イチローは遠くにありて思ふもの
(2001 年 4 月 )

 すでにマリナーズのユニフォームが何の違和感もない彼。 テレビ画面からも、「涙ぐんでがんばってる日本人」臭がしないのが、さすがである。当然のようにメジャーに溶け込んでいるのが憎い。シーズンに入っても気負いなくプレイするだろう。いつもそうしてきたように。テレビの中のメジャーな彼は、いつも身近に感じたあの彼と同じ人間という気が、しない。さびしい。                                                   


 そう。もうGS神戸に行っても、彼はいないのだ。
 
 完全に、圧倒的に、ゴミ箱のふたを全部開けても彼はいないのである。シーズンが迫った今になって、妙にうろたえてしまう自分がここにいる。マリナーズ行きが発表されたときは、「それゃそうやろ。よかったやん。」と思えたのに。。もう去年彼が当たり前のようにグランドにいたことすら、夢だったような気がする。

 スタジアムに向かうとき。

 「どんな試合であろうが動いている彼が見れる」というだけでどんなにわくわくしたことか。。珍しく彼の見せ場がない試合だって、打球を追う姿や低い弾道の返球、投球動作に入ったときの構えを見ているだけでシアワセな気分になれたものだ。極端な話、守備につくために走っていくだけでも絵になるのが彼だった。

 8番バッターのくせに、ものすごく鋭い打球を連発していたのに驚いたのが最初。そのときは「鈴木かぁ」ぐらいの印象だったが。その後、あれよあれよという間に地味なチームを全国区に押し上げた彼。ブルーウェーブ夢階段。
当時のスタンドには「えっなんで?」というような可愛い子が激増し、落ち着かない気分になったものだ(もっとも彼女たちは彼の打席以外のことにはまったく興味がなく、雑誌を読んだりお菓子を食べたりだったが)。

 しかし。なんと言っても、あの96年である。

 震災のおかげで並ぶことには慣れちゃった我々を、さらに連日チケット売り場の前に長時間並べさせ、やっと地元での胴上げを見せてくれたあの試合を、私は一生忘れることはできないだろう。レフト線を転がる彼のサヨナラ打の軌跡、スタジアムの絶叫、脳裏をよぎった被災生活のあれこれ、ぴょんぴょん跳ねてた彼の姿。。。

 いつだってどこだって思い出して胸がきゅっと鳴る。

 あのときの空の色さえも脳裏に蘇るのだ。

 人は成長する。そして未来永劫確かなことなんてない。当たり前のことだ。
 でも、この期に及んでも、彼がいないっていうことが、うまくまだ頭で理解できない。

 何事もなかったように新しいシーズンは始まろうとしている。彼がいた場所には、何年か前の彼のような、生き残りをかけた若い選手が立っているのだろう。そしてプレーボールがかかり、真新しいボールでまた野球が始まる。
もちろん、これからもその場所にいたいと思う。

 スタジアムは、うっとりするような芝生の匂いをさせて私を待っているに違いないから。

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