例えば悪徳商法や詐欺をするテクニックがわかったとしても、すべての人が詐欺行為をするわけではありません。この2者の間には、本当に大きな壁があります。詐欺行為をしている人としない人の違いは一体何なんだろうかと考えることがあります。
騙された人には老人などの弱者もいるので、詐欺犯人には感情とか良心のかけらもないのではないかと思うこともあります。
自分なりに詐欺犯人の人物像を考えてみると、結局は劣等感の塊の人なのではないかと思っています。
つまり、人間というのは優位性の動物であり、自分が上か下かを絶えず評価しています。そして自分が上であると感じると優越感を覚えます。詐欺などの犯罪者は、成功したとき被害者を騙したということで知的優位に立ちます。
この思いが強ければ強いほど、またお金への執着心が強ければ強いほど詐欺などの犯罪に容易に手を出してしまうのではないかと思います。
実際、詐欺にあった人たちは悔しがり、被害の事実をひた隠しすることが多いのです。恐喝や強盗などの暴力で負けても人の自尊心はそれほど傷つかないですが、知性で負けると大いに傷つきます。これは誰もが経験していることだと思います。
劣等感の塊について言い方を変えればこのようにいうこともできます。つまり、詐欺行為は社会的な強者と弱者の関係を逆転しますので、そこに詐欺犯人が詐欺をする理由を見出しているのだと思います。
例えば、詐欺事件の場合、何百万ものお金を騙しとられた被害者は世間的な評価では強者であります。裕福ではなくても一定のお金もあれば幸せもあり、生活は安定しており、また社会的な地位もあります。
一方、詐欺グループは人を騙すことでしか生計が立てられず、しかも社会からは全く認められておりません。
しかし、詐欺の犯罪が成立したとき、この関係は逆転するのです。人間を動機づけるものは劣等感であり、それを克服するために、まっとうな方法では勝負ができないため、詐欺という手っ取り早く強者の鼻をあかす方向に走ったのだと思います。
このような詐欺犯人は劣等感の塊がために、騙したお金であるにもかかわらず、まじめに働いている人よりも収入が多い、余裕のある暮らしができる、お金をかせぐことでは負けない、と変なプライドが高い(=劣等感を傷つけられないように)のだと思います。
いずれにしても、詐欺師の人物像についてどのように解釈を試みたとしても、その行為は許されざるものには違いはありませんし、詐欺犯人を是認する気など毛頭ありません。
このように言うと、詐欺行為をしている人から「お金を稼げるものなら稼いでみろ。騙されるヤツが悪いのだ!」という声が聞こえてきそうです。
しかし勘違いしないでもらいたいものです。どんな手段を使ってもいいのであれば、お金を稼ごうと思えばいくらでも稼げます。あなたの何倍もの金額をね。「できるとしない」、この差が何なのかわかりますか。
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