すべては猫に教えてもらった その4   2005713

 

           40年ほど前の九州の小さな漁師村には、猫に避妊手術などという考えかたは、なかった。

           少し、離れた村に獣医師はいたのだが、牧畜を営んでいる農家の牛だけが対象で、

           家庭で飼っている犬や猫は、すべて、放し飼いで獣医師に診せるという人は、居なかった。

           当然のように毎年、タマは、妊娠してその子供を私によって始末されていた。

 

           ある年に、知り合いの人が子猫をもらっても良いという話を母親が持ってきた。

           私は、仔猫を始末された後のタマの狂い様を見なくて済むという嬉しさと、

           仔猫を育てられるという二重の喜びで、嬉しくてしょうがなかった。

 

           タマは、その年は、4匹の仔猫を産んだ。

           もらってくれると言う約束は、2匹だったので、2匹を間引いて始末しなくては、

           ならないことは、例年と同じだった。

           前にも書いたように漁師村では、猫を大事にするが、ほとんどの場合雌猫である。

           雄猫は、マーキングの癖があり、干してある網や魚にかかると困るので、

           生まれた時に選別をして、雌猫を残す。

           私も親から言われて、雌猫を2匹選んだ。

           2匹ともキジトラで、お腹から足にかけて模様がなく真っ白だった。

           タマも四肢の先のほうは白かったが、この2匹は、足の上のほうまで白くて

           長い靴下を穿いているような模様だった。

 

           仔猫を育てられるという喜びで、残りの2匹を始末する悲しみは、いつもより少なくて助かった。

           そう思っても仕方が無いほど、まだ私は幼かった。

           しかし、海に始末する方の2匹を連れて行った時に、

           いつもとは別の悲しみと苦しみにさいなまれることになる。

 

           何時もは、生まれて来た仔猫の全部を始末する。

           悲しくて、苦しいことには違いないが、生まれて来た兄弟達は、

           どんな形にしろ同じ運命をたどることになる。

           天国に行くのも兄弟が全部手を取り合って一緒に行くのだから、

           せめてものわずかな幸せかも知れない、そう思い込むことができた。

           しかし、今回は、生まれてまだ目も開かないうちに死を迎える者と、

           母親の愛情に抱かれて乳を飲むことができる者とに分かれるわけである。

           それが運命というものという単純な割り切り方は、できなかった。

           何が、死を選ばせ、何が生を選ばせるのか?

           私に、その生と死を選択する権利があるのか?

           海に鳴き声を上げながら沈んでいく仔猫たちを見ながら、

           どうして、この2匹は、死んでいく方の運命に決まっていたのか....

           いつものように小学生の頭で考えられる命題ではなかったのだが、

           いつもより長い時間の悲しみが後を引いて、海辺を去ることができなかった。

           せめてもの償いに残った2匹を幸せに育てるから許してくれ

           と、心で詫びることで、自分を納得させることしかできなかった。

 

           家に帰ってくると、タマが残った2匹に乳を飲ませていた。

           2匹を間引きされたことに気がついているのか、少し挙動不振な動きをしている。

           2匹の仔猫が残っている安心感から、自分の餌を食べに仔猫の居る箱から出てくるのだが、

           ふと居なくなった仔猫のことを探して甲高い鳴き声を発してあたりを探そうとする。

           箱からニィーと仔猫の鳴き声がすると餌をたべることもそこそこに

           すぐ箱にとって帰して仔猫のそばにいる。

           また、いつの間にか仔猫が居なくなるという警戒心から私以外の家族を寄せ付けない。

           1週間を過ぎるころから、今度はどうやら連れ去られないで、育てることができる

           と、安心したのか穏やかな鳴き声に変り、自分の餌もあわてて食べなくなった。

 

           小さな2匹は、順調に育ち、動く宝石といってもいいくらいに美しくかわいいものだった。

           手のひらに載るくらいの大きさの動物が、息をして、乳を飲み、鳴き声を上げてよちよち歩く。

           世の中に、こんなに無垢で純真で光を纏った生き物が存在するということは、

           何にもまして驚きだった。

           私は、この無防備で、なんの穢れも知らない生き物を飽かず眺めている幸せに浸りきっていた。