砂の器
2004年11月30日初稿
松本清張の砂の器のなかの名場面に、親子が白装束で旅をする場面があります。
この小説の中では、当時、不治の病と言われた、ライ病(ハンセン病)を患った親が、
遍路の旅に出るというシュチエーションでした。
1950年代には、日本全国に、こうした、定住せずに日本全国を放浪する、旅の人がいました。
乞食や、現代でいうホームレスという最貧困の人たちではなく、修験者であったり、
お遍路であったり、托鉢であったりと、さまざまな動機、目的で旅を続けていたようです。
その中で、「ぜんもん」という人たちが居ました。
前門という仏教のことばからきた名称かどうか、定かな解釈が国語辞典にも載っていないので
わかりませんが、身分としては、最貧困層に近いものだったようです。
お寺や、神社の前門で寝泊りするところから来た名称なのでしょうか。
ただし、「ぜんもん」という言葉からも解るように、何らかの仏教の帰依を求めていて旅をしていたかもしれません。
(この解釈に関しては、かなり不確かな情報しか持っていませんので、
全国の方言や、言い伝えなど聞きたいと思いますので、少しでも知っている人は、情報をお願いします。)
私が、昨年故郷九州に帰省した時の話です。
夜ふけて、76歳になる母とよもやま話をしていました。
私が、小さいときから不思議な体験をしていることや、少し、普通の人と違った感覚があること
(人の死や病気がわかること、予知能力みたいな現象があることなど)の話になりました。
その時、母が
「お前が、そういう人間になったのは、あの時のあの人達のおかげだと思うよ」
と、言いました。
「あの時のあの人達?」
「お前が、小学1年生くらいだったかね。夜遅くなった時、家にぜんもんさんが夫婦で来たのよ。
そして、「一晩で結構ですから、夜露をしのぐ為に泊めていただけませんか」と、言うのよ」
「うちは、見てのとおりの小さな貧乏の家ですから、寝る場所もないし、食べるものもろくにありません」
「いえ、米は持っていますので、釜とお水だけ貸していただければ、
自分たちで、ご飯は作ります。寝るところは、この上がり口の土間で結構ですから、お願いします」
「そうは、言ってもねえ...」
「母ちゃんが困っていたら、お前が出てきてね、
「母ちゃん、よかじゃなかね。なんもなかばってん、泊まるだけならよかじゃろもん」と、言うから泊めたのよ」
「そしたら、朝起きて、家を出て行くときに、「ありがとうございました。
よい子供をお持ちですね。この子は、少し、変わっている運命をもっているようですから、
お礼に、この子は、将来に渡って、私たちが守ってあげます」と、言って出て行ったのよ」
「それから、お前は、変なことを言うようになったけど、誰からも好かれるようになったし、
勉強せんでも学校の成績も人に負けたことがないのは、あの人達のおかげだと思うよ」
この話が、私の母の創作によるものなのかは、念を押して確認しておりません。
その方が、夢があると思っています。