『黒にして漆黒』
The dark in the dark
「はじめに、闇があった……」
天幕の向こうから「黒にして漆黒」様の声が響くと、信者たちが姿勢を正す衣擦れの音がした。私も改めて姿勢を正し、講談に耳を傾ける。
長年のうちに蝋を吸って厚く固まった天幕の向こうで「黒にして漆黒」様は座って話をされている。
メギフォトンをこそフォトンの源流とする私たちの教団は、星霊信仰の中でも少数派である。
教団のトップは「黒にして鴉」「黒にして漆黒」「黒にして兄貴」の3人で構成されており、中でも……その、ひどいさぼり癖のある「黒にして漆黒」様の講談を聞ける機会は非常にまれなことだった。
「闇から光が生まれ、光によってはじめて闇は闇と認識された。光は闇ではないがゆえに意味を得た」
普段のぐうたらな様子からは想像もできない厳粛な声が響く。決して大きな声ではないのに、部屋内によく徹る。
「光は認識。認識は言葉。言葉は精神の発露にして、人の意志によって変わりゆく世界。希望の世界。理由と原因の世界。
闇は意味。意味は存在。存在は物質の発露にして、今ここにあるがままの世界。秩序の世界。結論と結果の世界。
――結論があって、初めて理由は作られる。結果なくして原因は存在しない。いかなる意味も、定義も、本質も存在に先行することはない。
『何かが起こり、そこからすべてが始まる』のだ。
我々が今ここに在る原因は我々自身である。他の一切に原因を求めずそう言い切れるものだけが、自らの歴史を紡ぐことの自由を得るのだ。
自分の心の始まりである闇を、あ、ねぇこれいくら?」
「?」
「あ、しまった」
「……?」
「ごめん今のなしね。ノーカンノーカン」
「え?」
「って駄目だよね。仕方ないじゃあねー♪」
「『黒にして漆黒』様!」
駆け寄り天幕を開く。天幕に付着し固まった蝋が割れる音がした。果たしてその奥にあったのは、「漆黒」様の服を着た等身大の人形と、通信端末だった。
「あああああっ、また逃げられた! あの若作りオバンめーっ!」