藤井の引退 エピソード1
2002 年 10 月
現役最後の日は、彼らしい穏やかな秋晴れだった。おびただしい数の惜別横断幕と親密な「やすおさーん」コールに包まれた、本当に久しぶりに賑やかなGS神戸で。ブルーウェーブの四番に座った 藤井康雄 はスタイリッシュなプル・ヒット2本を放って最後の輝きを見せ、長い選手生活にかっこよく別れを告げた。わしの「野球現場主義」のルーツ、西宮球場からの生き残り。その西宮球場の取り壊しも決定し、藤井もグラウンドを去る。わしの中で、思いがけずもなにかががらがらと崩れ去った、藤井の引退という事実。藤井康雄引退記念コラム・・その1である。いよいよコラムをバラ売りか? |
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引退試合の前日。
わしは「市民祭り」の会場として開放された、西宮球場にいた。地域新聞の「最後の西宮スタジアム(正しくは現在 西宮スタジアムと呼ぶ) 開催」という一言に動かされ、目に焼きつける最後のチャンスかも、と 飛んで来たのだ。
驚いたことに、「市民祭り」をやっているというのに、ゲートをくぐるわしの心は、どきどき してる。古い球場特有の球場内部のコンクリートのくすんだ匂いが、わしの心を"違う"場所に連れていったのか?フィールドではママさんコーラスが熱唱し、関係者しかいないスタンドは がらん としているのに、胸のどきどきは、止まらない。
わしには、全盛期のぴっちりしたユニフォームの阪急ブレーブスが、シックなグリーンもかっこいい南海ホークスと試合をしているのが、見えるよ。この秋空の下なら、ダブルヘッダーの第1試合ってとこかなぁ?けけけ
長池、森本、マルカーノ、福本・・ブレーブスの選手がグラウンドを駆け回り、そしてわしの横には、大声で「いけえ!」とにぎやかに応援している、おばはんがいる。あぁおばちゃん、懐かしいなぁ。10年ほど前に死んだ、今は亡きわしの おば である。
このおばこそ、わしをここまでの野球妄想狂にしてくれた人。阪急電車職員で、いつでもわしに球場フリーパスをくれた、その人なのだ。もちろん阪急ファンで、一緒に観戦することも多かったなぁ。
「郁夫ちゃん、やきそば 買うてきたろか?」・・そんな、おば の声がありありと蘇えり、思わず ぶるっ と震えたそのとき、わしの目は重要な風景の変化を捉え、一気に妄想から現実の世界に引き戻されることとなるのだ。
スコアボードが、あれへんどー。
あの日本シリーズのスコアも、オールスターの江夏の9連続三振も刻んだ、スコアボードが・・ない。狭い外野席も、独特のその屋根もそのままなのに、スコアボードがあるはずの場所には、あまりにも異質に真新しい不思議なビルが建っている。なーんだ、もう野球できないやん。お別れ試合もできないんだな。
めくれあがった人工芝、錆びた手摺、ひび割れたコンクリート、埃の積もった椅子・・
震災の被害がひどかったこの球場周辺が、なにもかもが区画整理され「こんなん西宮ちゃうやん」みたいに"こぎれい"になっていく中、この球場の内部だけが、すべてが薄汚れてちゃんと取り残されている! わしにはすべてが、心地いいのだ。
大人になる前、いったい何試合ここで野球を見たろう。今と較べてはるかに濃密な、プロ野球の世界。スタンドで押し黙って試合を見ているおっさん達が、たまらなく大人に思えた。かっこよかった。自分がそれを実行するまで、世の中のまともなサラリーマンというものが、平日のナイターに一人で来たりはしないことを、そのときは知らなかった。
とにかくこの西宮球場で野球を見ていた頃、わしの世界は西宮界隈で完結していた。野球もあったし、学校もあったし、仕事だってたぶんこのへんでするんだろう、と思ってた。世の中は多少融通がきかなかったかもしれないが、確かなてごたえがあった。勉強せずにプロ野球を自由にずっと見れるのなら、大人になるのも楽しみだった。ずっとこの球場で阪急を見るんだろうな・・
でも、それから激しくわしも変わった。世の中はみっともなく、変わった。ものすごい勢いで、上っ調子に変わった。地味なものには、なんの価値もなくなった。阪急の身売りのときには、わしは自分のことに忙しすぎて、あんまり気にしているヒマはなかった。ことの重大さに、気が付かなかった。いつだって、本当に大切な物は、失うときに気づかないのだ。アホである。
人生も一回りしてしまったわしには、今、西宮球場のすべてがいとおしい。「なにをいまさら」と言われても、泣くほど いとおしい。だめか? 阪急電車から見えたそのカクテル光線の記憶が、いとおしい。 有効活用? けっ。これを潰してこぎれいな商業施設にするらしいけど、建築中にもっと破滅的に景気が悪くなって、頓挫すればいいんだよ。勇者の復讐だよ。
そして、その阪急ブレーブスの匂いのする選手が、とうとうブルーウェーブから消え去ってしまう日が来たのだ。
わしと同年代。背番号38で、ここからすべてを始めた男。
藤井康雄。とうとう、わしとブレーブスとブルーウェーブを、かろうじて関連付けてくれた選手が、現役を去る。何度も何度も振り返りながら西宮球場を去るわしには、もうすでにその寂しさが、感じられのだ。なんか、さみしいな。秋だからかな?わし、弱ってる?
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