誰でも旅好きなら、一生に一度は世界一周クルーズを試みたい思うのは人の世の常である。しかし、これには莫大な時と費用を必要とする。現役時代は暇がなく、さりとて定年を過ぎると時間は投売りしたいほどあるにしても、収入の激減に加えて、幸か不幸か生い先短くない時代に生を受けた者としては、誰しも一大決心をせねば無理な計画である。 
 飛鳥などの豪華船に乗るとすれば、船賃に加えてやれタキシードだのロングドレスだのと、それ相応の服装まで用意せねばならず、家一軒を売り払っても釣りが来ないほどの金額が必要との噂だ。
 世の中には半端でない金持ちもいるもので、九十日を越えるクルーズに二度以上は同じ洋服を着るのは「恥ずかしゅうござーますわ」とのたまい、五十着を越える御ドレス御持込の御夫人も豪華船では珍しくないと聞く。そうなると宅急便で船まで送り込む数十個の荷物費用さえ馬鹿にはなるまいと他人の疝気を気に病むような貧乏症は蚊帳の外である。
 その上、そのような御夫人から、息子の話ならまだしも、娘婿が、「東大卒で大蔵省の役人ござーまして」などと言うような自慢話を毎日聞かされては堪ったものではない。
 そこでパソコン叩いてもがくうちに見つかったのが、ピースボートが主催する世界一周クルーズである。
 なにしろ最低四人相部屋の料金が百五十萬以下もあるという信じがたい値段に早速資料を取り寄せてみた。ペア・タイプの海側、トイレ、シャワー付きのキャビンでは早期割引も利用すればチップその他すべてを含めて夫婦で五百万以下という料金、それならば家庭にいても、食費、光熱費、水道代、それに小遣いと家計費が総計月うん十万はかかることだし、それを考慮に入れて引き算すればと、手前勝手な計算の結果、「To-morrow is another day」=「明日は明日の風邪が吹く」とばかり、目を瞑っての清水舞台飛び降り精神発揮の乗船予約をしたことではある。もう一クラス上のバスタブ付の部屋となると百万円も値段が違い、いくら風呂好きでも一日一万円の風呂など恐れ多くて入れるものかとあっさりと諦めたあたりが、人にはケチと言われようとも我々夫婦が健全なる経済感覚の持ち主である証拠だ。もっとも、この予約したクラスのキャビンは各部屋とも給水設備が劣悪で、蛇口、シャワー、トイレともに錆色の水が出、温水も生温いのがしょぼしよぼ淋病の小便、その上度々断水、その度ごとにトイレも使用不可という酷さ、「我々はシャワー、トイレつきの部屋という契約を結んだにも拘わらず、シャワー、トイレが不備であっては宿泊契約違反である」と、紳士の私としては珍しく下手な英語で責任者を出せと机をどんどんと叩いての交渉が成功、我々が涙を飲んで諦めた一クラス上のバスタブ付の広い部屋に追加料金なしで途中で移れたことは、盲亀に浮木、優曇華の花、毎日透明な熱いお風呂に浸ってびのびと手足を伸ばし、時期としては早目ながらな「第九」と「草津節」を交互に鼻歌まじりに口ずさんだことだった。
 この乗船したトパーズという船は乗船前のパンフレットでパナマ船籍、31.500トン、乗客定員1.487人であることは判ったが、建造年月日の記載がなく、乗船後船内新聞「よさこい」で始めて1955年の建造、御歳四十七の老齢船であることを知った。女の歳は言わぬが花、聞かぬが花だ。さもありなん、海が荒れた時など船がピッチング、ローリングを繰り返すたびに、妙に悩ましくキュウーキュウーと嬌声を発しつつ身をくねらせる。四十後家は身が持たぬという諺は船にも当てはまるわいと腑に落ちたことだった。
 しかし、ウエイター、ウエイトレス、キャビンボーイは、その国籍がインドネシア、インド、フイリッピン、ブルガリア、トルコ、ウクライナと種々雑多でありながら極めてよく訓練さており礼儀正しく、フレンドリーで親切、この点に関しては格安値段のモノクラス船ゆえ初めからたいして期待していなかった食事よりも余程満足を味あわせてくれた。
 朝昼食はビュッフェ形式、夕食は時ビュフェ形式かサーブ形式のどちらか、量はたっぷりあるものの、材料、味付けはもう一つ、チーフ・シェフはインドネシア人である。次第に我々の舌がシエフの味に順応したのか、シェフが我々の味に順応したのか、日が経つにつれてそれ程不味く感じなくなっのはお互いの仕合せであった。但しスープ、デザートの菓子については最初から申し分のない味であったことは、彼等の名誉のため申し添えておく。日本人シェフも乗船しており、苦心の跡が偲ばれる日本料理も数回出た。
 船客は二十歳前後の若者達と、定年過ぎの年配者とに二峰性分布をなしていた。年配者は、最高年齢九十二歳をも含めて、定年前の職業は雑多であるにも拘わらず極めて常識的で、意見に違いがあろうとも話せば判る方々ばかりであった。ピースボートに数回、中には十回も乗ったマニアも多数おられたには驚きである。尚、船医も九十二歳であった。 
 問題は乗船客の半分を占める若い人達で、茶髪、ピアスは最早世の常ながら、服装、態度などすべてあまり感心したものではなかった。ロビーのソフアーで横になることお断りとの張り紙の下で、平気で汚い素足を突き出して昼間からごろ寝をしている。マーレシアのマハテールが日本の若者の服装と茶髪をみて「Look Eastもうやーめた」と言ったのも、またむべなるかなである。
 大体二十歳歳前後の若い衆が、この世知辛い世の中に三ヶ月も船に乗る暇があるということが既にタダの人ではないことを物語る。やはりその世代の標準値からはやや外れた感じ若者が多い印象だ。将来のピースボート信奉者をつくる目的だろうと思われる反戦、平和、環境問題を勉強する「地球大學」や、英語、スペイン語会話教室「Get」に連日出席する精励恪勤型や、単位を取り終わった上での「なんでもみてやろう」の小田 実末裔型大学生など、まともな連中もいたが、中学、高校中退者、引こもりさん、その日暮らしのフリーターなど、「管理社会不適応症候群」の範疇に属する若者も多いようであった。しかし、この中には将来芥川賞を受賞するような異能の人が混じっているのかも知れぬ。
 なかには三枚張ると千円貰えるピースボートのポスターを三千八百枚だか張って船賃を稼ぎ出したという人がいたそうで、これはこれで見上げた根性ながら、そんな暇がある彼の本職はなんだったのだろうと氣になるところだ。学校中退者などは立ち直る機会を与えようと親が費用を出して乗船させた模様である。写真を撮られる時には必ずお揃いでVサインを突き出し、「よこさい」のインタービューには咋今の流行語「自分自身を探し」に船に乗ったとなどと恥ずかしげもなく答えたりするのも主体性のない現われで、これでは大金を使っても「青い鳥」を探すのは難しい氣がする。またこの不景気に会社を辞めて船の乗ったという暴虎馮河的センスの連中も相当に多いのも最近の若者気質の一端だろう。
 若い連中がデッキでスポーツや唄や踊り、太鼓叩きに励んでいるは、健康的で微笑ましく、しばしば見かけた風景たが、「よこさい」以外、読書に励んでいる姿を見掛けることは滅多となく、彼等の活字離れは相当なものであることを知った。
 立ち寄った各地で現地の若者達との交流会が開催された。お互いに唄や踊り、民族楽器演奏を披露しあって、「我々は今最高に幸せです!この平和を護りましょう!」と手を取り合って楽しむのも、相互理解の手始めとして重要な手掛かりではある。しかし、数少ない大學の選ばれた学生達を含む現地人と平和であれ、反戦であれ、それを保つためのまっとうな意見交換こそが必要で、彼等がそれらの議論に耐えうる能力を備えていたのか、あるいはそのような「面倒なこと」は始めから放棄したのか、やや心配なことではあった。
 この船の実務は某旅行会社に任せているが、主催者であるピースボートは御存知辻本清美らが立ち上げた旧社会党今民社党系のNGOで、これだけの組織の計画運営を会社勤めの経験が殆どない二十歳代を中心とした連中がこなしていくパワーには心底敬意を表さざるを得ない。しかし、それがこの船を運行する主目的であるために無理もないことだが、ピースボートのスタッフは勿論、水先案内人と称する船内口演会の演者たちも、その演題から、聴かずとも内容、結論が想像出来るものが多く、旧社会党的思考過程そのままの踏襲であった。現在日本が直面している北朝鮮の邦人拉致、尖閣列島や竹島の侵犯など日本の独立国としての主権が侵された場合、平和裡に解決するための手段や、この複雑な国際情勢のなかでイラクに自衛隊を派遣せずに済ませるための具体的対策などには一切言及することなく、そのような質問は憚られる雰囲気があったことは否めない。私は人類の歴史は有史以前から戦いの歴史であり、人間の性の一つであるからして、戦争をなくすには、人間の闘争遺伝子を除去する以外方法はなく、その結果人類の進歩もまた止まってしまう恐れがあるという単純思考の持ち主であるものの、そのような意見を述べても一笑される感じである。在日韓国人や差別部落の方々、あるいは旧白人植民地現地人の口演も多く、その側からの体験談は傾聴に価するものがあり、教えられることが数々あった。
 年配者の乗客の一人が主催された自主番組、戦争経験者の話を通じて「戦争と平和を語る会」が催され、元軍人やその家族を始め、老若多数の方が出席され、戦時中の経験や自衛隊の海外派遣の可否についての意見が出された。女性の中から「私の子供を戦場に送るのは絶対嫌!」と言う母親の感覚からは当然の意見も出された。しかし我が子を戦場に送らず、無防備にしておいて他国に侵犯された場合、誰に国を護らす積もりつもりなのか、戸締りをしなくとも或いはしないほうが泥棒にはいられぬという奇妙な理論が現代社会に成立つ訳ではあるまい。   
 九十歳を越える、元海軍関係者で、かつキリスト者が再軍備反対であり、もし日本が侵略されれば、私は殺される側の道を選ぶと明言された。これは筋の通った立派な意見ではある。ただ、彼自身はそれでよしとして、自分の家族が殺されるのを冷然として見ていられるものか、そしてそれが家族の一員として、人間として正しい行いかどうかは疑問が残る。
 核兵器を既に持っていることが明白な北朝鮮を差し置いて、核兵器の有無が確実でないイラクを攻撃したり、二枚舌は当然のこととして自国の利益のみで動くアメリカに、安保条約を楯に日本を護らせて果して安全なのか、それでは日本は本当の独立国と言えるのか、突き詰めて言えば国家とは何なのかを根本的に考えるべき時が来ていると思う。  
 我々戦争を経験した者は、戦争の悲惨さ敗戦の残酷さを、口先だけで反戦、平和を唱える若者達より身をもって経験しているのである。ソ連が日本の敗戦が必至となった時点で日ソ不可侵条約を一方的に破棄して宣戦を布告し満州に侵入、その上、終戦後北方領土の占拠、国際法に違反し日本軍兵士を長期抑留した事実をみても国と国の信義など無いに等しく、隙あらばの世界である。大部分が日本の労働者階級である兵士に過酷な労働を強制しておいて、インターナショナル「聴け万国の労働者」とは矛盾も甚だしい。ただソ連の世界制覇戦略の一環としての歌ではなかったのかと想像しても決して間違いではあるまい。
 良くも悪くもパクス・アメリカーナの時代に、反米を旗印に当選した韓国盧大統領政権の情け無い迷走ぶりを見るにつけ、反米を目標とした反戦、平和を唱えるならば、その対案を具体案を語ってこそ意義あることと思う。今更徳川時代の鎖国の戻ることは不可能で、一国平和主義が罷り通る世界ではない。
 比較的フリーな立場で話された某演者が、乗船者の中にはピースに乗る人もボートに乗る人もあってよいのではとの発言は洒落た比喩として印象的であった。ボートに乗った側の典型的乗船客である我々も、口演で被圧迫民族の悲惨な歴史を聴き、それに戦後占領軍の下で暮らした我々自身の不幸な経験を照らし合わせ、再び他国の制圧を受けることなく、独立国として最低の威厳を保ちながら平和で暮らすにはどうするべきかと真剣に考える機会を得たことはピースボート船内教育の貴重な賜物であったと深く感謝している。