初 瀬 街 道
All roads lead to Ise shrine
このページは 伊勢市 です

初瀬街道(伊勢市内)ルート   地名をクリックして下さい

本町 → 古市 → 中之町・桜木町 → 宇治浦田・館  

*欄外* ”伊勢の台所”伊勢河崎町(勢田川のほとりにある年間500万人の参拝客を支えた町)
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本町ルート

 外宮の正式名称は”豊受大神宮”。内宮より先に外宮を参拝するのが慣わし。6月ごろ外宮の勾玉池に咲く花菖蒲は見もの。 2つの石柱は護摩で有名な世義寺へ行く道にある。写真では分からないが、高さは3m前後あるものと思われる
外宮福聚海無量具足神通力

古市の遊郭ルート
間の山 お杉とお玉 → 古市芝居跡 → 油屋跡 → 大林寺 → おこんと孫福斎の比翼塚
 尾部坂(別称:間の山)から遊郭街が始まる。古市の遊郭は伊勢神宮の参拝客の”精進落とし”の場として賑わった。 間の山あたりで、お杉とお玉が三味線を弾きながら、客の投げる銭を見事に受けとっていた。古市芝居(口)跡は、古市にあった 3つの芝居(口・中・奥)跡の1つ。他の2つ(中・奥)は不明。古市芝居跡と市営庭球場の間ぐらいに天明年間70軒あった古市の遊郭の中でも油屋と人気を二分した 備前屋跡がある。
間の山 お杉とお玉古市芝居跡
油屋騒動
 1769年5月4日大桜・油屋に常連の孫福斎がやって来て”おこん”を指名した。しかし、おこんは阿波の商人の席に居、そんことを知った 孫福斎が逆上し、2人を殺し7人に怪我を負わせ、自分は自殺。油屋から逃げたおこんは助かった。この一件を聞いた近松徳三が「伊勢音頭恋寝刃」 を大阪で上演し、油屋騒動は全国に広まった。
油屋跡大林寺お紺と孫福斎の比翼塚
(大林寺境内)

魚町ルート
牛銀 → 本居宣長邸跡
 麻吉(あさきち)は創業200年を越える老舗の旅館。日経TRENDY(経済・流行誌)では宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』に登場した温泉 のモデルではないか?という風に書かれていたぐらいによく似ている。
麻吉道標
 寂照寺は徳川家康の孫”千姫”の菩提を弔うために建立された。のちに、寺の危機を僧である月遷が救い、今でもなお、崇められている。 伊勢古市参宮街道資料館の入場料は無料。伊勢自動車が通っていて交通量が多いわりに、歩道が整備されていない地域なので注意。
寂照寺伊勢古市参宮街道資料館月読宮への道標

牛谷坂・猿田彦神社ルート
牛谷坂 → 常夜灯2基 → 猿田彦神社 → 道標 
 宇治惣門跡は牛谷坂と宇治の町並みとの間に設けられ、”黒門”と呼ばれた。明治維新までここには番屋があった。 猿田彦神社の祭神は、天孫降臨の際に道案内をした猿田彦大神。毎年、5月5日に御田祭が行われる。道標「月よみの宮さんけい道」 を右に曲がれば、そこはおはらい町。
常夜灯2基牛谷坂
宇治惣門跡猿田彦神社道標


おはらい町・伊勢神宮ルート
祭主職舎(旧慶光院)赤福おかげ横丁常夜灯
 内宮が伊勢(参宮)街道の終着点。慶光院は、伊勢神宮の宇治橋が流れ、20年に1度行われる遷宮が120年も行われていなかった 戦国の世の中で、全国を行脚して募金を呼びかけた。その結果、豊臣・徳川家の寄進を受け、伊勢神宮を復興させた。
宇治橋と五十鈴川宇治橋と鳥居正殿



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