神は存在する
2004年11月27日version T
怪談でも宗教の話でもありません。
ある自然現象に遭遇したとき、その素晴らしいデザインに、神は存在すると感じました。
中学3年生の時、父の手伝いで延縄漁に出ました。
延縄漁は、1本の延縄に数百本の釣り針をつけ、
それを海に仕掛けて、後から回収すると言う漁法です。
夜のうちに仕掛けを流し、魚が餌を食べる“朝まずめ”
(魚は、朝日が昇ったころが一番活発に食餌する。その時間帯のことを朝まずめという)
の後、仕掛けを回収します。
出発は、夜の9時ごろでした。2時間ほど沖合いに出て、用意していた延縄を海に流していきます。
雲ひとつ無い晴天の夜で、満天の星空でした。
星は、緩やかな丸いカーブを描いた水平線の空と海の境界線にまで明かりをまたたかせていました。
西のはるか沖合いの小さな島の上に小さな雲がかかりました。
それを見た父が、慌てて仕掛けを途中で止め、目印のブイに繋ぐと、船を動かしはじめました。
エンジンをフルスロットルにして凄い形相で舵を握っています。
時化が来るんだなと理解しました。
父は、一目散に漁港を目指しました。
しかし、1時間もしないうちに、風が強くなり、海は、大時化になり、雨が激しく降ってきました。
父は、「駄目だ。間に合わない」と叫んで針路変更をしました。
「どうするの?」
という私の問いに、父は、
「**島の影に入って、時化をやり過ごす」
と、応えました。
船は、無人島の**島の小さな入り江に入りました。
通常は、トモ(船の後部)に1本だけ下ろす錨を、オモテ(船の前部)にも2本で固定しました。
しかし、木の葉のようにという例えが、まさしくこのことだと実感されるように船は、
暴風雨の中で激しく揺れ、大破する寸前です。
辺りは、真っ暗闇で、小さなマストに点灯している小さな明かりが雨の中で、ほの暗く光っていて、
その明かりが、ある時は、横から、ある時は、下から降り荒ぶ雨を照らして船をわずかに浮かび上がらせています。
合羽をかぶって、小さな船倉に入って、ただひたすら船に掴まっていましたが、このまま死んでしまうと思いました。
父は、風と波の方向に合わせて、舵を操作しています。
船は、舳先の方向からの波には、壊れない構造になっています。
逆に、横からの波には、もろく、簡単に転覆してしまいます。
だから、たえず風と波の方向に船の舳先を向けている必要があるのです。
暴風雨に加えて、大きな雷鳴が鳴り響き始めました。
周りに遮蔽物の無い海の上ですから、この世とは思えないほどの大音量で雷が鳴り響きます。
しかも、だんだんと近くなります。
天を見上げると緑の稲妻が真っ暗闇の天空をエメラルドグリーンに光らせます。
どうやら、近くの無人島や海の上に出ている瀬に落ちているらしく、
ドーンドーンと大砲の音のような音が鳴り響きます。
とにかく、何時間になるか判らないが、この嵐をやり過ごすしかありません。
それまで、船が無事で壊れないでいることを祈るしかありません。
父は、もう2時間近く、操舵に専念しています。
その時、風雨が静かになり始めました。
みるみる風雨が沈静化していきます。
「時化が止んだのか?」
と、私が聞くと、父は、
「違う、目に入った」
と、応えました。
「目?台風と同じ目?」
「そうだ!」
もちろん、初めて遭遇する自然現象です。
何と、風雨は、ぱったり止んで、空に満天の星が輝き始めました。
海は、波ひとつなく、鏡のような水面に星が映っています。
小さな入り江でしたが、水面がドームのように盛り上がり、船はその球体の一番頂上で、上も下も
満天の星を従えています。
まるで、世界で、この船だけが存在するかのように静寂の中に浮かんでいました。
天の上は、星空でしたが、回りは、雲と暗闇の壁が取り巻いています。
ちょうど、茶筒の真ん中に居て、天空は、星空、浮かんでいる海は、
海面がドームのように盛り上がり、その真ん中に船が居るという図式です。
周りを取り巻いている黒い壁に、雷が轟いて緑の光の壁になります。
その雷が瀬に落ちるのか、凄い音が響いて、黒い壁に光る緑の光が海の中に走ります。
その瞬間、船の下の海が一面エメラルドグリーンに輝きます。
そして、海の中を泳ぐ魚の群れがそのエメラルドグリーンの中に黒い影で見えます。
死ぬかも知れないという恐怖の中に居ながら、人知を超越した自然現象を
今、まさに体験しているという喜びで、心は、高揚していました。
しかも、どんな映画も絵も再現できない光と音のドラマが目の前で繰り広げられているのです。
どんな無神論者もこの光景を目にすると、自然は、神がデザインしたと感じることでしょう。
そして、人間の愚かな知恵は、神の創造に及ぶべくも無いという敬虔な気持ちになります。
神は、存在すると素直に感じました。
西の方からの周りの黒い壁が近づいてきました。
また、目を抜けて、嵐の中に突入するわけです。
黒い壁、そして、雷が光るときは、緑の壁が、船の近くまで寄ってきました。
すると、小さな船のマストがビーン、ビーンと音を立て始めました。
一番上に設置しているランプのホヤが震えながら青白く光っています。
「うああ、セントエレナの灯だ!」
と、私が叫びました。
「何だそれは、」
父が聞くので、
「雷の帯電現象で、マストが高電圧に帯電している」
と私が、答えました。
(私は、中学3年生のときにアマチュア無線の免許を取得しているので、電機理論は、得意)
マストだけでなく、私の頭髪は、帯電して、逆立っていました。
再び、嵐の中で翻弄され、漁港に寄港できたのは、翌日の正午近くでした。
東シナ海や玄界灘に局地的に発生する低気圧の目に遭遇して、体験した自然現象の美しさです。
これが、神風と呼ばれる元寇の役の時の自然現象でしょう。
余談ですが、神風を歴史的事実として否定する学者がいますが、実体験した私は、
「事実は、人間の想像を超える」と思います。