
(具教卿とぴっくす)
FC会員を中心に北畠具教卿についてあれこれ論議するコーナーです。
第肆回 具教卿、ドラマで演じる俳優は誰?(02.06.12〜07.01) 大河ドラマではまず歯牙にもかけられず、ドラマ上殆ど無視され続けた不遇の歴史をもつ北畠具教卿ですが、もし彼を主人公とする大河ドラマが放映される場合(^^;)、具教卿をドラマで演じるのはいったい誰が当たり役といえませうかぁ?ドラマを成功させる秘訣の要素にはその演出や脚本のほか、やはりキャスティングが非常に重要といえます。みなさまのご意見をよろしくお願いします。なお、この候補者の結果は、後日投票システムに移行する予定です。
討議録(抄)/討議ログ(02.07.07) ベテランから若手まで計10名の下記の俳優がノミネートされました。
1.尾上菊五郎 2.北大路欣也 3.夏八木勲 4.藤木直人 5.渡哲也 6.中井貴一 7.渡部篤朗 8.坂口憲二 9.小泉孝太郎 10.上川隆也
どのお方も知性派であり、また本格派俳優と世間で呼ばれる(あるいはそのタマゴ!?)一流どころばかりです。これらの結果は人気投票システムに反映していますので、ぜひあなたが一押しする俳優さんに投票ください。これらの投票結果はまとまり次第、NHKに打診する予定はありません(^^;)。では投票はこちらから→人気投票。第参回 具教の野望(02.03.11〜04.06) 3月某日、コーエーより「信長の野望蒼天録」が発売されるもようですが、具教卿をはじめとする北畠武将の評価については、今まで通り非常に厳しいものとなることは、今までの経験からもまず必至でせう(^^;)。
よって今回は、我々は我々なりに具教卿をはじめとする北畠武将についての歴史的役割を改めて検証し、そのほんまもんの実力を多角的に再評価することで、戦国期における北畠一門の存在意義を顕彰したいと思います。
討議録(抄)/討議ログ(02.04.18) @これまで「信長の野望」でいう統率力には、兵を統率する意味での戦力(統率力とする)と個人戦での戦力(武力とする)が混同されていたため、今後は両者を分けて考える必要がある。
A具教卿の統率力としては、〔T〕実戦をあまり経験していないことや、〔2〕また数少ない実戦相手についても、大河内合戦をのぞき伊勢国人など全国レベルで見れば弱小大名が殆どであることから、70±3程度の評価が妥当と思われる。
B武力としては、塚原ト伝の直弟子で、しかも鹿島新當流奥義「一つの太刀」の継承者と言うことで90位が妥当。
C知謀については、長野家への養子戦略や隠居後の暗躍など、評価できる点も数少なく、20代なんて言うことは論外で、これまた70位が妥当と思われる。
★政治力や知謀についてなど、まだまだ検討余地を十二分に残す今回のとぴっくすではありましたが、毎回新作が発売されるたびに論議を醸す具教卿の統率についてある程度の共通認識ができた今回の「とぴっくす」はそれなりに意味があったのかなと思われます。さて、まもなく発売されるという「蒼天録」では、一体如何なる評価がなされているか?今から楽しみですね。第弐回 剣豪国司の最期(01.07.06〜07.20) 「勢州軍記」らの史料によれば、天正4年11月25日、三瀬で家臣の騙し討ちにあい、非業の最期を遂げたとされる具教卿。しかし、他の史料や俗説では、具教卿の最期について異色の説を唱えるものも少なくありません。
塚原ト伝より秘技を授かった剣豪国司の最期について、皆さんならではのご意見を賜ればとおもいます。討議録(抄)/討議ログ(01.08.08) @三瀬の変がおこる矢先、具教卿は信雄の三瀬侵攻を事前に察知。具教卿はこれに対抗するため、手勢を三瀬に召集し臨戦態勢を整えていた。
A集結した手勢の中には、長野左京、滝川三郎兵衛といった信雄贔屓の旧臣もいたが、隠居の身にあり少数の軍勢しか準備できない具教勢としては、一か八かこれら家臣をも信じ、信雄に備えるよりほか無い状態にあった。
Bしかし案の定!?、出陣準備中、具教卿は長野ら信雄方家臣の寝返りを受けることとなり、徹底した根回しと情報封鎖の中、暗殺された。この時の長野らに対する卿の無念の気持ちが、勢州軍記などに記される唯一の台詞、「我常に己此の如きの逆心を為さん者と思いしなり」によくあらわれているのではないか。第壱回 大河内合戦の真相(01.04.08〜04.19) 永禄12年、北畠具教父子と織田信長が大河内城で激突した大河内合戦については、北畠側の立場から記された「勢州軍記」などの史料と織田側の立場から記された「信長公記」で、合戦の期間や和議など、その真相についておおきな隔たりがあるようです。また一方で、これら双方の当事的立場からではなく、部外から記された「朝倉記」においては、戦は北畠方が有利に進め、その和議にあたっては朝廷と足利義昭の仲裁があったとも記されています。
これら三者三様の記述をみなさまは如何お考えになられるでせうか?大河内合戦の真相について論議していただければと思います。討議録(抄)/討議ログ(01.05.06) @合戦について、北畠氏は戦略的には織田軍に敗北を喫するが、戦術的には勝利した。
A長期にわたる大河内籠城戦の末に取り結ばれた北畠氏と織田氏の和睦(大河内講和)の裏には朝廷或いは足利義昭が介入した可能性が大である。
B北畠氏の大河内籠城は、当初より第三者(朝廷・足利義昭)の和睦介入を見据えての作戦であり、大河内講和による合戦の終結も有る程度、北畠氏にとっては満足できる内容であったと推測される。
C逆に当初より和睦など念頭に無かった織田氏にとって大河内講和は、第三者介入による無念の終結であり、北畠氏を滅ぼすことの出来なかった信長はその後も具教卿の影に怯えることとなった。