組の山ちゃん        20041124日改定

 

山ちゃんは、新宿の歌舞伎町を本拠とするやくざの、

いわゆる“若い者”である。

 

髪は、かたぎのビジネスマンなら絶対にしない、パンチパ〜マだし、

ダ〜クな背広に身を包んでいるので、歌舞伎町を歩いていると、

その筋の人間であることは、誰にでも判る。

 

しかし、これが、普通のヘアスタイルで、普通の背広であれば、

百人中、百人の人が、やくざが本職とは、想像しないだろう。

なにしろ背が小さく、童顔で、かわいいのである。

しかも、いつもニコニコと、人なつっこい笑顔をしているので、

たまに遊びで顔を出す雀荘や、行きつけの喫茶店でも人気者である。

喋る時も、中学生のような少し舌足らずの、

ボ〜イソプラノとまでは、いわないが、妙にかん高い声で、

その喋り声までかわいいのである。

 

もっぱらの仕事は、みかじめ料の集金や町の情報収集である。

(※みかじめ料:やくざが用心棒代として飲食店などから徴収する料金)

特別な抗争や、トラブルがなければ、いたって平穏無事な生業である。

山ちゃんには、そうした表の顔とは別の、れっきとしたプロとしての役割があった。

それは、組の武器保管係の役目である。

 

山ちゃんの組は、戦後のどさくさ時に

三代ほど前の組長が創始したテキヤ系の組で、

薬や殺しなどのリスキ〜なビジネスには、直接手を染めていない、

どちらかといえば、おとなしい、平和的な組である。

しかし、ここ歌舞伎町は、世界最大の歓楽街で、

五十近い組が凌ぎを削っている街だから、

小さなトラブルは、日常茶飯事である。

 

必然的に身を守る手段として、

それなりの武器を持っていなければならない。

また、実際に使うチャンスはなくても、

そうしたストレスを組員に与えているだけでも

規律を締め付ける”たが”になる。

だから、所持しているということが、

やくざであるというアイデンテティになり、

摘発されるリスクよりも重要な政策なのである。

ただし、さすがに警察は、怖い。

 

だから、一番安全で、ガサ入れの際に見つかりそうも無い

一番格下の山ちゃんのアパ〜トに拳銃や実弾などを隠しておくわけである。

山ちゃんは、「手榴弾も一個ある」と自慢していた。

十八歳になる内縁の女房と大久保の二間のアパ〜トに住んでいて、

武器は、押し入れの天袋に新聞紙にくるんで、

伊勢丹の買い物袋に保管されていた。

組に入ってから五年もたつと、信用が出て来て、

結構重要な役目もやらされるようになって来ていた。

組に入る時の儀式で、親分のさかずきを

一滴も酒が飲めないという理由で、水にしてもらった話は、

今でも組員の間で、何かあると酒のつまみになるような、らしからぬやくざだ。

 

ある日、身内の組員も遊び友達も誰もが、

普段の山ちゃんからは想像もできない、とんでもない事件が発生する。

その日、組長は、“地上げ”をしかけていた不動産物件の地主が、

地上げに応じたので、ご機嫌だった。

手付けの金を銀行から卸して、取引先の不動産会社

(これも違う組関係の舎弟企業である)に六千万円の金を払わなくてはならないので、

銀行から卸してくるようにと組の金の一切を任せている女房を探した。

ところが、金庫番の姐さんは、その日、

韓国から来る親戚を迎えに成田に行って居なかったので、

山ちゃんに印鑑と通帳それにヴイトンのバッグを渡して用事を言い付けた。

 

「おい 山、銀行から金出してこいや」

山ちゃんは、「はい」と威勢のよい例のかん高い声を出して、

口笛を吹きながら空のヴイトンのバッグを揺らし、

遠足にでも行くようなかっこうで事務所を出た。

歌舞伎町の銀行で、六千万円を卸した山ちゃんは、

その足で事務所には戻らず、自分のアパ〜トに足を向けた。

 

アパ〜トでは、風俗店に出勤する前のつれが化粧中だった。

「あら どうしたのこんな時間に」

つれの驚いたような問いかけには、何も応えず、

黙って押し入れを開け、天袋を剥がすと、

新聞紙に包んで買い物袋に入れていた武器を出してきた。

その武器を大きなスポ〜ツバッグに詰め直し、

銀行から卸してきた金を一緒に詰めた。

そして、何事が始まるのかと、きょとんとしているつれに向かって

「じゃあな バイバイ」

と、一言口を利いて、アパ〜トを出た。

「バイバイって、どういうこと?」

と、狼狽しながら追いすがるつれには、

何の返事もせずに振り切るようにして大久保駅の方に消えた。

 

組では、なかなか帰ってこない山ちゃんを

組長がいらいらしながら待っていた。

山ちゃんの持ち逃げが発覚したのは、

二時間ほどして、別の組員が山ちゃんのアパ〜トを訪ね、

泣いている“つれ”から事情を聞いてからである。

 

山ちゃんは、六千万円と武器を持って姿を消したのである。

組を挙げての捜索は、凄まじいものであった。

山ちゃんの“つれ”は、いつ連絡があって、

逃亡先に合流するかもしれないということから、

二十四時間の監視体制の下に置かれた。

また、雀荘やゲ〜ム喫茶などで少しでも知り合いだった者には、

執拗な聞き込みが展開された。

もちろん、金と武器の話は、組の恥になることだから、

隠密にされたのであるが、いつの間にか

皆に全貌が知れ渡ってしまっていた。

 

結局、一週間たっても二週間たっても、

何日を経過しても山ちゃんの消息は、判らず、

“つれ”のところにも連絡は、なかった。

周りの人間たちの、

「ほどなく見つけだされ、東京湾の魚の餌になるだろう」

と、いう予測を裏切って、逃げ果せたのである。

 

それから、二年ほどの月日が流れ、

当事者以外の人たちの口から噂に上ることもなくなりかけたころ、

この事件は、思いもかけない結末を向かえることになる。

 

組長は、恐喝事件でガサ入れをくらった際に

拳銃を組事務所に隠し持っていて摘発され、刑務所に収監された。

若いころから人生の半分ほどを刑務所暮らしだった組長も

六十六歳という寄る年波での“お勤め”は、堪えたようで、

めっきりと老け込んだという噂である。

代わりに若頭が組のトップとして統治するようになった。

誰も怖くて口に出さなかったが、まだ四十歳そこそこだった姐さんは、

組長が収監されてから、前にも増して妖艶さが滲み出てきて、

「若頭と?」という噂である。

 

そして、二年目にして山ちゃんを見かけたという人間が現れた。

しかも、見張りもあきらめた頃いつの間にか姿をくらました、

元の“つれ”と一緒だったということである。

もし、その噂が組の耳に入ると当然、それなりの動きがあり、

対応処置がされるはずであるが、まったくそうした心配をしていないくらい

堂々と明るくふるまっていたという。

 

見かけた人は、「あれは、最初から“できレ〜ス”だったんだなあ」

と、呟いた。

そして、その推理は、いつしか周りのすべての人間の確信となった。

 

つまり、この事件は、姐さんと若頭がシナリオを書き、

山ちゃんが主演で、“つれ”が助演だったという

実にみごとな活劇芝居だったということである。

 

「一口なら飲める」

と、いっては、ビールを一口だけ飲んで、

真っ赤な顔をしながら機関銃のように喋り続ける山ちゃんに

もう一度会って、この活劇の真相を聞きたいと思うのだが….