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ビッグバン宇宙論が正しいなんて思っている人はいないんじゃないだろうか。 科学者の中にも 「おれ、実はよくわかんねえんだけど、周りがみんな正しいっていってるし、 じゃあ、そうなのかな、みたいな感じなんだよ」 ぐらいに思っている人もいるだろう。 科学者の中で、 ビッグバン宇宙論を完全に理解している人などいない。 「無」を立証できないからだ。 ビッグバン論者は実はとても困っているのだ。 ビッグバン宇宙論はなんとなくそのうち完成するのだろうと考えていたのだが、 いつまでたっても完成しない。 いまさら撤回するわけにもいかないからだ。 ビッグバン論者よ、もうあきらめなさい。 それがいやなら、宗教に目覚めたふりをして科学者を辞めればいい。 それが解決法です。 |
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科学者が理解していないのだから、 一般人がビッグバン宇宙論を理解できるわけがない。 ビッグバン宇宙論のせいで 科学者にしか宇宙の事は分からないというのが常識になってしまったため、 一般人が宇宙について考える事をやめてしまった。 だから、一般人は科学者が言うことを、何も疑わず(考えず)に受け入れてしまっている。 異論を唱える人などほとんどいない。 だから、こんな不可解な宇宙論が世の中の常識になってしなうのだ。 そして、現代人は自然環境から離れた生活をしている事が ビッグバン宇宙論を信じてしまう原因になっているのではないだろうか。 今あなたが右手でつかんでいるであろうマウスも宇宙の一部なのだ。 このマウスは、突然この世に現れたものではない。 だれかが、宇宙の中に存在する資源から作っているのだ。 宇宙の中に存在するすべてのものは関連しているのだ。 それがすべて「無」から生じたものだといえるだろうか。 現代社会は、都会になればなるほど自然環境とふれあう機会が少なくなる。 そして、生活に必要なものは自然からではなく、 スーパーやコンビニでお金と換えて手に入れている。 そのようなことにより、物質の起源について考える事、実感する事が減っているために、 物質があるとき突然、この世に出現するという理論に 抵抗感がなくなっているのではないだろうか。 田舎に住んでいる人や、農業、魚業をしていれば、 物質が突然、発生するものではないということが身にしみて分かる。 自然環境(宇宙)とあまり関わりのない生活をしている人ほど SF的な理論を信じてしまうのではないだろうか。 |
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いまさらビッグバン宇宙論の構築に力を注ぐのは無駄だ。 科学者はもっと意味のあることに集中するべきだ。 宇宙とはどうなっているのかと、 観測、実験をすることこそが本当の宇宙を知るための近道なのだ。 理論は必要なものだが、理論にこだわっていてはいけない。 観測、実験の結果こそが宇宙のすべてをあらわしているのだ。 NASAの予算が年々、減らされていたというのはとても残念な事だ。 その金は軍事に回っていたらしい。 この事実は宇宙観測に対するあきらめなのか? もしも、「もう、宇宙はビッグバンで始まったものだと分かったし、 どうせ、宇宙は終わるんだから調べたってしょうがないじゃないか。」 という感じに考えているのだとしたら、とても残念な事だ。 ビッグバン宇宙論なんかやめて、 宇宙の現実を見つめていくほうに科学が向かっていかなくてはならない。 |
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ビッグバン宇宙論とは「宇宙は無から誕生した」と主張している理論である。 しかし、その主張を知らない人は多い。 それは、科学者がそれについて全く語らないからだ。 それはなぜか? 科学者にも理解できないことだからだ。 ビッグバン論者の本を読んでも 「無からの誕生」について説明している人は一人もいないことがわかる。 根本的な(無からの誕生)説明をしないで 「ビッグバンのよって宇宙は始まった」と言い、 ビッグバン論について説明していくのだ。 私から見れば、まったくバカバカしい。 一度もビッグバン論についての説明で納得したことはない。 納得できる説明など、この世に存在しないからだ。 ビッグバン論者の中には、 「「無」などわからないのだから考える必要はない。」や、 「「無」について考えること自体が間違っている」などと言い、 「人間の思考」、「科学」を否定し、 ビッグバン宇宙論について説明する事を放棄した人までいる。むちゃくちゃである。 ビッグバン論を主張する科学者に 「無からの誕生ってどういうことなんですか?」と、聞いてみたらいい。 たぶん、科学者は困った顔をしたあと、 科学者本人にも意味がわかっていないような専門用語を使って、言いくるめようとするだろう。 そして、言い終わった後、「ね、わかったでしょ。わからなかったら勉強してからまたおいで。」 と言って、結局、何もわからないまま話を終わらされてしまうのだ。 ビッグバン論者こそが無知であるということを自覚しなければいけないだろう。 |
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