藤井の引退 エピソード2

2002 年 10 月

4回に回ってきた、藤井の第2打席。突如レフトスタンドの近鉄大応援団から、オリックス応援団のそれよりはるかに上手な「藤井のファンファーレ」が聞こえてきたとき、ライトスタンドは「おおおぉぉぉぉ」と、大きくどよめいた。みんなの顔が、ほころんでいる。そして「近鉄」応援団の音頭にしたがっての、スタンド全体「そーれそれそれ フ・ジ・イ!」の大合唱。その声に押されて、藤井康雄は、「キン!」と快音を残して彼らしいライト戦への2塁打を放ってみせたのだ!な、なんという、幸福なシーン。なんという、幸福な男!藤井のラストゲームは、美しくもやがて哀しき・・ を絵に描いたような展開を見せたのである。思いがけずも。


 「どうせ顔見世程度だろうし、あんまり客だって入らないんじゃないの?」と思っていたわしは、藤井の人気を軽んじていたと認めざるを得ない。1打席だけ内野フライでも打ち上げて、ひっそり西宮球場みたいに寂しく消えるんだ。ふっ・・なんて意味なくイジけていたのだ。しかし「藤井引退試合」と名打ったこの試合は、彼の4番スタメン・フル出場による、盛大な素晴らしい藤井デーとなったのである。

 そりゃ無料開放ということもあるだろうが、スタンドは ほぼ満員御礼。ライトスタンドで足を前に投げ出せないなんて、久しぶりだぞ。でも前の席の女性二人連れは、「オリックスの背番号、なんかゆがんでない?」「錯覚じゃないの?」なんて言ってる。あ、あんたらなぁ・・2年はご無沙汰やな。でもやっぱり、藤井の引退試合と聞いて、飛んできたんだな。何かを求めて。

 スタンドの雰囲気は、どこか95年、96年のGS神戸に似ていて。それが嬉しいような寂しいような。みんなの腹の底から湧き上がるような、一体感が懐かしい。でも、ビジョンで「藤井ヒストリー」として、しょっちゅうあの優勝シーンが映されるたびに、みんな黙りこくっちゃうのだ。あの、あまりにも特別な95年のリーグ優勝のウィニングボール(ファーストゴロ)を取ったのが、藤井。みんな、そのシーンが映るたびに、遠い目になるよ。思い出すのはBWの優勝だけじゃないからね。

 おびただしい数の「藤井お疲れ様横断幕」、おびただしい数の背番号8のTシャツやジャージを着たファン(わしもだよーん)。改めて藤井という選手の存在感を思い知らせてくれる。そして、それは過去への憧憬なのかもしれない。あの頃とはまったく別のチームと言えるほど選手が入れ替わったブルーウェーブから、束の間の「夢」を見せてくれた最後の選手が今日、消えてしまうのだ。あ、平井・・

 壮観なほど百花繚乱とした横断幕は、月並みな「夢と感動を・・」ばかりじゃなく、「あなたほどファンを愛した人はいない あなたほどファンに愛された人はいない」なんていう、思い入れたっぷりなポエジーものが多くて、藤井らしいなー。皮肉を言うつもりはないが、藤井には「・・からの復活」とか、そういうサブストーリーはないからね。グラウンドでのプレイのみに、これだけ感情移入するに足るベースボールプレイヤーがいた、ということが嬉しいし、それは藤井自身の職業観の成せる技だと思うけど、その話は次のエピソードでな。

 それにしても、最後の試合の相手が長年の僚友、近鉄バファローズだったことも、藤井にはうれしかったろう。関西プロ野球の一つの時代の終焉を、みんなが かみ締めていたのではないかな?近鉄ファンもまた、目の前の中村ノリや大塚を事実上失うのだと思うと、なんか しみるわ。ほろっと くるわ。ふだん「いてまえー」と叫んでるから、余計に?それがヤンキーの常套手段とはわかっていながら・・いやん。ちゃんと最後のセレモニーまで誰も帰らなかった近鉄ファンに、ありがとう。全部終ってから、ちゃっかり駅前で大集会してたけどな。応援団長、電話ボックスの上に乗ったらあかんがなー。電話してる奴おったらどうするんー??

 そして最終打席。スタンド全員総立ちの中、またまた鋭いヒットを打ち(しかも左の吉田から)、「すごいやん」「かっこいー」と、賞賛の嵐を浴びた、藤井。いちいち帽子を取って挨拶するのが、康雄さんやわー。そして、珍しく後続の打者が打ったタイムリーでホームまで走って帰ってくるおまけ付き。最後には一塁守備にもつき、見事「藤井のフルコース」「藤井づくし」(税・サ込み 内外野自由席無料)をやり遂げ、自らの引退試合をかっこよく、決めて見せたのだ。

 「最後の安打」も、美しいプル・ヒッティングによる、華麗なライナー!

 充分だよ、康雄さん。いつでもファンのことを考えてくれるあなたのことだから、ホームランを打ちたかったろうけど、最後の最後までスタイリッシュに「引っ張って」くれて、ありがとう。

 そして試合終了後、狙っていたかのように少し寂しい秋の夕闇迫る頃。。(カラスが本当に かぁかぁ・・)

 一番思い出に残るホームランとして、あの昨年の小林雅から放った「代打逆転サヨナラ満塁ホームラン」(しつこいようだけど、わし目撃!)がビジョンで紹介されて、藤井の引退セレモニーが始まった。

 整列したBW選手の前に現れた藤井康雄の顔に、「おれ、本当にやめるんだなぁ」 という表情が浮かんだとき、わしには昨日の西宮球場の光景やら、阪急のユニフォームやら、震災の事やら、ここで見たイチローの優勝サヨナラヒットやらなんやらが どっと 頭に浮かんで・・

つづく

戻る