小倉の原子爆弾
2004年11月30日
私が、小学生のときですから40年以上前のことです。
遊び友達と二人で裏山に桑の実を取りに行きました。
段々畑の中腹に、生えていた桑の実を取って食べていた時に、
ふと一番上の段を見ると大きな犬が居ました。
「**ちゃん。あそこに山犬がいるよ」
私が、友達に言いました。
当時は、野良犬が山に住み着いて、野生化しているのを山犬といっていました。
「ほんとだ。大きいね。だけどあんな上だから心配ないよ」
と、言いながら、友達は気にしないで、桑の実を食べていました。
しかし、どうも何時も見慣れている山犬とは違います。
山犬は、痩せていて、小さく、汚いのが普通でした。
その犬は、真っ白でとてつもなく大きく、こっちを睨み付けています。
普通の犬の4倍ほどの大きさです。
何となく怖くなってよく見ると、犬の顔ではありません。
吊り上った怖い目で、しっぽが丸く輪を描いています。
子供の目で見ても、明らかに犬とは違う生物です。
「あれは、山犬じゃないよ」
と、震えながら私が言うと、それまで気にしないで桑の実を食べていた**ちゃんも気づきました。
その瞬間、その犬は、ポンと飛んで、一段畑を降りてきました。
そうすると表情が判りました。
二人に恐怖が走りました。
二人は、それが何であるかもわからないまま、
とにかく怖い存在であることだけは、理解できたので走って逃げました。
家まで帰ってきて、大人たちに話をすると、
「お稲荷さんをみたんだろ」と、事も無く言われました。
「お稲荷さんって?」と、聞く私に、
おばさんが、お稲荷さんを祭ってある場所に連れて行き、陶製の狐の人形を指差しました。
それは、私たちが見た、あの山犬にそっくりでした。
この時は、見たというそれだけで終わったのですが、
この後私の人生の中に起きる不思議な出来事の最初の出来事でした。
私の村には、狐も狸も居ますので、本物がどんなものかよく知っています。
狐がそのまま真っ白であっても、あのお稲荷さんと呼ばれたものとは、まったく違った生物です。
動物図鑑にも載っていない、もちろん生け捕りにされたこともない生物が、
存在することなど自然科学では考えられません。
では、私が見た、”あれ”は、何だったのでしょうか?
もちろん、お稲荷さんだったと言われれば、それで終わりですが、
日本全国で数多く目撃されているからこそ、
日本中に同じような稲荷伝説が残っている理由になりますが、
じゃあ、お稲荷さんとは何か?
夜になって、興奮が収まらない私は、父と母に見たものを話しました。
そうすると、寡黙な父が
「お前が見るようになったか」と切り出して、自分の体験を話し出しました。
父は、戦争中、満州に居て、白い狐を見て助かった話や、
漁の時に岬の突端に居る狐を見て嵐を避けた話をしだしました。
誇張や演出が入っていたかどうかは、今となっては、判りません。
しかし、5人兄弟の4番目の私だけが見たことについて、自分を継いでくれた子供と認識をしたようです。
あの白い犬(狐?お稲荷さん?)は、何だったのか、
後々幾度と無く考えてみたのですが、ひょっとして、祭られているお稲荷さんの人形の記憶が頭の片隅にあり、
それが白日夢として再現されただけなのかなとも思います。
しかし、それにしては、**ちゃんも同じ物を見て恐怖を覚えたというのは、不思議です。
ただし、その物を見たのは、人生その一度きりで、その後の不思議な体験でもその姿は、お目にかかっていません。
母親の方の話です。
私の母親は、終戦当時は、北九州の小倉に住んでいました。
1945年8月8日の夕暮れ時に小倉の高い建物に白い狐が街を見下ろしている姿を現したそうです。
母をはじめとして、道行く人たちの多くがその姿を見つけて、指差しては、
「お稲荷さんが出ている」と見ていたそうです。
翌日の8月9日に長崎に原子爆弾が落とされました。
このB29は、軍需工場が多い小倉を標的として飛び立ったものの雲が多く、
標的を確認できなかったので、第2候補の長崎に向かったということです。
「小倉に落ちていたら、お前は生まれていなかった。あのお稲荷さんのおかげかも」
と言われました。
姿を見せた白い狐と小倉と原子爆弾の3つに因果関係があるかどうかは、わかりません。