屋敷跡の中に五輪があるのに注目
山津波の時上から落ちたか、いずれにせよ古く、このような古い物があるとは。
同じ物が、いの町の波川玄蕃の墓(菩提寺)の中にある。
時代がいつ頃かはっきり知りたいが。波川玄蕃の墓といわれているものの隣接にあるので、時代が不明。
それによりここにあるものも時代が分かるので。
| 母らが暮らした住居跡に、先祖を祀る祠。春子ばあさんがセメント石のお宮(ご先祖を祀る)を作った。 左上隅には先祖を祀る五輪塔(昔は五輪塔として上があったのか?) |
ア | いつごろのものか? それにより大濱屋敷がかなり古い証拠に。 先祖を祀る五輪塔(昔は五輪塔としてもっとあったのか?) |
波川玄蕃の墓(菩提寺)の中に同じのがある。 果たしていつ頃の流行かな。 |
大濱家の屋敷跡
| 大濱家の屋敷跡人手に渡りミカン畑に | 屋敷は戦後親戚広猪?が売却処分した。 | 母ら一家がここにいた印の石碑を作る。車の道路から石碑の頭が見える。 |
大濱克蔵の墓。これより古い墓は、石ぐろで姓名名前などは分からない。
等間隔にあった石ぐろの墓に、後で割り込むように克蔵の墓が作られている。
![]()
五輪の丸石に注目
他は石ぐろの墓ばかり。
上の国馬の墓へ登る途中にあるもの。
| 大濱亀助(嘉永3年75歳) 大濱克蔵とほとんど同年齢。 |
五輪の笠石がはねあがるようになるのは江戸時代 | 上の墓から下に見る これが山津波で下に流れたものか ア |
いつ頃のものか年代が知りたいナ いの町波川玄蕃の墓にも似たのがある |
屋敷跡とお墓の間の道は、天行寺へ通じている。今はかなり枯れ木が落ち、車ではかなり困難。強引には行ける。
上掲の別所の谷(代々大濱家の屋敷跡)から車道を歩いても5分で、初代坂本太郎五郎のお墓(昔はお寺)が見える。ここは大坊という。
この車道を車で5分で、国道32号線へ出る。
白い木柱の太郎五郎の墓の案内が見える。
![]()
![]() |
平成の初め頃、大濱春子健在の頃建立 車で初代の太郎五郎の墓のある大坊へ向かう車道の脇。 背後の木が2本ある所は、車道。 大濱家の屋敷(別処屋敷)跡とは、歩いて10分ぐらいの下 しばらく行っていない。 |