落書帖

 
 
 管理人自らの日常のストレス発散のはけ口のためだけにつくられたスペースです。


あくまで「自己満足」のみのページです。


2007年5月

「YESの価値」

社会にはNOが溢れている。
だからこそ、数少ないYESを見つけだすことに価値があるのだ。



「終わりなき旅

どこから来たのかもわからず、
どこにいるのかもわからず、
どこへ行くのかもわからず。

広大な太平洋に浮かぶ海水の水分子のように、
僕はどこまでも漂っていく。




「絶対普遍の法則」

科学、宗教、イデオロギー、永遠

人間は絶対普遍な法則を好む。
なぜなら、それにもたれかかりたいからである。





「馬鹿と勇気」

馬鹿になると実に楽しい。
人生を楽しむには賢い馬鹿。

何年か後の俺がこれを見てたらこの言葉を思い出せ!

今やりたい、今の君しか出来ない、今の君なら出来ること。

それをやる勇気を持つのだ。

勇気なんてのは年をとるごとに失われていくだろうがな。

でも、それに無自覚なヤツがほとんど。

だからこそ、齢を重ねるとともにこの言葉の重要性が増してくるのだ。



「安定」

何かにすがって生きているものは
常に何かにおびえながら生きることになる。

つまり安定を求めれば求めるほどに
不安という蟻地獄に沈んでいくらしい。



「衝動」

何をしたいのかはわからない。

ただ何かがしたくて何かをしなければならない気がする。



「楽に生きる勇気」

少し呆けてみるかな。

一度の人生、呆けないと損だよな。

名誉や賛美はいらない。

楽に生きる勇気があれば、幸せになれる気がする。





2006年6月




「おいてけぼり」

一日が通り過ぎていく。
仕事が通り過ぎていく。
友が通り過ぎていく。
恋が通り過ぎていく。
世の中が通り過ぎていく。

そして今、のら猫までもが俺の前を通り過ぎていった。

俺はいつもおいてけぼりだ。





「石ころ」

全ての存在に意味はない。
意味といわれるものの正体は人間の思い込みである。

この世の全てのものの正体は石ころだ。

聖人も悪魔も美しい蝶もゴキブリもあいつも俺も。

みんな「ただの」石ころとして転がっている。


俺はどこかから転がって、今ここにいる。

気がつけば人間と呼ばれ、服を着て、今の名前で暮らしてきた。

そして今も転がり続けており、この先もどこかに転がっていくのだろう。

時折、目の前にある石ころに愛を吹き込む。
その刹那に永遠が生まれる。

寂しくも愛おしい、そんな世界である。





「楽園」

気がつけば何処知れぬ野原にいた。
土と草の匂い以外には何もない。
大空と大地が延々と横たわっている。

僕は誰もいない百合の咲く丘で
君と共に眠る。

時はいらない。
何もいらない。

友は風だけでいい。
他に何もいらない

もし、そんな世界があるとしたら…。





「越えられぬ夜」

ネットにも音楽にも飽き、また本を読む気も起こらない。そしてテレビは砂嵐。
そんな眠れない夜。

さて、俺はこの夜をいかにして越えるか。

何もすることがないということほど苦痛なものはない。
仕方なく、睡眠導入剤をいつもより多めに飲む。

しかし、これほどまでに現在というものが居心地の悪いものなのか。

もし、俺が強い人間なら何もせずに朝まで起きているだろう。
それを薬を使って眠りに逃げる。
だから私は弱虫なのである。





「びっくり箱」

皆そうだと思うが、俺は生まれてきたくてこの世に生まれてきたわけじゃない。
気がついたら生まれていた。

一体俺に何が起こるのか。
俺は何をすべきなのか。
この先どうなるのか。

そんなことばかりを考えながら25年も暮らしてきた。

子供の頃に親に連れられていったディズニーランド。
暗闇の中からいろんなお化けや怪獣が出てきて、水しぶきがかかる。

気がつけば俺はそんな「びっくり箱」な世界に生まれていたのだ。





「窓の景色」

電車から見るの外の景色のように日常が通り過ぎていく。

平和だ。

しかし、それにすら満足できない私は一体どこに行き着くのだろう。





「芸術」

恋とは一つの芸術である。
仕事も一つの芸術である。
このHPも一つの芸術である。
人生も一つの芸術である。

今生きている一瞬一瞬が芸術である。





「酔い」

感情というのは一種の酔いだ。
たとえ怒りや屈辱、悲しみといった感情を抱いたとしても
それは悪い酒を飲んだのだと思えばよい。

むしろそういうときこそ、本当に酒を飲んでもいい。
酒はいつだって俺の味方だ。
酒と語れ。
俺の友はひとり酒だ。





2006年4月



「幸福の源泉」


幸福の源泉は家庭の絆にある。
家族が愛に満ちていれば、彼らは貧しくとも幸福であろう。
そうでなければ、王侯貴族といえども幸福とはいえまい。





「聖域」


俺は俺と思想及び感覚を同じくする者を断じて認めない。
俺は俺一人でなければならないのだ。

自分すら立ち入ることの出来ない聖域が確かに自分の中に存在する。
それは恐らく墓場まで持ち行かない限り、その正体を現すことはないであろう。





「衣装」


裸の赤ん坊のままでここまできた私。
春夏秋冬服をそろえてもらい、
暑さや寒さを心配せずに済む人生をここまで送ってきた。

俺は社会人になった。

この先、
夫にならなければならない。
父親にならなければならない。
息子にならなければならない。

衣装ばかりが増えていく。





「風」


風が吹いている。
右に左に。
風に乗れたらどんなに気持ちいいだろう。
今の私には必死でしがみついているのが精一杯である。




2006年3月




「旅人の魂」


旅人はただ歩くのみ。
行き先や目的などない。
ただ、一歩一歩足を進めていくだけ。
彼の足跡など、すぐに土に埋もれてしまう。

その先に何があるかは誰もがわからない。

数々の出会いと別れ
彼の前を通り過ぎてゆく。

彼が旅先でひそかに朽ち果てるとき
ただ一人でいい。
涙を流してくれる人がいるならば

旅人の魂はこの世を越えることが出来るであろう。





「偶然と必然の連鎖」


人間の一生は偶然と必然の連鎖で出来ている。

偶然の出会いが必然の別れを生み、
偶然の別れが必然の出会いを生む。

やがて偶然にしてこの世に生を受けた僕たちは
必然にしてこの世を去る。

では、僕たちが生きている今この瞬間は偶然なのか必然なのか?

いや、そんなことはどうでもいいだろう。

僕たちができること、
それは偶然と必然を繋ぐチューブに愛を注ぐことではないのか。





2005年9月




「前進」


今より前に進むためには、
忘れねばならぬこともある。
また、捨てねばならぬものもある。

振り返るな。
未練が完全に思い出になるときまで。

切なさをこらえ、涙を流しながらも進まなければならぬときがあるのだ。
それが新しい大地を踏みしめる偉大な第一歩となるのだ。





「生」


大船に安住する人たち。
船の暮らしが長くなると次第に海を忘れるらしい。
あたかも船が人間の住処である大地であるかのような錯覚を起こす。
平和と安定は皮肉にもその価値を忘れられていく。
しかしそれらは突如崩れるものである。

今大船は転覆した。
そして僕たちは大海原に投げ出される。
皆自分が生きるのに必死だ。

溺れもがきながら沈んでいく人々
無我夢中で救助ボートにしがみつく人々
それを押しのけて我先にとそれに乗り込もうとする人々。

残念ながらボートは生きたい人の数ほどは用意されていない。
皆必死だ。

かつての仲間も敵も道徳も何もない。
果てしなく広い空間の中に蟻のようにうずめくのはこの世に在る無数の生の本能と意思だけである。

大海の中で、点のような白い水飛沫と泡だけ空しく漂う。

しかし我々はこの現実を非難できようか。
この現実から目をそらすことができようか。
それでも生きなければならないのはこの世に生まれし者の宿命ではないのか。


2005年8月




「騙され力」



世の中、騙されていたほうが幸せなことも数多くあるのかもしれない。

それを教えてくれたのは
伊東美咲のアイコラのヌード画像だった。
本物だと騙されて信じている限りは実に幸せであった。

また、金が目当てでついてくる女性がいたとしても、
騙されたフリをしながらそこに真の愛情を見出すことができるのなら、
それは幸せなことなのかもしれない。

人間社会では、たとえ虚像であっても信じている限りはそれは実像
なのである。

もちろん分別も必要だろう。
しかし幸せを得るためには時には賭けてみることも絶対に必要である。

確かに本当に騙されて大損をこくこともあるだろう。
しかし、騙されまいとして人を信じられなくなったとしたら
これほど不幸なことはないであろう。

なぜなら騙され力とは人を信じる力だからである。





「男」

夕暮れの道
オレンジ色の光に包まれた部活帰りの田んぼ道

野球部の先輩が教えてくれた男の三箇条

「誠意、勇気、根性」


あれから10年
俺はあのときに思い描いた男になっているのだろうか。。





「才能と幸福」

自らの才能に溺れて破滅する才人よりは、
特に能力を持たない一般人のほうがずっと幸福であろう。





「空のキャンバス」


人生という長い道
果てしなく続く目の前の道ばかりを追い続けるのはあまりにも苦しい。

無限を求める人間の性からみれば、
有限たるこの世の現実とはそれほどに悲劇的なものである。


たまには大地に寝っ転がって遠くの空を眺めよう。
雲の流れに身を任せ。
夜ならば満天の星を数えよう。

そして夢や希望をそこに描くのだ。
誰しもが求める無限のキャンバスがそこにある。

もちろん、人間は目の前の道を歩く、すなわち現実を生きなければならない。
また、無限を追い求め、それに溺れるならばそれはその人の破滅を呼び起こすであろう。


しかし、どのような境遇にあろうとも無限の空のキャンバスに希望の絵を描け、かつそれに溺れぬ余裕があるならば。。

その人は幸せであるというべきであろう。





「皿のカケラ」


一枚のよい皿を作るには、長い時間と手間がかかる。
しかしどのような名器であれ、壊すのは無情なまでに容易い。

割れた皿のカケラに酒を注ぎ、世の無常を味わう。
目からこぼれる涙と
切れた唇から流れる紅色の血液とともに。


酔いと共に儚く消える盃の夢
掌に残るは物言わぬ皿の破片一枚

果てしなき闇が不気味に笑う。





2005年7月




「自由の道」


レールの上の一本の道だけを見て走る人々。
親、愛情、世間体、社会的地位…、

見えない明日を求めて
ひたすらに猛スピードで走り続ける。
ただ脱線だけを怖れながら。

レールを降りるのは本当に勇気が要ることだ。

しかし、レールの上を走り続ける事自体には何の意味もない。
ただ、果てしないレールの道とその先にはどんづまりがあるだけである。

一度レールから降りた人間は砂利道を歩く。
道は無数にある。
レールの上ほどは速く走れないけれども。

たどり着くべき場所

人は誰もそれを求めて一度レールから降りて、街に出なければならない。
そして道を探して自分の足で歩くのだ。
所々で行き止まりにぶつかり、嵐に吹き飛ばされながらも。

ただ、今日という砂利道をじっくりと踏みしめて歩いていく。

石ころや雑草を踏み分けながら。
時にはのんびり景色を眺めながら。

自由の道である。
しかしそれは厳しい自由の定めでもある。





「闇の中のエメラルド」



陽の光が照らされる昼間には
闇は光の影としか映らない。
やがて陽が落ち
娑婆が夜の闇に包まれる。
その時に初めて人々は一つの真実を知る。

闇は光の中にあるのではなく、
大きな闇の中で一筋の大きな光に照らされているのだ
、と。


闇の中で人々は失くした光を必死に探し求める。
ふと空を見る。
ダイヤモンドの海のような満天の星空が広がる。
それは人々にとってあまりにも神々しく、美しい。
多くの人々はそれに追い求める。
しかしそれは遥か遠く、人々は空を掴む。

闇の大地の中に眠る無数のエメラルド
星空の光に照らされて闇の中でかすかにグリーンの輝きを放つ。
星空ほどの輝きはない。
それは人々の足元に無数に転がっている。
しかし、人々はダイヤモンドの輝きに比べ、
その地味で退屈な輝きには見向きもしない。


ここに幸福の事実がある。
「その淡い光こそがあらゆる人間が掴むことのできる
闇からの救いであり、かけがえのない幸福なのである。」






「うむまあ木」


夕日がとても眩しい。
闇夜よ、早く俺の元に来てくれ。
闇夜と話をさせてくれ。
一緒に酒を飲もう。

ネットのヌードも寂しい心を満たしてくれない。
闇夜の酒のみが俺の心を静かに撫でてくれる。
娑婆に光が満ちるまで。

俺の心の闇に生い茂るうむまあ木
もっと吸え、俺の涙を。

涙は人の救いなのか、それとも生きる代償なのか。
答えは闇の中である。


※うむまあ木・・・沖縄に伝わる伝説上の木。人の悲しい声や涙を吸って成長するという。




2005年6月




「魅力


人間の魅力はその人の言葉でも思想でもなく、経験と行動力である。




「割れた皿」


割れた皿は元には戻らない。
仮につぎはぎして、一見元の形に戻せたように見えたとしても
脆くて、とても使い物にならないものであろう。

そんなときは割れた皿のカケラを集めるといい。

それをもう一度土に戻し
そこからまた新しい皿を作るのである。

苦味のまじった、それでいて前より丈夫な新しい皿がそこに完成するはずである。





「目的と手段」


世間や他人の評価よりも
勝ち組に残ることよりも
崇高な理想を抱くよりことも
がむしゃらに頑張ることよりも
自分らしさを見つけることよりも
悟りを開くことよりも

何よりも大事なこと

それは

その時々に自分自身が幸せを感じているか

ではなかろうか。






「命の証」



人間は欲望と欲望の融合によって生まれる。
すなわち「欲望と執着の子」である。


肉体そのものが欲望で出来上がっている私たちにとって、

「欲望や執着はかけがえのない命の証」である。


もちろん、それらを追い求めるがゆえに悲しみや苦痛も生まれるだろう。

しかし、それらを否定して生に何の喜びがあるだろうか。





「地獄の中の天国」


地獄の中に天国を創れ。

少なくとも天国の中に地獄を創るような愚をおかすな!






2005年5月





「釣り」


人生は釣りと同じだ。

遠くに希望を抱き、竿を放りつつも、
目の前の竿先を見ている必要がある


しかしせっかく釣りに来たのだ。

海をぼんやり眺め、海の香りに浸るくらいの余裕は欲しいものである。






「行き当たりばったり」


いくら計算をしても失敗するときは失敗する。
この世には何とかなるさで何とかなることの方が圧倒的に多い。



「この世に何とかならないことなど存在しない。」


からこそ
俺は今パソコンの前に座っているのではないか?


少なくとも俺の場合はそうである。





「杞憂と妄想」


先のことはいい。

結局、「杞憂は杞憂に終わり、妄想は妄想に終わる」のだから。



時には過去を思い出すのもいいだろう。
または将来に夢を馳せるのもいい。


しかし人間が生きることが出来るのは現在以外には存在しない。

そして現在という時は過去や将来の犠牲として存在するのではない。


「今しか出来ないことをせよ。」


それが仕事なら働け。
それが勉強なら励め。
それが遊びなら遊べ。

それが休養なら休めばいいのだ。





「何が苦しいかって…」


悲しいことがあるから苦しいのではない。

「悲しい話を聞いてくれる人、共感してくれる人」

がいないから苦しいのです。





「上下左右」


上の人は下の人を馬鹿だと思っている。
下の人も上の人を馬鹿だと思っている。

左の人は右の人を馬鹿だと思っている。
右の人も左の人を馬鹿だと思っている。

若者は年寄りを馬鹿だと思っている。
年寄りも若者を馬鹿だと思っている。

男の人は女の人を馬鹿だと思っている。
女の人も男の人を馬鹿だと思っている。


互いをわかり合えないのは歯痒い。
しかしそれは個体の宿命であろう。


ただ、互いを許しあうことができないのは残念なことである。





「酔」


傷を舐めあって何が悪い。

共感求めて何が悪い

自分に酔って何が悪い。

自分を正当化して何が悪い。


「この世界では皆、何かに酔わなきゃやってられないのである!!」


酒、宗教、理想、愛欲。。。。。





「蜘蛛の糸」


思想も理想も愛も生き物である。

同じ形としてずっとそこに留まることはない。


しかしそれらを「信じる」の人の気持ちは時や場所を越えて存在する。






「依存症」


価値観、意思、本能…

今までは全てにおいて同じベクトルを向いていた二つの個体。

そして互いに対する依存は当然のものとなり、どんどん膨れ上がっていった。

やがて2個のベクトルの向きは別々の方角に向かい始めた。

残ったのは膨れ上がった依存。
依存は摩擦を生み、摩擦は2人が時間をかけて育んできた愛の絆をすり減らす。

今から2人が成すべきことはそれを解消することである。
この大事な絆を守るために。

共存の道を模索するのだ。


「愛という絆を信じる気持ちが同じなら、後は違っててもいいのだ。」


お互いいい大人、独立した個体である。


「違いを認め合おう。許し合おう。そして愛し合おう。」


依存は恋を深めるためには必要かもしれない。
しかし愛を守るためにはそれを超えねばならないのだ。




「有限体の宿命」


神を否定したニーチェでさえも哲学に救いを求めた。
共産主義者も自らの理想に救いを求めた。


科学技術、金、宗教、愛…
有限世界に生きる僕たちは常に無限世界に救いを求めて生きている。
そして破壊と創造は繰り返される。

争い、労働、芸術、犯罪…
さらにそれらがニヒリズムを生み、再び人間は新たなる無限世界へと突き進む。
その永遠のループが有限なる人間世界の宿命である。

つまり

「有限の恐怖が、人間をして、世界史を創らしめたのである。」





「規範」


一度全ての規範をリセットしてみればいいではないか。

親や社会が与えてくれた規範というものはあくまで「社会一般の規範」なのである。
その規範がその人に合うものなのか、またその人を幸せにするものなのか。
それはまた別の話である。
自己を得たいならはまず与えられた規範を一度壊す必要がある。
そして新たな「自分なりの、自分のための規範」を創りなおすのである。
「規範は生き物」である。
時代や社会環境によりその形は変わっていく。

個人の規範も然り。
その人の年齢やその人の取り巻く環境によりその形も変えていく必要があるのである。


「規範とは人間を幸福にするために存在する。」


それが他の人や社会の幸福を侵害するようなものでない限りは、その人間自身が社会規範をもう一度自分にあった形に作り変えていく作業をしなければならない。


その作業の終了と共に、一人の独立した大人が完成される。




「大人」


もちろん人間にとって青年期までの規範は必要である。
そこから破壊と創造を経て個性が生まれ、真の大人になれるのだ。

小学生の頃から個性云々という教育がなされているが、これ以上のお笑い草はない。

個性を創りだすには、その元となる規範が必要なのである。


「規範なくして個性などできない。
これは種がなければ花が咲かないのと同じことである。」

独立した大人になるためには、子供時代の従属期間、すなわち規範を宿す時期が必要である。
そのようなプロセスがあって初めて青年は自らの子供時代から脱却し、
独立した大人へと成長することが出来るのだ。



「天才」



経済、科学、宗教、政治、などの各分野には天才と呼ばれる人物が数多く存在する。

「しかし幸福の天才は凡人の中に数多く存在する。」





「美」


芥川龍之介、三島由紀夫、太宰治、美空ひばり…


「美は孤独な者にとっての恋人であり宗教である。」


孤独は芸術を産み、それを美に育て上げる。
美しい文学も美しい音楽も美しい絵画も美しい哲学も美しい恋も。

しかし残念ながらこの世で自らの肉体と美が結ばれることは永遠にない。
よって彼らの幾人かは自らの肉体を滅することで美との心中を果たすのである。




「実像」


「この世は全て虚像だ。」という人がいる。

これは「虚像の内側に隠れている実像」を見出すことが出来ない人の悲痛な叫びである。





「生命力」


「勝てずとも負けなければそれでよいのである。」

「負けても全てを失わなければそれでよいのである。」

「全てを失っても命が残っていればそれでよいのである。」





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