2012年秋課外授業

〜晩秋の吉備路・井原市界隈を訪ねて〜

今回は、仏像美術研究家武田和昭先生の推薦で、岡山県井原市界隈の
千手院(井原町)大通寺(矢掛町)の二か寺を訪ねました。
お目当ては、千手院の「薬師如来」と「千手観音菩薩」、それに大通寺の
「不空羂索観音菩薩」と岡山県指定名勝「大通寺庭園」です。

「わしがやらねばたれがやる」「六十、七十ははなたれ
小僧」など、数々の名文句を残し107歳まで生きた近代彫刻の巨匠・平櫛田中(1872〜1979)は井原市生まれ。
岡山へ足を延ばしたこともあり、偉大な木彫作家の作品に
触れていこうと田中美術館に立ち寄りました。

生憎、美術館内の写真撮影は禁止なので、ここでの作品紹介はできませんので田中美術館の公式ホ−ムペ−ジ
でご覧下さい。

http://www.city.ibara.okayama.jp/denchu_museum/

お目当ての仏像にお会いする前に、もう一箇所寄り道をしました。
往時の賑わいはありませんでしたが、今もお参りをするお年寄りが絶えない「嫁いらず観音」です。


千手院

井原市の中心部から北東へ約5km、
標高250メ-トルの山上にある
真言宗大覚寺派の寺。

「薬師如来坐像」

像高2メ-トル64センチの堂々とした大像。
胎内には修理銘があり、天明5年(1785)
大仏工竹内右門、仏師方塗師山口吉兵衛と
墨書されていた。
頭部や顔面の彩色はまだ生々しい。
「千手観音立像」

像高2メ-トル48センチ。
沢山の手のほとんどは、後補のものと思われるが、尊容は古様で見ごたえがある。

もともとこの2体は頂見山頂見寺の本尊で、
昭和52年まで千手院より更に山上の御堂に
祀られていた。
天平9年(737)に行基によって開基されたといわれ、かつては山内に72坊を数えたという。
その後、二度の戦渦に遭い4坊となり、1坊を
残し里に移ってしまった。
薬師と千手観音を祀っていた御堂も老朽化が
目立ち、52年9月に千手院に移された。
院の本堂に祀られている二対の像が余りに
立派なためか、些か窮屈そうにお見受けする。

大通寺

岡山県小田郡矢掛町の山里に抱かれた
禅宗(曹洞宗)の寺。
江戸時代末期に作庭された池船泉観賞式庭園
は、岡山県指定名勝となっている。

「不空羂索観音菩薩」

頭髪を垂髻に結い、額には一眼を刻んで三眼
とし、合掌手と左右各三手づつの計八臂の
不空羂索観音菩薩像

不空羂索観音菩薩は、観音の大慈悲の網で、
煩悩生死の世界で苦悩する全ての人々を
漏らさずすくいとるとされる変化観音の一つで、
わが国では奈良時代から信仰された。
穏やかな相貌、胸や腹部に適度なふくらみを持ち、
ウエストをしぼった上半身と膝前に刻まれた
流麗な衣文線など、正当な藤原様式の特徴である
作風は、銘文に記される康和元年(1099)の
年記とも矛盾しない。

「大通寺庭園」

背後に高峰山を控えて、上部から下部の書院
に向かって滝が流れを落としている。
中央開山堂のほぼ真北あたりの築山の上部に
剛健な釈迦三尊石、須弥山石組みを構成し、
力強い景観となっている。

江戸時代末期、中西源兵衛作。


バスの車窓から吉備路の秋を満喫しながら、
まじかに仏様のお顔を拝することができ、
感激と満足の旅でした。