ハンセン病《家族・遺族》の声を聞く 前書き

 2006年8月9日に,黒坂愛衣さんと埼玉大学3年の織田亜希さんとぼく(福岡安則)とで,「ハンセン病問題を考える尼崎市民の会」の事務局のある,特別養護老人ホーム「園田苑」をお訪ねした。2006年5月に,富山市で開かれた「第2回ハンセン病市民学会」でお会いしたFさんから,聞き取りをさせてもらうためであった。Fさんは,ご両親と2人のお姉さんがハンセン病にかかったことで療養所に「収容」されていたことがあり,ハンセン病の《家族》の立場にあるひとだ。1回では「聞き取り」が終了せず,9月1日にも,黒坂愛衣さんとぼくとで,ふたたび「園田苑」を訪ねさせていただいた。

 富山ではじめてお会いしたとき,Fさんは「聞き取り」の対象になることを嫌がっている感じだった。それが,快諾してくださったのは,「第2回ハンセン病市民学会」で,「家族部会」の報告を聞いたからだとおっしゃってくださった。

 以下はFさんのメールの一部です。

 「『ハンセン病市民学会』に行き,『家族部会』の報告を聞きました。このハンセン病問題は,とかく『入所者』または『退所者』の話が中心ですが,ハンセン病になった親またはきょうだいをもつ家族も,入所者と同じように被害を被っていたというお話です。家族は,どちらかというと,病にかかった当事者を療養所へ追いやったり,また,当事者が実家へ帰ってきても『もう来んといてくれ』というような差別する側にまわってしまうケースの話が多かったようですが,『家族部会』の報告は,家族もまた当事者とは違ったかたちではあれ実に過酷な被害を被っている,しかし〔当事者が亡くなっていて,除斥期間が過ぎていない場合に『補償金の遺産相続の権利』を主張するかぎりでは,国賠訴訟の原告となりえたものの,家族独自の立場では〕国賠訴訟の当事者でもなく,だから,いまだに国からの謝罪もないし補償もないという状態に放置されているのだ,と。わたしは,『尼崎市民の会』ができてから関わってきましたが,自分自身がまさに『この家族』であることは,まだおおぴらげには話したことはありませんでした。だから,『家族部会』で,『遺族』の立場からお話しされたNRさん,そして,遺族・家族からの聞き取り調査をされ,それをまとめて報告された黒坂愛衣さんの報告内容は,わたしにとって衝撃でした。家族も実は被害者だったんだ,と。だけど,いちばん話をしにくい立場のひとであるとわたしは思います。このとき,黒坂さんと会ったのが運のつき。先日わたしの聞き取りをしたいと依頼があり,8月9日に尼崎に来られました。……」

 こうして聞き取りに応じてくださったFさんは,「第2回ハンセン病市民学会」での黒坂報告をぜひ「尼崎市民の会」のホームページに載せたいと言ってくださいました。ぼくたちが,《遺族・家族》からの聞き取り調査をしているのは,@ 遺族・家族の立場のひとたちも,すさまじい「人生被害」を受けてきているのだということを,多くのひとたちに知っていただきたい,A 聞き取り調査のまとめを読むことで,Fさんと同じように,1人でも多くのかたが,遺族・家族として被ってきた被害の体験を語ってもよいという気持ちになっていただきたいためです。――ですから,喜んで,ホームページへの掲載をお願いすることにしました。《遺族・家族》の立場のかたで,報告を読んでご自分の体験を語ってもよいとお考えになられたかたがいらっしゃいましたら,「ハンセン病問題を考える尼崎市民の会」に,ぜひ,ご連絡ください。お願いします。

 以下のレポートは,2006年5月14日,富山国際会議場で開催された「第2回ハンセン病市民学会」で,黒坂愛衣が「ハンセン病《家族・遺族》の声を聞く@」と題して報告したものです。もともとは,「ハンセン病問題に関する検証会議」の調査事業の一環として,「検討会委員」の福岡安則と「調査補助員」の黒坂愛衣が聞き取りをおこない,埼玉大学教養学部の「福岡ゼミ」の学生であった大海玲子,佐藤恵,瀬田明子,浜田麻子のみなさんにもテープおこしを手伝ってもらい,黒坂愛衣が分析・執筆することで,『ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書』(2005年3月)の別冊『ハンセン病問題に関する被害実態調査報告』に,「家族を対象とした調査」として収録された原稿の一部に加筆したものであることをお断りしておきたい。

埼玉大学・福岡安則


ハンセン病《家族・遺族》の声を聞く




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