初 瀬 街 道
All roads lead to Ise shrine
このページは 桜井市 です


初瀬街道(桜井市内)ルート   地名をクリックして下さい

三輪山麓  慈恩寺   脇本   黒崎  出雲   初瀬

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三輪山麓

磯城嶋金刺宮跡
(現桜井市水道局)

道路工事中のため撤去中
(03.05.27現在)
 初瀬川(大和川)は7世紀頃に、藤原京への玄関口として栄え、海柘榴市(つばいち)という市が出来た。 小野妹子を始めとする遣隋使もこの川を利用し、初瀬街道の起点は仏教の伝来の始まりの地でもある。 磯城嶋金刺宮跡は欽明天皇の住居跡。
仏教伝来の地海柘榴市跡(初瀬川)

大阪方面からの初瀬街道の始点は桜井駅前の桜井商店街です。


慈恩寺のミニ知識
 慈恩寺地区は三輪山麓の垣内集落であったが、鎌倉時代に地頭として慈恩寺氏、南北朝期には一乗院門跡の荘園が慈恩寺に 成立した。慈恩寺地区の人々は北畠と興福寺の論争の際に初瀬街道を封鎖、出雲・黒崎などへの度重なる侵犯、長谷寺との 橋の管理権争いなど、周辺地域と頻繁に揉め事を起こしていた。 江戸時代の村高は600石〜750石程度であった。記録では、慈恩寺地区には84軒の家数があり、街道沿いに 墨筆屋1軒 酒屋1軒 豆腐屋3軒 大工職2軒 旅籠屋6軒 木綿商1軒 炭商売1軒 綿商売1軒などが立ち並んでいた。

江戸時代の慈恩寺地区の領主変遷
織田有楽斎長益 →  元和7年幕府領 → 宝暦12年清水家 → 寛政7年幕府領 → 文政7年清水家 → 安政2年幕府領

 三輪山麓から慈恩寺地区にかけて、地域の名産「三輪そうめん」の製造所が立ち並ぶ。
慈恩寺地区(朝倉駅から)2基の常夜灯






黒崎のミニ知識
黒崎は雄略天皇の求婚の歌が詠まれた場所で、「万葉集」発祥の地であることを示す万葉集発祥の記念碑「萬葉集発耀讃仰碑」が白山神社境内にある。 黒崎は黒崎荘と西黒崎荘に分かれ、2つの境界には卒塔婆が立てられていた。南北朝期、黒崎荘は大乗院門跡、西黒崎荘は 一乗院門跡の荘園が成立していた。

江戸時代の黒崎地区の領主変遷

織田有楽斎長益 →  元和7年幕府領 → 宝暦12年清水家 → 寛政7年幕府領 → 文政7年清水家 → 安政2年幕府領

江戸時代の村高は370石〜470石程度であった。『大和志』の一節に「黒崎は街道にして名産の饅頭を売家多し。 長谷寺より半里ばかり此方に黒崎村といへるありて此里の名物とて饅頭を二ツあはせこれを女夫饅頭とし商ふ家多し。 黒崎といへども白きはだとはだ。合せて味ひ夫人まんじゅう。」 天誅組の伴林光平が記した『南山踏雲録』にも黒崎の饅頭のことが書かれている。黒崎地区は夫婦饅頭と庄八郎の漢方薬 で有名な場所であった。

黒崎のバス停を過ぎた所で、初瀬街道は国道165号線と合流


国道165号線  紀和鋳造のある分岐点を左   十二柱神社

 出雲の地名は垂仁天皇のときに出雲(島根県)から工人を連れてきて埴輪を作らせたことに由来し、 出雲人形の発祥の地でもある。十二柱神社の境内に武烈天皇の泊瀬列城宮跡と野見宿禰の五輪塔がある。
十二柱神社
神代七神と地神五神を祭神
武烈天皇の泊瀬列城宮跡 「相撲の開祖」
野見宿禰の五輪塔


国道165号線  左:初瀬小・右:桜井東中   初瀬観光センター  2基の常夜灯   伊勢の辻  法起院  長谷寺

 伊勢の辻は伊賀・伊勢方面と長谷寺方面の分岐点を示す道標。長谷寺の参拝道中に「TVチャンピオン(TV東京系)」で 優勝したお菓子屋さんがある。「くさ餅」は長谷参道の名物。
伊勢の辻初瀬川と長谷寺長谷寺




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