.    素朴な疑問


製作中の連絡私書箱
  
  

歌ってなんなの

 どんな歌が好き?  こう訊かれて、あなたならどうこたえますか?  昨年亡くなったレイ・チャールズの歌はよかったな。  私は、Hikki。なんといったって、宇多田ヒカルさんの歌は最高よ。         . Hikki の歌ならぜぇーんぶ、スキ!  あたしたちは、瀬川瑛子さんのファンでーす。 「長崎の夜は紫」は 何度聴いてもジーンときます。  ぼくは、シャンソン。シャルル・アズナブールとか、エディット・ピ アフとか。  日本のシャンソン歌手なら、藤田三保子さん。  ほら、「Gメン75」の女刑事、響圭子役の。  私、カラオケではユーミンの松任谷由実さんとか中島みゆきさん系の歌を歌います。  五木ひろしさんや北島三郎さんの歌、すきです。  日本人なら演歌です。  シャンソンだってフランスの演歌みたいなもんさ。  あたしは、、唱歌や童謡が歌の原点だと思うね。 ※リンク部分は許可済  いろんな声が聞こえます。  あのー、詩歌って、詩とか短歌のことですか?  ああいうのは、みんな詩でしょ。どうして歌なの?  すこし前までは、短歌や俳句は「古くさい」というイメージからか、 若年層の愛好者は少なかった。  しかし、最近はちょっとかわってきています。  ね、みて。わたし、短歌をつくってるの  大学の短歌サークルに入っているそうです。  さて「歌」とは何か。  あらたまってこう訊く人もいないでしょうが・・・・  簡単にいえば、歌は「声に曲節をつけたもの」。  音楽的要素のあるもの、ということになります。  詩歌人のなかにはこんな人もいますが――  あたしゃ、音楽はからっきしダメでねえ、カラオケ誘われても気が 進まないんですよ  そうはいってもたとえば、短歌では五七五七七と、五と七の音数の 異なる句を並べたリズムがあります。 メロディーとリズムは音楽の主要素です。パーカッションだけでも 音楽です。  まあしかし、歌というからには声の高低、長短などの変化が欲しい ですね。  民謡や古代に遡って和歌までも含めた広い意味として、「ウタ」と いう言葉が存在しているのです。  んんんん? 日本古来の和歌まで?  ウタは「」と書きます。  で、それがどうしたの?  いうまでもなく「歌」は漢字でございまして――  日本最古の歴史書「古事記」をみると、「歌」の字のほかに「宇多」 と書かれています。  そう、宇多田ヒカルさんと同じ字です。 「宇多」は、「uta」の発音を示すもので「ウタ」や「うた」と同じ。 漢字を使った仮名です。 「ウタ」に似たものが外国にもあった。その国には文字があって「歌」 と書いて「カ」と読む。 倭(日本)ではこの「歌」の文字を「ウタ」と読むことにしよう。  誰が提案したかは、今となってはわかりません。  今の中国の地で大昔に・・・たぶん「歌」の字は、2500年以上も前に 作られたものだと思います。   ×2+   可 =(口 + ┐):のどで声を屈折させて出すこと   欠 = からだをかがめる   歌 = のどで声を曲折させ、          からだをかがめて節をつけること  倭のウタ(→和歌)も、もともとはメロディーがあったんですよ。  漢字を分解し、もともとの意味を知るっていうのもたまにはいい でしょ。「詩」についてはこちらを見てください。  そういうのって、歴史の教科書に書いてあったっけ。 「中国4000年の歴史」などといいます。ウーロン茶の宣伝にも 使われていましたね。  おっとー  伝説では、今の中国の地の最古の都は、夏王朝とされていました。 「なつおうちょう」ではなく「かおうちょう」です。 夏王朝がホントにあったとしたら、おおざっぱに中国は4000年の 歴史、ということになります。  さて、この夏王朝。遺跡が見つかったのは、じつはつい最近のこと なんです。  2004年10月8日の新華社電によるニュースは、考古学者だけでなく 世界中の人を驚かせました。 「中国には医食同源はなかった」は、大雑把に中国の古代をつかむの にはいいかも。 .................................  さて、くりかえしになりますが、漢字が伝来する前、つまり日本に文字 のない時代からウタというものがありました。  口で「ウタ」と言っても、文字というものがないから、書くことができ ない。  その日本古来のウタに中国伝来の「歌」の字をあてたんですね。  日本最古の歴史書といわれる「古事記」には、「歌」という字が たくさんでてきます。 「歌曰」。これは漢文の書き方で、読むときには「うたひていはく」。  ところがところが。あとに続くウタのなかには「歌」の字は使わ ない。「宇多」(ウタ)。宇多田ヒカルさんと同じ文字です。  誰の歌だったか忘れたけど「古事記」中巻のなかの酒について詠っ た歌に、こんな一句があります。 「宇多比都都うたひつつ」。  これは漢字を使った仮名で書いたものです。  文字がなかったときから 「ウタウ」という言葉があった。その語源と 考えられている語は、  「ウタタ / ウタテ」:恋をする  「ウタガウ」:ウタ交(カ)フ ウタ=自分の意志 交フ=人に伝える  「ウタウ」:自分の気持ちを人に伝える → 発話活動

メロディーが消えた

 大昔の日本の歌といえば、「萬葉集」という歌集があります。 日本最古の歌集ってことになってますが・・・  詳しいことはのちほど。  この万葉集に収載されている歌の数々は、今の短歌と同じ、ほとんど メロディーがありません。  いや、初期のころの万葉歌にはそれぞれメロディーがあったのかも 知れませんが、いつの間にか消えてしまいました。  正確にいうと、  和歌からメロディーが消えた、というよりも「音数律」の 枠のなかで、同じようなメロディーになってしまったために、メロ ディの要素が薄れていったのかも知れません。  えっ、音数律?  音数律というのは、簡単にいうと言葉のおんによるリズム。  たとえば短歌では、五七五七七。  次のようなものも、リズムとして頭の中に入っ ていますね。    だるまさんが(六)ころんだ(四)。  さいた(三)さいた(三)さくらがさいた(七)。  さて、「メロディーが消えた」でもうひとつ言えることがあります。  今の中国の地における最古の文学書は、今日では「詩経しきょう」とよばれる ものですが、これはもともと「詩」とよばれたもので、あちこちから歌 を集めてまとめたものでした。歌を文字で記録した最古のものです。  心の底にあるあるものを声にした「歌」から、文字に思いを託して作る 「詩」は、この「詩経」に始まるものと思われます。時の流れを下るに 従って、歌は歌としてありながら、  文字を介した作品としての「詩」を朗詠するというスタイルが台頭して いったものと思われます。  音楽から文学へ変化したものが現れてきた、いっていいでしょう。  文字で詩を作るようになったとしても、唐の時代(日本の奈良時代) の白居易(白楽天)の「長恨歌」のようなものもあります。タイトルの 「歌」が示すように、朗詠とは発声がちがっていた。 「歌」の発声であったと思われます。  耳をすませば、遠くから和歌のメロディーが聞こえてきます。  そう、百人一首のような。  ♪ タララララ〜 タララララララ タララララ〜     タララララララ タララララララ〜    斜めに聴いていると、この和歌のメロディーに重なる 旋律が日常のなかにあるのに気づくでしょう。     金魚ォー   え 金魚!   きんぎょォー エ きんぎょ!   ♪♪♪〜ー  ♪ ♪ ♪   やァーきいも〜 いーしやーきいも やーきいも〜   今は製造していない、豆腐屋さんのラッパの2音階。   パープー  あの音は、「とーふー」。 .............................    ちょっと休憩  若者の町、東京の下北沢の街頭で若い、おそらく20代前 半の女性があの豆腐ラッパを吹いて豆腐を売っていました。 「このラッパ、もう製造していないんでしょ」 「よくご存知ですね。修理しながら使っているんです」  豆腐ラッパの正式名称は、「宮本ラッパ」といいます。 東京都足立区の宮本喇叭製作所(現在廃業)で作られて いたものです。  あのラッパで豆腐を売り歩いたのは東京および近郊だ けかと思ってたら、日本全国で宮本喇叭製作所のラッパ が使われていたらしい。  これは、メーリングリストで知りました。  あの豆腐ラッパは、吹いたときに「パー」。次に息を 吸い込んで「プー」。  ハーモニカと同じようなリードが使われていて・・・ どこだったか、外国の管楽器を原型につくったものだそ うです。 .........................................  堅苦しいのは疲れるので、こんな感じで「日本の詩歌 の流れ」について書いていこうと思います。  よろしくお願いいたします。


          
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