳。冬ならば−10℃を下回る日も多い事でしょう。北海道の平地並の寒さです。更にうんちく。1−2・高地トレーニング、高地ダイエ ットのところに書いた気圧についてですが、影響が出るのは料理だけでは無いです。今でこそもうあまり見かけないとは思いますけど、気圧が 低い為に、一昔前のある種のバイクは、高地に行くとキャブレターがきちんとガソリンを送らなくなって、思うようにスピードが出せなくなりまし た。それにしてもこんな高地によくもまぁ・・・
蓼科仙境都市を後にして八千穂村に向かう。後で分かった事ですが上の地図にも書いてある赤の点線部分が大石川林道と言うそうです。こ
の道は地図を見てみるといかにも車が通れそうな書き方がされていた。しかしながら入口には「通行止め」の文字。更に「通行をしたい場合行 政に届出をしろ」と書いてあり、「責任は持たない」とも書かれていた。
林道入口には家族づれが居た。その人たちが見ている前で通行止めなのに、そこを「とっぷぁ」するのは少々気が引けた。そうしたら向こうか
ら声をかけて来て「ここ通るんでしょ?」と行って来て「どうぞ」と道を明けてくれたのでした。しばらく進むと道は案の定チェーンによってふさが れています。しかし小生は「突ぷぁ」。良い子は真似してはいけないよ。
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途中何人か登山者に遭遇。最初は「えっ、何でバイクがここに」と驚いていたが挨拶を交わしたりした。
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(上)雨具を着込む為に停車し撮影。八千穂村はもうスグだ。雨は豪雨になっていた。その後しばらく走ると目の前にゲートが見えてきた。こ
の先は国道299号線だ。やっとここまで来たのに通行できないのかぁー。しかし諦めないで迂回出来ないか周りを見渡す。すると道路わきの林 に何とかバイクが一台通れるスペースを見出して299号に出る事が出来きました。
疲れきった体を部屋で休ませているとドタドタ廊下を全力疾走するうるさい音がえんえんと続きます。若夫婦の家族がチェクインしてきたので
す。しかし本当に近頃は常識ない人が多いですね。こちらも子供のすることだから30分は勘弁してあげようと耐えて我慢していたのですけど、 暴れる子供を親は叱りもしない。公共性の高い宿でするべき事ではないです。親の監督責任放棄です。たまりかねて私、その子供の親にクレ ームを言う。悪いのは躾しない親です。その後子供はおとなしくなったが、なんとも嫌な気分になってしまいました。電車でも何処でも今の大人 は本当に迷惑行為を黙ってみている。これではまともな子供が育つ訳が無い・・・私が子供の時は、その様なマネをしたら親や周りの大人にど んなに怒られた事か・・・。
皆さんは「日航機御巣鷹山事故」と言うのをご存知ですか?1985年8月12日18:56、羽田発大阪行きの日航のジャンボ機123便(ボーイング
747SR046型機)が群馬県上野村の御巣鷹山(標高1639M)の尾根に墜落した事故です。乗客乗員の内520+1人(搭乗者名簿に載っていない 1人・・・お腹に居たお子さんが衝撃でお腹を突き破り母から離れた場所で発見されたそうです)が死亡、生存者わずかに4名の女性という単独 機では史上最悪の犠牲者数を出した悲惨な事故でした。毎年8月12日には多くの人が慰霊登山をするのですが(今年もTVで報道していた)、 今回私は一足早く彼の地へと赴きました。
御巣鷹山、この事故が起こる前はほとんどの日本人が知らなかった名前。というか事故時便宜上そのように呼ばれ、事故後に正式に名づけ
られた当時は名も無き山。かつては陸上自衛隊のレンジャー部隊の訓練地域になっていたとも聞いたことがあります。それほどうっそうとした 深い山です。 ![]()
(左)八千穂村から御巣鷹山方面へ(中)正面の御座山の奥が御巣鷹山だ(右)現地に近づくと「御巣鷹の尾根」の案内が幾つか出てくる。
この墜落事故には、いささか腑に落ちない点が幾つも存在するとの意見もあります。墜落直後はかなりの生存者が居たことが帰還した人か
ら証言されていて、迅速な救出が出来ていれば生存者はもっと増えていただろうと言われています。
レーダーで墜落を把握していた米軍からは、直ぐにヘリコプターによる救助の申し入れもしていたそうですし、それに先に書いた通り、この辺
は本当に陸上自衛隊のレンジャー部隊の訓練地域であったのならば、幾ら麓の村から歩いて5時間の距離(今は道が整備され短縮されてい る)があるとはいえ、もっと迅速な救助が可能であったというのです。しかし政府関係者の後手後手な対応によって次々に生きていた人も息絶 えて逝った。
何故??その原因は、ほとんど報道されない理由によって・・・まず事実関係から明らかな事として、何とこの機には医療用放射能物質が貨
物として搭載されていた。更に当時事故機(ボーイング 747 SRー100 型)には、ボスニアやイラク戦争で放射能汚染を撒き散ら して悪名高い劣化ウラン弾と同じ金属ウランが機体のバランスをとるためのオモリとして使用されていた。よって放射能汚 染と被爆を恐れた政府は迅速な対応が取れなかった・・・。そんな主張をする人もいるのです。 ![]() ![]()
御巣鷹の尾根への登山道入口に到着(左)。この周辺の道路一昔前は未舗装の悪路で、私はぶとう峠付近で5月に雪に降られ、残りのガゾ
リンも少なくて肝を冷やした事がありました。しかし事故とダム建設の為か年々整備されてきています。
しばし休憩の後、御霊の眠る尾根へと向かう。墜落現場までは大体上り1時間の行程だが、足腰が弱っている私は1時間半かかりました。
(右)は途中にある案内図。ここからは尾根までもうすぐで、すげの沢沿いに[S]をへて墜落地点であり昇魂之碑のある[H]に向かう。 ![]() ![]() ![]()
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(上)ここに墜落した事を示す石碑
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(上)標高1500Mに並ぶ墓の列・・・こんな高いところに並ぶ墓は日本ではここだけであろう。尾根に獣道同然の通路を作って多くの墓が立
ててあるが、この辺の雨風雪はすさまじい。幾つかの墓が参拝者ももういないのか、遺族会と管理人の努力も空しくがけ崩れによって破損して いた。手を合わせ冥福を祈りつつシャッターを切らせてもらった。下山し始めると雨が落ちてきた。嘆きの涙のように思えた。
遺体の身元を追って 犠牲者のご遺体は、もはや人間の姿を保っていなかった・・・
JAL123 (広告遮断機能を使用していると見れません。) フライトレコーダーから聞こえる「もう駄目かもしれない。」の声。そして「もう駄目だ!」と聞
こえた数秒後、約260Kt(時速約481km)で尾根に激突したのだった。
※注意!! : TOPページの「現場写真」をクリックすると事故直後の写真を圧縮されたフォルダーでダウンロードします。が、ダウンロードする前に熟
考してから見るようにしてください。この画像はあまりにも衝撃的な写真の為、TVでは報道されなかった物であります。心臓が弱い方等は見ないほうが 良いかもしれません。自己責任で見てください。リンクしようか随分迷いましたが、命の尊さと事故の悲惨さを伝え、19年経過した今、事故を風化させな い為にリンク張りました事を最後に付け加えておきます。
御巣鷹山を出発して次の目的地、林道川上牧丘線と大弛峠を目指す。
今回は豪雨の中、林道川上牧丘線を長野側から登り大弛峠へと入ったのだが、2−8・本当に車道?大石川林道に書いた大石川林道と同じ
位長野側は荒れていた。道幅が大石川林道よりは広いので四駆なら問題無いと思うが、完全舗装されている山梨側から侵入し長野に抜けよう とすると、道の状態を知らない一般乗用車はびっくりする事になる。大石川林道ではオフローダーには誰にも会わなかったが、ここは気合の入 った走りをしている人、何人かとすれちがって行った。ちなみに雨の為撮影は出来なかった。御巣鷹の登山案内にも書いてあったが、秩父多 摩甲斐国立公園に属する深い山の中では夏場の午後は地形の関係からか、どうやら高確率で雷雨になるようだ。そんな雨も峠に差し掛かる と止んできてくれた。 ![]()
(上)大弛峠の様子、建物は大弛小屋、峠は林道の割りにかなり整備されていた。
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(上)峠から15分で行ける「夢の庭園」。晴れていれば見晴らしは最高だろう。庭園と命名されただけ枯山水みたいな配置の巨石が印象的
だ。時間さえあればこの辺の最高峰、北奥千丈岳(2601M)に登りたかったが夕闇が近づいていて今回はここで断念した。
17時頃に峠出発。宿の予約をしていないので、周辺で最大の温泉街、石和温泉に向かい現地で空き部屋探しをする。5件あたってみて値段
の安い部屋を探す事が出来た。
今日は遅くならなければ帰宅の予定で石和温泉を出た。東京方面に向かう途中、大月の町を過ぎると珍しい構造の橋「猿橋」があるので2度
目だが撮影の為寄ってみる。 ![]() ![]() ![]()
今まで高尾山(599M)の脇を通過する事は幾度とあったのだが登った事は無かったのです。そんな訳で登山をする事に決定。片道約3,5
kmの登山だ。寺院ということもあり途中で飲み物買えるだろうと思い水分を持たずに出発したのだが、これが失敗でした。喉が渇けど自動販 売機はおろか水飲み場すらない。何処かに湧き水はないのか??と下
山者に聞いてみた。するとなんとその人、自分のペットボトルのお茶をただでくれたのです。感謝感激!(登る人は飲み物の準備忘れずに)
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最終日で疲れはピーク、時間も夕刻を迎えていたので、帰りはリフトを使用した。その後は一路千葉県を目指し帰宅した。こうして今回の旅を終
えたのだった。 |