テディベア
2004年11月28日 versionT
新宿歌舞伎町にゴールデン街という酔街があります。
1958年に売春防止法が施行されるまで非公認の
いわゆる青線地帯だったところに小さな飲み屋が軒を連ねて営業をしています。
芸人や売文の輩が粋を気取って夜な夜な酒を浴びていて、
タ○リや嵐○光三郎などと出くわし、近年は、馳★周が舞台にした街です。
恐ろしいといわれる歌舞伎町の、さらに別格な怪しげな街で、魂の暗闇に引かれる
人たちを引き付けるのか、毎夜ドラマが起こる街です。
数年前の4月の雨の日に、私は、そこの”美貴”という店のカウンターで一人酒を飲んでいました。
美貴は、そこのママで、日本で最初にカミングアウトした歴史の先駆者です。
ピーターより古く、さらに三輪明弘より古く、第1世代のマーサ三宅達と同じ世代です。
私は、女性一筋なんで、その気はないのですが、
893さんの雀荘で知り合ってから、友達になり20年近く飲みに通っています。
もう、60歳を超えているので、わたしなどは、還暦オ○マと呼んでいます。
「今日は、ずっと雨でこのままお茶を引くのかね...」
「俺がいるじゃないか」
「あら、あんたは客の内に入らないよ」
などとたわいの無い話をしていました。
その時、ドアが少し開いて、青年が顔を出しました。
「あのう この店は、安くお酒を飲めるでしょうか...」
ドアの中に入ろうとせずに遠慮がちに聞きます。
「安く、酒を飲みたいの? いいよ!いらっしゃい」
と、美貴が明るく返事をしました。
青年は、それでも躊躇して、入ってこようとは、しません。
「大丈夫よ。うちは安心できる店だから。大女優の三○佳子だってくる店だし、
ほら、ここで飲んでいるこの人だってコンピュータ会社の大社長なんだから...」
「おい!俺は、大社長じゃなくて、泡沫企業だ」
私が声を出すと、安心したように青年は、入って来ました。
「いやあ、安心しました。一度でいいからこんなところで大人として
酒を飲んでみたかったんです。青森から出てきて2年間、専門学校に通い、
この春に就職できました。今日は、歓迎会で、先輩たちが居酒屋で歓迎会をしてくれたんですが、
帰ってしまったので、一人でうろうろしてました」
「おいおい。今日が就職して最初の酒で、しかも、初めてがこの店か?」
「はい! よろしくお願いします。社長さん」
「社長さんは、いいよ。 はくたく と名前で呼んでくれ」
「ああっ じゃあ はくたくさん。よろしくお願いします。私は、小熊といいます。」
「小熊? 小さい熊か じゃ テディベアだな」
(この姓は、三文小説みたいな、できすぎな姓だと思いますか?
現実は、もっとかわいい、そして、この事件の顛末にふさわしい...)
その日は、なんと美貴も2000円という大サービスで、青年は、楽しく帰った。
それから、その小熊という青年は、時々美貴に顔を出すようになった。
私とも、仕事のことや趣味のことなどを話して初めて実社会に触れた喜びを現していた。
「はくたくさんは、どんな映画が好きなんですか?」
「うーん 最近 デビッド・リンチが好きで、ツインピークスなんて良かったなあ。
ビデオを持っているから、貸してあげようか?」
「お願いします」
と、いうことになり、2,3日後にビデオを貸してあげた。
ところが、その後、ぱったりと来なくなり、見たら返すといったビデオも返却されないままだった。
ある秋の日、美貴のカウンターで飲んでいると、ドアが開き、見知らぬ青年が
「あのう、こちらに はくたくさんが居らっしゃると聞いてきたんですが....」
と、入ってきた。
「はくたくは、俺だけど。おたくは?」
「僕は、小熊の友人で山下といいます」
「おおっ 小熊君の...それで?」
「はい 小熊からはくたくさんにこのビデオを返して欲しいと頼まれまして、持って来ました」
「ああ ツインピークスね。どうして君が返しに来たの?小熊君は、どうしたの?」
「実は、小熊は、郷里に帰りました。少しノイローゼになりまして...郷里の病院に入院しました」
「ええ! ノイローゼ? それは...?あんなに明るかったのに、どうして??」
話を聞いていた美貴が、少しも話題に加わろうとはせずに、なんだかソワソワしています。
その瞬間、私は、すべてを悟りました。
そして山下君を帰しました。
「美貴! お前は、小熊君を食っただろう」
「うふっ! かわいいから食っちゃった」
「馬鹿やろう! 何が食っちゃっただ!
可哀そうに、あいつは、多分virginだったはずだ。
それを初めての喪失が還暦前のお前で、しかも、あいつは、お前が女だとしか思っていなかった」
「だって あんたと違って可愛かったんだよ」