働くお母さんへの道

どうして働くお母さんになったのか
なぜ続けるのかなどを書いていきたいと
思っています。


*なぜ働くお母さんになったのか*


働くおかあさん・・・私は自分がそうなるとは思いませんでした。
というにも私の母親も私が小学1年生ぐらいから働いていて
お母さんが家にいない寂しさを味わっていたからです。
私の母は自分の意思とは別に、父が会社をやめて自分で
会社を設立したため、もともと専業主婦希望だった母も
一緒に働くことになってしまったのです。
普段は同居している母方の祖母に面倒をみてもらっていました。
しかし、土曜日だけは銀行回りの関係で家にいるのがすごく
嬉しかったのを覚えています。
家に帰るとお母さんがいる、一緒にお昼ご飯が食べられる・・
たったこれだけのことなのにすごく土曜日が特別に感じられました。

妹は今でもいいます。「お母さんが幼稚園の
お迎えにこなくてさみしかった」と・・
私はその頃には幼稚園は卒園していたので
その寂しさはなかったのですが、
妹はなんでお母さんがこないんだろう。みんなは
お母さんが来ているのにと思ったそうです。

仕事は8:00〜夜の8時すぎくらいまでしてから
帰ってきていたので夕飯もいつも別々でした。

母が働いていたことがすごくいやだったことがあります。
小学校の授業参観には来てくれたのですが、
そのあとの懇談会には仕事に戻るため休んだようです。
そのときに授業で使う「ピアニカ」をまとめて販売をしていたのですが、
母はそのとき買えなかったので、後日楽器店に行き自分で購入しました。
しかし、まとめて販売した物を見ていない母は適当に
買ったため、クラスで一人だけ違う形と色になってしまいました。
音楽の時間でピアニカを使うのがとても苦痛でした。
なんでみんなと同じ物を買ってもらえないのか。
あのまま仕事には行かずにちゃんと残って買っていれば
そんなことにはならなかったのに・・・そんな思いでいっぱいでした。

でも、結局そんな私も「働くお母さん」になってしまいました。
しかも、私の母とは違い、自分の意思です。

 

*転勤が転機だった*


先に転勤していたダンナとの結婚が決まったと同時に
私も住みなれた東京をあとに、名古屋に移り住むことになりました。
まったく知らない土地・・親兄弟や友達さえもいない生活を
する不安でいっぱいでした。
仕事もやめる・・私もダンナも親や周りの人たちも思っていました。

そんなとき、元いた部署の(事情があり、入社したときとは違う部署に
その当時はいた)名古屋駐在ができたと聞き、
「それなら、知らない土地で家にいるよりも、知っている人もいる
会社に行っていたほうがいいのでは」と思い、今の上司に相談し、
元上司にも電話をしてみました。
「結婚して名古屋に行くことになったので、ぜひその部署に私を
いれてもらえないだろうか」と・・
返事は「OK」でした。もともとその仕事(お仕事です!の仕事です)は
すこし一般事務より特殊で、名にも知らない新人を入れるよりも
経験者の方がいいという考えもあったようです。

ただ女性を転勤という形で動かすのは・・・という意見もあったようで
ぎりぎりまでどうなるかわからない状態でした。
その転勤したときに言われたのが、
「最低1年は子供は作らないで欲しい」でした。
転勤しました。子供ができました。すぐやめます、では、確かに
会社にとってもなんの為に転勤させたのかわからないという気持ちも
納得できましたので了解しました。

その後いろいろあり、転勤から2年と3ヶ月でしーちゃんを産んだのですが
妊娠したときは「子供が生まれたらやめよう」と思っていました。
しかし、そのときパソコン通信でいろいろなワーキングマザーの
話しを読む読む機会があり、みんなすごく頑張って両立している
姿や働きたくてもなかなか職が見つからない話しなどを読んでいるうちに
「やめるのはいつでもできる。でもやめてしまったらそれまでだ」と
考えが変わってきました。
幸い産休も育児休暇も(うちの部署ではありませんでしたが)
会社全体では相当数の前例があり、とることに対しては何ら
問題がありませんでした。
結局、産休と1年間の育児休暇を取ることとなりました。

 

*周囲の反応*


仕事を続けると人に話すと必ずといっていいほど
「すごいね。でも私にはできないわ」とか
「子供が小さいうちは家にいてあげたいんだよね」
人それぞれいろいろな意見があると思います。
私は、たまたま自分の性格からそれを
選んでいるだけで、いつも子供と一緒にいたいと
いう人ももちろんいると思います。

私が産休や育児休暇をとると聞いた回りの反応は
だいたいが「やめないの?なんで??」でした。
私の父や母も働くことには「大丈夫なの」と
最初はいっていました。


私の友人でも働くお母さんはほとんどいなくて、
かろうじて一人はいたのですが、彼女も家を
建ててローンの為に働いていて、そうでなければ
子供と離れたくない、できれば仕事も止めたかったと
いってました。

ダンナの両親はダンナのお義姉さんが学校の先生を
しているので、働くお母さんには反対はなかったものの
お姉さんの所の子供の状態(保育園で泣いたりしていた)を
見ていたので、「大丈夫かな」と心配してました。

私もなんせ回りに先輩になるような働くお母さんが
一人もいなかったため、周りの話しを聞くにつれ
不安になったのは事実です。
しかし、育児休暇中にあることに気がついてしまったのです。

それは、私は家にいつづけることはできない。
それは一つの結論でした。
家に入って専業主婦はどうしても私にはつらい。
やっぱり外にでて行きたい。
別に専業主婦の人をどうこういうつもりは
ないのですが、私にはどうしてもできないなと
思ってしまったのです。

やっぱり働いてみよう。もしそこで体でもこわして
無理ならそこの時点で考えよう。
走り出してから考えるのは私らしくていいのではないか。

 

*子供がかわいそう*


「働くお母さんになる」というとたいてい
「子供がかわいそう」と言われたり
言葉のニュアンスで感じたりします。

でも私も母が働いていて「寂しい思い」はしましたが
決して「かわいそうな子供」ではありませんでした。

子供に同じような寂しい思いをさせるかもしれない。
それはいつも思っていることです。
もしかしたら、大丈夫かもしれない。
でも、絶対になんていうのはこれから先わからない。

でも、私が好きなことはやっぱり
外に出ているときなんです。
もともと外に出ているのが好きな人に
家にいろというのはつらいことです。
暗い顔して子供に接するよりも
仕事と子供の両方ができる生活の方を
選んだ方が私にはよかったのかもしれないと
思っています。

ただ、かわいそうという言葉は
子供には絶対に使わないようにと思っています。
私の母は子供の私達に対して、
「家にいなくかわいそうな思いを
させた」とはあまり言いませんでした。
生活の為に働くのは当たり前で私たち子供に
寂しい思いをさせたというよりも
自分達はこんなに苦労したんだぞという
話ししかほとんどしません。
でも、そのおかげで私は「母親が家にいなくて
かわいそうな子供だった」とは思わず、
「お父さんもお母さんも一生懸命働いているんだな」と
思っていました。
「寂しい」は子供の思いであって、「かわいそう」は
大人の思いなんだと思います。
あまり、かわいそうかわいそうというと
自分は「かわいそうな子供」と思いこんでしまうと
思うのです。

だから、しーちゃんとこうちゃんには「寂しい思い」はさせるかも
しれないけど、決して「かわいそうな子供」ではないと
そういうことをいう人に言いたいです。

 

*最初はつらい*


でも、そう思っていましたが、最初から何もかも割り切って
いたわけではありませんでした。
やっぱり、しーちゃんをならし保育のため保育園に
連れて行って先生に預けたあと、家に帰ってから
涙がでてきてしまいました。
本当にこれでよかったのだろうか・・・・?
私がよくても、しーちゃんはもしかしたら保育園には
いきたくなったのかもしれないし・・
でも、これでよかったんだよなとか
帰ってからしばらくは自問自答していました。

初日は1時間ぐらいからのならしだったので、
お迎えの時間はすぐにきてしまいました。

もともとしーちゃんは人見知りが激しく、今でも
「お母さんといつまでもいつまでもいっしょにいたい」と
いうような子供ですから、泣いていないか心配でした。

ところが、お迎えに行ってみると友達と仲良く
遊んでいたとのこと。
しかもしーちゃんが最年少だったので
みんな可愛がってくれていたようでした。

親が心配するほどではなかったということが
わかり、その日以来私の涙も出なくなりました。
先生にもいわれたことですが、いつまでも
親がいると余計に寂しさが増すので
帰る時はすぐにかえってください、泣いても
1時間もすれば泣き止みますからといわれました。

確かに親がぐちぐちしていたのでは子供は
敏感だから感じ取るのでしょう。

ちなみにこうちゃんのときはなんの迷いもなく
さっさと預けて帰りました(^^;

 

 

*体力*


働くお母さんになって思うことは体力が必要と思いました。

私は独身時代から友人達や妹に「タフだね〜」と
よく言われてきました。
(よくいろいろなところに遊びまわっていたから
かもしれませんが・・・)

そのときは「そうかな?普通じゃないかな」と思って
いましたが、ある友人が私に「私はとても働きながら
妊娠出産はできそうにない。
すぐ具合が悪くなっちゃうから。
でも、AIKOさんはそれができるってことは
それだけ丈夫なんだよ」といわれ、
「やっぱり人のいうとおり
人より丈夫なのかも・・・」と思っています。

やはり、一日が過ぎるのがとにかく早い。
朝起きた瞬間から働いているような気になります。
あとは「やろう!」という気力が必要だと思います。
でも、体力がないとそれもついてきません。

だから、働くお母さん達は体を大切にしましょうね。
働きつづけることには体力が必要です。

 

*子育てした後に・・*


私の回りにもとても多い意見なのですが、「子育てが終わった後に
再度働きたい。今は子育てに専念したい」というのを聞きます。
確かに私も結婚した直後や妊娠した直後はそう思っていました。

しかし、1年の育児休暇をとり、実際に社会復帰してみて
思ったのが、「休んだら働きたくなくなる」でした。
人によって考えが違うと思うので、これは私自身のことの話しに
なりますが、一度長期で休んだら社会に出るのが怖いと
思うようになりました。

ずっと働いているとそう感じないと思うのですが
一度走るのを止めてしまうと、又走り出すのには
結構エネルギーが必要になります。

たった1年でもそう思うのに3年ましてや10年後に社会にでると
いうことが私にはできないと思ってしまうのです。
一度立ち止まってしまうと動けなくなる・・・
そう思うのは私だけなのでしょうか。

 

*スキルは大事?*


私が働くお母さんになって思うのが、
やっぱりスキルは大事かも・・・ということでした。

同じように仕事はしていても休む度合いや
時間短縮などで働く度合いがどうしても無理はできない・・
うまく回りに協力してくれる人がいたり、
またはベビーシッター制度などがあればよいが
なかなかそうでもない限り難しい・・

社内でも協力的な人ばかりとも限らない。
たまたま私の同僚の女性はとてもいい子で
とても協力的なのだが、必ずしもそうとは限らない。

そんなときにスキルがあって絶対自分しかできない
仕事を持っていれば、周りのいろいろな声も
ものともしないのに・・・と思うことがあります。

私はなんのスキルもないので、課題になりそうです。
やっぱり年をとっていくとどうしてもいろいろなことが
億劫になり、覚えも若い頃に比べて悪くなります。
もっと若い頃にやっておけば・・(アビバの宣伝じゃないけど)
と後悔しても遅いんですよね。
それにこんなにパソコンとかが急激に普及するなんて
私が若い頃には思わなかったです。

しかし、いったい何をしたらいいのか。
どういうことなら自分にできるのか・・・
まだ探している最中です。

しかし、やっぱりスキルは大事だと私は思うのです。

 

*子供の病気*


働くお母さんにとって初めて試練で誰でも経験すること・・
それは「子供の病気」だと思います。
これを経験しない人はいないんじゃないかな。

私も最初の時は正直「困った、いやだな〜、何かいっていないかな」と
今でこそずうずうしく休んでしまいますが、初めてのときは
本当にいやでした。
それは「仕事を休まなきゃならないこと」「こんなときになんで熱をだすんだろう」と
「そういうふうに思う自分もいやだ」などなど・・・
子供にはまったく非はなく、それでもなんとなくそう思ってしまう
自分がいるのがすごくいやなんですよね。

でも、そんな時期も長くは続くものではなかったです。
3歳過ぎたぐらいからほとんど上の子は熱を出さなくなりました。
(下の子は例外で今のところ休んだと
いう記憶がほとんどないのですが・・・)
やっぱり保育園でいろいろな菌?をもらってきている
うちに徐々に免疫ができてきたのかなと思っているのですが・・

だから、3歳未満のお子さんを持つお母さんに伝えたいです。
「ちゃんと楽になる時がきっとくるからね」と・・
人になにを言われようが辛抱してくださいね。
今だけですよ!

ただ、働くお母さんになってからこのような経験を経て
私はかなりずうずうしさに磨きがかかったような気がします・・・
でも、そうでなきゃ働くおかあさんなんてやってられないもんね。

 

*妊娠時期・出産時期*


子供が生まれて働くお母さんになって、次に考えるのは
二人目三人目の妊娠・出産時期だと思います。
特に二人目は入らないという人以外は
「いつぐらいから妊娠するか」「いつぐらいに出産するか」と
このHPを見てくださる方の中にも結構います。
現在少子化といわれ、自治体や国が「産める環境」を
整備し始めてはいるけれど、現実は
「一人はなんとかできるけど、二人目はちょっと・・」と
悩むお母さんが多いと思います。
その原因としては「仕事」や「職場」、「子育てを
手伝ってくれる人がいない」などなど・・・

特に「仕事・職場」の問題は大きいのではないのでしょうか。
復帰しました、でも子供を2歳ぐらい離して産みたいと
思ったら、復帰して1年もしないで又産休育児休暇に
入らないとならない場合もあります。
(私がまさにそれでした)
そうすると職場の人たちからは「おめでとう」的な雰囲気は
感じられず、「またか」「やめればいいのに」など
そういうムードになりがちだと思います。
なかなか、「よかったよかった」という職場も
少ないのではないのではないでしょうか。

ですから、二人目ができても言うタイミングを
どうしたら良いかと悩むお母さんもいますよね。

でもね、本当は「めでたいこと」なんですよね。
子供ができるのは「嬉しいこと」なんですよね。

私の考えでは女性が子供が産める時期は短いと
思うのです。ながーい人生の中でたった、何年間か。
その間に本当に欲しいならその時に産まなければ、
欲しくてもできない時期がきてしまうと思うのです。
それはいくらなんでも悲しいことですよね。
だったら、何を言われても両方手に入れようと
頑張ってみるのもいいのではないかと思うのです。

欲張りでいいのではないでしょうか。
「仕事」も「子供」も両方手にしたいと思うことは
決していけないことではないと思うのです。

ただ、いろいろな状況の人もいると思うので
私の意見に賛成という方ばかりではないですが・・・・

でも、できるなら私は両方手に入れたい、
欲張りな人間でありたいなと思っています。
(そこでまたずうずうしさに磨きがかかるんだろうけど・・)

 

*仕事と家庭の両立*


仕事と家庭の両立なんてなかなか難しいですよね

私の知り合いで「とても仕事のできる女性」がいました。
結婚後も仕事をしたのですが、子供が生まれても
仕事をバリバリしてゆくと思っていました。
しかし妊娠後、彼女が選んだのは
「仕事をやめて専業主婦になる」でした。
別にダンナ様に止められたわけでもなく
(むしろダンナ様は働くことは賛成でした)
自分の意思でそうしたといってました。
その理由が「仕事をしながら育児をしていくと
どちらか片手間になってしまい、仕事を全力でしたくても
それができないのはいやだから」というような理由でした。
最初それを聞いたとき「私にはどちらか選ぶことはできない」
と思いました。

仕事を全力でやり、家事や育児も全力なんて
私にははっきりいって無理です。
やはりどこかで手を抜いていることもある思います。
それでも、仕事も家庭も両方していたい・・・

最初彼女の話しを聞いたとき、ちょっとそのような
選択をすることに驚き、自分はどうなんだろう・・と
考えてみたりしたのですが、
結局は、自分がしたいようにするのが
一番いいのではと思っています。

完璧な両立なんてとても難しいと思います。
ですから自分にあった両立で、
無理はしなくていいのではないでしょうか。

 

*3人目*


とうとう私も念願だった3人目を妊娠しました。
もともと子供はそんなに好きな方ではなかったのですが、
子供を産んでみて初めて「自分の子供は別!」と思って
しまいました。
できれば3人ぐらいいると大変だけど
楽しいかなと思っていたので、今回の妊娠は
私の人生の中では予定通りのことだったのです。

しかし、周りの反応はいまいちなのでした。
保育園のお母さん友達の反応は
「がんばるね〜」でした。
さすがに2人ぐらいは産んでも3人目までは
産む人が少ないせいでしょうか。

ましてや働きながら3人目なんて考えられないと
いった反応が多いのです。
まだ上司にはいっていませんが、やはり同じ反応か
もしくはもっといやみをいわれるかもしれません。
でも、仕事はやめたくないんですよね。
ますます頑張ろう!という思いでいっぱいなのです。

今回も上の子と同じように会社の制度を
めいいっぱい利用して産前産後、
1年間の育児休暇を取ろうと思っています。
私の会社の周りにもさすがに3人の子供がいて
働いているお母さんはいないようです。
しかも、3度目の育児休暇・・・・
会社にしてみれば休んでばかりの社員は
どうにかしたいと思っていると思います。
でも、これからの私の人生の中で子供は大切ですし、
働くことも大切なのです。

辛い思いもするかもしれないけど、
なぜ私はこういう道を選ぶのか・・・・・
実は私にもよくわからないけど
でもやってみたいという思いだけは
いつまでも消えないのですよね。

 

*祖母の話*


私が働くお母さんをしていて、心の支えになっているのが
私の祖母と私の母です。
二人とも働くお母さんではありましたが、
まったく異なるタイプの働くお母さんです。
私とも違うタイプである二人の働くお母さんのことを
少し書いてみたいと思います。

私の祖母は現在85歳ですが、やはり働くお母さんでした。
といってもこちらは自分の意志とは関係なく
旦那様である祖父が私の母が2歳の時になくなったので
働かざる得なかったシングルマザーの働くお母さんでした。

大正生まれで、田舎の旧家の末娘だった祖母は結婚後
東京にでてきていたのですが、祖父を亡くした後再婚話もあったそうです。
しかし、当時再婚といってもやはり連れあいを亡くした
男性ぐらいしか話がなかったようで、同じ苦労をするなら
自分の子供で苦労しようと思い、再婚はせず
自分が働いて生きていくことをえらんだそうです。

私の母が幼い頃は和服の仕立てで生計を立て
小学校に上がるぐらいからとある銀行の専用掃除婦の
仕事を紹介され、定年まで働いていました。
今でこそ、働くお母さんというのは当たり前になっていますが、
当時は働く女性自体は珍しかったと思います。
それゆえ相当な苦労もあったようです。

二人の娘を高校までだし、嫁がせ、定年まで働いた後は
娘である私の母と同居し、今度は私の母が働くお母さんに
なったので孫である私や私の妹の面倒をみてくれました。

当時ではとてもきびしかった働くお母さんを必死にしていた祖母の話を
聞いて私もがんばろうという気になるのです。

 

*母の話*


前にも少し書きましたが、私の母も「働くお母さん」でした。
というよりもまだ働いてしますが・・・

母の場合も祖母のタイプとは異なる働くお母さんです。
祖母は祖父がいなかったために自分が働くお母さんになりましたが、
母の場合は父の仕事を手伝うために働くお母さんに
なってしまったタイプです。

本人曰く「てっきり専業主婦のままの人生かと思った」らしいんですが
私の父が私が小学校の低学年の時に会社を辞め
独立し、一人で仕事を始めたことによって
母も会社を手伝うことになったのです。

結婚前はとある大手銀行の窓口として勤めていて
結婚後はもちろん退職、その後私と妹が生まれ
思いっきり専業主婦業をしていました。
おそらくブランクとしては会社を辞めて10年近くは
あったと思います。
しかも、これからどうなるかわからない会社で
父との二人三脚の生活は正直不安ではなかったかと思います。

それでも同居していた祖母に私たちを任せて
父がまだ免許を取っていなかったときは二人で
片道7キロ近くの道を必死に自転車で通っていたそうです。
私の父は今でこそ少しは食べ物ぐらいは用意するように
なりましたが、当時は全くと言っていいほど家事一切を
しませんでした。
ですから、朝は家族の朝食とお弁当を作り、
夜は夜で帰宅はいつも8時以降、そのあと食事の
支度もしていました。
その後、たまっていた洗濯や掃除などなど。

ただ、不思議なのがこれだけ忙しいのにも関わらず
母親が熱などで寝込んで仕事にいけなかったという記憶が
私にはありません。
具合は悪くなることはなるのですが、次の日には
会社に行っていました。
母にいわせると「自営だから会社で休める」とは言っていましたが
やはりそれを30年近く続けているのはすごいことだと
思っています。

そしてどんなに朝忙しくてもちゃんと化粧をしていくところも
同じ働くお母さんとして見習いたいところなんですよね。
常に人に見られるという意識と緊張感も大切ことかもしれません。

今年で60歳の還暦を迎えますがまだ働くようです。
(父が仕事をしている限り働き続けるということなのですが)

母が頑張って働くお母さんをしてきたからこそ
私も頑張ってみようと思うんですよね。

 

*いろいろなタイプ*


祖母と母と私はまったく異なるタイプの
「働くお母さん」です。

三代?とも働くお母さんというのも珍しいかもしれませんね。
私にとって働くお母さんが身近にいるということは
とても自分自身の参考や励みにもなります。

祖母や母が頑張ってきたんだから私も頑張ろうと
つらくなってきたら思うんですよね。

ただ、二人とも私が働くお母さんになるときは
「何もそこまでして働かなくても」というようなことを
言われました。
幼い子供を預けて働くということがどういうことか
もっともわかっていたらそういったんだと思います。
しかし、私がどうしても外にでたい、働きたいというと
それなら・・・とわかってくれました。

ただ、これからは二人とは違う点は子供が3人になることです。
たった一人増えるだけと言われそうですが
それだけでどういうことになるのか
正直私にも不安があります。

でも、「やれるだけやってだめならそこでまた考えよう」という
私のモットーでやっていきたいと思っているのですが・・・

 

 

*家にいるということ*


今はちょうど育児休暇中で家にいます。
幸い子供達は保育園の好意でやめることなく
そのまま通いつづけているのですが、
改めて、こんなに働いていないということが
気持がゆったりすることなのかと
思い知らされました。
いつもなら、とにかく「早くしなさい」「早く食べて」
などなど、特に朝などは子供達をとにかく
保育園に送り出して、自分が会社に行くことに
必死でした。
また、病気をすると「あ〜〜どうしよう」と
子供の容体を心配するより先に
自分の身の振り方が先に立っていました。

ところが、家にいていつでも自由になると
気持の持ちようが全くといっていいほど
変ってくるのです。

朝だって多少遅くなっても・・と思い
「早く食べなさい」の言葉はあまり言いません。
また、病気になったら、多少熱があっても
今までなら「えいや〜」と預けてしまい
後は呼び出しを待つ・・というのも
「まだ熱があるし休ませましょう」という考えに
なるのです。

じゃあ、仕事を辞めて専業主婦になるか・・といわれると
やっぱりそうは思わないんですよね。

育児休暇が終わったら
今以上に忙しい毎日になるのでしょうが
今だけはちょぴりのんびりと
出来る時間を楽しみたいと思っています。

 

 

*転勤*


10月の復帰まで最後の子育てを大いに楽しもうと
していた矢先になんとダンナの転勤が決まってしまった。

もともと東京が実家にあり、ダンナも東京で就職していたので
東京への転勤は願ってもいないことだが
問題が2つ出てしまった。
一つは私の仕事、もう一つは保育園のこと。
(保育園は後に書きます)

まず私の転勤が可能かどうか会社に打診してみた。
ちょうど東京にも今と同じ部署があり、
(かつて私もそこの部署にいた)
そこでそこから結婚して名古屋に来た経緯を
上司に話したのだが、今の私の上司は私と
一度も仕事を一緒にしたことがない。
私が育児休暇中に前の上司が定年退職して
代わってしまったのだ。

だから、私の事も本部にただ伝えるだけだったようで
後押しはまったくしてくれなかった。

それでも、とりあえずは復帰までは名古屋に籍を置き、
(体が行かないのに籍だけ移すことはできないといわれた。
まあもっともな意見だが・・)
復帰後、移動できるか考えるとのことだった。
でも、その時に復帰できるかは不明だし
名古屋に再び通うこともありえるとも言う。

また、東京は名古屋と違って同じ仕事といっても
土日出勤もあり、3人の子供がいてそれができるか、
働く意志は固いのかなどを聞かれた。

しかし・・・なんだろうとおもってしまった。
働く意志があるから育児休暇をとっているんだし、
働く意志があるから、転勤させてくれと願い出ているのに
そういったことをわざわざ聞いてくるというのは
本当はあっさり辞めて欲しいというのが
言葉の中に見え隠れする。

正直、男性と同じように土日出勤をこなす自信は
あまりない。

でも、私一人が子育てをしているわけじゃないのに・・と
思わず言いたくなってしまった。
今までだってダンナが月一の土曜出勤は面倒を見てくれた。
別に女性だからとか子持だからとか甘えるつもりはないが
理解はして欲しいとも思った。

会社のおじさん方はどうして子持ちの女性は
働けないと思うんだろう。

確かに子供がいると戦力は落ちる。
でも子持ちの女性が大変な時期はだいたい子供を産んで
10年ぐらいだ。その時期さえ乗り越えれば
なんとかなるはずである。
それをどうして理解してくれないんだろう。

せっかく子供を持っても仕事をしたい人達に対して
なんと冷たいんだろう・・
たとえば、結婚して子供が出来てから
もし奥さんがなくなったら男性はどうするだろうか。
ましてや、近くに子育てを手伝ってくれる人もいなかったら
絶対定時に仕事を終えて、
病気のときには何日間も休んで、
子供の為に出世も
あきらめなければならないだろう。
幼い子供をもって働くお母さんたちはまさにこんな感じだと思う。

それがどんなにくやしいことか、そんな体験でも
しなければ理解はできないのかもしれない。

そこで改めて私が働きながら3人の子供が産めたのが
今回よくわかった。

職場の理解もあり、会社の制度も整っている、
おまけにあずける保育園もあった。恵まれた環境だったのだ。
だから3人産めた。

今回の転勤はどうなるかまったくわからない。
移動できるのか、また移動できてもどうなるか、
う。

でも、とりあえずはどんなに嫌がられても
私は最後まであきらめずにいたいと思う。
だってやっぱり働くお母さんでいたいという
気持は変わらないから。

ただとりあえずはしばらくは子育てに専念していようと思う。
だって人生最後の子育てだから・・・
楽しまないと損する。

 

 

 

*保育園*


今回の転勤でもう一つの問題は保育園でした。
というのも3人のうち、とりあえずは上2人は
保育園に預けて、最後の子は育児休暇明けに預けるという
のが私の希望でした。

しかし・・市役所でいわれたことは「空きがほとんど無い」と
言う言葉でした。

確かに都心部ではかなり厳しいとは聞いていましたが
上の子供達は大丈夫かなと思っていたら・・・
甘かったようでした。

とりあえず、担当の人の勧めで申し込みだけは
住所が決まっていなかったですが先に(4月下旬)済ませたのですが、
なんと6月1日に入園(転園)できるかどうかが
わかるのが5月20日すぎだというのです。

今回は私が育児休暇中というのもあり、もしも近くの
園に入れなくて多少遠くてもあきらめるとしますが
でも、3人目の復帰のときにはいったいどうなるのかと聞いたら
(復帰の書類は復帰の2ヵ月前に提出するため)
とりあえず「規則」ですから10月に復帰の場合は
9月の末の審査で10月1日からは入れるかどうか決まりますと
いわれた。

なんとお役所仕事なんだろう・・
みんなこんな大変なことをしてたんだな・・・

しかも、ここの市は3人目がある程度収入が
ある場合は保育料が安くならない特例まである。

私がいる名古屋では3人一緒に預ける場合は
どんなに収入があってもかなり安くなる。
ところが3人一度に預けるとある程度収入があると
3人目がかなりアップしてしまう。
なんでも一人を預ける場合との
バランスをとれないからとか・・・

ちなみにもうひとつ他の市に聞いてみたところ
ここでも同じことをいわれた。
しかもこちらはもっと酷くて「預けるなら3人一度に
申請を出してください。育児休暇中なら
家庭でその期間面倒をみてもらうことになります。
ただ、復帰のときに3人一度に入れるとは限りません」
その担当者に「上は5才で来年小学校だからせめて
あと1年保育園で過ごさせてあげたいので
入れて欲しい」と頼んでみたが、「規則」の
一点ばりで聞く耳ももたなかった。
3人も何ヵ月も家庭で面倒をみろとは・・・
しかも、小さい子供ならまだしも
一番動きたい、外に出たい月齢なのに
まだ歩けない子供と一緒にどうやって
日中過ごせというのか。
あまりの言い分に言葉を失ってしまった。

行政はあまりにも柔軟性が無さすぎる!

保育園を入園するのにまずは仕事をしているというのが
条件なんだから、先に仕事を探してから保育園だろう。
その肝心な保育園も月末に審査して次の翌月の1日から
入園って・・それが入れなかったらどうするというのだろう。
仕事をやめろというのだろうか。

うちみたいに親に頼れない人達は無認可もといわれた。
確かに無認可もあるが、さすがに3人の保育料は
かなりかかってしまう。それも考慮してくれないというのか。
また2ヵ月前の復職はたいていの会社では当たり前だと思う。
それでいて復帰届を出した後に2ヵ月先の審査で入れなかったら
辞めるしかないということなのか。

このあまりにもお役所仕事にはうんざりしてしまった。
少子化がいわれているが、こんなことでは
子供なんて産む人はもっと減って当然だろう。
働きたくても保育園が入れない。
ましてや一人目で入るのに苦労した人がもう一人
なんて考えられないだろう。

もっともっと働くお母さん達のことを柔軟性を
もって考え、保育園の数を増やして欲しいと切に願う。

今更だが、改めて保育園の入園の難しさを今回知った。
働くお母さん達がもっと声を上げないと変わらない制度
なのかもしれない。

 

ゆっくりですが、少しずつ書いていきたいと思っています。

 

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