パラサイト              20041126日 version

 

生きている人間のほうが、妖怪や霊よりも怖い。

この言葉が、私たちの日常で、常套句として使われますが、

本当に怖いという人に出会ったことのある人は、どれくらいいるでしょうか?

 

暴力的な人、893、強盗、泥棒、ストーカー、詐欺など、

怖いといえる人は、私たちの身の回りにかなり、日常的にいます。

もちろん、こうした普通に暮らしている人に害をなす悪いことをする人たちも

怖いのは、怖いのですが、普段の生活の場で、出会う確立は、少なく、

警察や法などの力を借りて排除することができます。

しかし、そうした向こうの範中ではなく、

普通の日常の中に、とんでもない人間が、潜んでいる場合があります。

 

私が、15年ほどの長い間煩わされたM山が、その典型的な人間でした。

小説の中に登場するおかしな人間なんて、

まだまだかわいいといえるほど強烈に怖い人間の話をします。

 

M山は、小さな会社を経営していました。

無理な拡張路線を敷いたのと、

途中でブレーキをかけるのが遅かったので、倒産しました。

私は、日航機123便の話で書いた愛甲社長を亡くした直後だったので、

何とか助けることができないかと、

私の経営する会社の手伝いをしてもらうことにして、

いくばくかのサラリーを出しました。

 

ある日、彼の家に遊びに行って、

奥さんに私の仕事を手伝ってもらうという話をしました。

この奥さんは、2度目の奥さんで、M山の元の社員です。

私も良く知っている人で、仲が良かったので、

何でも気軽に話せる間でした。

 

その奥さんが、

「はくたくさん。あなたは、このM山のことを自分でよく理解して、

面倒見る気になったと思うけれども、甘いわよ。

この人は、あなたが考えている以上に、とんでもない人だから」

と、忠告します。

「分かっているよ」

「ふーん。そうならいいんだけど。私は、責任もちませんからね」

「本人の前で、そこまで言う奥さんも珍しいね」

 

それから、1年後ぐらいのことです。

その奥さんに脳腫瘍が発見されました。

T大学病院の先生が、手術の難しい場所にある腫瘍で、

手術の成功率は、50%。

つまり、半分の確立で死ぬと言います。

「手術をしないで、これからの人生を

どう過ごすかを考えたほうがいいんじゃないでしょうか」

と勧めたのに対して、その奥さんは、

「私の人生は、私のものです。先生は、手術をしなさい」

と、命令口調で言い切りました。

手術の前も後も、一回も泣き顔をみせないどころか、

普通に明るい笑い話をしている気丈な奥さんに驚きました。

しかも、手術の後は、頭蓋骨の形がリング状に1Cmほど陥没している頭を

隠しもせずに普段通りの生活をしていました。

 

その奥さんが、ある日私に対して、

「はくたくさん。私、この人と別れることにしたから」

と、言います。

そして、奥さんが話した別れる理由というのは、M山の病気の再発でした。

奥さんが確立50%の死線と戦っているときに、

彼は、奥さんの銀行口座に入っているお金を全部おろして、

ギャンブルにつぎ込んで、すってしまったのです。

 

「また、病気が出たのか」

と、私は、暗澹たる気分になりました。

 

彼が、前妻と別れた理由もそれでした。

前妻には、二人の子供が居ましたが、家に一切の生活費を入れずに、

収入のすべてをギャンブルにつぎ込んでいたのです。

しかも、下の息子は、先天性の重度精神遅滞症で、

まったく、言葉を喋らず、他人とはコミュニケーションを取れません。

奥さんは、一人で生活を切り盛りし、施設の送り迎えをして、

上の娘を学校にやり、という孤軍奮闘を続けていても、

まったく家庭をかえりみなかったのです。

 

私は、その理由を知っていました。

そして、彼の病気が、強迫性障害(この場合は、一般的にギャンブル依存症)

と、いう精神病だということを知っていて、私の仕事を手伝わせていました。

そして、「絶対に更正する」という彼の言葉を信じて、

更正プログラムを一緒に努力して実行していた矢先の再発です。

 

ギャンブル依存症という病気が、どれくらい人間破壊の病気かということが、

世間では、あまり理解されていません。

場合によっては、麻薬より人格を破壊し、周りの人間を不幸にします。

 

私は、自分が麻雀好きで、歌舞伎町の危ない場所で、

危ない麻雀を打っていましたから、

この病気で死んでいった人を数人知っています。

電車に飛び込んだやつ、わずかな金欲しさに強盗をはたらいたやつ、

喧嘩で殺されたやつなど、この病気に犯された者は、

ギャンブルの種銭欲しさに、人間性を喪失して、何でもやってしまうのです。

 

しかも、M山の場合は、ギャンブルの中でも一番救いようのない

破滅型のポーカーゲームです。

たった1回のフォーカードなどで、千円が数十万円になります。

そして、その数十万円を倍になるか、ゼロになるかという

BIG or SMALL”という賭け方をするゲームです。

あたれば、その数十万円が、倍の百万円に、

そして、はずれれば、ゼロになるというゲームです。

依存症の連中は、その倍々ゲームを外れるまでアップしていくのです。

普通の精神構造なら、絶対に的中が続くことが有り得ない

と、考えるのですが、なにしろ病気に冒されていますから、

パンクするまで、続けます。

BIGまたは、SMALLのボタンを叩いた一瞬に

巨額の金を手にできるという期待感と高揚、そして、

それが外れたときの失意と自虐的な心のバイブレーションが、

どんな喜び、刺激よりも快楽のドーパミンを脳内に強烈に放出するのです。

 

そして、この快楽に一度取り込まれると、

人間をやめなくては、治らないほどの重症患者となり、

さまざまな社会的事件を起こすのです。

 

M山は、2番目の奥さんとも別れました。

その後、病気は、よりひどくなります。

 

ある日、会社に出勤すると、会社中のパソコンが机の上にありません。

(数名の小さな所帯ですから、パソコンも数台でしたが)

M山が、パソコンを売り飛ばして、換金したことは、すぐに想像できました。

時々、私の机の引き出しに入れておいた、

小銭が無くなっているのに、気づいていましたから。

小銭ですんでいるうちは、軽い病気のぶり返しくらいの症状だし、

その小さな波の繰り返しの中で、快方に向かえば良い

と、いう判断からだったのです。

 

自分の机の上にあるはずのパソコンがなくなっているので、

仕事を始められない社員に対して、

「しばらくの間、電話とFAXで仕事を続けて」

と、指示し、M山のアパートに向かいました。

 

アパートも社員寮として、会社が借りたものです。

入居するときに、布団、洗濯機、衣服など

身の回りの一切のものを手当てして、与えていました。

アパートに着いて、驚きました。

入居のときに購入して、快適とまではいかなくとも、生活をできるように

と、手当てした、一切のものが、消えうせていました。

そして、押入れの中に、新聞が敷いてあり、

脇に新聞がくしゃくしゃになって積まれています。

 

なんと、夜寝るときに必需品のはずの布団さえ、換金していたのです。

そして、寒さをしのぐために、押入れの中に入り、

新聞に包まって寝ているのが見て取れます。

当然、自己負担のはずのガスも電気も止まっていて、

部屋は、ただ、単に雨の降らないホームレスの寝場所でしかありません。

 

部屋を掃除し、ガス代と電気代を支払い、

M山が帰ってくるのを待ちました。

行くところがないので、帰ってくるのは、分かっていました。

案の定、深夜の3時過ぎに見に行くと、人の気配がします。

鍵を開けて入ると、M山が居ました。

 

「お前は、何をしているんだ!」

大きな声で、怒鳴りました。

「すみません。すみません......」

と泣きじゃくります。

何年も何年も、何十回となく繰り返された光景です。

すみませんも、本心から言った言葉ではなく、

私が見つけて登場したことによって、

明日からの飯は、とりあえず食える

と、いう甘えがもう心の中にあるのです。

典型的な脅迫性障害の症状です。

 

パソコンを業者から買い戻し、

とりあえず、衣類や布団などの支給をして、

月給制ではなく、毎日1000円の日当払いにしました。

とにかく3000円以上のお金を持たせると、ポーカーゲームに行き、

その瞬間にすべての理性が吹っ飛び、

どんなことをしても種銭を作って、また闇の中に引きずりこまれる

と、いう生活の繰り返しです。

 

1年ぐらい、まじめに働いているなと思って、出張させると、

旅費を全部使い込んで、また、アパートで一人新聞にくるまって寝ているのです。

こうした、小さなエピソードなら、本当に掃いて捨てるほどの量があります。

そのどれもが、普通に暮らしている人なら想像できないような、人格崩壊の出来事です。

 

私は、預かった責任上、何とか更正できないかと思っていました。

しかし、ついに私の堪忍袋の尾が切れる事件を引き起こします。

 

M山の下の息子は、重度の精神遅滞症ですが、

ある、特殊な才能があって、絵は、プロの領域を超えて、芸術家として有名なのです。

その息子が、銀座の画廊で個展を開催することになりました。

 

M山が、その個展が開催されるという新聞記事を切り抜いてきて、

「これに行きたいんだけど...」

と、私に見せました。

「おお 行ってやれば。20年間も奥さんに迷惑のかけどおしで、

何一つ父親らしいことをしてあげられなかったから、

個展に行ってあげれば、少しぐらいの罪滅ぼしになるかもしれない。

手ぶらじゃ、ばつが悪いだろう。何か記念のお祝いでも持って行きなさいよ」

と、3万円を渡しました。

 

ちょっと、心の中に心配がよぎりましたが、

2年ぐらい、病気が出ていなかったのと、

事情が事情だけに、まさか、有り得ないだろうと考えました。

 

翌日、普通に出社してきたM山を見て、

私の心配が杞憂だったことに安心しました。

「おお 昨日は、どうだった?」

「おかげさまで、個展のほうも盛況で...ありがとうございました」

と、M山は、笑って答えました。

 

私は、別の用事で、前妻に用事があったので、電話をしました。

「この度は、個展の開催、おめでとうございます。

本人(M山のこと)もお祝いに行ったと思いますが、喜んでいました。」

「ええっ?来てませんよ」

 

私が、甘かった。

 

M山のところに走って行き、ぶん殴りました。

「お前は、人間か! 犬、畜生でもそこまでひどくないぞ。

2度と俺の前に顔を出すな!」

 

事情を飲み込めたのか、今度は、泣いて懇願することもなく、

私の前から姿を消しました。

やっぱり、再度支給した全部の生活道具を換金して。

 

それから、半年ぐらいは、新宿西口公園に居る

と、いう情報が知り合いからもたらされていました。

 

そして、ある日、友人の一人が、興奮して私に電話をしてきました。

M山が、TVに出ていた。TBSの特集で、

ホームレスも社会復帰をするために努力をしているという内容だった。

リストラをくらった失業者が、ホームレスになったが、

りっぱな精神で困難を打破しようとしているという話だ」

 

強迫性障害と周辺症状の中には、パラサイトという分類はないが、

現実は、こうも薄汚く、かつ欺瞞と不誠実が存在する。

 

そして、明日も手を差し伸べた人の温かい懐の中で

パラサイトのように栄養分を吸って生き延びている。