概説デスクリムゾン史     改訂第三版


 デスクリムゾンとは平成8年8月9日、セガサターン向けソフトとして、当時業務用CADソフトの制作を本業としていた株式会社エコールソフトウェアが発売した一人用ガンシューティングゲームである。エンディングのスタッフロールによると製作にたずさわったのは社長の真鍋賢行氏を含め9人。「デス様」、「デスクリ」、あるいは単に「デス」とも称される。製品コードはT-23202G、定価は5800円で、発売本数は一説では1万5千本という。
 当時サターンの周辺機器であるバーチャガンの対応ソフトはバーチャコップだけで、後に続くソフトが待望されていた。そこへタイミング良く発売されたのがこのデスクリムゾンである。しかし、発売前のゲーム各誌のレビューでは「これマジで出すんですか?」「てっきりバグなのかと思いました」「ゲームと呼ぶことに罪悪感を感じる」「最低点は3点ですが、1点付けてもよいですか?」「私は評価したくないので、評価は隣の人のを見てください」等と酷評されることになる。その理由を私メディカル越後なりに推測すると、評価者が良くも悪くもバーチャコップの二番煎じを望んでいたのにその潜在的な期待を裏切ったことが最大の原因と思う。
 一般にデスクリムゾンの特徴は

  1. 溶岩の様な赤い背景に暗青色の石の仮面が二つ浮かぶ、不気味な、しかもとばせない社名ロゴ
  2. 家庭用ビデオで廃墟を駆け回った映像を主とするオープニングのシネパックムービー
  3. 謎の敵、銃の謎、謎の病気と謎の連発で目一杯緊迫感を盛り上げようとしたものの、結果的に舌足らずなため真剣に読み出すと次々に疑問が生じるストーリー、
  4. 記載の不統一が肝心の銃の操作説明にまで及んでいる取扱説明書、
  5. 「平均以上」「せっかくだから」等、必ずしも一般的とは思われない用法で妙に印象に残るオープニングとストーリーの言葉の数々、
  6. 戦場の緊迫感を微塵も感じさせない明朗闊達な声で5月5日子供の日が誕生日、行き当たりばったりな生き方を選び女性の扱いは苦手、コードネームにコンバット越前と自分の本当の名字を堂々と名乗り、なぜか好物が焼きビーフンいう突き抜けた主人公の設定
  7. デモプレイもシネパックムービー、
  8. 書き割りのような建物等、プラットホームがサターンのゲームとしては稚拙といわれても反論できない画像、
  9. 地面にもぐって消える等不自然なキャラクターの動き、
  10. 数々のバグ、
  11. やられ無敵が無い等それまでのゲームの世界の常識とは一線を画した独特の仕様、
  12. 最後まで見ても謎がちっとも解明されないエンディング、
  13. そして何よりゲーム本編が初心者を寄せ付けない、というより寄りつかないほど難しいこと、


等とされるが、発売後その極めて特異な出来で多くのプレイヤーの強い拒否反応に遭うことになる。
 セガサターンマガジン読者レースに登場するや1.0909点、すなわち10点満点で11人投票し、うち10人が1点を、一人が2点を付けたと考えられる前代未聞の低スコアで最下位となり、そのまま半年近く最下位に君臨、「超魔王」の称号を授かった。このような評判が災いしてか売れ行きは芳しくなく、ゲームソフト店ではワゴンセールで千円以下で叩き売りということもあったらしい。
 だが、実はその特異なシステムに慣れてさえしまえば奥が深くやりがいのあるゲームで、とくにスコアアタックはかなり本気にさせるものであった。読み込みの早さや続き機能、あえてネームエントリーを省き、ハイスコアを日付、時刻と共に記録する自動スコア記録機能などシステム的にもいい作りになっている。音楽も高水準で、キャラクターもゲーム史上初の動物民間人むささび、白い服の民間人通称佐藤、卵に唇と目隠しをつけた形のくちびる君等、脇役に魅力のあるものが多い。オープニングのシネパックムービーは、多額の制作費をかけCGを動かし実写に近いことだけをうたう昨今の風潮より、実写を加工した映像で臨場感を出そうとしたデスクリ流がむしろ合理的と言えよう。
 このような真の価値が理解されてか、きわもの趣味によるものか定かではないがデスクリムゾンを時に揶揄(やゆ)しつつも、その魅力を伝えようとするページをインターネットに載せる、聖地巡礼と称し当時大阪府池田市にあった旧エコール本社やオープニングのロケ地である和歌山県友が島の第3砲台跡地を訪れる、国立国会図書館にデス様を含むエコール作品を寄贈、そのパッケージの画像がたまたま国立国会図書館の電子媒体収集開始を報ずるNHKのニュースに使われる等、クリムゾナーを自称する熱烈なファンの活動が目立ち始めた。
 また、インターネットの各種クソゲーサイトや書籍「超クソゲー」、「クソゲー白書」にとりあげられ、世人の忍耐と常識に挑戦するというゲームジャンル(一般的にはクソゲーとも言う)で確固たる地位を確立した。
 話題が広がるにつれ入手は次第に困難になり、一時は秋葉原等都市部を中心に定価を大幅に上回る店頭価格がつくに至った。
 そんな中、エコールは平成10年7月18日、おりしも聖地巡礼中のクリムゾナーに対する張り紙による告知で続編を企画中であることを発表、自らが制作したゲームについて一言も触れないという継子扱いを長く続けていた同社ホームページにも平成11年1月に入ってその大々的な宣伝を載せ始めた。そして、真鍋社長自身も雑誌やイベント会場に積極的に登場し、プレジデントの愛称で親しまれるようになってきた。
 発売日が近づくにつれ同社ホームページ等を舞台にプレイヤーと製作会社が直接交流するという新しい手法に加え、平成11年8月6日の聖地巡礼時の情報公開、MOMO、北村紘香の声優両氏を前面に立てた従来型のイベントやドリームキャストマガジンへの体験版の提供、音楽CDもあわせて発売という多彩な宣伝活動が繰り広げられた。そして、9月から11月にかけてのイベント時のデモなどにより、きわめて真っ当なゲームに仕上がっていることが明らかになるや、クリムゾナーの意気は大いに上がり、社長も11月7日のラストプレビューでは自らの手でデスクリムゾン1の葬式を営む等、デス2にかける不退転の意気込みを示すに至った。しかし、残念ながらクリムゾナーの期待に反し同月25日の発売後の売れ行きは大ヒットとはいいがたいものであった。
 その後、エコールがあらたな開発の分野として選んだのはアーケードゲームであった。平成12年にはデス2の続編としてデスクリムゾンOX(デスクリムゾンオックス)が何回かのロケテストでプレイヤーの意見を取り入れた後、平成12年秋に全国各地のゲームセンターに配置された。
 平成13年5月にはそのドリームキャスト版の発売も予定され、既にデス1は多くのプレイヤーにとって忘れられた存在になりつつあった同年3月14日、真鍋社長は同社のサイトで突然、デスクリムゾン1の重版を発表した。同年4月14、15日にわたって開催されたデストレインと称する東海道・山陽新幹線の主要都市駅における社長自らの手売りイベントと、その後実質わずか3日間だけの通信販売という極めて限定されたものであったが、多くのクリムゾナーにとって念願であったデスクリムゾンの重版が実現した。これを通じ一層強化されたデス1のカリスマによって、デスクリムゾンOX、デスクリムゾン音楽CDの売り上げの一層の伸びが期待される。
 なお、私メディカル越後自身による憶測と感想を除くこの項のほとんどはMat氏のデスクリムゾン関連ニュース、ダニー、グレッグ、なんかあったか?の受け売りであるので以上の詳細及び最新情報に関してはそれらのページを御覧頂きたい。

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