| 博多会 歴史探訪の旅 |
博多会 歴史探訪の旅
目的地 慶尚南道の友鹿里にある「沙也可」
集 合 2002年5月16日 ソウル駅、午前7時40分
参加者 14名
《そもそも「沙也可」とは》
「沙也可」というのは、人の名前で、1592年文禄の役の際、朝鮮に帰化した日本人を指します。彼の韓国の名前は、金中善(キムチュウンソン)といいます。彼の子孫が未だに友鹿里に暮らし、彼の位牌を祭っているのです。大邱市は、1999年度から、日・韓交流の行事の一環として、そこを「鹿洞書院」と名づけ、金忠善を祭るここをあらゆる面で支援するようになりました。そのこともあり、今日まで大勢の日本の観光客のみではなく、中、高校生も修学旅行としてここを訪問しています。
《「沙也可」が帰化した理由?》
日本人の本名で「沙也可」である彼が、朝鮮に帰化した本当の理由は、一体何なのか。東大邱へ向かう汽車の中でも、ずっと気になるものでした。朝鮮出兵し、四日目に500人の部下と朝鮮軍に投降した、金忠善には、実はこのような事情あったらしいです。
元々、武士であった彼は、学問にも励む、文・武を兼ねそなえた侍でした。文禄の役の際、豊臣秀吉の朝鮮出兵は、大義名分がないと、常に思っていたのでした。それに、朝鮮に対する彼の思いは、前から日本に文化を伝えた国であることで、朝鮮文化に興味を持ち、憧れの気持ちがあったようでした。
加藤清正の左先方となり、派遣された彼は、ある日、不思議な光景を目撃するようになります。戦争のまただ中、一家が避難に急いでいるわけですが、何故か家長である息子は、年寄りの母を背負い、最後まで離さないのでした。結局、彼の妻が、重い荷物を持ち、子供の手を繋いで逃げるものでした。
この瞬間、彼が思ったのが、儒教の国である朝鮮は、年寄りを大事にするなど、人間の道理を知っている国だ、という事でした。あんなに優しくて罪のない国民を害するのは、君子の教えに逆らうことである、という事でした。
平和を愛する、また、人間を大事にする、彼の理念は、日本と韓国の友好の象徴として、韓国人の心に深い感銘を与えるものでした。(呉貞愛さんのダイアリーから引用させていただきました)
写真でみる旅行
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| 集合場所のソウル駅 | 私(山下)は、仁川から遅れまいと来たので |
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| ソウル駅に7時前に到着しました (ちなみに集合時間は7:40です) |
久しぶりのソウル駅は、 |
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| ワールドカップ間じかという印象です | シンさんと呉さん、ペアルックのよう |
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| 次々とみんな集まってきます | まだ眠そうな高嶋さん |
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| 早速列車の中でビールを | ペアルックですが姉妹ではありません |
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| 日本語コーディネーターの金銀英です | 高嶋さんと鄭さん |
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| 安川電機の安永さんと斉木さん | 高嶋さんと山下 |
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| え、そうでした | 息の合った2人 |
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| 大邱に到着後バスで移動 | プルコギの店へ到着 |
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| さあ、楽しみですね。 | プサンから合流したお二人(手前) |
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| 早く食事したいな | プサンから合流したお二人の挨拶 |
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| 同じ会社に勤めています | 高嶋さんと李次媚さん |
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| パイオラックスの山口さんと高嶋さん | 奥で熊谷さんと旅行社の打ち合わせ |
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| 昔からいるような気がする宮沢さん | 博多会の顔安川さん |
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| ビールを先に頼みましょうかね | やっぱしビールは最高 |
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| プルコギにはさみを入れます | それでは最初の目的地に移動しましょう |
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| ここは高霊殉葬墓博物館の内部 | 資料を見て回ります |
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| ちょっと電話がかかってきたので… | 記念撮影 |
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| 日本は人の代わりに埴輪を・・・ | みんなでビデオを見ています |
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| 博物館の外です | 今から古墳を見学です |
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| さあ、出発 | あちらまで連なっていますが・・・ |
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| ちょっと記念写真 | 古墳群は史跡になっていました |
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| さあ、降りましょう | 足元に気をつけて |
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| 降りるのもちょっと大変 | 先ほど訪問した展示館・・・ |
| さきほど訪問した展示館から、バスに乗り目指す沙也可の里を訪問しました。バスで、40分かかったような気がします。結構田舎にありました。 |
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| 沙也可記念館に到着 | |
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| ボランティアで説明をしていただきました | 熱心に皆さん聞いています |
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| そういうこともあったのか | サインをお願いします |
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| 説明を聞きながら | 資料に目をやり |
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| 話を聞き、メモをとり | 時間は過ぎていきました |
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| そろそろ説明も終わり | 周りの風景です |
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| 本当に田舎という感じでした | これから書院を見学です |
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| この門をくぐっていくと | この書院があります |
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| この門は、向かって右から入り左から出ます | 中で説明を聞きました |
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| これが沙也可の肖像です | ここにくるのが目的でしたが、 |
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| 目的を達し・・・ | そろそろ帰路につきましょう |
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| バスで移動し東大邱駅、セマウルが・・・ | セマってくる・・・ |
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| さあ、順番に乗り込みましょう | 私も乗らなくては乗り遅れる |
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| いきなり食堂車を占拠しました | とりあえず弁当とビールを・・・ |
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| かくして宴会が始まろうとしています | 私は黒ビールがいいですね。 |
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| でも普通のビールも好きです。 | さあ、そろそろ戻りましょうかね。お疲れ様 |
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《釜山の李次媚さんの感想》 |
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| 今回大邱の旅は博多会に加入して間も無い時の私により一層博多会の会員としての嬉しさや意味を伝えてくれた大変有意義な時間になりました。 本当の事を申しあげますと私は高校の時までにはまだ歴史についてあまり興味を持っていませんでした。その時はまだ生物や音楽、フランス語、国語等に集中していた私でしたが、それが日本語を勉強し始め、新しく韓国の事、また日本の事に興味を持ち始めるようになったのです。 このような意味でもその分だけ私には今回の歴史紀行は大変勉強になったと思います。 勿論今回たずねた所は福岡とは直接関係はありませんでしたが、 「金中善(キムチュンソン)」の朝鮮帰化の話は現代まで生きている日本と韓国の間での歴史だったのです。皆様もご存知のように日・韓歴史の問題になりますと一言では言い切れない深い物が有りますが、とにかくこのような生きている歴史は私たちが先祖から頂いた大事な遺産であり文化である事には違いないと思います。 私のようなまだ勉強の足りない物にはいわゆる「韓・日の難しい歴史問題」についてははっきりした事は言えないですが、ここで言いたい事はだた一つ、これからの日本と韓国の間での架け橋としてほんのささいな事でも自分で出来る事はいっぱいあり、もっと勉強し、頑張らないといけないという事を今更のようにしみじみ感じられたのです。。 国家レベルでも韓・日交流にはすごく力を入れていますが、釜山・福岡間の交流に目指している自分としてはまた違う形や意味でもう一人の「金中善」の役割が出来れば・・・という生意気な事も思ったりしました。 「金中善」朝鮮帰化の原因や過程については資料でも書院でも聞きましし、それについてはまた皆様なりのご意見が有るのかもしれませんがここまでが今回私の大邱旅行の感想でした。 私は福岡の事が好きです。そしてこれからも福岡と釜山の間で活躍したいと思っております。今まで簡単ながら自分の感想を述べましたが、博多会を通じてこれからも皆様と色々な事が一緒に出来るように頑張りたいと思っております。学生時代の友達や先輩との旅行は今までも私にとっては宝物になっています。今回初めての博多会での旅行も私には忘れられない宝物になるでしょう。 ☆李次媚さんがんばってください。私も日韓というか、福岡と韓国の掛け橋を目指してい ます。(山下) |
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《編集後記》
とりあえず、早く写真を公開したいという念から、がんばって急いでやりました。せっかくですので、皆さんの旅行に関しての感想なんかも載せたいなと思っています。別に期日を区切りませんので、ぜひ、一言送ってください。お待ちしております。旅行幹事の熊谷さんお疲れ様でした。M