レッドホットイチロー


2001 年 12 月

「今年のニュース」の類で、何度もイチローが「すごいすごい」と繰り返される。そういうのって、呪文のようになればなるほど人々の心からは消えていく。物事というのは、収まるべきところに収まった場合は、案外あっけない。2001年最後のコラムは、まだオールスター前のライバルズMLB特集に寄稿したイチローの話。私がこのコラムでイチローに願ったことは、見事に実現した。シアトル市民と我々BWファンは、今や同じ気持ちを共有している。それは消えることがないのだ。それでは、今年GS神戸通信を読んでくださった皆さん“だけ”に、「よいお年を」。


RED HOT ICHIRO 95 (2001.June)

まぶしそうな顔で打席に入り、コーン、と三遊間にヒット。
かなぐり捨てるように「肘パッド」をはずし、すかさず盗塁。
クールなイチロー。

右中間を切り裂くようなライナーを放ち、迷うことなくサードに滑り込む。
かなぐり捨てるように「肘パッド」をはずし、コーチと英語で一言二言。
クールなイチロー。

ライン際の飛球を滑り込んで捕球し、ボールをポーンとスタンドに投げ入れる。
かなぐり捨てるように「肘パッド」を。。してないしてない。
とにかく、クールなんである、イチロー。

クール過ぎる?

報道では、実力があって無口なイチローと、愛すべきおしゃべり宇宙人な新庄、という描き分けが意図的になされているので、余計にそう感じるのかもしれない。

ブルーウェーブにおける晩年は、4番を打ってチームを背負う、といったチームの看板としての役割は意図的に避けていたイチロー。
「あのセカンドゴロで、打撃の真髄を得た!」みたいな、アイルトン・セナばりの神話が一人歩きしたとき、さすがに彼には次のステージが必要だと思った。

そして現在。
なななんと、メジャーで首位打者を狙うポジションに、彼はいる。
マリナーズのトップバッターという役割に徹する、という言わば職人的なプレイスタイルが、彼にはしっくり来たのだろう。
メジャーリーグでは新人だし、人種はマイノリティだ。しかし実力は、ある。
チームを背負うのではなく、最高の舞台で自分の役割にだけ集中できる、という今の状況が、プレイのクールさに磨きをかけているように思える。

私は別に、今のイチローがクール過ぎてどうこう、とか言いたいわけではない。
はっきり言って、メジャーでのクールなイチローは、それこそクールだ。かっこい
い。
初めて彼のプレイを目の当たりにするアメリカのファンがうらやましいとも、思う。

ただ、「でも、95年の熱いイチローが好きだったなぁ」と思い出話のひとつもしてみたいだけなのだ。
顔が”つるん”としてたときの、振り子のイチロー。
今のイチローとはずいぶん違う印象のイチローが、脳裏に蘇る。。

バック・トゥ・1995.1.17。

どっかーんと大地が怒り、ミキサーでぐしゃぐしゃに回されたような自宅で「んあー」と唸っている私の上に”はらり”と落ちてきた、51の応援フラッグ。
「グリーン・スタジアムは無事か?」
バカみたいにそんなことを考えた、あのとき。

95年のイチローは、ブルーウェーブを、神戸を、自分が背負っているという気概がほとばしっていた。
はっきり彼の言葉で、プレイで、それが伝わってきたのだ。

じーん。

コントロール不能な若さと身体能力のなせる技が、優勝という目標に向かって炸裂していた日々。
誰も見たことのないような才能を、剥き出しにほとばしらせる若者が、そこにはいた。

びっくりするくらい多いバックホームでの捕殺、キャリア最高の25本のホームラン。
とにかく「役割がどうこう」とか「打撃理論がどうこう」じゃない、明日はないんだ的な超人的な活躍が、毎日のように繰り広げられた、あのシーズン。
グリーン・スタジアムに入るのにも並び、生活物資をもらうのにも並んでいた私たちに、彼のプレイがどれだけ大きな意味があったことか。
イチローが神戸のために、そのすべてを爆発させてくれたあのシーズン!
ぜーんぜん、あのときの彼はクールじゃなかった。

レッド・ホット・イチロー95 だったんである。

ボロボロの家を出て、分断された交通機関を駆使してたどりついたグリーン・スタジアム。
その美しいフィールドを疾走するイチロー。
あぁ。。
今では”なんちゃらツアー”に数十万払わないと生イチローが見れないとは。

そして。
グリーン・スタジアム神戸 2001。

ライトフィールドには、葛城や相川といった若い選手が、51じゃない番号を背にして立っている。
もうずいぶんそれには馴れたし、彼らを応援する気持ちは同じだ。
チームはがんばっているし。
しかし、スタンドのあちこちに刻み込まれた「イチロー」という落書きや、誰かのメガホンにまだ貼ってある51ステッカーなどは、否応なく目に飛び込んできてしまうわけで。
すると、安っぽい映画の「回想シーン」みたいに、ぼんやりした輪郭で、守備体制に
入ったイチローの幻覚を見てしまうのだ。。
「はっ」と我に帰ったら、葛城がフライを、”ぽろり”。(フォロー:彼は日々成
長しています!)

マリナーズはきっとプレーオフに出るだろう。
そのときイチローは、今よりさらに進化した次元でプレイしているに違いない。
優勝を目の前にしたイチローは、魂がほとばしるイチローでいてほしいな。
目に見える形で。
そして、シアトル市民の胸を、本当の意味で熱くさせてほしいのだ。
我々をそうさせてくれた、あの頃のように。

グリフィーJr.やアレックスの代わりに、イチローなら、なれる。なってほしい。

イチローのいないグリーンスタジアム神戸で、それを願っている。
ぐすん。

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