おいらは、ドラマ〜        

                              20041127日 versionT

                  

歌舞伎町では、本名よりも、エレベ〜タ屋という通称の方が有名であった。

呼び方からもわかるように、エレベータのメンテナンスを職業としているらしいという噂なのだが、

本当にそれが正業なのかは、ほとんどの人が知らない。

 

「エレベータ屋さん」と声をかけると、豆狸みたいな顔をくしゃっとさせて笑う。

その笑い顔は、歯が抜けているので、少し間抜けに見えるのだが、愛嬌があった。

とにかく、歌舞伎町でなんらかの生業を持っている人ならば、どこかの角々でしょっちゅう出会う。

コンビニでごみ箱を漁っている、プータロー、地回りのやくざや、

巡回している警察官よりも歌舞伎町を自転車漕ぎながら、廻っている。

そんなにめったやたら、エレベータのトラブルが発生するはずがないので、

別の用事でもあるのだろうが、街を廻るのが、仕事そのものと思えるほど

今日も口笛を吹きながら、ガニ股で錆びた自転車を音立てて漕いでいる。

 

まるで、漫画の中から抜け出てきたようなキャラクタと、愛嬌のある笑い顔のせいからか、

地回りの恐いお兄さんがたも気軽に声をかけて挨拶する。

 

エレベータ屋は、もうひとつ歌舞伎町のホステスたちにも人気がある。

というのも、あちこちのクラブやバ〜に頻繁に顔を出すのである。

どんな金持ちも、どんないい男も、店に通って、お金を使ってくれなければ、もてない

と、いうシンプルな原則の街だから、当然もてる。

しかも、その店で、指名人気のない娘たち、はっきりいえば、

見目麗しいとは言えないホステスばかりを指名するので、売れない娘たちには、評判が良い。

エレベータ屋の収入で、そんなに飲み屋通いができるはずがないので、

実は、親が残した遺産のビル管理でたいした財産があるらしいという噂もある。

歌舞伎町では、誰でも知っている有名人でありながら、その実は、誰も知らない。

 

歌舞伎町に、奇人変人の類いは、掃いて捨てるほどいるが、

このエレベータ屋程、変わっているのもなかなか居ない。

中でも際立って変わっているのは、どの店に行っても、カラオケは、一曲しか歌わないのである。

石原裕二郎の「嵐を呼ぶ男」の一曲だけである。

「おいらは、ドラマー」というくだりで始まる、その一曲だけで、本当にこれだけしか歌わない。

まわりの客がどんなにしつこく強要してもにこにこ笑って他の歌を歌うことはない。

事情を知らない客などは、「何だあいつは」となるのだが、

事情を知っている客の間では、もう当たり前のことになっていて、

エレベータ屋の「おいらはドラマー」を聞かないと歌舞伎町に飲みに来た気がしないという人さえいる。

その証拠に、カラオケがどんなに混んでいても、誰かが必ず、エレベ〜タ屋のためにリクエストを入れている。

おおよそ、客同士の一体感など存在しない歌舞伎町で、リクエストに応えて、

歌い出すと、客のほとんどが喝采するのである。

歌は、お世辞にも上手いと言えない。

しかし、台詞のところの「パンチだ、キックだ」の箇所になるとたっぷりの情感を込めて声を張り上げる。

そして、歌い終わると、次の店へ行ってまた、「おいらは、ドラマー」を歌う。

その生活を三十年ほどの間毎日続けているのであるから、

まさしく、「継続は、非凡なり」を地で行っている人生である。

 

その平凡なエレベータ屋の人生の中で、思わぬイベントが発生した。

歌舞伎町の雑居ビルで火災が発生し、四十四人という犠牲者を出した、まだ記憶に新しい

あの事故の関係者として、事情聴取を受け、その姿がテレビで全国に流れたのである。

火災発生時にエレベータが動いたかどうかという点と、エレベータや階段に通じる避難経路に

障害物があったかどうかという調査に答えている姿が繰り返し、ほとんどのテレビ局で放映された。

もともと、全国区ではなかったが、歌舞伎町の有名人だったので、

テレビ放送が流れた後の周囲の盛り上がりは、大変なものであった。

街で会う人がほとんど「見たよ」とか、「出てたね」とかの声をかけるのである。

クラブに飲みに行くと、何時にも増して、女の子達が群がって来る。

事故で犠牲になった人たちには、不謹慎で顰蹙かもしれないが、

悲惨な事故の、その緊迫した画面に登場した、エレベータ屋の歯の抜けた間抜け顔が、

「他人の不幸は、蜜の味」という少なからず誰しもが持っている心情に合ったのか、

事故そのものよりも皆のかっこうの酒の肴となったのである。

 

当然、長い人生の中で、そうしたスポットライトを浴びたことのないエレベータ屋の歌う

「おいらはドラマー」が、絶好調の歌声となって夜の歌舞伎町に流れた。

 

何時ごろか、誰かが、「最近エレベータ屋さん見ないね」と言いはじめた。

「あれっ?そういえば、ここ最近、何ヶ月か見ないね」と、皆が気づいたころ、またひょっこりと現れた。

しかし、げっそりと痩せ細り、髪はなくなり、目の周りには、隈が出ていた、

その顔を見て、ほとんどの人が驚きの声を上げた。

一目で、重病をわずらっている状態であることがわかる。

愛嬌のあった、豆狸みたいな顔は、黒々とした小動物そのもののように変わっており、本当の狸を連想させた。

 

エレベータ屋は、馴染みの一店である“花屋敷”に顔を出した。

この店には、一番贔屓にしていた天津出身の中国人ホステスの“みよ”が居る。

みよは、エレベータ屋の変わり様を見て、「いらっしゃいませ」の言葉さえ出なかった。

苦しそうな顔をしながらゆっくりと席に着きエレベータ屋は語り始めた。

「大腸がん」

「3ヶ月前に病院に行ったら見つかってね。だけど見つかった時は、もう遅かった。大手術で、大腸の少しと直腸を全部取った」

「おかげで、人工肛門。 ほらっ」

エレベータ屋は、服をめくって身体に付けている人工肛門を、みよに見せた。

「もう、肺にも、リンパにも転移しているんで、長くないんだけど、病院にいても痛み止めの薬だけだから退院してきたんだ」

「後一ヶ月か、二ヶ月だろうから、歌舞伎町で飲みながら死にたいよ」

力なく笑いながらエレベータ屋は、ウーロン茶を注文した。

みよは、どう返事をしていいものかわからないまま、泣きながらウーロン茶を取りに行った。

その時、2つ先のテーブルに居た、常連客が、「エレベータ屋さん。久しぶりだね。いつものやつ行こうか」

と、言いながら、「おいらは、ドラマー」をリモコンで選曲した。

最初は、弱々しかった歌声が、「パンチだ、キックだ」の台詞の部分になると、いつもの調子と同じような声量になっていた。

しかし、人相と姿は、すでに死期を覚悟していることを判らせるような青いオーラを纏っていた。

 

それからは、花屋敷だけで、ウーロン茶を飲みながら、「おいらはドラマー」を歌うエレベータ屋が毎日見られた。

愛人以上のかいがいしさで献身的に世話をする、みよの目には、いつも涙が滲んでいた。

 

二ヵ月ほど後、再入院した翌日にエレベータ屋は、息を引き取った。

その前日の夜、最後の「おいらはドラマー」を息絶え絶えに歌うエレベータ屋が、居た。

 

それから、数ヶ月が過ぎ、花屋敷でも、エレベータ屋のことを話題にすることがなくなっていた。
一元客のサラリーマンのグループの一人が、「嵐を呼ぶ男」をリクエストした。
花屋敷では、この歌を歌うのは、タブーであったのだが、リクエストを受けた、

新人の茶子もそんなことがあったとは聞いてないので、選曲して、リモコンを押した。
別の客と盛り上がって気づかなかった店長と、ママは、曲が流れた時は、

驚いて止めようとしたが、すでに、客は、マイクを握り締めて歌い出していた。
一元客のグループ以外の客もホステスもエレベータ屋の一件を知っている者は、全員静まり返った。

そして、店にいる全員が、「パンチだ、キックだ」の台詞の時に、

あの甲高い、エレベータ屋の声がしたのを確かに耳にした。