すべては、猫に教えてもらった その2      2005414日new

 

              タマが我が家にやってきてから、数年たったある年のことだった。

              私は、中学生になっていた。

              桜が咲く今の時期に、猫は、子猫を産む。

              その年も例年のごとく、タマは、妊娠した。

              そして、5匹の子供を産んだ。

              私は、例年のように子猫たちを海に投棄して始末した。

              やはり、海から帰ってくると、半狂乱で子猫を探しているタマがいた。

              しかし、この年の狂い様は、普通の年より激しく、1週間を過ぎても声が潰れても鳴きさけんでいる。

              思い当たるふしがあった。

              昨年の春に、初めて「子猫を貰ってもいいよ」と、いう人が現れて、2匹の子猫を育てたのである。

              タマも初めて母猫としての子育てに挑戦した。

              まさしく、嘗めるばかりに一心不乱に子育てをするタマがいた。

              その子猫は、順調に育ち、3ヵ月後に貰われていった。

              やはり、この時もまだ、乳離れ、子離れしていなかったので、半狂乱でわが子を探すのだったが、

              とりあえずは、子育てという本能を満足させたのか、日にちが経つにつれ、元の状態に収まった。

              その経験があだになったのか、今回は、

              また、子供をどこかに隠され捨てられるという状況を受け入れなかったようだ。

              日に日にやせ細って、子猫を探すことをやめようとしない。

              目つきは、いつもの美しいタマではなく、明らかに精神に異常をきたしている目つきに変わっている。

              私は、できるだけ子猫の匂いのするものを捨てて、忘れさせようとした。

              ところが、ある日突然、異常な行動がピタと止んで、温和なタマになっていた。

              みると、腹が少し膨れている。

              「えっ?また、妊娠?」

              そう、思った。これまでも秋に子どもを産むことはあっても、

              春に2回も妊娠することはなかったので、驚いた。

              (子どもを捨てられたのが、原因で、どうしてももう一度子どもが欲しいという欲求が、

              ホルモンの分泌を刺激して排卵し、妊娠したんだな)と思った。

              私は、タマの妊娠、出産に何回も立ち会うことによって、

              中学校の時には、一連の生理学的な知識は、身につけていた。

              最初は、小さかった腹が、だんだん大きく目立ってきた。

              私は、タマのおなかをさすりながら、

              「馬鹿だなあ、お前は、春に二度も妊娠、出産していたら、身体に悪いぞ。そんなに子どもが欲しいのか?

              家では、子どもを飼えないから、また同じ運命なんだぞ」

              と、いたわっていた。

 

              その時、異変に気がついた。

              (今度は、何匹かな?)と思いながら、腹を丹念に触っていると、子どもが居ない。

              出産間近になると、腹の中の子猫も成長し、腹の上から触って、

              感触で何匹の子どもが産まれるかが判るのである。

              しかし、いくら丹念に触っても子どもの感触がない。

              不思議なことだけど、今までに経験がないので何が起きているか解らない。

              2,3日すると、タマが出産の準備を始めた。

              猫は、出産する直前に、なるだけ人の居ない、物置や床下などの暗がりを探し始め、鳴声が変わる。

              そして、乳房が赤く大きくなり、授乳できる身体の準備を始める。

              (もうすぐ、出産するんだな)

              と、思って、物置の暗がりにボロ布を敷き詰めて、産褥の準備をしてあげた。

              タマは、その寝床に入り込んで横たわった。

              明日の朝には、子どもが産まれている。

              そう、期待した。

              猫は、決まって満月か新月の日の満潮の時に子どもを産む。

              妊娠期間も29日かける2の58日と太陽と月の法則に従っている

              太古からの動物としての本能が生理をコントロールしている神秘さがある。

 

              翌朝、私は、物置の産褥を見に行った。ミャーと元気な鳴声で挨拶するタマがいた。

              私が近づくと、ボロ布を敷き詰めた産褥から、這い出してきた。

              (珍しいことをするもんだ)

              猫は、出産直後は、極端に警戒心が強く、

              私のように一心同体と思えるような飼い主でも子どもを守ろうという本能から警戒する。

              そのときは、まったく、警戒しないで、産褥から這い出してきた。

              見ると、中に一匹の子猫も居ない。

              (うあっ、食べてしまったか!)

              猫は、発育が不全な子猫や、人間によって処理される危険性がある場合などを察知した時に、

              産んだ子どもを食べてしまうことがある。

              過去に何回か経験していたので、全部の子どもを食べたのかと思った。

              しかし、産褥には、子どもの痕跡すらなかった。

              それどころか出産につきものの胎盤や羊水などによる汚れもまったくなかった。

              「タマ!お前は、どうしたの?」

              と、問いかけてもニャー(別に?)としか応えない。

              しかし、膨らんでいた腹は、出産直後の証として完全にへこんでいる。

 

              何が起きたのか皆目検討もつかないまま物置から出てきた。

              タマは、後を着いて出てきて、ニヤー(おなかすいたよ)と言っている。

              餌をやりながらも不思議な気持ちでいっぱいだった。

              ちょうど、そのとき、母親が来たので、顛末の一部始終を話して、不思議だと言った。

              すると、母は、「想像妊娠かもしれん」といった。

              「想像妊娠?」

              「頭の中で、想像しただけで、妊娠と同じように腹がでてくることがあると聞いたことがある。

              だけど、猫が想像妊娠するかねえ」

 

              翌日、母親の説明を裏付けるために中学校の図書室で、

              想像妊娠という項目を調べたが、動物でも起こるとは記載されていなかった。

              現代では、犬や猫などの動物でも想像妊娠、(正確には、偽妊娠というらしい)

              をするという事例が普通に報告されているが、昔の百科事典には記載されていなかった。

 

              私は、実際にタマが取った行動、とタマに起きた異変がまさに想像妊娠だったと考える。

              子供が欲しいという一途な願いが、己の身体の生理すら、変えてしまう意思の強さを持っている。

              その衝撃は、まだ、女性を知らない思春期の私にとっては、

              理解の範疇を超えて、実体験を伴わないバーチャルな出来事に思えた。

              そして、その意思の強さこそ、ありとあらゆる不可能や、有り得ないことさえ実現する本当の力だと思った。

              太古のそうした力を残している猫にできることなら、人間にできないはずがない。

              タマに教えてもらったのは、望むものを望む意思の力だった。