Ultimate


アルティメット・・・それは最終的な/最後のという意味、最終的だからこそ『究極』という使われ方もする。

『将棋を終わらせる』・『将棋を辞める』・『最終的な将棋を見てみたい』この思いが本当の『アルテマ将棋』です。

私が持っている資質は『追い求める』だそうです。好きなことには徹底的にやり込むのが私の性格。

生きている間に『将棋の最後』を見たいがきっかけで作ったのが『アルテマ将棋』でした。そして、

見れないようなら『自分が将棋を辞めよう』と思い、めんどくさいようですが一手づつ全ての手を指してでも

『将棋を終わらせる』の三つの要素から成り立っている。今となっては『継続』が原動力になっているので、

将棋を辞めようとも何とも思わず、ひたすら強くなろうと頑張っていますのでご安心を。。。

そして、それを始める計画の初心という意味で『ゼロス』という名を自分に与えました。

一度どこかで教えておかないと思ったので、ここで、あえて真の意味を明かさせていただきました。



このコーナーの内容ですが


実際に最終的な考えを述べていくコーナーなので将棋も話しますがほとんどは、私の友人の『博士』

という人物と自分の意見を討論した結果を載せていきたいと思っています。その博士という人は

普通なところも有りますが、ある意味で宗教的な考えも言うので、そういうのが嫌な方は機嫌が損なう前に

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客観的に言うと『ただの屁理屈』。私から言うと『おかしいけど魅力がある考え』

どちらにしても、普通じゃないけれども何故か魅力の感じる人物なんです。では、はじまり はじまり〜









ULTIMATE:NO.0

『結局、運命なんてモノは無い』


高校に入って早一ヶ月が経った。中学のときの友達は私のクラスにはいなかったし、そこは『落ちこぼれクラス』と

言われるものだった。これを知ったのは修学旅行でだった。これも、中学で病気にかかり学校を度々休んでいたから

勉強が遅れるし、それ以前に日数規定で行きたい高校に入れなかったからだ。「何でこの学校に来たん?」と聞かれたから

私は前文を答えた。「はっはーまじでぇー。俺なんかアホやから来たのにぃ。」私は言った。「頭良くても何か、僕はこの学校に

このクラスに来ていた気がする。多分運命だったのかもな。」と言った。すると、いきなり会話に割り込んできた人、

それが『博士』だった。「それは運命じゃない。運命という言葉はあるけど、運命は無い。」その彼が言った言葉が

気になって答えた。「何故そう思うん?」普通はこう聞くところでしょう。彼は言った「努力すれば他の高校に入れたと思わない?

この学校じゃなくてもどこでも良いから。それに就職でもプータローにもなれたはずだと思わない?ただAの高校に入れなかったから

Bの高校選んだだけでしょ?それだけで運命と言える?」私は言葉が詰まった。ほんとの事だけに言い返せない。

私は府に落ちない点もあったけど説得力がある彼の言葉に納得してしまった。そして彼は「これだけだと、何か俺

ただの暗い奴やん。だから、こう言わせてもらうわ。
運命が無いからこそ運命は自分で作るとな」そういって

彼は自分の席に戻った。ひとえに悪い人じゃないんだけど、言い草がズバッと毒舌交じりだから嫌に感じるんだよね。

普段はおとなしい彼。しかし、純粋過ぎるせいか間違ったと思うことは妙に絡んで口を挟む人である。

 何でも知っていそうなので『博士』というあだ名が付いている彼だった。








ULTIMATE:NO.1

見た目の世の中、真の姿は奥に潜むモノなり』


まず、本題に入る前に言いますが、博士は単なるヘリクツではないのです。ただ全体的にヘリクツという表現が主体になっている

だけであります。実際にこういう一面?もあるんだ・・というのが今回の話で博士の人間らしさといいますか、温かみが感じられる。

昼食のランチタイムの時にも博士のヘリクツ道徳授業があった。「げー弁当のデザートにバナナ入ってるー。」と友人が言う。

「おもろいけど別に普通ちゃうん?」と私。「いやバナナは食べれるんやけどな、熟した奴が美味いのと思うけど俺嫌いなんやわ黒い奴。

なんか、見た目エグイよな。腐った食べ物見たいやしー。」確かに私も実のところ黒く熟れたバナナは嫌いだ。そんなこんなで騒いでいた。

「博士にやってみればどうやろか?あいつ何でも食いそうやもんな^^」と友人が言った。さっそく博士にバナナを与えた訳だが、やはり

こうタダで収まる人ではなかった。「お前ら落ちた奴食べさせようとしているだろ・・・」誰でも疑うところだ。「別に何ともないで、ただ黒いバナナが

嫌いなだけや。何にも変なことしてないで食べてくれ。」事情を説明する友人。そこに博士のセンサーなる何かが働いたのか理屈がきた。

「キミたちは何も解っていないな。皮が黒いだけで中身を判断したのか?皮が黒いと中も黒いものかな?」そういってバナナの皮をむいた。

私たちは焦った。白かったのだ。皮が黒かったバナナの皮をむいたら、中は白かったのだ。「どうだ?白かっただろ。これを人間として考えて

みなさい。外見つまり外面だけを見てどういう人間かを下すかは早いということだ。バナナの皮をむくようにその人間と十分に接してみてから

初めて真の姿が解るというものだ。まぁ中身黒かったら熟した証とでも言って、結局ヘリクツ言ってただろうけどな^^ 人間社会ではこういうことは

無いかも知れないけど、一応理屈として覚えとくと良いかもな。」思いも寄らぬところで道徳を学べるとは・・・バナナで学習するとは思わなかった。

アルティメットという言葉の意味とは離れてはいるものの、これからはこういう内容が主体になるかも知れない。無論、博士が何喋るか解らないからです。








ULTIMATE:NO.2

『負けず嫌いは真剣』


今年2004年。6月の20日に私は将棋の大会で準優勝した。その決勝戦の将棋で私は時間切れ負けをした。勝ち将棋なのに負けた。

私は立派な負けず嫌いで何事の勝負にも負けると悔しさがある。その悔しさが拭い去れるときと出来ないときがある。勝ち将棋を逃した

ときは本当に悔しかった。大会結果を次の日学校で話した。「でさーもうちょっとで勝ちだったのになー本当に惜しかったわー」暗いのは

嫌なので明るく話したつもだだったが、「別に過ぎたことはショウガナイやん。男なら負け認めろよ」友達が言った。確かにその通りだが、

これだけは認められなかった。「もう少し励ましてくれてもいいじゃんか!僕もわかってるけど負けず嫌いなんやもん」と私が言う。「うーん。」

沈黙する友達。「オレは別にいいと思うけどな・・・」博士の登場。「負けず嫌いってな、まぁ度が過ぎるとちょっとうざいけど、それだけ悔しいって

言うことはそれだけそのことに対して情熱があるということだ。言うなれば真剣。テストでも何でもあいつには負けないぞという意欲が見えるし、

やる気に繋がるからな。むしろオレはそういう性格になりたいものだね。」このままでは、ねちっこく思われそうな私をフォローしてくれたのか、

実の意見なのかは不明でしたが、これで私は負けず嫌いを誇りに思っているのである。博士も温もりがあると感じられた。







ULTIMATE:NO.3

『教師が占いに従うな!人間ならば千変万化

前から違和感を覚えていた。あの先生は別に人柄は明るく良いと思うし、普通に見過ごすこともできるだろう。だけど、あの一言が

いつも私を苛立たせるのであった。女性教師で生活の授業を担当している先生だ。縫い物の授業で立ち歩き自由なので博士たちと

話しながら縫っているといつものように聞こえてくる。「あなたB型でしょう。わがままが目立つわね。私は見てて何型か大体わかるの」

話しながら布を縫っていても、当たり前で他の話も耳に入ってくる。「先生は何型?」と誰かが言う。「私はA型よ。A型はB型とは相性が

良くないの」ずけずけと物を言うのも気に食わないのだけど、それよりも私は血液型で人を全て判断しているところに嫌気が差している。

そこで博士に尋ねたら「俺もそう思っていたところだ。確かに血液型は大体の基本的な性格などを出しているが、それでも、中にはその

逆境を乗り越えて上手く付き合っているものも居る。ましてや、血液型だけで決めているのは一番その型にはまっているつまらない

型(タイプ)と言えよう。やはり、この人がAという性格ならBで応じればどうか、似たような性格だけどこの人はCで応じるなど変化してこそ

人間だ。計算高さもあり疲れるし多重人格と言われそうだが、自分がA型だからB型とは端から冷たい態度を取るなどよりはマシだろう」

多重人格とかは別として、兎に角そちらのほうが良さそうだと私は思った。勉強の方はともかくモノの考え方は先生以上に頼れる博士だ。

この話もNO.1みたく簡単に判断するなということがキーワードになっています。血液型は確かに信憑性があります、、、がそう信じて損を

することも当然あります。できる限り関わってみてから判断するほうが賢いでしょう。







ULTIMATE:NO.4

『試さずには居られない。損な性格でも得るもの多し』

博士は頭が良いと思ってた。聞けば殆どの答えを返してくれる。しかし、いつも周りの人間ともめている事が多い。私ならもっと上手く

話すが、博士の場合はあえてゴタゴタを起こすような会話に持っていくし、それは、怒るだろうと予想できることにわざと相手をけしか

ける。そこで、『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥じ』という私の大好きなことわざ通りに、堂々と博士に問う。「博士、僕思うんやけど

な、博士ってわざと悪いこと言ってない?」その問いに対し博士は「へーよく解ったな。」みんなは唖然とした。「その理由は?」と私。す

ると・・・「良い方向なんて読めるだろ。俺は純粋正直に育ってきた。だから良い方向は読める。しかし、悪い方向は読めにくい。まぁ、

俺の一言で悪い方向に転がる人も居れば、それを面白がる人も居るように悪い方向は読めにくい。しかし、良い方向は読めやすい。

例えて言うと、誕生日に『おめでとう』と言われ怒る人は居ない。『おめでとう』と言ったら頭の中で計算しても喜ぶ姿勢が考えれるが、

逆に『年取ったね。老けたね。』と悪く言ったらどう考えるか、単に怒る人。「悪かったな」と不機嫌ながらも許す人。気にせず許す人。

など様々な応手が有る。」喋りだしたら止まらなさそうなので、割り込んで聞いた「一理あるけど、それってすっごく損じゃないかな?」

みんながそう思うところだ。「知らないことは損してでも知っていたほうが良い。行き過ぎたことしなければ支障は無いだろうよ。むしろ

将来の糧になるだろう。付け足しで言うと欲に素直だから試さずには居られないんだ」よく考えると良いような悪いような解りませんが、

損をしておけば、次にその損に対し免疫が出来ていて上手く対処できるということを私なりに解釈した。真相は未だに不明です。





ULTIMATE:NO.5

『人(博士)が生まれた理由は・・・!』

そろそろ高校3年を迎え9月半ばに出てきた話。進学の就職の話題が盛んになってくるシーズンになった。私の高校はどちらかというと

就職が圧倒的に多い分野だ。友達の間でも就職の話になり私が「K君は何処いくん。就職?」と言った。すると、やはり就職と答えた。

次に「博士はどうすんの。やっぱ就職か?」友達が言った。「俺か?俺は親の後継いで実家で働くよ」と博士は言っていた。「へぇ、偉い

な。親の後を継ぐのか」と私。「俺も親が心配なんでな。散々喧嘩とかで言い争ったけどありがたさを感じているからな。」また博士節なる

長そうな、ありがたそうな話になりそうだった。その予感は的中した。「俺ずっと思ってたんだ、人が生まれる理由についてな。」ちょっと興

味のある話なので積極的にうなずいて聞いていた。「俺の理論で言えばな『人は何かをするために生まれてきた。その何かを探す旅』で

その探した何かを成し遂げれば『死ねる』のだと。あるいは時が来るまで『生きてていい』と考えている。しかしな、その探し物は決して一つ

じゃない気がするんだ。人によって量が違うのかもしれないがな。」面白い理論に熱心に聞く私とその友達。「俺はその一つを多分見つけ

ている。それは『親を困らせるために生まれた』んだと思う」普通に聞いてもどう聞いても批判を受けそうな発言にびっくり。まさか、博士が

そんな事を言うとは思っていなかったからだ。もっとこう温かみがあるものかと思ってました。「俺の両親はいつも喧嘩をしていてな、それ

を俺がいつもなだめる訳だが、ブチ切れる時もあるし俺が喧嘩の火種になる時もある。しかし、ある日俺は親に言った『俺がこんなことを

言うのは子供の教育に問題があるからだろ!?子供の心は家庭の環境に影響されるんだ。子供達(兄弟)がいる部屋で毎日毎日飽きも

せず、、、いいか?俺の親である以上子供の前で喧嘩するな!』するとだな俺の親は『ホントにあんたも理屈っぽい人間になったな、親を

いつも屁理屈で困らせる・・・』確かに俺は理屈っぽい。しかし、俺が言ってるのは理屈以前に当たり前の事のような気がする。そこで思った

んだ。今の大人はそれほどに苦労はしていない。苦労していないから俺みたいなのが生まれる。そして生んだ自分達を困らせる。それに

よって自分達が苦労していないからこういう子供を産んでしまったんだなと反省させる。神が与えた人間への試練なのではないかと俺は

思った。その話を親達にしてみた。一応、融通は利くからきちんと話を聞いて反省してくれたよ」この話しにはめちゃくちゃ感動を覚えた。

宗教的な考えなのか分からないから間違いとも言えないし正解とも言えないけど、なんか私の中ではすごく心に残った話しでした。






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