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HIROROの誕生

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2003年7月、HIROROが生まれた。
娘ができた。ただ嬉しかった。

妊娠発覚から出産まで

2002.
11月
2ヶ月 ・なぜか、PUKUの甘ったれがひどくなる。
・まさかの妊娠発覚〜切迫流産のため自宅安静。
・家事は全てパパへお願いする。
12月 3ヶ月 ・食べづわりが始まる。とにかく食べていないと気持ち悪い。
・風邪を引き、その後少し出血する。
・近所のママ友達が大量のマンガ雑誌をくれた為、それを読む。
2003.
1月
4ヶ月 ・つわりがひどくなり、食べ続ける。
・PUKU、インフルエンザにかかる。焦る。。。
・違う友達が大量のコミックを貸してくれたので、それを読む。
2月 5ヶ月 ・胎動を初めて感じる。
・子宮頚管無力症のため、子宮口を縛る手術をする。
・約1ヶ月の入院。読書と携帯のゲームに明け暮れる。
・とにかくお腹が空く。ご飯は大盛りでお願いしていた。
3月 6ヶ月 ・退院。再び自宅安静。テレビ三昧。
・PUKUから風邪を移された。ひどく咳き込み苦しかった。
・女の子だと分かる。
4月 7ヶ月 ・風邪が長引き、苦しい。お腹の張りが心配。
・少しずつ家の中で動くようにしたが、ほとんど寝ていた。
5月 8ヶ月 ・いきなりテレビドラマにはまる。ドキドキワクワクの日々。
・また風邪を移された。
6月 9ヶ月 ・またまたPUKUの風邪が移った。妊婦は風邪を引きやすく、
 治りも遅い。。。。
・体重はついに10キロ増。重い。。。
・名前が決まる。
・抜糸のため入院。即出産かと思ったら、意外にも子宮口が硬く
 閉じていたため2日目に退院。
7月 10ヶ月 ・体重は約11キロ増。
・子宮口が開くのを待つ。約8ヶ月ぶりの散歩や庭仕事をする。
・抜糸から約2週間後、計画分娩により無痛分娩を経験。
・パパの立会いの下、38週5日でHIRORO誕生。



まさかの妊娠!

PUKUの甘ったれが突然ひどくなった。
子供は敏感だと言うけれど、まさかねぇ。。。
私はギリギリまで趣味の庭仕事に励んでいたが、そのまさかが本当になった。
確かに生理前の下腹の鈍痛にしては変だったけれど、もう2度と妊娠はしないだろうと
思っていた私には、正直かなりの驚きだった。
もちろんパパも驚いた。
PUKUの兄弟を産んであげられるかもしれない。やはり妊娠は嬉しかった。

覚悟はしていたが、今回もやはり切迫流早産になった。
大出血を繰り返したPUKUの時よりは随分マシだったけれど、出産までは
安静にしていなくてはならなかった。
ちょっと退屈、ちょっと不安、でも、これも出産までの期間限定。
私は、お腹の中の赤ちゃんのため、体を大事に大事に過ごした。
そして、与えられた時間を実にのんびりと楽しんだ。
一方、PUKUパパは仕事に家事にPUKUの世話と大変だったに違いない。
パパ、ありがと〜♪

切迫流産

子宮頚管無力症

PUKUの時同様に、子宮頚管無力症の手術を受けた。
子宮の入り口をテープのような糸で縛るのだ。
そうしないと、子宮口が重みに耐えられず、流早産しかねない。
でも今回は術後、すご〜〜〜く痛いし、お腹の張りもなかなか治まらない。
前もこうだったかしら? いや、そんなはずはない。
なぜ?
聞いてみたら、少し前まで使われていたテープが販売禁止になったとか。
「前の方がコーキングされていて痛くなかったみたいなのよねぇ・・・」
看護婦さんが教えてくれました。
でも、販売禁止になるぐらいだから・・・? それって???

PUKUと離れるのは、正直辛かった。
当時3才になったばかりで、まだまだ甘えたい盛りのPUKU。。。
それよりも、自分が寂しかっただけかもしれないけれど。。。。
でも、入院中はPUKUの事よりも、お腹の中の赤ちゃんに心を向けるようにした。
退院が延びたのも、HIROROがママと二人だけの時間を過ごしたかったからかな?
それにしても、退屈な入院生活だった。PUKUの時の産院は遠いので、
今回は割と近場の産院にしたのだが、病室の雰囲気が全然違う。
みんなカーテンをしっかり閉めちゃって、おしゃべりどころじゃない。
最初は英語のテープを聞いたりしていたんけれど、続かず。。。。。
結局、読書と携帯のゲームで暇つぶし。辛かった〜。
食事が美味しいのが唯一の楽しみで、ご飯を大盛りで頼んでいた。

入院中、SMAPの夢を見た。メンバー4人が4日連続で1人ずつ登場。
5日目はキムタクか?と期待していたが、その晩は出てこなかった。
数日後、やっと登場してくれたキムタク。さすがは人気bPです。

入院生活

退院

1ヶ月の入院中、PUKUを一度もお見舞いに来させなかった。
帰る時に泣くのが分かっていたから。
退院の日、パパと一緒に病院に迎えに来てくれたPUKUは、私に向かって一言。
「ママ、何やってんの〜?」
涙、涙の感動のご対面を想像していた私は、笑ってしまった。
1ヶ月ぶりに見るPUKUは、なんだかお兄ちゃんになっていた。

絶対に女の子だ。。。。妊娠が分かってすぐ、私はそう確信した。
つわりの感じも、食べたい物もPUKUの時とはかなり違っていた。
益々それを確信したのは、入院中に読みたくなった本だ。
「あしながおじさん」「赤毛のアン」「ポリアンナ物語」・・・
青春時代を思い出したみたいに、ドキドキしながら読みふけってしまった。
PUKUの時には推理小説ばかり読んだと言うのに!
そう言えば、PUKUの時も、絶対に男の子だ!と確信していたんだった。
母の勘ってやつだろうか?

娘...

妊婦の恋...

これはもう、娘を妊娠してホルモンバランスが崩れたとしか言いようが無い。
正直、ジャニタレなんぞを好きになったことが今までに一度も無いのが自慢だったのだ。
それが、ドラマを見ながらホ〜〜〜〜ッとため息。胸がドキドキ、キュ〜ンとする始末。
深夜のテレビ番組を録画したりしたのは序の口で、中学生の娘がいたら、
絶対に一緒にコンサート行くのに〜!とまで、切実に思ったりした。
ついには健診の帰り道、大きなお腹を抱えてアイドル誌まで買いに行ってしまったのだ!
中年の妊婦がニヤニヤしながらアイドル誌。。。周りはどう見たのかなぁ。
あ、スマップじゃないです。ず〜〜〜っと若い子です。きゃ♪
で、出産から少ししたら、すっかり熱は冷めました。やっぱりホルモンの影響?

もうお分かりでしょう。
改めて白状します。やりませんでした。
最初はやるつもりだったのだけど、つわりも結構あったし、
PUKUの甘ったれがひどかったので、存在すら忘れることもしばしば。
たしか愛称も付けたはずなのに、今、全く思い出せないぐらい、
語りかけもやっていなかったらしい。
PUKUの時は“ポンコちゃん”と呼んで、毎日胎動を楽しんだり、
お腹をポンポンとやって話しかけたりしていたのになぁ。
二人目って、お腹の中から待遇が違うんだな、うん。
で、夜、私のお腹を思いっきりボコボコと蹴って来たHIRORO。
ごめ〜ん、今日も忘れてたよ。。。って毎日のように謝ってた。
でも、特別な胎教こそやらなかったけれど、毎晩寝る前には
PUKUへ絵本を読んであげたし、私のやり直し英語用の絵本の音読を
時々やったりしてたので、ちょっとは良いよね?。。。なんて。

胎教

風邪

とにかく風邪ばかり引いていた。
PUKUが、保育園で風邪を移されて来たからだ。しかも何度も!
悪い事に、この年の風邪は咳がよく出るタイプだったらしく、妊婦には辛かった。
ただでさえ切迫流早産でお腹が張ると言うのに、ひどく咳き込むせいで、
いつ破水しやしないかとハラハラしていた。
産科で処方してもらった風邪薬ばかり飲んでいた。
お腹の赤ちゃんに影響しないかと心配ではあったけれど、背に腹は代えられない。
そして極めつけの妊娠後期、布団から体を起こす途中で、大きな咳をしたら、
尾てい骨が「ボキッ!!」と大きな音を立てた。。。かなり痛い。。。
きっと咳をした拍子に、尾てい骨がずれてしまったのだ。
その後は咳をするたびに尾てい骨に響くし、イスから立ち上がるのも一苦労。
出産後も痛みが続いたので、試しに腹ばいになって、尾てい骨をぎゅ〜〜〜っと
自分で押し戻してみた。。。い、痛い。。。
が、やっと治った。良かった、良かった。

私が字画の本を見て決めた候補は3つ。
PUKUにどれが良いか聞いてみたら、3つを日替わりで呼ぶようになった。
それが、いつの間にか1つの名前に絞られきて、PUKUは保育園でそれを
言い広めていたらしい。
ママ友達や先生から「HIROROちゃんなんですってね〜?」と
言われるようになってしまった。
パパは何でも良いと言う。あまりこだわりのない人なのだ。
結局、PUKUの決めた名前になった。PUKUは妹の名付け親になった。

名前

無痛分娩

別に無痛分娩じゃなくても良かったんだけど、たまたま今回の産院が無痛分娩を
奨励していたので、痛くないならこれも経験だし。。。と安易に決めてみた。
PUKUの時は破水が先だったのに陣痛がなかなか来ない為、数日後に陣痛促進剤を
使っての出産だった。薬が良く効いて、子宮口全開まで短時間だったので、
今回もきっとそうだと思っていた。
無痛分娩なら、それほど痛みもなく、スルリと出て来るんだろうなぁ。。。
しかし、しかし! その考えが甘かった事を思い知らされた。
子宮口を縛る手術を早めにした為だろうか、しっかり固くなってしまっていて、
抜糸後もなかなか子宮口が柔らかくならなかった。
結局、今回も促進剤のお世話になった。
促進剤による陣痛は恐怖ではあったが、その時点でも、ま、無痛だし〜♪と
安易に考えていた。
しかしそれも甘かった。だって、全然無痛じゃない!!!!
麻酔が効いているのは恥骨から膝ぐらいで、肝心の子宮はしっかり感覚が残っている。
話が違うんじゃない??? と恨めしく思っていると、徐々に激しい陣痛が。
これよ、これ。この痛み。
無痛分娩って痛いじゃん、痛いじゃん〜〜〜〜!と騒ぎまくった。
しかも、この産院の助産婦の導き?が悪く、どのタイミングで息んで良いのか
さっぱり分からない。下半身の感覚がない分、どの程度の力を出せば良いのやら。
PUKUの時は数回息んだだけで、簡単に出たのになぁ。。。
そうよ、経産婦みたいに余裕ね〜、なんて褒めてくれたんだ。
なのに今回は、まるで初めてみたいな騒ぎよう。。。
分かっちゃいるけど、叫ばずにはいられない。痛い〜〜〜。
で、ちょっと時間が掛かってしまったので、吸引されてしまった。
しかも、7分差で時間超過料金を加算されてしまった。。。。
どんな事でも、喉もの過ぎれば熱さを忘れる。
同じく、産み終えてしまえば冷静になれるってもんで、PUKUの時よりは陣痛は
楽だったかも。。。まぁ、確かにお股を縫う時も痛くはなかったな。
きっと、"無痛"分娩って言い方で、余計に痛みを感じたんじゃないかしら。
覚悟してない分、過剰に反応しちゃったんだわ。
なら、名称改めた方が良くない? 
それとも、無痛分娩って産院によっては本当に無痛なのかしら。。。

今回の産院は、前と違って立会い出産ができた。
私は、出産で大変なのは女だけであって、痛くも痒くも無いダンナがそばに居ると
気が散るし、所詮男は出産には何の役にも立たないと思っていたしで、
本当にどちらでも良かったんだけど、助産婦さんも先生も
「是非パパにも見てもらった方が良い。(良いに決まっている)」と言うので、
それなら。。。と立会い出産してみた。
ま、結局、私的にはどうって事なかったけど、話し相手にはなったかな。
PUKUパパが、どう思ったか知らないけれど、きっと良い経験になったのだろう。
心に焼き付いたに違いない。たぶん。。。。

立会い出産

封印されたビデオ

PUKUの時は、産院のスタッフが出産風景をビデオ撮影してくれたのだけど、
今回の産院はそう言うサービスも無いのでPUKUパパに頼んだ。
お兄ちゃんのはあるのに、自分のが無いとHIROROもつまらないだろうと
思ったからだ。立会い出産はこう言う時便利だ。
いよいよ生まれると言う時、パパは、ビデオ片手に分娩室へやって来た。
バッチリ撮影してよ〜、パパ!
そして退院後、そのビデオを1人で見たのだが。。。
なんとそこには、私のお股が丸写し! 
そこじゃないだろ〜、撮影するのはぁぁぁぁ!!
消毒用イソジンにまみれた、かなりグロテスクな代物がハッキリと映るそれは、
とても感動のビデオとは言えません。
これじゃHIROROに見せられないじゃん!
肝心のHIROROは殆ど映ってないしさ。何それ。
それに、どうして回しっぱなしにしないのさ。ぶち切れてるじゃん。
そう言えばPUKUパパは、写真撮影も下手だったんだ。思い出したよ。

胎盤を見た。
PUKUの時には、先生にお願いしたのに見せてくれなかったので、
今回初めて見ることができて嬉しかった。
大きなレバーの塊みたい。やっぱり内臓だ〜。
先生は「大きくて良い胎盤だったね」と言ってくれた。
張り止めの薬をずっと飲んでいたので、子宮内の血流が良くなって、
胎盤も栄養満点だったんだね。
それにしても、事細かい所まで、前回と今回の産院には違いがある。
一長一短だけど、無事産めたんだから良い事にしよう。

胎盤を見た

HIRORO

生まれたばかりの娘を胸に乗せてもらう。ずっしりとした命の重さは、やはり感動だ。
やっと会えたね、HIRORO。。。。君はこんな顔をしていたんだね。

大騒ぎしながらも無事出産を終え、私は病室に戻った。
私は個室の天井をじっと見ながら、湧き上がる感情を不思議な気持ちで受け止めていた。
この感覚は一体何だろうと思った。
PUKUを産んだ時とは明らかに違う。
PUKUを産み終えた私は、夜、空っぽのお腹が寂しくて泣いたんだった。
自分だけのポンコちゃんが、みんなのPUKUになってしまった事や、
自分から切り離された命が、私とは全く別の存在になった事、、、、
その全てがとても名残惜しくて、悲しくて、涙が溢れてきた。
でも、今回は全く違っていた。
私はHIROROと言う命に、ただ子宮を貸していただけなんだとそう思った。
私の体を借りて、自分の意思で生まれてきた娘。
最初から私とは別の存在だったHIRORO。
でもこれからは、同じ性を持った者同士、きっと理解し合える存在へと変わるだろう。
たぶん、その喜びの方が大きかったんだと思う。
娘が生まれて、本当に良かった。本当に嬉しかった。。。。

生後、しばらくしてHIRORHOの臍の緒が、ポロリと取れた。
私は、産院から貰った専用の木の箱へ入れる前に、カビが生えないよう、
ティッシュに乗せ、棚の上に置いて乾かす事にした。
数日後、ふと臍の緒に目が止まった。
ティッシュに黒っぽいものが付いていた。ゴミかなぁ〜?
そう思い、よくよく見てみると。。。。。
小さな蟻だった!!
しかもたくさんHIRORHOの臍の緒にたかっている。
夏なので蟻が繁殖し、よく部屋に上がってきていたのは分かっていたが、
まさか臍の緒まで餌にするつもりだったとは!!
危なかった。
数日気が付かなければ、HIROROの大事な大事な臍の緒は、
蟻の食料として全て地面の中に運ばれていたに違いない。
あぁ、気が付いて良かった。本当に良かった。。。。

臍の緒

育児日記

HIROROが生まれてから、毎日育児日記を書いている。
産院の調乳指導でもらったものだ。
PUKUの時の育児日記は自分のために書いていたけれど、今回の方がより熱心に
書いているのは、将来、HIROROが妊娠した時に渡してあげたいと思っているからだ。
私がそうだったように、初めての子育ては分からない事ばかりで不安だらけ。
育児日記は、きっと何かのヒントになるに違いないから。
HIROROには、同じ女性として何かしてあげたい。そう思っている。
育児日記は、その第1番目なんだ。

HIROROは38週5日、体重3254gで生まれた。
35週5日で生まれたPUKUよりも、500gも重く生まれたHIROROは
ポチャポチャしていて、体もずっとしっかりしていた。
お世話がとても楽ちんだった。
髪の毛は黒々していて、ちょっと天然パーマ。
鼻ぺちゃ。。。PUKUは鼻が高かったよなぁ。
頭の形。。。ちょっと絶壁じゃない? PUKUは良い形だよ〜。
う〜ん、眉毛も薄いな。
それは良いとして、睫毛、いまだにあんまり生えてこないよなぁ。
PUKUの睫毛はとっても濃くて長いので、浜崎あゆみみたいなメイクが
再び流行ったら、きっと兄を羨ましがるだろうなぁ。。。
でも、でも、HIROROは色白だよ。女の子はこれが一番。
それに、笑顔がとっても可愛いよ。そうそう、女の子は愛嬌が大事だよ。
親バカと笑われようと、ママはHIROROの笑顔を見ると、
将来きっと美人さんになるって、そう思わずにはいられない。
愛嬌って、最大の魔法なの。。。

再びHIRORO


息子と娘って、どう違うのかな。
どちらも愛しく、かけがえのない存在だけれど
全然違うって、そう思う。
やはり息子は離れていく存在。
娘は近付いていく存在なのではないかしら。
これから、どんな母娘関係になるのだろう。
今からとても楽しみだ。
親友みたいな関係になれると良いのだけれど。。。。
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