野球を続けるということ

2002 年 12 月

ゴジラ松井がヤンキースに入り、いよいよ皆さんの注目はMLB一辺倒になるわけでしょうの2003。「巨人戦視聴率」とやらも景気とともにいっそう落ち込み、またぞろ巨人でメシを食ってるマスコミ連中が"ぴーぴー"やかましいことでしょう。んが。んなことは野球の問題でもなんでもない。プロ野球がオーナーや選手にとっていい商売じゃなくなろうが、わしには関係ない。億単位で稼げなければ辞めるという選手なら、辞めればいい。わしら野球狂が一番怖いのは、大儲けできないからという理由で、この国から野球がそこいらの会社のように消えてしまうことなのだ。ろ?


 「日本人がどんどんメジャーに来ればいい」

 年末のインタビュー番組に出演したドジャースのエース、野茂の発言である。そうなると仲間が増えてうれしいから?とんでもない。その理由を野茂は「年棒の高い日本人選手がどんどんこちらに来れば、それだけ日本の球団に余裕ができて、プロを目指す日本人選手がプロ野球に入りやすくなる」からだと言う。彼は現在の日本の「不況で社会人野球が衰退し、アマがプロに入れなければ野球をやめるしかない」という状況を、真剣に憂いているのだ。「それは日本野球の衰退につながる」と。

 そのメジャー移籍の経緯から「日本野球をバカにしている」とか、散々マスコミに叩かれた野茂。が、当事者の日本の野球関係者が金儲けと馬鹿げたオリンピックの心配しかしていないというのに、この日本を見捨てたはずの野茂が、日本のアマチュア選手の将来を真剣に危惧しているのだ。まだ見ぬ、無名の。野球を愛する者達を。

 「とりあえず自分にできること」として、昨年アメリカ・マイナーリーグのオーナーになり、友人の佐野もそこで飼育していることはご存じのとおり。そしてつい先日、本人じきじきに日本で入団テストを行い、野球を続ける情熱があるのにプロにも社会人にも学生野球にも所属できない有望選手を選抜。来年、自分のチームでプレイさせるというのだ。

 絶対に使わない言葉を敢えて使わせていただくが、「なぜ」との問いにさらっと「僕自身、社会人野球がなければ野球を辞めるしかありませんでしたから」と答えた野茂の言葉の意味は、とてつもなく "感動的" 。くぅぅ。

 あと2勝でメジャー100勝。押しも押されぬ一流メジャーリーガーの野茂が、彼のやり方で「野球」に責任を果たしているのだ。そこには、エリート意識もビジネス感覚も、なにもない。売名行為のボランティアでもない。純粋に野球への投資だというところに、深く感銘する。

 そしてわしは、野茂という野球人の原点を、彼のこれらの言動で確信する。
 野茂にとって野球とは、「続ける」ものなのだと。

 わしが「動力」とたとえた野茂のパフォーマンスが我々にいつも教えてくれることは、この一点だけなのだ。どんな状況であろうが、自分の野球を続ける。野球を愛するということは、野球を続けること。打たれても打たれても、胸を張って次の球を思いっ切り投げる。それが野球。たとえどんなステージであろうが。

 野茂が我々に示してくれる野球の愛し方はシンプルで力強い。そして、続けたいのに続けられないことこそが野球の悲劇なのだ、という彼の主張を、巨人のことばかり心配している日本の野球関係者に耳をかっぽじって聞いてほしいのだ。どうせ、「協約破り」の野茂の言葉に耳を貸す気などないだろうが。

 "夢"やら"憧れ"やら、マスコミが描く野球の虚像は相変わらず、甘ったるい。選手自身さえもそういう風潮に影響されすぎて、日本での恵まれた環境を捨ててアメリカのマイナーで苦労する・・という田口のようなマゾプレイまで「あり」の、昨今。

 逆輸入のマック鈴木や出戻りの木田(ひょっとして吉井)など、日米の選手の行き来の形態も多様性を増すばかりで、これはいい傾向である。選手にとってメジャーが最高峰であることはこれから先も変わりなかろうが、野球を続けるチョイスとして日本(ていうか、オリックスのような弱小球団)があるということが、大切なのだ。

 野茂を"開拓者"と称するとき、そこには「日本人プロ野球選手にメジャーへ道を示した」あるいは「ごり押しでメジャー行きの前例を作った」というニュアンスが感じられる。しかし彼が身をもって示しているのは、そんなアメリカだの日本だの、矮小な事ではないのだ。彼ほど野球を大きなスケールで捉え、なおかつそれを体現し続けている日本人野球選手はいない。野茂はその意味で、開拓者なのだ。

 野茂の所有するマイナーチームの名は、
 PIONEERS である。


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