若者が営む 21世紀型の農村
1986年 ウルグアイで開催されたGATT
(関税及び貿易に関する一般協定)で
貿易交渉の見返りに、日本政府は
数兆円の農業補助事業をしました。
ウルグアイラウンド農業合意を受け入れ
その対抗策として、日本農業が国際化
に対応すべく、農業構造の体質強化と
農村地域の活性化を図るという
国家事業でした。
いはゆる、ウルグアイラウンド対策
農業補助事業です。

農地基盤整備を進めたいと願う
日本全国の農家の強いニーズに
基づいて補助事業が実施されました。
農地は正四方形に区画整理され
立派な農道、用水路が整備されました。
農協ライスセンターは まだマシな方で
「地域改善センター」と称する
娯楽設備(?)のような 『ハコもの』まで
施設されました。
数兆円の補助金が投入された
農業近代化事業は、本当に
農家のニーズだったのだろうか?
山奥まで、農地は碁盤の目のように
キチンと整備され、一日に一台の
トラクターが通るか?そんな農道まで
アスファルト舗装されました。
日本の農村風景は一変しました。

ですが、その結果は
補助事業で整備された農地を
耕すどころか、
「コレ以上、米を作るな!」
減反政策でした。
さらに、田舎の若者は働き場を
求めて都会に移住し、高齢の
お年寄りだけが残されました。
農地は耕作放棄され、農地を所有
する農家が増えただけでした。
日本農業は政治に振り回され
農耕民族の DNAは消えました。
補助金という 『金銭』に踊らされた
農業政策の結末とは、
若者が農村からいなくなり
稲作が放棄された農村でした。

さらに政府は、減反奨励政策
『とも補償制度』の補助金まで用意し
稲作しなければ減反協力金が
農家に支払われました。
このようにして、何十年間も
補助金漬け農業政策の『恩恵』を
授かってきた農家が、
「 これからは頑張って
自己責任で自立して
シッカリ 農業やります」
なんて 言うはずありません。
農家は保護ばかり受けてきました。
稲作しなければ補助金を出すという
オカシナ制度が まかり通ったのです。
なのに、農家を甘やかした政府が
今の若者に対して
「自立して 自己責任で働け!」
とおっしゃるのは、
オカシナな冗談を
言われるもんだなぁー

甘やかされた農家は自滅崩壊していく
のは分かりきってました。
「限界集落」という言葉まであります。
ですから、就農意欲があり、農業に
魅力を感じて農業やりたい若者は
いるはずです。
ですが、
穀物生産は採算が成り立ちません。
やはり 頼りになるのは国家です。
政府がバックアップすれば良いのです。
数十年間、若者に悪夢のような
未来ばかりを見せつけてきましたから、
今度は若者に補助金を拠出されても
バチなんか当たらないと思います。

「甘えさせるな!」と 『ご老人』から
怒られても、敢えて言わせてもらえるなら
劇的に変化する 21世紀に合わせ
支配権力側の『ご老人』も、相応に
変革しなければならなかった。
なのに、何一つ変わろうとしなかった。
どんどん変化する時代に対応するよう
新規更新しアップグレードすべきなのに
全く 何もされなかった。
いつまでもジッと様子見してるだけで
前例踏襲するだけの『慣習社会』を
21世紀を担う若者に押し付けたのは、
古いタイプの旧型人間でなかったのか?
と思うのです。

農作業の他にも、農村でやるべきことは
山ほどあります。
村祭り行事の手伝いしたり、お年寄りだけ
の世帯の介護福祉とか、良質リフォームの
作業などもあります。
本来なら、都会に出て行った息子さんが
すべきですが、『農村若者組合』が
請け負えば良いのです。
過疎村の高齢者対策は、地方は深刻な
問題になってますが、地方自治体に
財源がありません。
ますます田舎は高齢化が進み、
行政がしなければならない事業は
増えるばかりです。
増え続ける農村対策事業を、
若者が担うのは良いかもしれない
と考えました。

国家から助成金をもらいますから、
法と秩序を遵守するのは当然です。
ルールマナーに順応するのも
当たり前です。
しかも、隔離された世界とせず
政府からも 国民からも シッカリと
監視された社会にすればいい。
むしろ既存社会では ロクスッポ
守られていない『法と秩序の遵守精神』
をシッカリ順法する社会とします。
既存社会が成し得なかった日本国民の
義務を遂行する社会を構築し、
日本国民の一員であることを誇りと
思えるような社会にすればいい。
よくよく考えれば、
当たり前の事を前提としているだけです。
「民間にできることは 民間に!」
と言われるなら、
「民間では どんなに頑張っても
できないことは 政府に!」
とお願いするしかありません。

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