占い師のマニュアル              20041124日改定

 

街角で、手相や姓名判断などで、

占うことをビジネスとしている人達のことを占い師と呼ぶ。

 

師と呼ばれる職業ではあるが、弁護士や医師のように

免許制度によって確立された職業ではなく、

小さな机と天眼鏡、それに筮竹(ぜいちく)などのそれなりの小道具があれば、

自己申告で成立する職業である。

 

しかし、彼らは、あきらかに一般の人たちとは、

風貌が違う装いである。

科学が及ばない領域の仕事をもって、収入を得ている、

彼ら、彼女らは、どのような能力を持ち、

占いを生業として成立させているのであろうか。

 

例えば、手相占いで、手を取って見て、

どれが生命線か運命線かさえも解らないようでは、

最低限の見立てすらできないので論外であるが、

彼らが人間の深遠なる洞察能力や、世事、故事の膨大な蓄積と分析能力を

備えているかというとまず、そういうケ〜スは、ほとんど無い。

 

こう言い切って断定すれば、生業としている占い師たちから

猛烈な抗議が来そうであるが、私は、一向に構わない。

極論するならば、「地獄へ落ちろ」と面罵されても、

いささかも我が身を心配することなどない。

例え、それが高名な占い師であっても。

 

抗議の刃が私に向けられても、たぶん、正道なものでなく、

本人達は、後ろめたさが半分のものだろう。

 

何故ならば、彼らには、良心の呵責となる後ろめたい事実が存在する。

その証拠として、彼らの基本的なビジネスの仕組みと運用を

熟練度の低い人たちでもできるように解説している

“マニュアル”が存在することを知っているからである。

ファストフード店で、ハンバーガを買った時に、

「ポテトは、いかがですか」という決まり文句を

店員に言わせるように書いてある、あれである。

 

そのマニュアルにしたがって接客すれば、

つまり、占って欲しい人に応対すれば、

明日からあなたも占い師になれる。

 

このことは、本来、企業の最高機密として、

表に出ないものであるが、高名でありながら、

実は、ちょっとネジの緩い占い師の元締めから聞いた事実である。

 

絶大な固定ファンを多数持ち、ほぼ、神の領域にまで高め崇められている彼だが、

夜の歌舞伎町のばくち仲間の中では、たんなる人のいいカモの旦那にすぎない。

彼は、仕事を離れたばくち場で、個人として付き合う世界の人間には、

本当の事を軽薄に喋る。

もちろん、占う相手には、プロの職業人としての言葉しか言わない。

 

この“占いのマニュアル”の内容を聞いてみると、

手品の種明かしみたいなもので、分かってしまえば、単純で、

何のことはないのだが、夜の街頭で、小さな小道具

と、それらしい風貌の人間が喋ると劇的な効果を発揮する。

手品を見た時のように、驚き、そして、

不思議がりながらも信じてしまうような話術のノウハウである。

それは、人心掌握術とセールストークのようなもので、

あなたに、そこそこの人の心の動きを読み取れるセンスがあれば、

あとは、このマニュアルに書いてある通りのやり方で、

占い師という職業が成り立つわけである。

 

これこれ、そこの御仁、こうして、知り合ったのも、何かのご縁、

信じる、信じないは、あなたの勝手であるが、

その中の極め付けのト〜クをお披露目しよう。

このト〜クは、あらゆる人に強烈に作用する抗生物質のようなもので、

どんなに占いに懐疑的な、ちょっと心が歪んでいる人にでも万能である。

実は、種明かしをすると、見立ててもらった人が、

自分から軽やかに財布を開け、見料を出させる支払い促進剤でもあり、

それゆえに、おまんまが食べられるというものである。

 

「あなたは、本当は、優しい人ですね」

文章にすると何の変哲も無い、むしろ陳腐にすら聞こえるこの言葉が、

使い方で劇的な効果を生む。

この言葉を相手の目を見つめながら、真剣な眼差しでゆっくり言うのである。

ここで強調するのは、本当は、という箇所である。

それも、手相を見ながら唐突に言う方が良い。

さらに追い討ちを掛けて、

「だけど、誤解され安いから損をするタイプだ」

と、続けるのである。

 

 

川端は、その日、むしゃくしゃしていた。

暇だったので、地回りのついでにぶらりと顔を出した

点ピンの安い麻雀屋で、6時間程で4万円も負けてしまった。

 

「ちぇっ、今日はついてないや」

ついてないのではなく、本当は、技量に劣るということを

思いつかないのが、組のなかでも幹部にあがって行けない理由である。

時間は、すでに暮れかかっていて、8時になっていた。

いつものように、組のシマ内を歩いていると、

西武新宿駅そばの一本入った通りに、

見たことのない占い師が小さな見立て机を出している。

見ると、この地域一帯の元締めである、

晴天賢正の印の入っていない手作りの机とカンバンである。

晴天賢正のキット一式でないということは、元締め料も払っていないだろうし、

ショバ代も払っていないことは、明らかである。

 

川端は、すぐ組の弟分である、山ちゃんに電話した。

山ちゃんは、組のシマまわりのこうした手相見達から、

ショバ代を集める係りをしている。

「おう 山か。川端だ。大久保病院のこっちんとこに

知れん手相屋が出とるが、お前知っとるか。」

「いや、知らんです。」

「すぐ来い」

「はい すぐ行きます」

 

コマ劇場の裏手にある組事務所から、5分ほどで山ちゃんは、到着した。

山ちゃんの姿を見ると川端は、占い師のところに寄っていった。

そして、おきまりの、低いだみ声で、

「おう ここで店構えるんなら、ことわりを入れてもらわなければならんな」

と切り出した。

 

「ああ やっぱり、そうですか」

きちっと髪を七三に分けた気の弱そうな占い師は、

顔を歪めながら、逃げるでもなく、すんなりと応じた。

「なんだ、お前は、賢正のところにも挨拶にいっていないのか」

「はい。そのことは、聞いて、知っては、いるんですが、

お金が無いものですから、こうして一人で始めてみたわけです」

「金がない? ここの店出し料くらいあるだろう」

川端は、当たり前のごとく、ショバ代などという言葉は使わなかった。

「それぐらいでしたら、何とか」

占い師は、財布を開けると三千円を出した。

この街の占い師のショバ代は、三千円という相場であることは、知っていたらしい。

 

川端は、その三千円を山ちゃんに渡すと、

「ここの係りは、この山本だから、これから店出すときは、毎日こいつになあ」

「はい。そうさせていただきます」

男のあまりもの素直な応対に少し気を良くした川端は、

「賢正のとこんにも挨拶に行っておいた方が、よいぞ」

と親身な口の利き方をした。

 

少しおつむは弱いが、いかつい顔をしているのと、

短気ですぐ血気にはやるので、いざこざの時に

最前線に立たせられる都合の良い組員として通っている。

貧乏な田舎の出で、悪たれガキの常套として、

教養もなかったが、実は、素朴さを持ち合わせている男である。

 

占い師が、小学生2年生のときに弁当を持ってこられなかった川端に、

こっそり弁当を分けていた先生に似ていたのも、

そういう口のきき方にさせた原因かもしれない。

 

「ありがとうございます。代わりといってはなんですが、

手相を見させていただけませんか?もちろん、お代は要りませんので.

「ああーん?俺の手相なんか見ても何にもなりゃせんよ」

少し、気色ばんで川端は、みけんに皺を寄せた。

 

この職業は、素人になめられたら、終わりである。

子供の頃から粗暴で成績の良くなかった川端は、

例の先生以外に褒められた経験はなく、家でも、村でも、やっかいものだった。

しかし、そう言いながら、川端は、右手を男の前に出していた。

 

「生命線は、長いですね。」

「結構、骨太の男らしい、はっきりとした運命線です」

…………

男は、少し沈黙の時間を置いた。

 

「なんだ。 どうした」

川端は、男の話を促すように手をぐいっと男の方に寄せた。

「あなたは、本当は、優しい人ですね」

間を置いて、川端の目を見つめながら真剣な眼差しでゆっくりと男は、言った。

「だけど、誤解され安いから損をするタイプですね」

一瞬、川端は、息を呑んで、だまり込んだ。

 

側で、見ていた山ちゃんには、いかつい顔の川端が、

ほんのりと赤く上気する表情が見て取れた。

時間としては、ほんのわずかだったのだが、少し長い沈黙が流れた。

 

「おう。そんなこともあるかもしれん」

「他になんかあるか」

川端の声は、妙に上ずっていた。

「はい。私も、真剣に見させてもらいます」

そういうと男は、丹念に川端の手相を見始めた。

そして、「ふーう

と、ため息とも深呼吸ともいえないような大きな息を吐き出して、

「いけませんね」と、言った。

「何が、いけないんだ」

川端は、少しトーンを下げて聞いた。

 

「だめですね。お母さんを心配させては

 

占い師は、これまでの静かな語り口とは違う

明瞭な高い声で、一気にまくしたてた。

「あなたのことを、一番心配しているのは、お母さんです。

その、お母さんに、苦労をかけて、連絡もしないでいらっしゃるようです。

本当は、お母さん思いの親孝行のあなたなのに、

安心させてあげるようなことをしていないのも自分で気がかりのはずです。

心配しているお母さんに連絡して安心させてあげる必要がありますね。

お母さんは、毎日あなたのことを心配して気にしていますよ」

そして、静かに、川端の手を両手で包み込んだ。

 

川端の目に少しだけ光るものが滲んだ。

 

あくる日から同じ場所に、その占い師が見立て机を出しているようになっていた。

しかし、晴天賢正の元締めの印の入っている机ではなかった。

 

ショバ代だけで、元締めへの挨拶料は、なしで開業できたのである。

もちろん、川端と山ちゃんの二人だけの秘密であった。