プーケットの不思議な夜
2004年12月31日 初稿
1999年の2月、タイのプーケットに旅行した。
私の長年の友人であるアメリカ人のBillが、プーケットでダイビングショップを経営していたので、
熱帯魚の群れの中で泳ごうという休暇だった。
Billは、大学時代に留学で来日して、卒業の後アメリカに帰り、
数年後に仕事で再来日して13年の間日本で生活していたので、日本語は、まったく普通の会話ができる。
日本と日本食が大好きで、義理人情に厚い日本人以上の侍スピリットの持ち主である。
しかし、最近の日本人は、守銭奴となって、義理人情を忘れてしまったと、憤慨し、
素朴な人情の残るタイに生活基盤を移した男だ。
2月のプーケットは、一年中で一番美しい、天候も日中に1,2度スコールが来るだけのハイシーズンで、
強烈な日光を対処すれば、快適なリゾート地である。
現地に生活している人が居る海外の地への旅行は、気楽で楽しいものだ。
Billは、友人達を集めて、全員でウエルカムパーティをやってくれた。
プーケットのメインストリートにあるパトンビーチの真ん中で、
店の前に椅子と机を出して、ビールで飲み会が始まった。
Billの気さくな人柄と、誰とでも友達になれる、数ヶ国語を喋る能力で、29人の宴会になった。
みんなの国籍を尋ねると20カ国になった。
日本では、絶対に不可能と言える数字だ。
これだけ、いろんな国の人が集まると、言葉が、
世界共通語のブロークンイングリッシュになるから逆に会話が盛り上がる。
お昼過ぎから盛り上がった宴会は、夕方まで続いたが、プーケットの夕方は、日が暮れるのが遅い。
熱帯の美しい夕焼けと、心地よい潮風に吹かれながらの楽しい飲み会は、
リゾート地ならではの感激する体験だった。
Billの友人の多くが、夜の海を潜って散歩するナイトダイビングツアーに出かけるというので、宴会は、お開きになった。
Billは、その日は、私に付き合ってくれてプーケットに残った。
プーケットの村で、お祭りがあるらしいという話しを聞きつけて、Billが行こうと言い出した。
Billが運転する4輪駆動のジープで、海岸からはるかに離れたお祭りをやっている村へと到着したのは、
日がようやく西の空に沈んで、茜色を残しながら星が空に瞬き始める夕暮れだった。
村のお祭りは、中国系の村のようで、旧正月のお祭りだった。
その日は、旧暦の1月1日だった。
台湾や中国での旧正月の経験があるので、中国人たちが、春節と呼ぶお正月は、
一年で一番にぎやかなお祭りをすることを知っていたが、大変な人出で驚いた。
どうやら、広い寺院の庭を祭りの会場に開放しているらしく、多くの露天商が店を出している。
近隣の村々の村人が、一人残らず出てきているのではと思えるほどの人ごみと、賑やかさだった。
とにかく、広い敷地にどれだけあるか判らないほどの店が雑貨を売っていたり、怪しげな見世物を出していたりする。
タイのプーケットまで、来ると、華僑の村といっても中国本来の儒教的なお祭りとは、
ずいぶん雰囲気が変わり、タイ土着の仏教の影響の方が強い。
それに、すぐ側のマレーシアは、イスラム文化圏なので、モスリムの服装をしている人も多い。
儒教、仏教、イスラム教の習慣、文化が渾然となった、旧正月のお祭りという不思議なお祭りである。
漢字と英語と、タイ語の混じった店を覗きながら、シンハービールを片手に歩き回っていると、
人息れと、アルコールのためか、酔いが回って来る。
それでなくても、日中からずっと飲みっぱなしである。
いろんな言葉が混じった喧騒の中に身を委ねていると、
異国の不思議な世界に迷い込んだ感激が、酔いを助長し、さらに心地よいものにしている。
そうしているうちに、Billと一緒に来た連れのメンバー達とはぐれて、一人になってしまった。
「まあ、いいや。駐車場は、解っているのだから約束の時間までに戻ればいいだろう」
と、考えて、一人で歩き回ることにした。
仏教国らしく、いたるところから、線香の煙がたなびき、香りが漂っている。
その中に、いっそう際立って、強く甘い匂いがする。
匂いの正体は、花である。
南国特有のハイビスカスの仲間のようなそれでいて、くちなしの花の匂いのような匂い。
その花を売っている店もあり、店のあちこちに、匂いを楽しむためにぶら下げているのだが、
それらが、夜になり、強烈に匂いを放っている。
一般に、南国の花は、夜になると開花し、虫を誘導するために匂いを放つが、
それは、昆虫だけでなく、すべての生物を誘引するフェロモンと同じ構造をしているらしく、
官能的な艶かしい匂いである。
太古の昔から、動物も植物もこうして、フェロモンを発しながら、
子孫を残そうとする遺伝子によって栄えてきたのだなどと、想いながら歩き回っていた。
そのうちに、強烈な花の匂いなのか、人ごみと喧騒なのか、
はたまたアルコールによる酩酊からなのか判らないが、幻覚を見るようになってきた。
初めてきた異国の地でありながら、廻りを歩いている人達が、みな知っている人なのである。
そして、喋っている言葉が、全部日本語で理解できるのである。
小学校の時の先生が歩いている。
中学校の時の転校した友達が歩いている。
小さいころ近所だった遊び友達が歩いている。
死んだ父が店の中に居て、なんか売っている。
好きで、好きでたまらなかった初恋の人が笑っている。
俺は、頭がおかしくなったのか? 死ぬ前に見る最後の幻覚か?
まだ、自問自答できる自分が居る。
しかし、その幻覚は、続いている。
小さいときから幾度となく、見ている不思議な白い狐があちこちの店の屋根に鎮座している。
楽しくて、懐かしくて、少し悲しくて、そして不思議な時間は、ずーっと続いて、
行けども、行けども出口が見つからない。
おそらく、同じところを堂々巡りしているのだなということは、感づいていたが、
この不思議な体験に、そのまま浸かっていたい気持ちのほうが強かった。
どれくらいの時間がたったのだろう。
出口が見えてきて、待っているBill達が見えて、不思議な時間は、終わった。
白日夢だったのか、幻覚だったのか、酔っていただけなのか、何かの理由があったのか今でも判らない。
素敵な南国の不思議な夜の体験だった。
あのすばらしい、美しいプーケットが痛ましい惨事に巻き込まれた2004年最後の日、
一刻も早い復帰と平安を取り戻すように願っている。