電脳三国志   

ワープロの覇者 阿波太郎 その3

 

蒲田は、山野証券から呼び寄せた流通事業部の部長の清田を社長室に呼んだ。

「今、一番売れているソフトは、何と言う会社の何と言う製品だね」

「はい。マネジメント研究所のパインというワープロソフトです」

「ほう、マネジメント研究所ね。何名くらいの会社だ?」

40名ほどの会社で、ソフトウエア工学の権威という社長がいます」

「技術者の会社か...それで、儲かっている会社かね」

「技術力には、定評があり、かなり、利益も上げているようです。ワープロソフトは、その1部らしいです」

「で、そのソフトは、当社の独占販売なんだろうね」

「いえ、競合他社の流通3社も販売しています」

「そんな、有力なソフトを販売するには、当社で独占的に扱わせてもらわなければ、ならないよ。

当社独占販売に切り替えられないかね」

「ちょっと、それは難しいんじゃないかと思います」

「よし、私が社長に就任した挨拶と独占販売の交渉の口火をしてあげよう。

当社が独占販売する見返りに、日本中のパソコンショップに

優先的に陳列してあげると美味しい話を持って行くのでどうだ」

蒲田の「どうだ」は、尋ねているのではなく、指示であり、命令であることを知っていた清田は、

「はい」と、だけ応えた。

「君、その会社の社長にアポイントを入れてくれ。私のスケジュールは、水曜日が空いていたな。

水曜日に軟体銀行の社長が訪ねると言ってくれ」

蒲田は、秘書に電話をさせ、マネジメント研究所を表敬訪問することにした。

 

マネジメント研究所は、麻布のこじんまりとした自社ビルを本社にしていた。

コンチネンタルハイヤーの黒塗りの車を横付けにした、蒲田は、

別のタクシーで一緒に来た清田をはじめとした事業部5人の部下を先導させ、ビルに入っていった。

マネジメント研究所という堅い社名から想像していたのと違い、受付も無ければ、部署の案内も無かった。

来訪は、秘書から告げられているはずなのに、出迎えも無かった。

清田は、通りすがりの社員とおぼしき人間に、軟体銀行の社長が、訪ねたことを告げたが、

ノーネクタイの社員らしき男は、「一番奥の部屋に行ってください」と、言っただけで、案内もせずに通り過ぎていった。

全員が、一番奥の何も書いてない部屋をノックし、ドアを開けると、そこは、一応社長室らしく、

会議用の広いテーブルと、奥のデスクに一人の人間が居た。

 

出迎えた関口社長を見て、来訪した一行は、唖然とした。

工学博士で、大学教授という事前情報から描いていたイメージは、一瞬で吹っ飛んだ。

近寄ってくる人物は、和服、それも着流しで、履いているのは、雪駄だった。

あまりもの場違いな服装に、立ちすくんでいると

「どうぞおかけください」とテーブルへの着席を促した。

「当社の社長だった、村山が会長になり、新しく清田が社長になりましたので、ご挨拶に参りました」

奇妙な雰囲気に支配されたまま、清田が口を切って挨拶をして、型どおりの名刺交換をした。

しかし、関口社長は、名刺交換こそしたものの、始終無言でテーブルについた。

「して、御用の向きは?」

静かに関口社長が、口を開いた。

しかし、その口調は、あきらかに良好なコミュニケーションを取ろうという友好的なものではなく、

何をしにきたのだという、どちらかというと迷惑だという意思があきらかに出ていた。

 

雰囲気のまずさを解消しようと、社長の蒲田が、普段はめったに言わない抑揚した口調で、話始めた。

「御社の商品が非常に評判がよく、売れているとお聞きしましてな。

今日は、当社へ貢献度が高い御社に敬意訪問に参ったしだいです」

「いかがですかな、それだけ評判のよい商品ですが、当社に独占的に任せていただければ、

もっと売れるように当社の力を傾注して取り組みます。そうすれば、今の何倍も売れて、儲かるという提案ですが」

長い商談の場は、持てないと思った、蒲田は、いきなり本題を切り出し、一気に、畳み掛けた。

すると、関口社長は、すっと立ち上がり、自分の机に戻ると電話を取り、会話を始めた。

そして、雪駄を履いた足を机の上に放り出した。

「ああ、高田君かね。軟体銀行社さんが来たが、PINEは、君の担当だったな。

そうか、社長室に来て、お帰り願ってくれ」

そして、きょとんとしている一行の方を向くと

「ソフトウエアの何たるかも知らない商売人に、うちの技術を安売りせんでもよろしい。

儲けしか頭に無い人は、お帰りください」

と、言い放って腕を組んだまま目を瞑り、動かなくなった。

 

高田と呼ばれた、社員が社長室に現れたが、その男は、さっき入ってきた時に出会った男だった。

PINEの担当の高田ですが」

「君、いきなり、お帰りくださいは、ないだろう。私たちは、敬意訪問に来ているわけだから」

と、清田は、強い口調で言った。蒲田は、すでに顔を紅潮させている。

「うちの社長がお引取り願ったのなら、お帰りください」

「おたくのPINEが売れなくなるよ」

「そうですか、結構です。社の方針です」

取り付く島がないということは、まさしくこのことだった。

蒲田も清田も一行は、憤懣をもったままマネジメント研究所社を後にした。

 

蒲田は、清田を自分のハイヤーに乗せた。

「大学教授とはいえ、技術屋風情が何たる態度だ。

当社の威信に賭けても、あの会社を潰さなくては、ならん。どうにかならんのか」

「どうにかといっても、現在のところ、最強の商品ですから対抗馬が無い状態です」

「徳島のジャスティス社が、かなり優れたワープロを開発しているという噂ですが、

このジャスティス社は、当社のライバルの明日来社のお抱えのような会社です」

「かまわん。何としても、その会社にパインを潰す製品を作らせ、当社の全精力をかけて売り出せ」

 

翌日、清田は、蒲田の全権委任を受けて、徳島に飛んだ。

しかし、ジャスティス社の歌川社長の返事は、ノーであった。

 

マネジメント研究所の一件は、病室の村山にも報告された。

副社長の立川にいきさつを全部報告したのは、蒲田子飼いの清田自身だった。

それは、ジャスティス社から失意のまま帰る時に、歌川が

「会長の村山さんは、元気ですか。

村山さんには、当社の創業の時にいろいろと親身に相談に乗ってもらって、本当に感謝しています。

何か、お具合が悪いというような噂も聞くのですが」

と、一言喋った言葉が理由だった。

 

「もう一度、徳島に来ていただけませんか」

と、いう歌川からの電話を清田がもらったのは、それからすぐだった。

話の進展があることを予感した清田は、すぐに徳島に飛んだ。

歌川の口から出た言葉は、その予感どおりだった。

「病室の村山社長から事情を全部お聞きしました。

当社が現在開発中の“アワード”を改良した新製品を来月発売予定ですが、

その製品を御社の独占的取扱商品にしましょう。村山社長の復帰を願って」

 

ジャスティス社が開発中のアワードが、阿波太郎という商品名で発売されたのは、それから3ヵ月後だった。

蒲田は、自分の意の通り、事が運んだことに喜び、念願どおり軟体銀行社の全精力を傾けて

日本中のパソコンショップに阿波太郎を大量陳列した。

店頭の一番目立つところは、真っ赤な阿波太郎で埋め尽くされた。

 

阿波太郎 完